魔法が存在する世界で、現世と妖精の世界を行き来する主人公による、謎多きファンタジー作品。それが『エステルの冥王星』です。実に奇抜で難解な世界観と設定でありながら、読み進めていくと独特の魅力を感じてしまう、不思議な内容となっています。 今回はそんな本作について、全編とおしての魅力をご紹介していきたいと思います。
魔法使いであるエステルは、大人達の世界とは異なる「妖精達の世界」で、魔法使いたちを魅了する謎の惑星「第九惑星」を探していました。
時間と世界を飛び越えて、世界を旅するエステル。
旅のなかで出会う人々との関わりによって、ただただ一心不乱に第九惑星を追い求めるだけでなく、少しずつ追い求める理由と、その先にあるものについて考えを巡らしていくようになります。
果たして彼女は、第九惑星を見つける事が出来るのでしょうか。
エステルの冥王星
ここではまず、本作に登場する主要人物達についてご紹介致します。
まずは主人公である魔法使いのエステルです。彼女は妹のリディとともに魅惑の星である「第九惑星」を探しており、とにかく情報を集めようと必死になっています。
ですが、そもそもなぜ第九惑星を探すのか、その先に何を求めているのかは、作中でもはっきりとした理由が明かされる事はありません。おそらくリディに付き添う形で、妖精達の世界にあるとされる星を探し求めているのではないか、と考えられます。
登場人物達と関わっていくなかで、エステルがどのように考え、旅の終わりに何を求めるのかを見定めていくことが、本作の主題といえるかもしれません。
続いては、エステルの妹のリディです。彼女は序盤から登場。エステルを慕っており、そんな妹を彼女も溺愛しているようです。
ですが、やや夢見がちな性格をしており、妖精達の世界に傾倒しすぎている節があります。そのため大人達の世界に対して、強い抵抗を感じている様子です。彼女の存在こそが、本作におけるエステルの目的の根幹になっているといっても過言ではないでしょう。
続いてご紹介するのは、謎の男性魔法使い・マリオンについてです。彼は作中で何度も登場しては、エステルにちょっかいをかけてきます。まるでからかうような素振りでエステルに語り掛けるため、彼女にとっては非常に鬱陶しい存在であるといえるでしょう。
しかし、彼も第九惑星を探しており、関連する情報を節々で彼女に伝えてきたりする役立つ人物でもあります。おそらく彼は第九惑星を求めているというよりも、エステルの気を引きたくて第九惑星を利用している、といった方が近しいかもしれません。
そんな彼が、エステルの旅の果てにどのような影響を与える存在となっているのかも、確認していくといいでしょう。
魔法使いと妖精というファンタジー要素満載な世界観ですが、本作の設定は実に難解な謎に満ち満ちています。
まず、基本的に世界観や設定自体について詳細な説明がなく、描かれ方もきわめて抽象的な場面が多いのです。そのため、描画やキャラクター達の発言の節々からある程度の推測を立てて、世界観のイメージを膨らませる事が必要となってきます。
たとえば、作中で使われる「妖精達の世界」と「大人達の世界」という異なる世界の概念について。そもそもこの2つの世界がどういった相互関係にあるのかという点について、具体的には明らかにされません。
ただ読んでいくなかで、大人達の世界というのは、いわゆる我々が住んでいる現実世界に近しい世界で、妖精達の世界は、魔法使い達が魔法を行使する事で行き来する事の出来る、夢の世界であるという事がわかってくるのです。
また、この2つの世界を行き来するなかで、時間の流れそのものも異なっているという事がわかります。こうした事から、それぞれの世界で知り合った友人達とエステルは、異なる時間の流れを生き、エステルはどんどん孤独になっていくのです。
こうした世界観についての設定を深くは掘り下げず、ただ状況のみを描写する事で、読者に解釈を任せる作品だといえるでしょう。
これにより、作品そのものに対する良し悪しも読者がおのおので決めるという、独特の魅力を感じさせる作りとなっているのです。
そんな本作の結末ですが、やはりこれまで同様どういう話であったのか、という事が明確にわかる内容にはなっていません。
エステルは第九惑星の正体について知ってしまい、それ幻滅してしまった事で、大人達の世界にリディを連れ帰ろうとします。しかし、大人達の世界に戻りたくないリディは、強制的にエステルを妖精達の世界から排除しようとするのです。
妹から追いやられてしまった事で悲しみに暮れるエステルですが、それでもリディを探し続けます。そして、手がかりになりそうな情報を道中の人々から収集し、やっとの思いで彼女のもとに戻ってくることになるのでした。
そんなリディを探す過程で、エステルはマリオンや、魔法使い馴染のイレーネ達から、情報だけではなく、彼女自身の在り方についてのアドバイスも受けます。そうしていくなかで、彼女にとって本当に大事なものは何だったのかという事についても、気付かされる事になるのでした。
夢を追い求める事は大事であるものの、本当に大事なものは実は身近にあるのではないか、という本作からのメッセージをあらわす結末ともいえるかもしれません。
本作のテーマは、キャラクター達を通して描かれる、人々の精神的な成長にあるのではないかと考えられます。
特にその印象を強く感じられるのは、マリオンでしょう。
彼は初期こそエステルと同じ子供の姿で登場し、発言も挙動も子供染みたものばかりでした。しかし、そんな彼はエステルの前に姿を現す度に、異なる時間を生きる彼女とは違って、どんどんと年老いていくのです。
そのため考え方も徐々に成熟していき、エステルよりも早く第九惑星の正体と、自分自身の生き方について答えを見つける事が出来るようになったのでした。
そんな彼とエステルが関わっていくなかで、彼女は、本当に欠かす事の出来ない人生の大事なものはなんなのか、という事についても考えさせられます。
登場人物達それぞれが思い描く理想に対し、どういった方法でアプローチし、答えを出すのか。人生のなかで誰もが思い描く「夢」に対する答えの出し方について、成長という過程を交えながら描かれた作品といえるのではないでしょうか。
エステルの冥王星
さまざまな考察を重ねてきた本作ですが、ご紹介した内容はあくまで1つの見方に過ぎません。
むしろ、この作品は、読み手によってさまざまなテーマと捉え方が生まれるものであるといえるでしょう。ぜひ1度、この不思議な魅力に溢れる作品を手に取って、ご一読頂いてはいかがでしょうか。