辛いときに優しくしてくれた人のことを忘れることはないでしょう。ほのかな好意を、思い出とともにそっと胸にしまっているという方もいると思います。 『アンダー・ユア・ベッド』は、そんな好意が行き過ぎてストーカーとなった男の物語。ストーカーが主役の本作は、初恋相手を探し出すところから始まり、どんどん思わぬ方向に動いていく展開です。 この記事では、高良健吾主演で映画化されることでも話題の本作の見所をご紹介します。ネタバレも含まれますので、ご注意ください。
人と接することが苦手な三井直人。無気力な日々を送っていましたが、ある日突然、学生時代に出会った千尋のことを思い出します。
彼女は結婚し、1児の母となっていました。彼女の近所に引っ越し、動向を観察し始めた直人。様々な手段で千尋の生活を監視することで、彼女の置かれている悲惨な日常を知ってしまいます。
ストーカーの迫りくる恐怖を描くのかと思えば、恋愛小説とも評される本作。人間の心の闇に、言いようのないやるせなさと恐怖を感じる作品です。暴力や凌辱といった、凄惨な描写もあるため、苦手な方はご注意ください。
- 著者
- 大石 圭
- 出版日
- 2001-03-09
ストーカーが主人公という時点で読者としては抵抗があるかもしれません。しかし、相手を害する意思はないということだけは確かに伝わる異色の作品といえるでしょう。
2019年7月19日には実写映画が公開されます。キャストも発表されており、ストーカー男の三井を演じるのは、高良健吾。ベッドの下から覗くキービジュアルで、虚ろな目が印象的です。ほかにも西川可奈子、安部賢一などの出演が発表されています。
作者の大石圭は、1961年5月10日生まれ、東京都の出身です。法政大学文学部を卒業後、一般企業に就職しました。
1993年『履き忘れたもう片方の靴』で河出書房新社が主催する文藝賞を佳作を受賞し、デビュー。純文学での受賞ですが、その後はホラーやサスペンス作品を数多く発表してきました。
メディアミックスされた作品が多く、『湘南人肉医』を原作とした映画「最後の晩餐-The Last Supper」が2005年に公開。ほかにも2019年に小説『殺人鬼を飼う女』など、多くの作品が映画化されました。また、ホラー映画「呪怨」シリーズのノベライズを手掛けていることでも知られています。
- 著者
- 大石 圭
- 出版日
- 2003-11-01
容赦ない描写が多く、凄惨なシーンには読み進めるのをためらうほどです。しかし、ただグロいだけではなく、エロティックな印象を受けるのも大きな特徴。
本作では、三井がベッドの下に潜り込み、家の中を監視しているシーンや、千尋が受ける暴力などに大石作品らしさを感じるでしょう。
また、犯罪者を主人公にする作品が多いですが、作者は彼らを「絶対的な悪にはしたくない」というこだわりがあるようです。応援したくなるようなキャラクターを目指しているようで、本作の主人公もぴったりとハマります。
ストーカーではあるものの、自分ではなく相手の幸せを考えている。そんな姿は思わず応援したくなってしまうのです。
主人公の三井直人は、誰からも顧みられない孤独な男性です。佐々木千尋と出会った学生時代も孤独でしたが、社会人になってもそれは変わらず、静かな生活を送っていました。 趣味は熱帯魚の飼育で、千尋の住む町に引っ越した際にお店を開くくらい知識が豊富です。
学生の頃、誰からも呼ばれなかった名前を呼んでくれた千尋との思い出が忘れられないでいました。また名前を呼んでほしい。自分を認識してほしいとの思いから、千尋のことを探し始めました。
そして彼女の住む家を見つけ、熱帯魚飼育のための水槽搬入を手伝うことに。その際に合い鍵を入手します。盗聴器をしかけるために不法侵入をし、さらには夫婦のベッドの下に潜り込み……どんどん行動はエスカレートしていくのでした。
学生時代は、優しく明るい性格で皆の人気者だった千尋。
9年後に三井が探し当てた千尋には、あの頃のはつらつとした明るさは失われていました。やつれた姿は、年齢以上に老いてしまった印象を受けるのです。疲れ果てた姿はお世辞にも幸せそうだとは言えず、三井はショックを受けます。
結婚して子どももいて、学生の頃とは変わる部分も多いでしょう。仕事や家事に追われ、体力的に厳しいのかもしれません。しかし忙しいだけでそんなにも老け込んでしまうのでしょうか。
実は、夫から家にいることを強要され、外部との接触をほぼ絶たれている状態だったのです。彼女が接するのは、娘と夫だけ。さらに夫から無理難題を突き付けられ、暴力を振るわれていました。
助けてほしいけれど誰にも言えない。彼女の毎日は救いがなく、自分の命だけでなく娘の命までも危うい状況。終わりの見えない日々は、千尋に絶望しか与えていなかったのです。
千尋の夫である健太郎は、イケメンでたくましく気のよい青年として近所でも知られています。しかしそれは対外的な姿。家の中では千尋に暴言を吐き、暴力をふるい、凌辱行為をおこなうなど、DVやモラハラばかりの最低な夫でした。
健太郎は封建的で、女は黙って男に従うものだと考えています。束縛が強く、千尋が外に働きに出るのは禁止。日々大量の内職をさせ、食事は料亭並みの豪華なものを要求してきます。
暴力を振るうこと、千尋を支配することに快感を見出しており、自尊心や征服欲を満たしているのです。 家ではさんざん彼女の人間としての尊厳を粉砕し、さらには、不倫もしているという始末。よくぞここまでというくらい、最低な夫の要素がてんこ盛りにされています。
夫が最低で、千尋が救われない状況下にいたとしても、三井のストーカー行為を正当化する理由にはなりません。三井の行動を気持ち悪い、異常だと感じる読者も多いでしょう。しかし、物語が進むにつれ、この異常な行動の彼に、感情移入してしまうのです。
三井は自分の存在を認めてくれた千尋に対して、執着を抱いています。それは自分が幸せを得るためだけの、身勝手な愛ではありません。三井は常に、誰か別の人が彼女を幸せにしてくれるようにと願っているのです。
「千尋のためなら、自分が犯罪者になっても構わない」彼の考える千尋の幸せの中に、自分は存在しないというところが切ないところ。歪んだ愛情を持った孤独な男は、他人の幸せを願えども、自分を幸せにすることは考えていません。
健太郎の身勝手さに反する、三井の献身的な姿。報われなくともかまわないという、真っすぐな愛情に感情移入してしまうでしょう。
三井は不法侵入をして盗聴器などを仕掛け、夫婦の様子を監視した結果、千尋が酷いDVを受けていることを知ります。しかし、助けようにも健太郎に体格では敵いません。そんな時、ひどく暴力を受けた千尋は、娘を連れて家を出ることを決意します。
彼女は自分の家に不法侵入している人間がいることに、気が付いていました。最初は気味悪がっていましたが、彼女の心境に変化がありました。家から持ち出したライターに仕掛けられた盗聴器に気づき、「陰ながら自分を支えてくれていた人がいたのだ」と、ライターに語り掛けるのでした。
しかし千尋がいたのは、盗聴器の電波が受信できる外側。三井に届くことはありませんでした。彼は千尋が一時的に安住の地を得たことを悟ります。一抹の寂しさを抱えながら、彼女から離れようと考えます。
しかし、健太郎は逃げ出した千尋を見つけてしまい……。
- 著者
- 大石 圭
- 出版日
- 2001-03-09
暴力を振るわれる千尋をベッドの下で見ている時、助けるか否かで葛藤していた三井がどんな行動に出るのか、ぜひご注目ください。そして、逃げ出した千尋が連れ戻されてしまった後……きっと彼を応援したくなってしまうでしょう。
千尋の側にいた2人の男性は、それぞれ利己的な愛情の持ち主です。自分が満たされることだけを考えている健太郎と、相手が幸せになってほしいと望む三井もまた、自分の愛情が満たされることを考えているのです。相手が幸せならそれでいい。それは、他者がどうこう入り込む余地はありません。
醜く歪みながら、美しくもある「愛」。そんな2つの利己的な愛情を、描いているのかもしれません。
ストーカー行為をする主人公という、衝撃的な設定の本作。純愛ととれる部分もありますが、暴力や凌辱描写に一切の容赦がなく、苦手な方はご注意ください。美しくも醜いテーマの本作が、どのように表現されるのか、映画版にも期待が高まります。