「ヤングアニマル」で連載されていた、森山絵凪の作品。高名な悪魔に見初められ、体を対価に契約した1人の少女。そんな彼女と悪魔の、奇妙で官能的な物語が描かれていきます。 本作はスマホの漫画アプリでもお読みいただけるので、気になった方はぜひどうぞ。
主人公の淑乃(よしの)は、両親に先立たれ天涯孤独の身。そのうえ多額の借金を抱えており、親戚中をたらい回しにされる不憫な少女でした。
そんななかで、幼い彼女の気持ちとは裏腹に体だけは成熟していき、保護者たるべき周囲から好奇の視線を向けられてしまいます。
そうした不幸な身の上でしたが、致命的な一線だけは必ず回避出来るという、奇妙な幸運の持ち主でもあったのです。
- 著者
- 森山絵凪
- 出版日
- 2017-05-29
しかし、あまりにも長く続く不遇に耐えかねた彼女は、自殺を考えるほど追い詰められていました。
そんなある時、彼女は古本屋で、悪魔と契約する本と出会います。藁にもすがる思いで召喚を試みると――堕天使にして悪魔のベリアルが現れました。彼は淑乃の体を対価として、あらゆる願いを叶えるという契約を持ちかけ、彼女はそれに同意してしまうのです。
それから、彼女の生活は一変します。人間に化けたベリアルは超絶美形で、誰よりも淑乃を慈しみ、彼女を想い、不遇の身から解放するのでした。
これで終わっていれば感動的なおとぎ話といったところですが、そうそう一筋縄にいかないのが、本作『この愛は、異端。』の面白いところです。
兄のように、あるいは父のように淑乃を見守るベリアルが、ほんの一時だけ見せる獣のような本性が妖しくておぞましく、同時に心惹かれるほどロマンチックに映ります。
『この愛は、異端。』でなんといっても目を惹くのが、繊細で美しい絵柄でしょう。そこから紡ぎ出されるキャラクターは誰もが美しく、妖しいストーリーも相まって魅力的です。
まず主人公の淑乃は、悪魔曰く「5千年に1人」の輝く魂の持ち主。少女時代には幼さがあって愛らしく、成長するにつれて色気も出てきます。そして、悪魔が讃えるくらい美しい精神を持ち合わせているのです。
もう1人の主役といえるのが、悪魔のベリアルです。淑乃は、なぜか「バアル」と呼びます。ベリアルもバアルも、キリスト教圏では有名な悪魔ですが、この2人(?)は別人です。
ともあれ、このベリアル。本性は悪魔であり、真の姿は恐ろしいのですが、人間の姿での立ち居振る舞いが完全にオカンなのが面白いところ。
炊事洗濯自由自在、淑乃の素行に小言を挟み、彼女のわがままはすべて受け止めます。悪魔といえど心の中までは覗けないらしく、常に淑乃を心配して気を配ります。
両親を失ってからの環境のせいもありますが、そうやって優しくしてくれる彼を、淑乃は兄か父親のように慕うのです。傍目にも彼は非常に紳士的な行動ばかりなのですが、あまりにもお節介が過ぎるのでオカン的に見えるのです。
なぜ、淑乃がこんなにもベリアルに懐いているのか。どうして悪魔が親身に接するのか。この辺りの詳しい事情については、話の中で徐々に明かされていきます。
本作のもう1つの特徴が、過剰なまでにエロチックな描写です。
淑乃と契約したベリアルは、ある交換条件を出しました。それは彼女の肉体と触れ合うこと。そうやって彼女の特異な魂に触れるが、彼の目的です。触れる、というのはかなりソフトに噛み砕いた表現で、実際にはかなりティープな行為におよびます。
具体的には粘膜、性器の接触です。
ベリアルも悪魔とはいえ非情ではないので、これでも当初よりかなり譲歩した条件。しかも、淑乃の当時の年齢を鑑みて、18歳までは軽い口付けだけでよい、という破格さ。18歳以後は、段階的に行為のエロ度が上がっていく仕組みとなっています。
なんにしろ、最終的には魂を奪っていくと宣言しているので、悪徳商法に近いかもしれませんが……。
基本的には絵画美術のようなエロスであって、決して下心だけのスケベではないところに特徴があります。エロのなかにも独特の美しさのある、官能的な世界観が魅力的です。
物語の最初で淑乃の生い立ち、ベリアルとの出会いが描かれます。
あまりにも不幸が連続する淑乃の前に現れたのが、幸運の天使などではなく恐ろしい悪魔だった、というところは、皮肉というかなんというか。
- 著者
- 森山絵凪
- 出版日
- 2017-05-29
「何者か」の介在で自殺に失敗した淑乃は、ほとんど自暴自棄になって、悪魔ベリアルを召喚してしまいます。そして、人知を超越した存在を前にして、彼女は圧倒されるのです。
強大過ぎる悪魔から究極の選択を迫られた彼女は……一晩中泣きぐずり、不幸な身の上話をベリアルに打ち明けました。すると感銘を受けたのか、あるいは面倒になったのか、ベリアルの側から折れて、条件を緩和してくれるのです。
場面としてはかなりシリアスなはずなのですが、どこかコメディタッチで微笑ましいシーン。
そうして契約は完了。ベリアルは悪魔的手法で淑乃を不幸にした連中を呪っていくのかと思いきや、実業家も真っ青な敏腕を振るって、人間界の法に従って、正式に淑乃の保護者となります。悪魔なのに奇妙な律儀さが感じられて、好感を持てるところです。
女子大生になった淑乃は、サマーシーズンに海へ旅行に行きます。もちろん、ベリアルも一緒です。
ベリアルは浜辺の女性にモテモテで、淑乃としては友達と来られず、家族の団らんも出来ずじまいで不満な様子。このシチュエーションは、彼女にヤキモチを焼かせようとベリアルが画策したものでしたが、完全に裏目となりました。
- 著者
- 森山絵凪
- 出版日
- 2018-03-29
付かず離れず、かと思えばゆっくり心の距離が近付く2人。ですが、本巻では波乱が巻き起こります。
通じ合っていたはずの2人がすれ違い、淑乃と同じ大学生の旭(あさひ)が接近。彼の方はベリアルのことを知っているので、緩やかに三角関係となっていきます。
そんななかベリアルの上司サタンが現れ、彼に発破をかけていくのですが、ことここに至ってベリアルの行動が、悪魔のそれとかけ離れていってることが明示されるのです。彼は淑乃のことを、魂を奪う贄ではなく、もっとそれ以上に扱っているということが……。
官能的なエロスはさらにパワーアップし、異端の愛が加速していきます。
官能的なエロスと、本当の愛について紡がれてきた物語が、本巻で完結します。
ベリアルの本心と、彼がどれだけ真剣に淑乃を見守ってきたか。その一部始終が明かされていくのです。彼らの出会いは、決して偶然などではありませんでした。
- 著者
- 森山絵凪
- 出版日
- 2018-11-29
ベリアルの長年の献身が語られます。そのさまから、悪魔が贄を肥え太らせるなどというものではなく、彼の行為は純粋な「愛」以外の何者でもなかったことがわかるのです。これまでの経過、契約のすべては、淑乃を想えばこそのものでした。
悪魔との契約という妖しげな端緒で始まった物語が、混じりっけのない純粋なラブストーリーとして完結します。これが異端ならば、正統な愛についての認識が揺らぐような、そんな感動のラストです。
本編は綺麗に終わりますが、第1部完ということで、どうしても続きが気になってしまいます。
いかがでしたか?純愛なような、歪んでいるような、奇妙で不思議な物語。2018年冬から始まるという続編にも期待がかかります。