『路(ルウ)』吉田修一が描く4つの切ない物語。登場人物、あらすじを解説

更新:2021.11.29

『横道世之介』『怒り』といった映画化された小説を数多く手がける作家、吉田修一。彼の作品のひとつで、NHKと台湾のテレビ局PTSの日台共同制作でテレビドラマ化されたのが、長編小説『路(ルウ)』です。 台湾に新幹線が開通するまでの8年間を、そこに携わる4組の人々の人間模様を中心に描き出していきます。この記事では、登場人物たちの魅力やあらすじ、見所などを紹介していきます。

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『路(ルウ)』に吉田修一の台湾への愛を感じる。2020年ドラマ化!【あらすじ】

 

『路(ルウ)』は、台湾を舞台に描かれた、吉田修一の手がける長編小説です。4組の登場人物たち(多田春香と劉人豪、安西誠とユキ、葉山勝一郎と中野赳夫、陳威志と張美青)が織りなす人間模様を描き出します。

物語の軸となるのは、日本の新幹線を台湾に開通させようとする「台湾新幹線プロジェクト」。これにさまざまな形で関わる日本人と台湾人の人生模様、彼らの心の絆を紡いでいきます。

日本と台湾の政治的背景や、台湾社会の状況を描きながら、ひとつのプロジェクトをとおして繋がっていく人々の様子は、心温まるもの。読了後は思わず涙してしまうような感動長編に仕上がっています。

同作品は、2020年にNHKと、台湾のテレビ局PTSにより『路〜台湾エクスプレス〜』というタイトルで、テレビドラマ化されました。主演はNHKの連続テレビ小説『あさが来た』の主人公を演じた波瑠が担い、主人公の多田春香を演じます。

 

吉田修一とは。『怒り』でも有名!

 

本作を手がけたのは、作家・吉田修一。朗らかで明るい主人公の大学時代1年間をメインで描いたハートフル小説『横道世之介』や、前歴不詳の3人が、現在の環境に馴染んだところで殺人事件の犯人に似ていることが分かり、物語が動いていく長編小説『怒り』などの作品で知られています。

吉田修一は、さまざまな賞を手にしてきた日本を代表する作家のひとりです。1997年『最後の息子』での文學界新人賞を皮切りに、2002年『パレード』で山本周五郎賞、同じ年に発表した『パーク・ライフ』で芥川賞、2019年には『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しました。賞だけでなく、多くの作品が映画化もされています。

 

著者
吉田 修一
出版日
2016-01-21

 

そんな彼の大きな魅力のひとつが、「人間の深層部分」を描き出した作風。ファンタジー、サスペンス、ミステリーといった固定のジャンルに分類されず、「ひとつの事件」や「ひとりの人間」を軸に、それに関わる人たちの心の機微や背景を丁寧に描いています。

本作『路(ルウ)』は、『横道世之介』と同じく2012年11月に発表された長編小説です。長崎県出身の吉田修一は、舞台となる台湾を旅行した際、「雰囲気がどこか長崎県に似ている」として、親近感が湧いたと話しています。

さらに台湾が好きということで、現地の人々の人柄はもちろん、文化、風土なども細かく描かれ、吉田修一作の「台湾ガイドブック」のような一冊にもなっています。登場人物の心理描写たちだけでなく、舞台となる台湾の様子も、ぜひ注目して読んでみてください。

 

登場人物

 

本作では、大きく分けて4組の登場人物たちの人生にフォーカスを当てて、物語が進んでいきます。ここでは作品の魅力をご紹介する前に、それぞれの登場人物の背景をご紹介しましょう。魅力が気になる方は、次のページをご覧くださいね。
 

まずは、主人公ともいえる女性・多田春香(ただ はるか)。ドラマでは波瑠が演じます。商社で働く彼女は新幹線開通をきっかけに、台湾への出向が決まります。

その後現地で働きながら、大学時代に台北で偶然出会った台湾の青年・劉人豪(リョウレンハオ 英語名・エリック)を探すことに。テレビドラマでは、台湾の俳優・炎亞綸(アーロン)が人豪を演じます。

かつての偶然の出会いが、将来(現在)の2人を変えていく……。そんな過去と現在にまつわる物語です。

 

著者
吉田 修一
出版日
2012-11-21

 

2組目は、春香と同じく商社で働く同僚の安西誠(あんざい まこと)と、台湾人のホステスであるユキとの出会い。「過労」という現代社会における問題に触れながらも、それを癒してくれる女性との逢瀬を描き出します。

3組目は、台湾が日本に統治されていた時代に台湾で生まれ育った日本人・葉山勝一郎と、親友の台湾人・中野赳夫(なかの たけお)。台湾新幹線プロジェクトをきっかけに時を遡り、昔から続いてきたふたりの友情が、現代で再びよみがえります。

4組目は、台湾新幹線の車輌工場の建設を眺めていた台湾人学生の陳威志(チャンウエイズー)と、その幼馴染の張美青(ツァンメイチン)。ふたりが織りなすのは、やさしい初恋の物語です。

台湾新幹線プロジェクトを軸に交差する彼らの物語は温かく、異国情緒も合わさり、あなたの心を優しく癒してくれるでしょう。

 

作品の魅力とは

『路(ルウ)』最大の魅力は、4組の登場人物が織りなすエピソードが、「台湾新幹線プロジェクト」から何らかのきっかけをもらい、少しずつ前に進んでいくという点です。

軸は台湾新幹線ではありますが、本作は開通のために尽力し最前線で働く人々のエピソード、ではありません。軸となりつつも、あくまで台湾新幹線は脇役です。

それをきっかけとして4組の群像劇が動いていく様子が見所です。年を重ねるごとに前に進んだり、立ち止まったり、悩んだりと人生の道を歩んでいく登場人物たちが描かれています。

題材が新幹線ということもあり、プロジェクトがゆっくりと進んでいく様子と、登場人物たちが紆余曲折しながら、それぞれの正しい道を歩む様子が、見事に重なり合います。台湾の空気と合わさり、独特のリズム感が生まれて物語が進んでいく様子は、読者をも台湾ファンにしてしまうこと間違いありません。

『路(ルウ)』の物語1:多田春香と劉人豪

台湾新幹線開通のため、日本から台湾へと出向することになった多田春香。彼女は大学時代に台湾に旅行した際、偶然出会った青年・劉人豪と1日をともにし、台北を案内してもらったという過去がありました。

彼のことを強く意識していたものの、連絡先をなくしてしまってからは何も接点がない状況でした。

しかし仕事のため訪れた2度目の台湾を舞台に、止まっていた春香と人豪の運命が動き出します。

彼らのエピソードでは、2人のかつての思いがよみがえるとともに、かつてとは異なる状況に葛藤する様子が見所です。

春香は、日本に遠距離恋愛中の彼氏・繁之がいます。過労により心身ともに疲れている彼の身を案じながらも、台湾への出向を決意していました。そんななか、かつて運命的ともいえる出会いを果たした人豪と再会してしまうのです。

繁之と春香、そして大学時代の出会いから6年の時を経て再会する人豪……。3人の想いや、すれ違い、葛藤があり、それぞれがどんな選択をするのかが見所です。

『路(ルウ)』の物語2:安西誠とユキ

春香と同じ商社に務め、同じように日本から台湾へと出向した安西誠。新幹線開通に向けて尽力しますが、現地の南国気質な風土にうまくなじめず、徐々に心と体を壊していってしまいます。

そして、しだいにそのストレスを発散すべく、水商売の見せに入り浸る生活を送ることに。そんななか、彼の人生を大きく動かす人物が、台湾のホステス・ユキです。

ふたりが織りなすエピソードの見所は、国境を超えてわかり合うことのできる「人間」としての生き方や在り方を教えてくれるところ。単純に客とホステス、という関係だけではない、あたたかい繋がりを感じさせてくれます。

ユキとの出会いや、交わす言葉、時間を経て、誠の心の棘がゆっくりと抜けていき、考えが変化していきます。国ごとの違いを描き出しながら、それを乗り越えて理解しあっていく人間の柔軟さを教えてくれますよ。

 

『路(ルウ)』の物語3:葉山勝一郎と中野赳夫

葉山勝一郎は、80代の老人です。日本統治中に台湾で生まれ育った彼は、戦後日本へと渡り、建設会社に務めていました。現役時代は高速鉄道建設などに携わっていましたが、物語ではすでに現役を退き、妻の曜子とともに老後の生活を送っています。

ある日、急な病で入院中の妻から、勝一郎へ「台湾新幹線プロジェクト」の報せが。彼が台湾出身であることを知っている曜子は、一度足を運んでみたらどうかと問いかけてきます。

しかし、勝一郎はある理由から、台湾時代の思い出を封じ込めていました。実は、当時親友であった中野赳夫に対し、妻をめぐりひどい一言を放ってしまったことがあったのです。

そんな勝一郎の物語の見所は、かつての友情が時を経てどう変化しているのか、というもの。

その後、妻が亡くなってしまったこと機に、勝一郎はついに台湾へと訪れることを決意します。何十年もの間悔やみ続けてきたその一言について赳夫本人に謝るために、台湾へと赴くのです。

若い頃の過ちを、長年ずっと抱えて悩み続けてきた80代の老人。そして、彼の謝罪を赳夫がどう受け止めるのか。「友情」をテーマにしたふたりのエピソードが描かれています。

『路(ルウ)』の物語4:陳威志と張美青

『路(ルウ)』では、若者の初々しい初恋模様も描かれています。それが、陳威志と張美青のエピソード。

工業高校卒業後フリーターとして漫然と生きてきた威志と、その幼馴染の美青。不良少年と呼ばれるような生活を送っていた威志は、ある日、グァバ畑で、長い間会っていなかった美青と再会します。

突然の再会が、どうしようもない不良少年であった威志の想いを変え、その後の人生を変えていくことになるのです。

見所は、ふたりが再会したシーンの鮮やかさ。

グァバ畑の中でふたりが目にしたのは、台湾新幹線の車輌整備をおこなうための整備工場でした。そのシーンを読めば、脳裏に再会の様子が克明に映し出されるはず。

まだ開通していない台湾新幹線に想いを乗せ、新幹線が駆け抜けていく様を夢想する威志。そこから彼の人生が大きく動き出すことを示唆する、見事な演出です。

ちなみに美青との初恋は意外な幸せの形で幕を閉じます。その結末にも、ぜひ注目してみてください。

『路(ルウ)』の結末はどうなる?【ネタバレ注意】

『路(ルウ)』は、4組それぞれの友情や恋愛を、台湾新幹線プロジェクト進行の8年間にあわせて丁寧に描き出しています。

春香と人豪が再会し、勝一郎と赳夫の止まっていた友情が動き出し、ユキとの出会いにより誠の心の棘がほどけていき、幼馴染の女の子とフリーターだった威志が幸せを手にする……。その結末からは、それぞれの切なさや悔しさといった感情がほどけ、あたたかな感情へと変化しているのを感じられるでしょう。

泣けるという感想を多く目にする本作ですが、それは『路(ルウ)』の登場人物たちが、当たり前の日常を送ってきた人たちばかりだからかもしれません。彼らの悩みや後悔、くすぶっていた想いが、国を超えて共感できるとともに、「人生を豊かに生きる」大切さを教えてくれます。

また、読了後には吉田修一の描き出す台湾の姿に魅了され、きっと台湾へ足を運びたくなることでしょう。

南国の強い日差し、繁華街で渋滞するスクーターの様子、明るい海、おいしい食事、キラキラと輝く夜の屋台……。行ったことがなくても情景を脳裏に映される繊細な表現が、わたしたちを心温まる物語の世界へと誘ってくれますよ。

台湾新幹線開通プロジェクトを軸に、さまざまな登場人物が紡ぐ人生のストーリーを描いた長編小説『路(ルウ)』。吉田修一の代表作でもあり、2020年5月にはテレビドラマ化もされました。小説だけでなく、映像でも楽しめる作品です。

どんな形であれ、関わる人々を尊敬し認め合い、そして人生を楽しむ。そんな人や人生との向き合い方を教えてくれるステキな物語を、ぜひ読んでみてくださいね。

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