昔話やおとぎ話は実はとっても怖かったり残酷だったりするというのは、けっこう知られた話です。そういったお話の代表作の1つともいえる『かちかち山』。うさぎとたぬきが壮絶な戦いをくり広げるこの昔話は、実際どういったものなのでしょう。 謎の多い『かちかち山』をいろんな面から検証してみました。
昔話の作者は不明であるものが多いですが『かちかち山』も作者は不明です。『かちかち山』が現在の形として出来上がったのは室町時代末期であると言われています。
昔話が絵本やテレビなど、また地域によって微妙に違っているのはよくあることですが、それほど内容じたいに手を加えられることは少ないものです。しかし『かちかち山』に関しては、その内容の壮絶さから結末を含めかなりの改変が行われてきました。いくつかのパターン別にあらすじを追ってみましょう。
- 著者
- おざわ としお
- 出版日
- 1988-04-20
まず子供用の絵本のあらすじから。
畑を耕して暮らしていたおじいさんとおばあさんがいました。しかし悪いたぬきが現れて変な歌をうたってからかったり、せっかくまいた種をほりかえしていじわるをしたり、実ったお芋を盗んでいってしまうようになります。
怒ったおじいさんは罠をしかけてたぬきをつかまえます。縄でしばって留守番のおばあさんに「たぬき汁」にしておくように言って、おじいさんは出かけていきました。たぬきは「もう2度としません」と泣いて謝り、かわいそうに思ったおばあさんは縄をほどいてしまいます。瞬く間に逃げてしまったたぬき。
その話を聞いて、うさぎが仕返しをすることを決意します。柴刈りに誘い、たぬきが背負っている柴に後ろから火をつけるのです。おおやけどを負ったたぬきに薬と称して唐辛子入りの味噌をわたしてひどいめにあわせます。
数日後、復活したたぬきを魚とりに誘い、自分は木の船に乗りたぬきには泥の船を選ばせました。当然泥の船はたぬきを乗せたまま沈んでしまいます。もう少しで溺れてしまうところだったたぬきは今度は本当に改心して、いいたぬきになることを誓うのでした。
これが1番おだやかでマイルドな『かちかち山』です。本によってはおばあさんが出てこないで、だまされるのもおじいさんだけというものもあります。おばあさんの存在が無いことで、たぬき汁というものを消すことができるからでしょう。
次にテレビアニメで有名な「日本昔ばなし」バージョンを見てみましょう。
ほとんどは同じですが、かなり元の形に近いものになっています。おばあさんをだまして縄をほどかせたたぬきは、逃げるだけでなく杵でおばあさんを殴り殺してしまうのです。また、ラストではたぬきは改心するのではなく泥の船で水没したまま死んでしまいます。
さて、ではエグいと言われている元の形はどのようなものであったのでしょうか。
捕えられたたぬきが縄をほどかせ、おばあさんを撲殺してしまいますが、恐ろしいのはその後たぬき汁ならぬ「婆汁」を作り、自分はおばあさんに化けて帰ってきたおじいさんにそれを食べさせてしまうのです。まさにカニバリズム。おじいさんはご丁寧に味の感想まで述べているのです。
ラストも当然たぬきは死んでしまいますが、助けを求めるたぬきをうさぎは櫂で押さえつけ沈めます。確かにこれを子供向けにするには無理がありますね。
昔話には舞台になった場所や所縁のある場所などあるものが多いです。『かちかち山』にも舞台となったとされる場所があります。それは山梨県にある天上山と河口湖です。
うさぎが柴刈りに誘った山が天上山で、泥の船が沈んだのが河口湖だと言われています。 その根拠になる大きな要因が、太宰治が昔話をアレンジして書いた『お伽草紙』にあります。この中で彼は『かちかち山』について「富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津の裏山あたりで行はれた事件」と記しているのです。
昔から『かちかち山』について言われる感想や意見で、うさぎの仕返しがひどすぎるというものがあります。確かに信用しているたぬきをだまして焼き殺そうとしたり、追い打ちをかけてヤケドに唐辛子を塗らせたり、泥の船に乗せてじわじわと沈めて殺してしまうというのはかなり残酷なやり方ですね。
しかもうさぎ自身は何の被害もこうむっていないのです。 なぜ可愛らしいうさぎがこんな描かれ方をしているのでしょうか。それは昔と現在ではうさぎに関する見方や認識が少し違うからのようです。
- 著者
- 谷 真介
- 出版日
- 2006-10-01
うさぎは古く神話の世界から「だます」ことが得意なずるいヤツとして登場します。代表的なものが出雲の神話『イナバノシロウサギ』の話です。うさぎは海を渡る目的のためにワニ(サメのこと)をうまく言いくるめてだまし、目的を達成します。
結果バレて皮をむかれて赤裸というひどい状態になるのですが。うさぎは耳が大きくいろんな物事を聞くことができるので物知りであり、知恵がまわるというところから口が達者でずるいというイメージをつけられていたようです。
これは日本だけの話ではなくイソップ童話の「うさぎとかめ」などでもわかるように世界的に共通したイメージであったようですね。ですから、たぬきに仕返しをする動物として登場するのに当時は違和感がなかったと思われます。
とはいえ、ひどすぎるという感想はぬぐえないもので、以前NHKで放送された「昔話法廷」に『かちかち山』が登場したことがあります。これは昔話で起きた展開を事件ととらえて、現在の法律に照らし合わせて裁判形式で議論するというもの。
被告人はうさぎ(たぬきは村人に助けてもらって生きていたので、殺人未遂という罪)裁判員制度が開始されたということもあっての番組だったのですが、証人にたぬき自身も出てきて中々面白い法廷です。うさぎはおじいさんを思っての仕業で情状酌量か?残忍な殺人未遂か?さてあなたが裁判官なら?という展開でした。
たぬきとうさぎにモデルという話はさすがに出てきませんが、実はこの物語の残酷性や特異性を考えてみると、漠然とした人物たちの形が見えてくるようです。
『かちかち山』の成立が室町時代ということを考えてみましょう。世の中はまさにこれから戦国時代へと突入していく時です。策略、謀略、非道、あらゆる手段を使っての下剋上が始まる時代です。
戦国時代に展開された様々な出来事を考えてみると、『かちかち山』の物語の中で起こっていることは不自然でも特異なものでもないように見えてきます。
うさぎとおじいさんを主従関係ととらえれば、うさぎはたぬきに何の恨みを抱いていなくても残忍な滅ぼし方をすることも不思議ではないでしょう。
おばあさんを殺す残酷さも、飢えを表現しているかのようなカニバリズムも、おじいさんとうさぎとたぬきのだましあいの戦いもまさに国取り合戦の戦略と考えれば理解できないこともないのです。
舞台であったとされる河口湖は山梨県。山梨といえば甲斐の国「武田信玄」の領地です。『かちかち山』の登場人物たちは、まさに甲斐の国の戦国武士たちのメタファーではなかったのではと考えることも可能なのではないでしょうか。
- 著者
- 江口 夏実
- 出版日
- 2011-05-23
『鬼灯の冷徹』のアニメの動画で歌われた歌が「怖い」と話題になりました。歌っているのは「芥子」といううさぎです。『かちかち山』での柴狩りと泥船の場面でのやりとりを表現しています。
実はこれはアニメで作られたものではなく以前からあった童謡なのです。作詞は「東くめ」という方ですが作曲はあの名作曲家「滝廉太郎」です。時々怖い童謡というのはありますが、これもその部類に入りそうですね。
以前、日本の昔話『かちかち山』が外国で翻訳された際のイラストがSNSで話題になりました。
1897年に出版された童話集に『かちかち山』が収録されました。その時に描かれた挿絵が上のものです。描いた方はきっとたぬきを見たことがなく、想像力だけで描いたのでしょう。まるで化け物のような恐ろしさです。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 2009-01-03
太宰治の『お伽草紙』での『かちかち山』は、うさぎとたぬきを人間に置き換えて書かれています。うさぎは16歳の美少女で、たぬきは37歳の不細工な男。なんとも生々しい設定です。
少女に気に入られたいばかりに何でも言いなりになってきた男が原作のたぬきと同様、最後は水に沈んでいくのですが、その時に言い残す「惚れたが悪いか」の言葉が有名。
汗をぬぐいつつそれを微笑みながら見つめる少女。
この物語では2人はどうやら夫婦のよう。そして、妻であるうさぎが夫であるたぬきを殺してしまうというホラーサスペンスのような話に仕上がっています。
- 著者
- ["芥川 龍之介"]
- 出版日
太宰ほど知られていないようですが、実は「芥川龍之介」も『かちかち山』にチャレンジしています。「童話時代」という設定の中、妻の死骸を埋めた土の上で老人が嘆いている場面からスタート。
そこにうさぎがやってきますが、セリフはまったく無く、やがてうさぎが別れをつげて船に向かっていく様子や沈んでいく様を老人視点で描かれています。
「芥川龍之介」独特の文体が『かちかち山』を幽玄な別の世界にしてしまったという感じでしょうか。一般のストーリーには詳しく書かれていないおじいさんとうさぎの関係の深さと思いが、セリフのないこの物語から伝わってくるのが特異な部分と言えます。
おじいさんを気にかけ、何度も振り返りながら去っていくうさぎの姿におじいさんへの思いが伝わってきます。芥川文学ならではの、美しさと切なさが味わえる『かちかち山』です。
何100年の歳月がたっても、たくさんの人が研究し、アレンジし、パロディ化し、愛読し続ける『かちかち山』は日本の独特な感性が生み出した奇妙で不思議な物語といえるのかもしれません。いろいろなバージョンを読み比べてこの物語の時代背景に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。