元不良の主人公は、暴力のない明るい世界で真っ当に生きることができるのか……。そんなテーマでストーリーが描かれているのが、本作『QP』です。 「ヤングキング」で連載されていた高橋ヒロシの作品。同作者の代表作『クローズ』と同じく不良漫画ですが、本作は社会に出た元不良が暴力と抗争に関わりながらも、普通の生活を送ろうとする姿が描かれています。 そんな本作はスマホアプリでも閲覧出来るので、気になった方は、まずそちらからどうぞ。
かつて「キューピー」と呼ばれ、恐れられた伝説の不良・石田小鳥(いしだ ことり)。
数年間少年院で過ごした彼が、街に戻ってきたところから物語は始まります。
QP(キューピー)(1) (ヤングキングコミックス)
昔の仲間は全員バラバラになっており、ただ1人小鳥の帰還を待ち望んでいた男・我妻涼(あずま りょう)は暗くねじ曲がって、恐怖で支配する暴力組織の長となっていました。
更正して前向きに踏み出す小鳥と、陰惨な暴力の世界に突き進む涼。対称的になってしまった2人の現在と過去を交えつつ、不良上がりの男達の生きざまが描かれていきます。
『QP』本編は、2人の男が主人公となって物語が展開されていきます。
1人はタイトルにもなっている、キューピーこと石田小鳥。キューピーとは全盛期(というか不良少年時代)の特徴的な癖毛の前髪と、全体的に丸いことから付けられたあだ名です。顔中に傷跡が走る強面ですが、なぜか憎めないという不思議な魅力のあるキャラとなっています。
以前は「暴力大魔王」として、向かうところ敵なしでした。彼と我妻涼、奈良岡常吉(ならおか つねよし)、鈴本幸三(すずもと こうぞう)の4人組は、街を制覇する一歩手前までいっていたほど。更正した現在でも、負けなしです。
もう1人は、影の主人公ともいえる我妻涼です。小鳥とは違って、端正な青年。裏社会でも高く評価されていますが、孤高の生き方から破滅型の人間とされています。
彼は小鳥をトップに据えて(自分はナンバー2)、最強の組織を打ち立てることを夢見ていました。その想いだけで、街で有数の実力者となったのです。
少年院から生まれ故郷に戻ってきた石田小鳥は、心を入れ替えてガソリンスタンドで働き始めます。しかし、元不良の彼に平穏な時は長く続きませんでした。
両親の事故死をきっかけに、不良の世界から足を洗った青年・トオル。小鳥の同僚である彼に、かつての悪い仲間が付きまとい、邪魔をし始めるのでした。
当初、院から出たばかりということもあって、面倒ごとと関わらないつもりだった小鳥ですが……。
QP(キューピー)(1) (ヤングキングコミックス)
ここにピンチを黙って見過ごせない男・キューピー復活。近々におこなわれる出し物のために用意されていた、変身ヒーローモノの仮装で大立ち回りするという滅茶苦茶さを見せつけます。それも主役のヒーローではなく、なぜか本来やられ役の戦闘員姿で……。
そんな格好で大暴れするというのが、ギャップがあって痛快なシーンです。
まず脇役の口から小鳥の人となりが語られ、その後一気に彼の豪快さを見せ付けられるのが圧巻。見た目はよくなくても、人を惹き付ける魅力が感じられます。
トオルを付け狙っていた集団のトップは、なんの運命の悪戯か、小鳥が不良時代に相棒としていた男・我妻涼でした。彼は小鳥の復帰を喜びますが、互いに考え方が決定的に違うことで、その関係に亀裂が走るのです。
涼は小鳥の本性を取り戻させるべく、あえて部下を扇動して小鳥を襲わせますが……。
QP(キューピー)(2) (ヤングキングコミックス)
仲間を優先する小鳥に対して、涼は部下を使い捨てる言動を見せます。このことから、同じ時を生き、同じ志を持っていたはずなのに、変わってしまったという悲哀が感じられることでしょう。
小鳥は極力暴力を避け、今の仲間であるガソリンスタンドの人々を守るために行動するところで胸が熱くなります。
そういったエピソードの合間に彼の面白武勇伝が挟まれるので、熱血、シリアス、ギャグといろんな角度から楽しめるはずです。
時代は遡って、小鳥の中学生時代が舞台となります。自称「暴力大魔王」の全盛期とあって4人の仲間が集まれば、まさに向かうところ敵なしでした。
そこで白羽の矢が立ったのが、秀虎会のトップ・上田秀虎(うえだ ひでとら)。彼が小鳥に真っ向勝負を仕掛けてくるのです。
QP(キューピー)(3) (ヤングキングコミックス)
調子づく小鳥達に活を入れるターニングポイント、秀虎との対決が描かれます。彼にはカリスマ性があり、理性的なところが小鳥とは正反対のキャラ。そのうえで、実力的にはほぼ互角。
大雨のなか2人が演じる死闘は、非常にドラマチックです。ただただ腕力に頼る小鳥と違って、秀虎の言動には不良の矜持が表れていました。傲岸不遜な小鳥の心にも、その気高さが響いたのでしょう。対決結果とあわせて、彼もまた秀虎を慕うようになるのです。
死闘後に訪れる友情が、魅力的に映るのではないでしょうか。
いよいよ、小鳥の過去編も佳境。高校入学初日にして、2年生3年生の連合を苦もなく組み敷いた小鳥達4人には、もはや刃向かう者はいなくなっていました。
喧嘩に明け暮れる毎日。それでも小鳥、常吉、幸三は後につうじる別な生き方を模索し始めます。ただ1人、涼を除いて……。
- 著者
- 高橋 ヒロシ
- 出版日
不良なりに楽しくやってきていたはずの4人組の前に、暗雲が立ち込めてきます。
涼は裏に潜り、高校1年生のめぼしい人材を選りすぐって、不良の枠を越えた巨大な組織作りに暗躍し始めるのです。小鳥を頂点とした帝国。我妻涼の、狂気の一端が描かれるのです。
一方の小鳥は高校生となった秀虎を再会し、暴力とは違った方向性を見出します。人間的な成長を志向し始める彼と、アンダーグラウンドに染まっていく涼の温度差が、これから起こる悲劇を予感せずにいられません。
壱年連合の裏で糸を引く涼は、手始めに青道高校を狙いました。そこは小鳥が慕う唯一の男・秀虎の学校であり、彼を狙う作戦だったのです。
無惨な姿にされた秀虎の仇を討つべく、小鳥をはじめとした不良達が仇討ちに動き始めます。
- 著者
- 高橋 ヒロシ
- 出版日
ここで、過去の因縁がついに明らかに。壱年連合が涼の組織だと知った小鳥は、単身乗り込んで大暴れを始めるのです。
秀虎を襲われた怒りと申し訳なさ、そして涼への複雑な心境がない交ぜになって、痛々しい描写がなされます。肉体の痛みではない、彼の心の痛みがまるで手に取るようです。
この一件がきっかけで彼は少年院送りとなり、仲間達は皆バラバラとなっていくのでした。まさしく2人の主人公の明暗を分ける、物語の出発点といえる話でしょう。
時は流れ、再び現在に。
小鳥の述懐から、かつて戦った仲間達の消息がわかっていきます。そのなかでも街に残った者は、小鳥に対して口を揃えて、涼と関わるな、と忠告してくるのでした。
- 著者
- 高橋 ヒロシ
- 出版日
その涼の周辺が、にわかにきな臭くなっていきます。組織内でのクーデターが画策され、関西から呼ばれたトムとジェリー兄弟がヒットマンとして暗躍し始めるのです。
そうして破滅が目前に迫る涼に、小鳥が説得するシーンが非常に印象的。逆上した涼に滅多打ちにされても手出しせずに切々と語る言葉が、非常に感動的な場面です。
しかし、それすら涼に届かないのが、物悲しく感じられるでしょう。
終わりに近付いていく涼の夢と、逆に小鳥の仲間が1つの夢を叶える対比が、胸に重くのしかかってくる第6巻です。
内紛が起こり、窮地に立たされる涼。
個人的にキューピーを慕う人物で、涼の部下でもある山田文徳からの知らせで事情を知らされた小鳥は、仲間の制止を振り切って救援に向かいました。
- 著者
- 高橋 ヒロシ
- 出版日
7巻では、めまぐるしくどんでん返しが起こり、激しい展開がくり広げられます。
涼は持ち前の手腕で、内紛を抑えることに成功。しかし、そこに彼を危険視した暴力団によって殺人集団「SMOKE-S(スモークス)」が投入されてくるのです。
今度こそ絶体絶命……と考えないのが、涼というキャラ。逆に決着を付けるくらいの気概で迎え撃とうとするのです。
僅か数人の手勢なのに、なんとかなると思わせる凄みが感じられます。
ホッケーマスクの殺し屋集団SMOKE-Sの襲撃。これまでの不良の喧嘩とは次元の違う、本物の殺し合いがおこなわれます。
涼は負傷して仲間を失いながらも、なんとか持ち堪えていました。それも限界まできた頃、真打ちの小鳥が登場するのです。
- 著者
- 高橋 ヒロシ
- 出版日
小鳥が救援に辿り着いてからは、見所の連続。建物の構造と、立ち塞がる相手の関係で2人は別々の場所で戦いますが、まるで背中を預け合っているかのような安心感すら覚えます。緊迫した場面ですが、久しぶりの小鳥の戦闘員マスクで、読んでいてほんの少し和むでしょう。
生死を分けた襲撃が終結すると同時に、元不良達のその後の生きざまを描いた不良漫画も、ついに完結です。暴力や抗争について、フィクションのレベルではありますが真摯に描写され、その恐ろしさがしっかりと強調されています。
「生きる」と題された最終回の結末から何を読み取るかは、読者しだいといったところでしょう。
ある街の不良の間で、今も語り継がれる伝説の男がいます。その名は、我妻涼。「死神」と恐れられる男です。
天狼会のトップに立って、生死不明となった後にどんな経緯を辿ったのか……彼は密入国船に捕らえられていました。
- 著者
- ["高橋ヒロシ(原作)", "今村KSK(漫画)", "やべきょうすけ(監修)"]
- 出版日
- 2015-06-19
涼が主役のスピンオフです。本編および『QP外伝 我妻涼』の後日談の位置付けですが、関連性はそこまで深くありません。
舞台は、日本から南米パナマ共和国に移ったことで、暴力描写大幅アップ。この変遷はダークヒーローの涼を際立たせるため、より過激に描くための設定でしょう。小鳥らの日常との訣別も意味しているのかもしれません。
彼を含む7名が「密輸」されたのは、現地のマフィア「冷たい血」の仕業でした。からくも脱出したものの追っ手がかかり、未だに窮地。マフィアの息がかかっていない街コロンに行くも、力を示さないと話も聞いてもらえません。
異国の地でもやはり、涼の闘争が始まります。
ここまで『QP』に魅力を探ってきましたが、言わずと知れた『クローズ』などの髙橋ヒロシ作品が好きな方には<漫画「クローズ」『WORST』の各世代の最強キャラランキングベスト3!>の記事もおすすめです。
いかがでしたか?『QP』は豪快な男と繊細な男の対比が物悲しくも、面白い作品となっています。