昔から伝えられるちょっと怖い話『耳なし芳一』。震えあがった思い出がある方もいるのではないでしょうか。この記事では、簡単にあらすじを説明したうえで、なぜ彼が耳にお経を書かれなかったのか考察していきます。いつもとはちょっと違う視点で物語に触れてみてください。あわせておすすめの関連本も紹介するので、気になった方はぜひ実際に読んでみてくださいね。
芳一は、とある阿弥陀寺に住み込みで働く琵琶法師です。盲目ではありましたが、平家物語を語る琵琶法師としては大変力がありました。特に壇ノ浦の場面の鬼気迫る語りは素晴らしいと評判を呼んでいます。
ある晩、芳一の前にひとりの武士が現れます。一体どこから来たのかわかりませんが、彼に連れられて行った屋敷で、芳一は琵琶の演奏をしました。その音はいつものとおり素晴らしく、涙を流して聞き入る者がいるほどだったそうです。
芳一はそれから7日間、その屋敷で琵琶を弾くことを頼まれました。その時、「ただし、このことは誰にも言わないこと」と念を押されます。
毎晩出かけていく芳一に対し、阿弥陀寺の和尚が理由を尋ねますが、彼は約束を守って決して語ろうとしません。
不審に思った和尚が後をつけると、たどり着いたのは安徳天皇の墓前です。そこには、無数の鬼火に囲まれながら琵琶の演奏をしている芳一の姿がありました。
翌晩、用事があって出かけなければならない和尚は、芳一を亡霊から守るべく、体中に経文を書きます。そして、「何があっても動かず、声を出してはいけない」ときつく言いつけたのでした。
やがていつものように武士の亡霊が現れますが、芳一の姿は見えず、物音もしません。しかしぼんやりと、2つの耳が浮かんでいます。
そして恐ろしいことに亡霊は、芳一を迎えに来た証拠として、両耳を切り取り、持ち帰ってしまったのでした。
帰宅した和尚が見たのは、血を流して身動きがとれなくなっている芳一。彼は言いつけを守り、一切声も出さずに堪えていたのでした。哀れな芳一の姿を見た和尚は、耳に経文を書き忘れたことを詫び、手厚く看病しました。その後芳一の琵琶法師としての名声は、よりいっそう高まったということです。
考察1:和尚、または小僧の手抜かりだった
人間の全身に経文を書くという作業は、非常に骨の折れるものであることは間違いありません。和尚ひとりではまかなうことができず、寺の小僧たちに手伝わせたであろうことが推察できます。
もっとも自然に考えられることは、細かく骨の折れる作業のなかで、耳を見落としてしまったということです。
当時は明るい電灯などもなく、ろうそくの火を頼りにしていたことも想像できるでしょう。頭や顔、腹、背中、足など、目立った重要な部位に気をとられ、比較的小さな耳にまで気がまわらなかったことが考えられます。
考察2:和尚が芳一の信心を試すためにわざと書かなかった
たとえやむを得ない事情だったにせよ、毎晩勝手に寺を抜けだしていたことは、褒められる行為ではありません。しかも悪霊と関わっていたとなれば、神仏に仕える者としては御法度です。
和尚が芳一の体に経文を書いたことは、間違いなく彼を悪霊から守るためです。その一方で、芳一が本当に悪霊に負けない強い心をもっているのか、悪霊をはねのける精神力をもっているのか、確かめたかったと考えることもできます。決して声を出さないようにと言いつけたのも、試練の一環ではないでしょうか。
考察3:芳一の命を守るためだった
命を守りたいのであれば、どんなに細かい部位も見逃さずに経文を書くのが正しいことのように思えますが、「命を守るため」にあえて書かなかったという考え方もできるのではないでしょうか。
耳を失うことは非常にかわいそうなことですが、向こうの世界に引きずり込まれ、悪霊に魂を奪われるよりはまだマシだといえるでしょう。
武士の亡霊は「ここを訪ねたという証拠に」耳を持ち帰り、その後再び現れたという記述はありません。耳を持ち帰ったことで満足し、芳一を狙うことはなくなったと考えられます。
完全に姿を消してしまうと、「今日はたまたま不在なだけ」と考えた亡霊が再び訪ねてくる可能性もあるでしょう。耳だけを見せて亡霊に警告の意を示し、諦めさせた可能性もあるのではないでしょうか。
耳を切り取られても、声を出さずに微動だにしなかったという芳一の姿勢から、我慢することの大切さを学ぶことができます。
しかしもっとも強く感じるのは、「悪に屈しない心の強さ」ではないでしょうか。耳を差し出して命を守り、悪霊への抵抗を示したとあればなおさらです。
声をあげずに耐えしのんだ芳一の心の強さや意志の強さから、学べることがあるでしょう。強い気持ちを持ち続けることで、どんな悪や困難も跳ね返せることができるのです。
また、後に芳一が琵琶法師としての腕をさらにあげたことからは、困難に立ち向かうことは、その人自身を成長させることにも繋がることがわかるでしょう。
- 著者
- 小泉 八雲
- 出版日
- 1975-03-18
『耳なし芳一』の物語を知るにあたり、最初に読んでおきたいのは小泉八雲の作品です。
小泉八雲は、出生名をパトリック・ラフカディオ・ハーンというギリシャ生まれの男性です。本書は、外国人である彼が日本の怪談を集めたもの。
八雲は日本にまつわる「不思議」をどのように見つめていたのか、どのように描いたのか。ぜひその目で確かめてみてください。
- 著者
- 水木 しげる
- 出版日
- 2013-12-03
水木しげるといえば、妖怪です。『ゲゲゲの鬼太郎』が有名で、作品を読んだことがなくても、名前は聞いたことがあるのではないでしょうか。
独特のタッチで、おどろおどろしくも、どこか愛嬌を感じさせる妖怪たち。『耳なし芳一』は、数百年前の琵琶製作者の話と絡めながら大胆にアレンジされています。本書を読むと、また新しい解釈ができるようになるでしょう。
- 著者
- ["小泉 八雲", "船木 裕"]
- 出版日
亡霊や鬼火が踊る不思議な世界に、絵本で触れてみるのはいかがでしょうか。
本書は文章よりも絵を中心にしてストーリーが進んでいきます。「琵琶法師」など、子どもには想像のつきづらいこともイメージをもって読むことができるでしょう。
繊細ながら迫力のある絵はもちろん、文章も美しい日本語が連なっていて読み聞かせにぴったり。ぜひお子さんと一緒にドキドキしながらページをめくってください。
いつの世も、私たちのすぐそばに「不思議」はあります。盲目でありながら優れた感性をもつ芳一は、そちらの世界に引き込まれてしまったのでしょう。『耳なし芳一』をとおして、意志の強さや人間の強さに触れてみてください。