イギリス人作家ダグラス・アダムズのSF小説。世界的な大ベストセラー作品で、同名映画も作られました。深く考えたら負け、という屁理屈の技術とブラックジョークが満載の、ナンセンスSFコメディの傑作です。かのGoogle検索までもがネタにするほど、カルト的人気を誇っています。 そんな本作の魅力を、余さずご紹介しましょう。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』(原題『The Hitchhiker's Guide to the Galaxy』)とは、イギリス人の作家ダグラス・アダムズが1979年に発表したSF小説シリーズです。
タイトルにもなっている「銀河ヒッチハイク・ガイド」(以下「ガイド」)は宇宙旅行者向けの電子ガイドブック。作中でたびたび登場し、他愛もない知識で主人公を救ったり救わなかったりします。「パニクるな(Don't Panic)」がキャッチフレーズです。
2008年の時点で、全世界で1600万部もの売り上げを誇る超大ヒット作品。2005年には同名の映画も作られました。ストーリーは1作目の内容が綺麗に終わるよう改変され、絶妙な再現とアレンジが楽しめる作品となっています。
- 著者
- ダグラス・アダムス
- 出版日
- 2005-09-03
通常、SF作品は理詰めの設定の活かされたストーリーが頭よさそうに進んでいくものですが、型破りな本作はまるで違います。
どれくらい型破りかというと、作中の宇宙はタイムスリップや平行世界のせいで、歴史がしっちゃかめっちゃか。普通ならそれを是正する話になりそうですが、そんなことは一切しません。
歴史がこんがらがった結果、宇宙の由緒正しいマクシメガロン大学の歴史学部は閉鎖され、得体の知れない水球・神学合同学部が跡目を狙っていると言及されるだけなのです。
ここからわかるように、本作の魅力は滅茶苦茶なことを滅茶苦茶なまま押し通す、SFなのにナンセンスでパワフルなところにあります。
理屈は抜きにして楽しむのが「ガイド」流。堅苦しいSFに疲れた人には、特におすすめです。
身勝手で迷惑な宇宙道路工事のせいで、地球は消滅。生き残ったのは間抜けなイギリス人アーサー・デントと、彼の友人にして地球現地調査に来ていた宇宙人フォード・プリーフェクトだけでした。
2人は「偶然」にも、ゼイフォード・ビーブルブロックスとトリリアンが乗る宇宙船「黄金の心」号に救出されました。そして、「偶然」顔見知りでした。4人は最終的に、地球が破壊されてしまった本当の理由を探しにいくことになります。
こうして、アーサー達が宇宙のさまざまな場所を転々と旅する、スラップスティック・コメディが始まるのです。
1952年3月11日生まれのイギリス人。2001年5月11日に、49歳という若さでこの世を去りました。
彼は元々ラジオドラマなどの脚本家。1974年にコメディの脚本を書き、モンティ・パイソン(カルト的人気のマルチタレント集団。日本でいえばザ・ドリフターズが近いでしょう)のグレアム・チャップマンに見出されます。後に伝説の番組「空飛ぶモンティ・パイソン」のエピソードに参加することになりました。
この他、世界最長のSFテレビドラマ『ドクター・フー』に関わっていたこともあります。
彼は作家としては寡作な方ですが、絶大な影響力のある人物でした。今でもファンを中心に、その命日には物語に登場するアイテムに引っかけた「タオル・デー」という運動がおこなわれているほどです。
主人公の名前はアーサー・デント。他の主要人物は濃いキャラばかりですが、彼だけはなぜか非常に薄味。特技もなく、頭の回転も悪く、的外れな言動をくり返す、うだつの上がらないイギリス人です。数少ない地球の生き残りなのにダメダメなのが特徴。後にサンドイッチ職人になります。無自覚に問題を起こすトラブルメーカーです。
フォード・プリーフェクトは「銀河ヒッチハイク・ガイド」の現地調査員。地球へは調査に来ていましたが、15年間も立ち往生していました。行動力があるので物語の起点になる人物ですが、同時に問題行動もしばしば。変なことは大抵彼のせいです。明確なトラブルメーカー。
ちなみに本名は発語不能なので、偽名です。イギリスでよく見かけるフォード社の大衆車に由来し、ありがちな人名より車が広く普及しているというジョークで、さらに調査が甘くて間が抜けていることがわかります。日本風にいえば「松田アテンザ」や「豊田クラウン」のようなニュアンスでしょう。
ゼイフォード・ビーブルブロックス(旧版などではザフォド)はフォードのはとこで、宇宙一有名な奇人。なのに、なぜか銀河帝国の元大統領。自己顕示欲が強く、2つの頭と3本腕が特徴です。何が起こっても、ゼイフォードだから、で通る困った人物。トラブルメーカーであり、多くの厄介事は彼に起因するといっても過言ではありません。
トリリアン、本名はトリシア・マリー・マクミラン。地球人最後の女性です。地球が破壊される以前、ゼイフォードにナンパされて宇宙に出たことで難を逃れました。作中では冷静なツッコミ役。かつてアーサーとほんの一時だけいい仲になりそうでしたが、第5部で……。
そして脇を固めるのが、マーヴィンです。シリウス・サイバネティクス社製超高性能ロボットですが、超高精度の演算機能に人間そっくりの人格を搭載してしまったため、深刻な鬱病になってしまいました。そのせいで華々しさはありませんが、地味〜に要所で活躍します。
本作の常識破りのSF設定についても触れておきましょう。
1番際立っておかしいのは、主人公達が乗る宇宙船「黄金の心」号のメインエンジン「無限不可能性ドライブ」でしょう。
光速、超光速くらいは当たり前の世界観ですが、それでも宇宙の端から端まで移動するには時間がかかります(地球を潰して高速道路を作るくらいなので)。
ところが無限不可能性ドライブは、黄金の心号が宇宙のどこにでも偏在するわずかな可能性を導き出して、出来事の確率に作用して「絶対に起こらないこと」が「起こる」まで可能性を増大させることで、「偶然」の結果として目的地にワープさせるのです。
「偶然」に介入して次々あり得ないことを起こすという、SFにあるまじき不条理な設定。アーサーとフォードが「偶然」助かったのもこのおかげでした。
副次的効果として、使用の度に「酔っ払いの妄想でもありえない」というような不条理な出来事が船内で発生します。
さらに滅茶苦茶なのは、レストランでの時間感覚、数値が現実離れしていることを利用したワープシステム「レストラン数論ドライブ」です。
欧米では一食を終えるのに異常に時間がかかったり、オーダーと違うメニューが来たり、注文と精算で食い違いがある、というあり得ないことが起こる実態を皮肉ったネタ。見た目がレストランそのもの(食事も可)というのもぶっ飛んでいます。
本作には、時の最果てにはタイムワープで宇宙終焉の瞬間を観覧しながら食事する「宇宙の果てのレストラン ミリウェイズ」があり、逆に宇宙誕生の瞬間が堪能出来る「ビッグバン・バーガー・イン」という場所も登場。宇宙の始まりも終わりも、スナック感覚で楽しむ凄い世界観です。
例外的にまともなSFガジェットに、アイテムとしての「ガイド」を挙げることが出来ます。ディスプレイ付き小型端末という今日の電子書籍・辞書を先取りしたかのような設定は、約40年前に書かれたことを思えば驚嘆に値するでしょう。
本作は欧米では大人気作品なので、出てくるジョークのいくつかはいろいろなところでパロディになっています。
たとえば「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」が「42」というネタ。意味があるようでまったくないこのフレーズは、それでも意味深なことからさまざまな場所で格好のパロディにされているのです。
このパロディでもっとも有名なのは、Google検索でしょう。試しに「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」と検索してみてください。
他には地球で1番賢いのはハツカネズミで、2番目はイルカ、人間は3番目というネタもあります。これはディズニーの3Dアニメ『ファイアボール』でオマージュされました。
また、英語圏らしいジョークとしては、フォードの出身地ベテルギウス(Betelgeuse)があります。英語読みだと「ビートルジュース」となって、「カブトムシの汁」という意味になるダジャレだとか。
他にも冒頭で、「ある人物」が磔になってから2000年後、という描写が出てきてドキドキさせられます。それはもちろんイエス――。
本作は1作目『銀河ヒッチハイク・ガイド』に始まり、『宇宙の果てのレストラン』、『宇宙クリケット大戦争』で終わる全3部作のシリーズです。
宇宙の地上げ屋ヴォゴン人によって、地球は理不尽に破壊されてしまいました。アーサー達は紆余曲折を経て、惑星マグラシアへと辿り着きます。そこは、ある意味で地球人の故郷といえる場所だったのです。
遥か昔、宇宙の謎を解き明かそうとした人々が、数百万年かけて例の「42」という答えを出しました。その意味を理解するには、答えと対になる「究極の問い」が必要と判明し、マグラシア人に惑星規模のスーパーコンピューターを作らせました。
そのコンピューターは地表の生命体を部品として、46億年かけて「問い」を計算し続けたのです。
- 著者
- ダグラス・アダムス
- 出版日
- 2006-04-05
そう……そのコンピューターこそ、地球でした。地球が破壊された本当の理由は、「問い」を知られると困る連中の差し金だったのです。
正編3部作では、この「問い」に絡めてアーサーらが右往左往します。
過去に戻ったり、ゼイフォードの真の目的である「宇宙の支配者」を探しにいったり、はたまた破壊される前の現代地球に帰還して、宇宙スケールのわかりにくいクリケット(野球に似たイギリス伝統競技。ルールがややこしい)をおこなったり、多くの冒険が描かれるのです。
究極の問いや宇宙の支配者はいろいろと意味深ですが、特に示唆的なのが3作目に登場するクリキット人でしょう。本来善良で牧歌的だった彼らが、全宇宙を敵に回す最悪の種族に変貌した理由。ちっぽけなきっかけが逆にリアリティのある設定で、ダグラス・アダムズの皮肉を感じさせます。
全3部作のシリーズには、4作目『さようなら、いままで魚をありがとう』と5作目『ほとんど無害』という続編が出ています。
4作目はこれまでとは打って変わって、アーサーが目立つラブストーリー。ヒロインの名前はフェンチャーチ。地球の「究極の問い」を出力するはずだった娘です。1作目の冒頭で儚く死んでしまったものの、これまで一切取り上げられなかった彼女が、ここではメインとなります。
シリーズとは毛色の違ったむず痒い展開が、新鮮で面白いエピソードです。
- 著者
- ダグラス・アダムス
- 出版日
- 2006-08-05
そして完結編『ほとんど無害』。平行宇宙のトリリアンと、なんと彼女とアーサーの娘であるランダムが登場します。アーサーと2人のトリリアン、そしてランダムの関係が鍵。
その一方、1人で「ガイド」の出版社に乗り込んだフォードが余計なことをして、意志を持った新型「ガイド」――「銀河ヒッチハイク・ガイド第2号」が稼働し始めます。
この完結編は物語の完成度はシリーズ随一ですが、同時にシリーズの醍醐味が失われているとファンには不評で、賛否両論のある作品でした。
ダグラス・アダムズ本人も自覚があったようで、もっとお気楽で楽しいラストが相応しい、と第6作を執筆する気でいたようです。しかし、新作発表前に永眠してしまい、史上最高のナンセンスSFは未完結のバッドエンドで終わってしまいました。
前述したように作者死去により、物語はバッドエンドで完結したはずでした。
しかし2009年になって、アイルランド人のオーエン・コルファーが後を引き継いだ新作『新 銀河ヒッチハイク・ガイド』が発表。原題『And Another Thing...(もう1つ言いたいことが……)』や『Part Six of Three(3部作の第6部)』といったサブタイトルに、ダグラス・アダムズらしいおふざけ感があります。
物語は『ほとんど無害』のラスト直後から開始。登場人物の絶体絶命のピンチを、コルファーは豪快な手腕で救い出しました。
- 著者
- オーエン コルファー
- 出版日
- 2011-05-07
アーサー達はある事情から不死をも殺せる存在を探すため、新たな旅に出ました。その過程でアーサーやトリリアン、彼らの娘ランダムとは異なる地球人の生き残り集団を発見するのです。
もちろん旅程は順調にいきません。厄介な地上げ屋ヴォゴン人がまたしても登場し、彼らは自身のプライドに賭けて、抹殺し損ねた地球人の絶滅を狙って動き出すのでした。
全編にダグラス・アダムズのナンセンスさが滲み出ており、コアなファンも納得の出来映えとなっています。「ガイド」を引用したという体裁の注釈が大量に挿入され、バカSFの正統な系譜であることを否が応でも痛感させてくれる内容といえるでしょう。
イギリス人のアダムズがイギリスを茶化したことにならって、コルファーはシリーズの持ち味を消さない程度にアイルランドネタを仕込んでいるのも特徴。新キャラのヒルマンが、ステレオタイプなアイルランド人として描かれるのが、その一例です。
別人が書いた続編なのに、妙に懐かしくて、奇妙に新しい傑作となっています。
本シリーズには、印象に残る台詞がいくつも登場します。ストーリーを彩るそれらの名言をピックアップしてご紹介しましょう。
「こんなときになって(中略)
まもなく深宇宙で窒息して死ぬってときになってやっと、
子供のころにおふくろの言ってたことを聞いときゃよかったと本気で後悔してるよ」
「へえ、なんて言ったんだ?」
「だから聞いてなかったんだよ!」
(『銀河ヒッチハイク・ガイド』より引用)
危機一髪でヴォゴン人の宇宙船に潜入した2人は、すぐに捕らえられ、エアロックから放り出されようとしていました。その時になってアーサーが呟いた台詞です。「後悔先に立たず」が身に染みる名言。
- 著者
- ダグラス・アダムス
- 出版日
- 2005-09-03
「愛してるって言えたらいいんだけど(中略)
ごめんよ。なにしろいま会ったばっかりだもんな。
でも、何分かすれば会ったばっかりじゃなくなるから」
(『ほとんど無害』より引用)
突然現れたトリリアンに、身に覚えのない娘ランダムを預けられたアーサー。知らないうちにDNA銀行経由で父親になっていたとはいえ、なんとかコミュニケーションを取ろうと苦心した時の台詞です。アーサーのデリカシーのなさと、ほんのちょっとの人のよさが垣間見えます。
「ぼくは締め切りが好きだ。
びゅーんと来て去って行くあの音がいい」
(『さようなら、いままで魚をありがとう』より引用)
登場人物ではなく、ダグラス・アダムズの名(迷)言です。彼はとてもルーズな作家だったらしく、締め切りをしょっちゅう破っていたそう。この発言はつまり……そういうことです。反面教師にして、約束はちゃんと守るようにしましょう。
残念なことに『銀河ヒッチハイク・ガイド』シリーズは、日本ではディープなSFファンか、限られた好事家が知っているだけのマイナー作品です。やや取っ付きにくいのは事実ですが、もしも本記事で気になった方は、ぜひとも世界的人気を誇る本作に触れてみてください。