伊集院静は、大人としての生き方を模索し続ける小説家、エッセイスト。彼の人生は、数多の困難に見舞われた数奇なものです。そんな彼だからこそ見つけられた大人としてのあり方。今回は、伊集院静のおすすめ本をご紹介していきます。
伊集院静といえば、女優の夏目雅子と結婚したり、文学賞を幾多も受賞したりと華々しいイメージがあるかもしれません。しかし、彼は多くの人と同様に、不幸や困難にも見舞われます。華やかさとは程遠い『人間らしい』弱さ。そして、それを乗り越える勇気は、多くの人の共感を呼び起こすものでしょう。
今回は、伊集院が模索し続けた大人としての有り様を描いた、ベスト5作品をご紹介していきます。
伊集院静の代表作であり、吉川英治文学新人賞を受賞した短編集です。「くらげ」「乳房」「残塁」「桃の宵橋」「クレープ」の5作品が収録されています。
「クレープ」は、不器用な親子の物語です。
主人公は趣味で野球チームに入っているサラリーマンで、離婚した妻と2人の娘の生活費、養育費を支払いながら、結婚はしていないものの5年程同棲している女性がいる、という設定です。
ある日、下の娘が高校に合格し、その合格祝いに父親に会いたいと言っている、と離婚した妻から連絡が来ます。戸惑いながらも会うことを承諾し、娘と2人で一日過ごす、というストーリーになっています。
娘と待ち合わせに使ったレストランを下見して、どういう風に話そうか考えながらも全くそのプラン通りにいかない姿や、野球を二人で見に行って思わず大声で応援してしまう姿。そこに描かれているのはどうしようもなく情けない父親の姿なのです。しかしそんな父親の姿に笑顔を見せてくれる娘。あまり感情は描写されていませんが、不器用でどこかほんわかする物語です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 1993-09-03
短編集のため、読書が苦手な方でも時間をかけずに読むことができます。また、平易な会話文を主体とした文章であるため、普段あまり本を読む時間をなかなかもてない人にもおすすめの一冊でしょう。
様々な男女関係の形を描いていますが、全体的に「生と死」がテーマになっている作品が多いです。ついつい重くなりがちなテーマですが、シンプルな文体で描かれていますのでさらっと読むことができます。
伊集院静が直木賞を受賞した短編小説集です。「夕空晴れて」「切子皿」「冬の鐘」「苺の葉」「ナイスキャッチ」「菓子の家」「受け月」の、7編の小説が収録されています。
「夕空晴れて」の主人公は、野球好きの夫を癌で亡くし、自宅で働きながら一人息子の茂を育てる由美。ある時、息子が参加するチームの試合を見に行くと、雑用ばかりやらされ、試合に出してもらえない息子の姿を見ます。簡単にやめない、と息子と約束をしていた由美は、チームの監督と話すことにしますが……。
タイトルの「夕空晴れて」が表すように、さわやかな読後感を与えてくれる一作です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
この短編集全体にテーマとして使われているのが「野球」です。
とは言っても、プロ野球で活躍しているスター選手、高校野球で期待されている期待の新星などが出てくるお話ではありません。
「かつての」スター選手だったり、「野球はあきらめてしまった」元選手だったり、表舞台に登場しているわけではない人達が登場するのです。
それでも、そんな人達が持つ野球に対する思いを描くことで、伊集院静の野球に対する思いを感じることの出来る一作になっています。
ここまで短編集を紹介してきましたが、本作は長編小説です。
本作では、瀬戸内の離島に臨時で教師としてやってくる青年が主人公。彼は、病気のために話すことができません。村の子供達から口を利くことができん、口をきかん先生、ということで「きかんしゃ先生」とあだ名をつけられた青年と、彼が赴任した瀬戸内の小さな島の人々とがつむいでいくヒューマンドラマです。
何度か映画化もされており、ご覧になった方もいるかもしれません。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 1997-06-12
この物語は三人称で描かれており、主人公である機関車先生の心情が描写されることが極端に少ないことが特徴のひとつです。
また、話すことが出来ない設定であり、当然主人公には台詞がありません。この二つから、主人公の内面部分は必然的に読者が想像することが多くなってきます。
この作品を最後まで読んで、主人公の選択、そして主人公の行動の理由を想像してみるのはいかがでしょうか。
人生の様々な困難に立ち向かう時、大人ならどうすべきかを説いた大ベストセラーのエッセイシリーズです。
本シリーズでは、生きていれば誰もが出会うであろう心の問題が出てきます。読者に寄り添うエッセイは、あなたの人生のバイブルになるのではないでしょうか?
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2011-03-19
20歳の時には、最も身近な肉親である弟の死を経験。そして、妻であり女優の夏目雅子との死別。伊集院は、様々な葛藤を繰り返しました。そんな心の中の重苦しい問題に、いかにして立ち向かうか、というのが本シリーズの主だったテーマであると言っていいでしょう。
彼はそれらの問題を見つめる際に、大人であるのならば、どうしたら良いのか?どう考えるべきなのか?ということを、問い続けます。本の中には、明白な答えはありません。しかし、様々な問題に、しぶとく立ち向かい続ける姿勢が著されています。作者とともに、「大人」とは何かを考えてみてはいかがでしょうか?
伊集院静と、これまた同じ小説家である「いねむり先生」こと、色川武大との濃密な交流を描いた自伝的小説。ソウルメイト、魂の伴侶とも言うべき「いねむり先生」との出会いによって引き起こされる、魂の再生物語です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2013-08-21
有名女優である妻との死別後、主人公「ボク」の人生は壊れてしまいます。アルコールに依存し、ギャンブルで刹那的な快楽に身をやつす荒れきった生活に突き落とされます。そんな絶望の折に出会ったのが「いねむり先生」、色川武大その人でした。
彼との交流は、「ボク」にとって、心温もる人間的なものでした。絶望的だった人生も、次第に救われていきます。
「いねむり先生」というネーミングからも分かるように、色川武大の茫洋とした存在が、人の心を変えていきます。そうして再生される著者の心のありようが、リアルに描かれています。本作品でも、大人の器の大きさや、周りに与える影響力などがありありと描かれます。まさに大人の教科書と言える一冊です。
日本文学史に名を残した偉大な作家、ノボさんこと正岡子規の人生を題材にした、青春大河小説。第18回司馬遼太郎賞受賞の一冊。
同時代を生き、自らも日本文学の金字塔を打ち立てた夏目漱石との運命的な出会いが描かれます。二人は互いの才能を認め合い、時には嫉妬しあいながらも、ともに成長していくのです。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2013-11-22
「ノボさん、ノボさん」「なんぞなもし」
伊集院は、同じ時代、同じ文学者として影響し合った二人の人生の交錯を、華麗な文章で描き上げました。デビュー前から構想を練っていたとされる、ライフワークと言っていい小説です。長年温めた構想は、有名文学賞受賞という見事な結果に繋がりました。彼の青春をかけた渾身の一作です。
また、正岡子規は、野球と文学にその青春を捧げたことで有名です。伊集院も、同じような青春時代を送ったと言いますから、正岡子規に対する思い入れは一様ではなかったことでしょう。
青春の、曖昧でありつつも、シンプルで力強い魂の咆哮(ほうこう)を感じたい大人におすすめの作品です。ぜひ忘れかけた情熱を取り戻してください。
人生はすべて起こるべくして起こっている、ということが理解できる、伊集院静の自伝的な随想です。作家になる前の「何者でもない」彼が出会った、なぎさホテルの面々とその交流を描きます。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2016-10-06
1978年、東京駅の構内にいた彼は、わずかな荷物と、なけなしの金を持ち、立ち尽くしていました。覚悟や野心なんてなかったけれど、最早、帰る故郷はありません。なんの希望も抱かずに入った会社をクビになり、酒とギャンブルに逃げ、荒れた生活を送るようになっていきます。そんな折、何気なく立ち寄ったなぎさホテルで、彼は人の心の温もりに触れることになります。
逗子の海岸の恵まれた自然と風景。なぎさホテルの面々の暖かさ。東京暮らしを諦めかけていた若者の心は何を感じ、何を受け取ったのでしょうか…?
「いいんですよ。部屋代なんていつだって、ある時に支払ってくれれば」
7年間のなぎさホテルでの生活と、その間に起こった作家デビューという華々しい出来事を綴った、著者の原風景とも言える一冊です。曖昧な自分という存在と、それを鏡のように映し出してくれる周りの人々を描いた傑作。自分自身の定義ともいうべきものに悩む人に、おすすめの一冊でしょう。
夜鷹の女が産み捨てたのは、後に稀代の暗殺者になる男の子…。絶望の中で、神という存在を求める人間の心根を描きます。また同時に、闇社会にあっても、人は人を求め続けずにはいられないという人の性を描き切った大河小説です。
- 著者
- 伊集院 静
- 出版日
- 2010-05-07
闇社会を震撼させる暗殺者、神埼武美は、かつて実の母親から産み捨てられます。生まれて間もなく、人生の荒波に放り出される格好です。武美は、浅草の侠客(きょうかく)、浜嶋辰三に育てられ、成長していきます。浜崎をたった一人の親として、その人生を捧げるようになっていくのですが、親の命(めい)によって、暗殺業に手を染めていきます。このような中で、しかし、神を信じる心も武美の中でだんだんと育っていくのです。
たった一人の親のために、自らの手を汚し続ける生活と、神に祈る敬虔な心。相反する感情の深いジレンマを、精緻な観察眼で描いた傑作です。アンビバレントな感情の間で揺れ動く、人間の心に深く切り込んだ一冊とも言えるでしょう。物事は綺麗事だけでは済まされない、ということを知る大人にこそ向けられた作品です。
伊集院静という作家は、主に大人としての生き方をテーマとして取り上げます。しかし、それは、強くあり続けるということではないのです。
自身の弱さを自覚し、その上で、何が出来るかを問い続ける作家。大人は強いものだとか、強くあらねばならないといった呪縛からは、早くから見切りをつけます。だとすれば、一体何が出来るのだろう?と現実的に思索を重ねていくことが、彼の基本的な立場なのではないでしょうか?
彼は、大人のあり方を疑い続け、考え続けます。その先には、本当の幸せや、本当の自由があるのかもしれません。
この機会にぜひ皆さんも、伊集院静の姿勢を体感してみてはいかがでしょうか?