『うたかたダイアログ』は「ザ花とゆめ」で連載されている稲井カオルの作品です。年頃の男子高校生と女子高校生が華やかな青春を送る――わけではなく、日々どうでもよい無駄口を叩き続けるという内容の少女漫画。始まりそうで始まらない、微妙なバランスのラブコメです。 本作はスマホアプリにて無料で読むことも出来るので、気に入った方はぜひ。
『うたかたダイアログ』はあるショッピングモールの片隅にあるドラッグストアでアルバイトする2人の高校生のお話です。
主人公の1人は女子高生の「宇多川」こと宇多川あずさ。もう1人は男子高生の「片野」こと片野優太です。
ちなみにこの『うたかたダイアログ』というタイトルですが、ダイアログとは英語で会話のこと。「うたがわ」と「かたの」が他愛ない会話をするだけの漫画だから、『うたかたダイアログ』なのです。あるいは「うたかた」には「泡沫」という意味もあるので、「すぐに消えてしまうその瞬間だけのやり取り」のような意味も込められているのかもしれません。
- 著者
- 稲井カオル
- 出版日
- 2017-07-20
本作では徹頭徹尾、何も起こりません。ただただ、宇多川さんと片野くんの意味があるんだかないんだかわからない、日々のお喋りが描かれていくだけです。しかし、そのやり取りこそ面白いのです。
宇多川さんと片野くん、彼らはそれぞれが違った意味でちょっとズレたキャラクター。宇多川さんは真面目な天然ボケですが、かと思えばキレのよい冷静さも見せます。一方の片野くん、見た目は金髪の不良ですが意外にも真っ当な正義感の持ち主で、鋭い突っ込みが魅力……なのですが、宇多川さんに惚れているので少しのきっかけで暴走しがちです。
基本的には宇多川さんがボケ、片野くんがツッコミ。ただしそれは会話が始まるまでのこと。一旦口火が切られれば、ボケとツッコミがめまぐるしく入れ替わり、局所的には会話のキャッチボールが出来ていても全体で見れば違う話になっていた、ということが頻発します。
このテンポの良さとほど良いシュールさが本作の魅力です。
1巻はともかく、『うたかたダイアログ』の2巻表紙はいかにも青春が始まりそうな、そんな予感を感じさせるようなイラストで飾られています。
ところがこれはトラップ。内容とは無関係に、意図的に学園ラブコメ風に仕立て上げたという、ある種の詐欺ともいえる表紙なのです。それでは本作にラブコメ要素が皆無かというと、そんなことはありません。
先に少し触れましたが、片野くんはヤンキー風の見た目に反して極端な恋愛脳(宇多川さん特化)なのです。宇多川さんとのやり取りの中で何かのスイッチが入ると、唐突にいろいろなステップをすっ飛ばして幸せな未来像を秒速で思い描き、完全に前後のつながりを無視した発言をおこなうことがあります。
噛み合わなさはまるでギャグ漫画のそれ。ある意味本人は幸せでしょう。
対する宇多川さん。思わせ振りな態度は多々取るものの、そのほとんどが片野くんの思い過ごしか早とちりです。彼女は片野くんにはナチュラルな自然体で接しており、なんらかの好意は見られません。
……が、そんな彼女が時折片野くんの言動でドキリとすることも。普段は妄想してるのに、自分の起こした本人の変化には気づけない天然たらしな片野くん。果たして宇多川さんの動揺は無自覚な恋心なのか、はたまた気の迷いか。
青春時代を思う存分謳歌すべき時に、宇多川さんと片野くんはドラッグストアでアルバイトをしていました。
人当たりの良い宇多川さんに対して、片野くんはヤンキーチックな容姿とぶっきらぼうな対応が祟って、お客に怖がられています。
第1巻の1話から、2人の会話はフルスロットルにマイペース。噛み合わないのに噛み合ってる凸凹コンビのだべりは、もはやコンビ芸の域にあるといえるでしょう。接客対応をしていた片野くんへのクレームから始まり、ペンギンを経由した他愛もない話は、明後日の方向に向かいつつも2人の距離を少しだけ縮めます。
そして話はなぜだか、お互いへのお礼返し合戦へ。どう見ても付き合っているんじゃというやりとりをしているのに、まったくそんな雰囲気じゃないのが2人らしいです。
年末年始の大忙しを経ても、宇多川さんと片野くんの調子は相変わらず。傍目にはしっかり者で気が利く宇多川さんが片野くんをフォローしているように映りますが、実際にはお互い自然体で助け合っています。凸凹なようで息ぴったり。でも恋愛的にはすれ違い。
- 著者
- 稲井カオル
- 出版日
- 2017-07-20
そしてショッピングモールはイベントが目白押しで、1月に入っても息つく暇もありません。そんな中、来月のイベント(バレンタイン?)分と称して宇多川さんからワイロ(チョコ?)を送られた片野くんは舞い上がります。その後2人はファミレスで「来月の打ち合わせ」をすることになり……。
この話……というか、1巻でもっとも真似したくなるのがファミレスのドリンクバーのエピソード。優等生(?)っぽい宇多川さんの天然キャラ本領発揮です。どこにでもあるドリンクバー、そして子供の頃よくやったであろうドリンクのミックスが、彼女の手にかかれば驚くべきプロフェッショナルの仕様に早変わり。まるでバーのようなのです。ドリンクバーは遊びではないのです。
そして鋭い読者様ならフラグだとお気づきであろう、「来月の打ち合わせ」、「ワイロ」の真相とは……?
片野くんは突然学校で男友達からカラオケのお誘いを受けました。硬派でちょっと小心者の彼はカラオケには行ったことがないため、宇多川さんに相談します。すると話の流れで、バイト上がりに彼女とカラオケに行くことになりました。もちろん2人きりです。
- 著者
- 稲井カオル
- 出版日
- 2018-01-19
かつてファミレスで見せたドリンクバーのプロ、宇多川さんはここでも独自の理論を展開してくれます。彼女が罠と断じるカラオケドリンクバーの危険な選択とは?理屈は納得出来るのですが、宇多川さんの行動で台なしです。
そして新たに披露される宇多川さんのカラオケ理論と歌声。別れ際の一言がやっぱり台なし。
やってることはいつものノリですが、実質的にはデートと。カラオケ初心者の片野くんにはとっては、宇多川さんの歌が思い出に1曲になります。そしてそれを読んでいる読者としてもニヤニヤしてしまうエピソードです。
男友達に誘われたカラオケは、実は合コンの人数合わせでした。興味のない片野くんにとって、それ自体は問題ではありませんでした。合流したところを、偶然居合わせた宇多川さんに目撃されさえしなければ。
それからなぜか宇多川さんの態度が普段とは変わってしまい、翌日のバイト先で片野くんは針のむしろにいるような心地で勤務することとなります。
この話で注目すべきは片野くんの純情と、宇多川さんの一方的な思い込みでしょう。いろいろ早合点する宇多川さんの反応から、かなり彼を意識していることが窺えます。
通じてるようで通じてないもどかしさがポイントのこのエピソード。合コンが知られて後ろめたい片野くんと、合コンに失敗したと思い込んで腫れ物のように扱う宇多川さんの温度差が面白いです。
お化粧は働き出してからでいいという宇田川さんも、年頃な女子高生です。そして学校の友人に影響され、思いつきで眉毛をいじった結果、なんと片眉を失うことに……。
うたかたダイアログ 3 (花とゆめコミックス)
2019年01月18日
バイト先でこっそり眉ペンを購入しようとしたところ、いないはずの片野くんに見付かります。
事情を聞き、カミソリ負けした傷を心配し、自分にも失敗はあったからと励ます片野くん。幸い眉毛は、知人の手でフォローされました。
ついでに、メイクアップされた宇田川さんのヒロインフェイスも見所です。
気付けば高校3年生。宇田川さんと片野くんは、受験生となりました。バイトも休んで受験に専念する彼らは、ある日、息抜きもかねて神社に参拝します。
一体どんな偶然か、そこには片野くんの両親もお参りに来ていたのです。せっかく宇田川さんと2人きりだというのに、ぶち壊されてはならないと、極力避けようとするのですが……。
お互いにいまいち素直になれない、片野親子の寸劇がおこなわれます。しかし、そんな親と子どもの心が通じ合うシーンは見逃せません。
うたかたダイアログ 3 (花とゆめコミックス)
2019年01月18日
最終回のその後として、単行本には「それから編」が収録。
無事同じ大学に合格し、晴れて大学生になった2人。本人達も、少しずつ変化していきます。どんな変化をするのかは、その軽快なやりとりとともにお楽しみください。
いかがでしたか?本作の軽妙なやり取りの面白さをわかっていただくには、とにかく読んでみるのが1番です。冒頭でも書きましたが、本作はスマホアプリから無料で読めるので、まずはお試しください。