身近なようで、遠くもある、風俗店。本作は、そのなかでもデリヘル嬢として働く女性たちの人間模様を描いた、社会派漫画です。本作をとおして、デリヘルという場所から、日本社会の問題が見えてきます。 今回は2019年1月よりドラマが放送された本作の見所をご紹介。ネタバレ注意です。
デリヘル。あなたはそこに、どんな印象をお持ちでしょうか。そして、そこで働く女性は、どのような人達だと思いますか?
本作は、そんなデリヘルで働く女性のリアルを描いた作品です。家庭の事情で、金銭的理由で……彼女達はさまざまな理由で、ここに働きに訪れます。現代社会で問題となっている貧困女子。そういった女性達が最後に行き着く場所が、デリヘルなのかもしれません。
本作が扱う題材は、決して明るいものではありません。しかし、そんな内容をコミカルに描いており、暗い内容が苦手な方にとっても読みやすい内容となっています。1話完結なのも、読みやすいポイントです。
- 著者
- 鈴木 良雄
- 出版日
- 2016-07-29
ここで、本作の主な登場人物を紹介します。
その他にも、各話ごとに果物の源氏名をしたさまざまなデリヘル嬢が登場します。個性豊かな登場人物達も、本作の魅力の1つです。
また、本作は2019年1月11日から、テレビ東京でドラマ化されました。仲里依紗、松尾スズキ、荒川良々など、これまた個性的なキャストとなっています。ぜひ、こちらも合わせてご覧になってみてください。
本作の作者は、鈴木良雄。「田園にかこまれて」でビッグコミック&ビッグコミックオリジナル合同新作賞を受賞し、漫画家デビューを果たしました。ちなみに同姓同名のジャズベース奏者がいますが、別人です。
勤めていた会社が倒産し、社宅に住んでいられなくなった咲田は、地方都市にある故郷に帰ってきました。そして、学生の頃に通っていたラーメン店で、顔見知りだった強面の男・ミスジと偶然再会します。
仕事がないという咲田に、ミスジは自分が経営するデリバリーヘルス「フルーツ宅急便」の店長をやらないかと持ち掛けるのです。
デリバリーヘルス、通称デリヘルとは、電話などで受付をおこない、事務所から女性を派遣する形の風俗店のこと。派遣先は、ホテルや自宅などさまざま。通常の風俗店とは違って、営業時間や働く女性たちの時間がある程度自由であるというのが、大きな特徴といえるでしょう。
- 著者
- 鈴木 良雄
- 出版日
- 2016-07-29
ミスジの店は、警察に「無店舗型性風俗特殊営業営業開始届出書」なる書類を提出し、正式な手続きを踏んで営業している合法店。店長を引き受けることにした咲田は、初出勤日に「働きたい」と言う女性の面接に立ち会います。
デリヘルの店長を軽い気持ちで引き受けた彼を待っていたのは、ドラマやニュースでよく見るような、辛い現実を生きている女性たちでした。
最初に登場したのは、働かない旦那の暴力により、顔に火傷を負った女性。源氏名を「ゆず」と付けられた彼女が仕事を終えた後、子供を抱いて帰る時に見せた涙に、胸が締め付けられます。
皆が容姿に優れ、才能に恵まれているわけではありません。そんな女性たちが、お金の問題に直面したらどうなるのでしょうか。ミスジの、デリヘルで働こうと考える女性たちの現実を的確にとらえた言葉が、胸に刺さります。
本巻はその他にも、超Sキャラ・アケビのエピソードなども収録。何に対しても文句ばっかり言う彼女と、そんな彼女を指名し続ける常連客のやりとりが面白く、読んでいて思わず笑ってしまうかもしれません。
店名通り、フルーツの名前の付いたデリヘル嬢たちが籍を置く「フルーツ宅急便」。風俗嬢たちの事情や日常の話はもちろんありますが、客の男性と女性たちとのやりとりからも目が離せません。
本巻では、妻を亡くした高齢男性・マルタニさんが登場します。
風俗を利用しようと考えるのは、どういった時でしょうか。単純に性欲を満たすためではなく、誰かに傍にいてほしいから、と考える人もいるでしょう。
顔よりも優しい人がよいというマルタニさんには、「ビワ」という穏やかな雰囲気のデリヘル嬢が派遣されました。
- 著者
- 鈴木 良雄
- 出版日
- 2016-11-30
彼女に会うことで元気を取り戻した半面、風俗店に通うために借金を抱え始めたマルタニさん。その額が大きくなれば、彼女をマルタニさんに紹介したネギシの立場も悪くなります。そこでネギシの頼みにより、ビワは辞めたということにして、マルタニさんを諦めさせようとしたのでした。
しかしどうしても、彼女の様子を知りたくなったマルタニさん。そんな彼が興信所まで使ってたどり着いたのは、ビワの日常風景でした。
マルタニさんにとってのビワのように、優しく話を聞いてくれる相手を誰しも求めるもの。その背景には、1人で老後を過ごす、彼のような高齢者が増えているという現実があるのです。ミスジが言ったように、高齢者向けの商売が成り立つのかという話になると、成り立つのだろうと考えることができますが、切なくなってしまう展開です。
ビワの回では、マルタニさん側の視点が中心で、ビワの抱える事情は見えてきません。肌を重ねるという、一般的には親しくなった時にする行為の相手が何者かを知らない、それでも、もしくはだからこそ惹きつけられるという切ない人間関係です。
借金による生活苦のために、風俗嬢として働き始める。働いている人々にそのようなイメージを持ってい読者は、多いのではないでしょうか。
本巻に登場するデリヘル嬢・イチジクの物語は、その考えを少し変える力を持っています。
彼女は31歳。人がたくさんいるところでハキハキ喋ることができず、事務職として働いていた会社や、居酒屋をクビになっていました。人前だと汗が止まらず、分厚い眼鏡をかけている彼女は、1対1ならなんとかなるかも、と「フルーツ宅急便」に応募してきたのでした。
- 著者
- 鈴木 良雄
- 出版日
- 2017-05-30
眼鏡をかけた女性を好む、セキというお客に気に入られた彼女。物語の後半では、なぜセキが眼鏡をかけた女性が気になるのか、その胸の内が語られます。
イチジクは、あまり上手に話をすることができません。言葉選びも独特ですが、そのなかに嘘が感じられないというのが、風俗嬢らしからぬ部分でもあるでしょう。男性にうまく話しかけられず、上手に甘えることもできない。だからこそ、セキの心を動かしたのでしょう。
イチジクの回は、ほのぼのとしたラブストーリーですが、薬物やDVなど、重い話も収録。幸せそうに笑う彼女の笑顔に、人にはそれぞれの人生があるのだと、あらためて実感させられます。
誰しも、生まれてくる場所や、環境を選べるわけではありません。生まれ落ちたところで始まった人生を、受け入れていくしかないのです。本作には、子どもを1人で育てるシングルマザーたちが度々登場します。
保育園に通う息子のヤマトがいるメロンは、1年前に旦那と別れたシングルマザー。「フルーツ宅急便」で働きながら生活しています。
彼女には付き合っている男性がいました。結婚をほのめかす展開になりましたが、バツイチ子持ちであることを告白すると、事態は一変。子どもを育てることはできないと言われてしまうのです。
- 著者
- 鈴木 良雄
- 出版日
- 2017-08-30
彼女はさまざまな不安や不満、ストレスのはけ口を、お酒に求めました。出勤日は飲酒厳禁ですがやめられず、ヤマトのお迎えにも遅れる始末。ついには彼に手をあげてしまうのです。
急性アルコール中毒で倒れた彼女は、息子の親権を別れた元旦那に譲渡。ヤマトは泣きながら、母と別れるのでした。なぜメロンは、アルコールを絶つことができないのでしょうか。やるせない気持ちが湧きあがります。
子どものために親はすべてを投げだせるとはいっても、何もかもを乗り越えられるわけではありません。つい手をあげてしまい、結果、息子を手放すことになったメロンの姿に、人間が誰しも持つであろう弱さが重なります。
救いなのは、ヤマトが自分は男だから、母を守らなければならないと、父親のところに行くことを拒んだところではないでしょうか。彼の涙にはさまざまな感情がにじんでいて、切ない気持ちが溢れてきます。
よい学校を卒業して、有名企業に就職する。そんな絵に描いたような勝ち組人生を送る人もいれば、普通の学校を卒業して、そこそこの会社に就職する人もいます。
世界を動かすような仕事をする人がいなければ世の中は変わっていきませんが、スーパーやコンビニで働く人も日常を回している重要な人物です。とはいえ、自分より優れているように見える他者と比べて劣等感を抱くというのは、誰しも経験があることではないでしょうか。本巻に登場するチェリモヤは、離婚してデリヘルをしながら子供を育てる女性です。
シングルマザーは本作でも数多く登場します。そのなかで彼女の物語は重苦しいだけではなく、ちょっとした希望に、胸が暖かくなる内容です。
- 著者
- 鈴木良雄
- 出版日
- 2017-12-27
勤めていたスナックが閉店し、「フルーツ宅急便」で働き始めた彼女。ファミリーレストランで、友人のカナに同窓会に出ないかと勧められますが、デリヘルで働いていることを理由に断ってしまいました。
そんななか、彼女のよく食べる姿を見た咲田に、大食い選手権に出てみることをすすめられ、テレビ番組に応募したチェリモヤ。地区予選で失敗してしまい、自身のふがいなさに打ちのめされます。
そんなある日、彼女を指名したのは、顔が見たかったと笑う、定年を迎えたかつての恩師でした。
大人になると、誰かに褒められたり、認められることが少なくなります。生活のため、子どもを育てるためにデリヘルで働くという事を認められた彼女の涙には、さまざまな感情が混じっていることが感じられます。
職業に貴賤無し。キレイごとではあるけれど、誰かを救う言葉でもあるのだと実感させられます。
子どもを育てるのにかかる費用は、およそ3000万円といわれています。大学まで通わなければもう少し少なくはなりますが、どうしても専門の勉強が必要になる場合もあるでしょう。親からの仕送りが見込めず、アルバイトだけではなく、風俗業で稼ぎながら学校に通っている学生も少なくありません。
本巻に登場するパッションフルーツことリホは、作中でもかなりヘビーな事情を抱えている少女。
東京の大学に通いながら、地方の風俗店である「フルーツ宅急便」で働いていることを恋人に知られた彼女が告白したのは、壮絶な人生でした。
- 著者
- 鈴木 良雄
- 出版日
- 2018-06-29
父方の祖父の家に、父親とやってきたリホ。母は出ていき、父親は酒とギャンブル、そして麻薬をやっており、彼女は常に虐待されていました。実の父親と娘を自分の奴隷だと宣言するこの男を、祖父は手にかけてしまいます。
リホを守るために、息子を手にかけた祖父は、警察に捕まりました。その後、祖父の妹である聡子おばさんと暮らす彼女は、どうしても大学に行きたいと、お金を稼ぐためにデリヘル嬢として働いていたのです。
過去に負い目を感じているものの、彼女の目には、人生に絶望したような影は見られません。過去を受け入れてくれる恋人の存在が、彼女の心をすくい上げてくれたのでしょう。彼女の辛い境遇をしっているからこそ、その尊さが感じられる展開です。
誰しも心に埋められない穴や傷を持っているもの。大人になったから辛さから目を背けるのが上手くなったとしても、なかなかそれ自体が消える訳ではありません。
そんな時に誰かに助けてもらったり、励ましてもらったりしたくなりますよね。それがよい出会いであれば幸せ、ということになるのでしょうが、悪い出会いであれば依存するだけの不健全な関係になってしまうかもしれません。
本作にはそんな辛さを持っている女性たちが多く登場するのですが、ラズベリーもそんな女性のひとり。
- 著者
- 鈴木良雄
- 出版日
- 2018-12-27
母親を亡くした時に自分の悲しみだけでいっぱいになってしまったラズベリー。父の悲しみから目を背け、自分に寄り添ってくれないことからそのまま友達の家にあがりこんで住むことにします。
そんな彼女が寂しさを埋めるために通っていたのがホストクラブ。タツヤという男に貢ぎまくりますが、もちろん働いてもいないため、お金はすぐ底を尽きてしまいます。
そしていくところがないというとタツヤが家に招いてくれるのですが……。
誰しもとても悲しいことがあったときに、周囲にまで気を配れなかったことや、何かに依存してしまったことはあるかと思います。
そんな時に、最後までそばにいてくれたのは誰なのか。それが本当に大切にすべき人なのだと感じさせられるエピソードです。
デリヘルが舞台というと生々しい性描写があるのでは、と躊躇する女性も多いかと思いますが、本作はそのような描写はありません。咲田やミスジ達、店のスタッフと、働く女性たちの距離感が絶妙で、淡々とした描写がページを捲らせる力を持っています。
ドラマではどんな描写がされるのか、とても気になるところ。『フルーツ宅配便』で描かれる、現代を生きる女性たちの、人ごとではない日常に触れてみてください。