1837年に発表された、チャールズ・ディケンズによる長編小説。19世紀の刊行から現代に至るまで何度も舞台・映像化され、人々から長く愛されている作品です。 イギリスを代表する名作の1つといえるこの小説のあらすじや魅力について、紹介していきましょう。
主人公・オリバーは、救貧院で生活する孤児の1人。救貧院や奉公先での過酷な生活や虐待に耐え兼ねたある夜、夜逃げを決行した彼はロンドンへと向かいます。そして窃盗団や横柄な役人、親切な紳士や令嬢などさまざまな人に出会うなかで、多くの事件に巻き込まれていくのです。
その後、自身の出生に関わる秘密に迫っていくことになり……。
- 著者
- チャールズ ディケンズ
- 出版日
舞台・映像化も数多くされており、2005年にはロマン・ポランスキー監督による映画も公開されました。キャストは主人公・オリバー役にバーニー・クラーク、フェイギン役にベン・キングズレー、ブラウンロー氏役にエドワード・ハードウィックが起用されています。
また『キングスマン』のマーリン役でも注目され、イギリスの名悪役俳優として知られるマーク・ストロングも、窃盗団のメンバーであるトビー・クラキット役で出演しました。
2007年には『オリバー・ツイストリニューアル・バージョン』と称した、ウィリアム・ミラー主演のBBCによるドラマも製作されています。
チャールズ・ディケンズは19世紀のイギリスの作家で、『クリスマス・キャロル』『二都物語』『デイビッド・コパフィールド』など多くの作品が評価され、その名が現代まで語り継がれています。
1992年から2003年まで発行された10UKポンド紙幣には彼の肖像画が印刷されており、イギリスを代表する作家の1人といえるでしょう。
- 著者
- ディケンズ
- 出版日
- 2011-12-02
彼自身は中流階級の出身ですが、父親の借金のため、本作の主人公・オリバーと同様に苦しい生活を強いられた少年時代を過ごしました。
そんな彼は、特に労働者階級に心を寄せながら、当時の社会の様子を子細に描写しています。その語り口はユーモアにも富んでいて、当時のロンドンの街並みや、人物の様子が眼に浮かぶような鮮やかさが特徴です。
そうして描かれた小説に登場する数々のキャラクターは、善人も悪人もそれぞれ人間的な魅力に溢れ、今なお根強い人気を誇っています。
この作品が描かれた背景として、「救貧法」という法律の改正が問題になっていたことが挙げられます。
救貧法とは、元はヘンリー8世の時代に始まった法律です。当時のイギリスでは貧しさのために犯罪に走る人々が少なくなく、社会問題となっていました。これに対して貧困者の衣食を税金で賄うことで生活のための盗みなどを抑止する目的で作られたのが、この法律です。救貧院では衣食の他に、仕事も与えられました。
しかし、本作が発表される直前である1834年におこなわれた改正では、福祉費用が大幅に削減。この改正の背景には「貧しい人々は、救貧法に頼って労働を怠っている」という社会からの反感があったようです。
また、当時の経済学者・マルサスは「社会が貧困者を救済することは、貧困者の人口を増加させることにつながる」として救貧法の廃止を主張していました。
この法律については作中でも描写があり、8歳になったオリバーが救貧院に収容されたのと同時期に法改正がおこなわれたようです。
改正後、救貧院の環境は非常に劣悪なものになっていきました。収容者は、満足な食事を与えられません。
その結果、作中には「葬儀屋からの請求が増え」「貧困者も含めて救貧院の収容者の数は減り、委員たちはこの上なく喜んだ」(『オリバー・ツイスト』より引用)という内容が描かれました。多くの人が衰弱死したことが、容易に想像できます。
こうした救貧院の劣悪な環境は、非人道的であるとして多くの批判も受けました。
オリバーは救貧院で生まれました。母親は名前も身元もわからないまま亡くなってしまい、彼は生まれると同時に天涯孤独の身となってしまいます。
「オリバー・ツイスト」という名前は、教区吏のバンブル氏が与えたものです。彼は孤児に与える名前をアルファベット順に考えていて、オリバーの時はTの順番だったため、「ツイスト」という姓になりました。
オリバーは、幼少期はマン夫人という女性のもとに預けられ、8歳の時に救貧院に入って仕事を与えられます。マン夫人は救貧院から委託されて孤児の世話をしており、オリバーの他にも多くの子供の面倒を見ていました。しかし、ここでも与えられる食事は少なく、ずさんな監督下で子供が亡くなることは珍しくなかったようです。
救貧院でも僅かな食事しか与えられず、奉公先の葬儀屋でも虐待を受けるなど過酷な環境で育ってきたオリバー。そのせいか年齢の割に小柄で、痩せ細った身体でした。
しかし、その貧相な身体には、善良でたくましい精神が宿っています。多くの人と出会い、虐待を受けたり犯罪に巻き込まれたりしながらも、彼自身は自ら非行に走るようなことはせず、最後まで善良な人間であり続けるのです。
そして、ブラウンロー氏やローズなど親切にしてくれた相手には深く感謝し、恩義に報いようとします。その姿は、読んでいて非常に好感が持てるでしょう。
辛い境遇にありながらも人から受けた愛や親切を素直に受け取り、それに誠実な気持ちで応えようという健気な在り方は、読者に「応援したい」「幸せになってほしい」と思わせる魅力があるのです。
オリバーは物語のなかで、さまざまな人に出会います。そのなかでもぜひご紹介したいのが、ナンシーとローズという2人の女性でしょう。
ナンシーはフェイギン率いる窃盗団のメンバーですが、オリバーと出会って善良な本心に嘘をつけなくなっていきます。「オリバーを見るだけで、自分にも窃盗団の仲間にも背いてしまう」と言って、犯罪の片棒を担いで生きてきた自身の現状と心の奥底にある良心の間で悩み苦しむ女性です。
やがて意を決した彼女は、オリバーを貶めようと企むモンクスやフェイギンを告発し、オリバーを救う道を切り拓こうとします。悪党の一味だった彼女が善良な心を呼び起こし、勇気を出す姿は胸に迫るものがあるでしょう。
ローズは、窃盗団が強盗目的で押し入ったメイリー邸で暮らす令嬢です。彼女の清らかさや美しさは言葉を尽くして描写され、天使のような存在として表現されています。
強盗の仲間として捕まったオリバーのことも、怪我を心配して警察から庇って保護するなど、慈悲深く善良な心の持ち主です。その後もオリバーを守るために尽力してくれる、非常に心強い存在となります。
そして、忘れてはならないブラウンロー氏の存在ですが……彼のことは、後述するページで詳しくご紹介しましょう。
物語には、暴力的な悪漢ビル・サイクスや、オリバーを貶める計略を巡らせるモンクスなど多くの悪人が登場。なかでも特に注目すべき人物といえば、やはりフェイギンでしょう。
彼は子供たちを集めてスリとして育てている、窃盗団のリーダーです。オリバーに関してモンクスと秘密の取引を交わしており、そのためオリバーを窃盗団に引き入れることに執着するようになっていきます。
フェイギンの描写には「ユダヤ人」という呼称が度々使われており、これにはシェイクスピアの『ヴェニスの商人』の時代から続く、ユダヤ人への嫌悪感が反映されています。また、フェイギンのことを指して使われる「陽気な老人」という言葉も、悪魔を連想させるものとして使われていました。
このような表現を使うことで、読者のフェイギンに対する悪人の印象が、より強いものになっているのです。
オリバーが暮らしていた救貧院とは、孤児や貧しい浮浪者を支援する目的で作られた施設です。しかし実態としては、暮らしぶりはとても貧しく、職員からの虐待も受ける厳しい環境でした。
薄いお粥を小さなボウルに1杯だけという食事は、育ち盛りの子供たちにはとても足りません。ある日クジ引きで負けたオリバーは、子供たちを代表して給仕係にお粥のお代わりを要求し、このことで救貧院は大騒ぎとなりました。
「食事を恵んでもらっている身でありながら、与えられたものに満足しないとは、なんて不遜な態度だ」と非難され、彼は救貧院を追い出されて葬儀屋で下働きをすることになるのです。
救貧院を出た後、奉公先の葬儀屋でも嫌がらせを受けてとうとう逃げ出したオリバーは、ロンドンを目指すことにしました。
そこまでの70マイル(約113km)の距離を歩く道中では、お金も荷物もほとんどないまま、物乞いをしながら命を繋ぎます。多くの人から冷たい視線を向けられながら、彼は辛い道のりを1週間も歩き続けました。
そして、その後出会ったジャック・ドーキンズという少年に連れられて、フェイギン率いる窃盗団のアジトに迎え入れられます。オリバーは彼らが犯罪者集団とは気づかないまま新たな仲間の元に身を寄せ、やがて自身の出生を巡る陰謀に巻き込まれていくことになるのです。
ブラウンロー氏は、この物語の重要な人物です。窃盗団の仲間がオリバーを初めてスリの仕事に連れ出した際に、ターゲットとなったことがきっかけで出会います。
実際には何もしていないオリバーでしたが、同行者がスリを働いたことに驚いて逃げ出したため、泥棒の仲間と思われて捕まってしまいます。その時ブラウンロー氏は、乱暴に取り押さえられて怪我を負った彼の姿を見て「かわいそうに!」と言葉を漏らしました。
自分がスリの被害に遭ったにもかかわらず、犯人と思われる少年の怪我を心配してしまうほど、情け深く優しい紳士なのです。
彼は、スリの疑いが晴れて釈放されたオリバーを保護して、自宅に連れて帰ります。怪我と疲労で寝込んでしまったオリバーはブラウンロー邸で手厚く介抱され、紳士の優しさに触れて幸せな時間を過ごしました。この心優しいブラウンロー氏との出会いは、読者にとっても大変幸福な場面でしょう。
その後オリバーは、窃盗団にほぼ誘拐される形で連れ戻されてしまいます。誘拐の真相を知らず、「オリバーに裏切られたのでは」と疑うブラウンロー氏の姿は非常に痛ましいものです。
しかし、その後も紳士はオリバーを忘れることはなく、物語の最後まで関わってくる重要な人物として活躍していきます。
イギリス人らしい皮肉とユーモアを織り交ぜながら語られる物語を読み進めていくと、時に深い納得や感心をもたらす言葉が目にとまります。あるいは、自身にも思い当たるような言葉に出会うこともあるかもしれません。
そんな数ある名言からいくつかを抜粋し、ご紹介しましょう。
「背打や表紙の方が中味よりよっぽどいいというような書物もあるからね。」
(『オリバー・ツイスト』より引用)
ブラウンロー邸で看病を受けて回復したある日、オリバーはブラウンロー氏の書斎に呼ばれます。部屋を埋め尽くすようなたくさんの本を目の前にして驚く彼に優しく読書を薦めるブラウンロー氏が、「ものによりけりだが」と続けて言ったのが、このセリフです。
立派な装丁の割に大した内容ではない書物に対する皮肉ですが、本だけではなく、人間にも当てはめて言うことができますね。世の中にはさまざまな人がいますが、時には見かけばかり気にして、去勢を張るような人物に出会うこともあるでしょう。
オリバーに対する「見かけに惑わされず、本質を判断できる教養や分別を身につけてほしい」という願い、そして彼にはきっとそれができるという期待が込められた言葉です。
「男の子であっても、女の子であっても、
この苦しい世の中で友だちになってくれる人をあたえて下さいまし」
(『オリバー・ツイスト』より引用)
これはオリバーの母親である女性が、彼を産んだ直後、亡くなる間際に発した言葉です。この母親を看取った老婆・サリーが、当時のことを懺悔しているときに語られています。
自らの命が尽きることを知りながら、生まれた子どもを苦しい世界に1人遺していく女性の無念と、せめてもの救いが我が子にあるようにという願いがひしひしと伝わってくるセリフです。
「罪悪は死と同じように、老い衰えたもののみを襲うとは限りません。
どんなに若く美しくとも、また、しばしばその犠牲にえらばれるのです」
(『オリバー・ツイスト』より引用)
オリバーは窃盗団の犯罪に巻き込まれ、強盗に押し入ったメイリー邸でまたしても怪我を負い、保護されます。彼のことを心配し、「こんな幼い子供が強盗のはずがない」と主張するローズに対して、ロスバーン医師が返したのがこのセリフです。
一般的に老人の方が死に近いものというイメージがあり、元気な若者はまるで関係無さそうに見えるものですが、どんなに若くて善良でも、不慮の事故や病気で亡くなってしまう人もいます。
それと同じように、犯罪とはかけ離れた印象の人物であっても、悪事に手を染めてしまうことは有り得るのだということをロスバーン医師はローズに諭しているのです。
先入観に囚われてはいけないという戒めと同時に、幼い子供でさえ犯罪に手を出さなければ生きていけない社会の厳しさに、悲しみを感じさせる言葉です。
オリバーが生まれたのは、マドフォッグという町でした。母親の女性は通りで倒れていたところを救貧院に運び込まれましたが、そこで赤ん坊を産んだ直後に亡くなってしまいます。
この出産に居合わせたのは、教区と契約している医師とサリーという名の老婆でした。サリー婆さんはオリバーの母親が亡くなる瞬間を看取り、最後の言葉を聞いた人物です。
母親は亡くなったときに金の指輪とロケットペンダントを身に付けており、これを「安全なところにしまっておいて」とサリー婆さんに託しました。
その後、純金の指輪に欲が出たサリー婆さんは、託された品物を質屋に入れてしまいます。しかし自身が亡くなる直前、罪の意識からこのことを告白し、指輪と交換できる質札を救貧院の婦長に託そうとするのです。
実はこの指輪こそが、オリバーの出生を明らかにする証拠となる品物で、モンクスはずっとこれを探し続けていました。
そして運命とは不思議なもので、指輪から判明するオリバーの両親は、ある重要な人物とも関わりがあったのです。
オリバーを守りたいブラウンロー氏やローズ、決して一枚岩ではない窃盗団、オリバーを貶めようとするモンクス……。
三者三様の思惑が交錯するなか、ナンシーの告発により、ブラウンロー氏はついにオリバーを悪の道に引きずり落とそうとする黒幕が、モンクスであることを突き止めます。
そんななか窃盗団にも破滅の足音は忍び寄り、とうとう殺人事件を起こしたサイクスは、自らが犯した罪に怯えながら逃亡を図るのです。事件への関与が疑われたフェイギンも警察に捕まることとなり、仲間たちもバラバラになってしまうのでした。
窃盗団の仲間の隠れ家に逃げ込もうとするサイクスでしたが、仲間から拒絶され、やがて争いが起こります。騒ぎを聞いた警察も駆けつけて追い詰められた彼は、屋根から脱出を試みますが……。
- 著者
- チャールズ ディケンズ
- 出版日
- 2006-01-25
一方で、ブラウンロー氏はいよいよモンクスと対面し、彼の過去の悪行や、オリバーに関わる目論見を次々と暴いていきます。
どうしてモンクスは執拗にオリバーを貶めようとするのか、それをすることで彼に何の得があるのか。陰謀のすべてが白日のもとに晒されるとき、オリバーの出自の秘密が明かされていくのです。
善人たちと悪人たちのそれぞれの結末からは、「善良な心を持つ人こそ、幸せに報われてほしい」という作者の願いが感じられます。オリバーのように、苦境に立たされながらも気高い心を持って生きてこそ、本当の幸せを掴み取る道が拓けるのだと、読者を勇気づけてくれる作品なのです。