大切な人の、納得のいかない突然の死。残された者は、亡き人との別れを悔い、悲しみます……。そこに寄り添い、立ち直りのきっかけとなるものはあるのでしょうか。 そんなことを考えさせられるのが、『風の電話:大震災から6年、風の電話を通して見えること』。岩手県大槌町に実在する電話ボックス「風の電話」が舞台のストーリーが描かれます。そこに置かれた黒電話の電話線はどこにも繋がっていません。しかし、この電話には「もしかしたら」と感じさせる不思議なチカラがあるようです……。 心が痛くなりつつも、癒しを感じさせる本作の魅力を、この記事では徹底解説!2019年1月24日に西島秀俊らで映画化される原作小説をご紹介します。
東日本大震災で甚大な被害を受けた、岩手県沿岸の大槌町。その海を望む町には、美しい英国庭園内に「風の電話」と呼ばれる電話ボックスがあります。
そこには、一台のダイヤル式黒電話が置かれています。ただし、電話線は繋がっていません。この電話は、亡き人と心で話をする、故人に想いを伝える電話なのです。
本作は、実話のノンフィクション・エッセー。「風の電話」をつくった佐々木格(ささきいたる)が、この場所が生まれる経緯を自ら綴りました。
- 著者
- 佐々木格
- 出版日
- 2017-08-24
これまで3万人以上の人が訪れたといわれる場所ですが、その存在はさまざまな場所でとりあげられています。
2016年3月にはNHKスペシャル『風の電話〜残された人々の声〜』というドキュメンタリー番組が放映されました。さらに2019年8月には、日本テレビ『24時間テレビ 愛は地球を救う』で紹介され、「風の電話が泣ける」と大きな反響を呼んだことも。
それ以前にも、この電話をモチーフに、2014年にいもとようこの絵本『かぜのでんわ』が発表されています。
さらに、2020年1月24日には映画が公開予定です。ファッションモデル、女優として活躍するモトーラ世理奈が主人公を務めます。広島から岩手に帰郷する少女を彼女が演じ、西島秀俊、三浦友和、西田敏行など他のキャストも豪華な布陣です。監督は諏訪敦彦が務めます。
「傷ついた魂の救済を描く」というこの映画をより多くの人に見てもらいたいと、全国100館以上での拡大公開やホール上映を応援するクラウドファンディング立ち上げも話題を集めました。
これだけ多くの人に影響を及ぼした本作。映画で興味を持ったら、ぜひ原作も読んでいただきたい小説です。
作者の佐々木格は、1945年岩手県釜石市に生まれました。地元を代表する釜石製鉄所を早期退職し、50代前半に夢の田舎暮らしを実現します。
場所は、太平洋の眺望が美しい鯨山の大槌町側のふもと「浪板」。最初の土地購入から5年ほどの間に広げた1000坪以上の土地を自ら耕し、土を改良し、暗渠を入れ、地面を普通に歩けるようにし、花を植えます。
装飾用の鉢(アーン)づくりや鍛冶作業に取り組み、湧き水を使い、繁殖したワサビ、セリ、クレソンなどが食卓にのぼる生活。家族と、犬、アイガモ、カルガモ、キジ、烏骨鶏、カナリヤ、ヤマガラなどと平和に楽しく暮らしていたということです。
しかし2011年3月11日にその暮らしは一変します。佐々木の家は高度55メートルの高台に位置していたため、津波の被害こそ受けませんでしたが、坂をおりていくと、町の一部が丸ごと無くなっていたのでした。
それをうけ、作者は遺族が故人と心で話す「風の電話」を自宅の庭につくったのです。
「風の電話」は単なる震災のモニュメントではありません。作者は、なぜこの電話が生まれたのかをたびたび取材で尋ねられることが多く、取材に応じても誤解されることも多かったそうです。
この電話が誕生する過程には、佐々木が幼少期から歩んできたすべての人生がかかわっていて、必然的に誕生したものでした。それを作者自身の手で整理しているのが本書だといえます。実際にその見所をここからご紹介していきましょう。
後に「風の電話」と呼ばれることになる電話ボックスが作者のもとにやってきたのは、2007年のことです。廃業したパチンコ店で使われていた屋内用のもので、作者はこれを庭のオブジェとして使う予定だったそうです。
ところが、その使い道を変えさせる出来事が起こります。それは、従兄の1年にわたる闘病生活とその後の死でした。
彼はそれを機に、人が生きている時間や、亡くなったあとに続く永遠の時間に比べれば短いものだと考えるようになりました。そして大切な人が亡くなったあともその人とつながることができるものとして、「風の電話」を考え始めたのだといいます。
従兄との関係、「風の電話」として結実するまでの流れ、その間に起こる東日本大震災。「風の電話」と題する作者の詩には、「風の電話は心で話します」という1行があります。
それに対し、電話ボックスに置かれた書には、「風の電話は心でします」と1文字抜けています。それはなぜなのでしょうか。
その真意や、まさに必然ともいえる、2011年4月20日「風の電話」完成までの経緯は、本作の読みどころのひとつでしょう。
「風の電話」は、大切な人を亡くした、喪失の悲しみにくれる人に寄り添う「グリーフケア」活動そのものです。
電話ボックスに入った人が、この中で自分の心と対話し、気持ちを整理し、絶望から生きることへと意識の向きを自分の力で変えられるように。そのきっかけとして風の電話をつくった作者の気持ちが専門家も認めるまでの場所になったのです。
本書に推薦の言葉を寄せた臨床心理士は、「これは、かなわない」と思ったそう。カウンセラーとのやり取りのなかで徐々に掘り起こされる、心の奥深いところに秘めた思いが、この場所では一瞬のうちに動き出すようになることを感じたというのです。
また、心のケアをするうえで、「風の電話」は、苦しみ悲しむ姿を他の人に見られずに済む、とてもよい場所だと指摘する僧侶もいたといいます。
本書には、ボックスに置かれたノートに、ここを訪れた人々のメッセージが収められています。「風の電話」の場の力が、どのように人の心に作用するのか、その変化の過程を本書から感じ取れるのではないでしょうか。
電話ボックスが人々の悲しみを癒す過程にも心を揺さぶられますが、本書では、それを完成させた作者の示唆に富む言葉にも引きつけられます。
たとえば、「風の電話」の「風」にはどのような意味があるのか。座りのよさで何となくつけられた名前ではありません。命名のいきさつにも作者の優しく、熱い思いが込められており、読ませられます。
また、山で暮らすにあたって、作者は「曲がりまっすぐ、でこぼこ平ら、貧乏豊か」に生きると心に決めました。なぞかけのような言葉ですが、この言葉の真意を理解すると、はっとさせられる内容です。
ほかにも、作者の言葉や紹介するエピソードは、筋が通っていて、どれも考えさせられるものです。赤裸々にも感じられるほどリアルにいきさつが語られた、「CDづくり」「教科書会社からの掲載依頼」などのエピソードも必読です。感動話では終わらないところに、本書の深さがあるといえるでしょう。
作者は、単に美談を並べたり、自画自賛することがありません。
たとえば本書では、「風の電話」のよかったところとはいえない部分も描かれます。世に広く知られるきっかけをつくった新聞記者が取材当初この庭園に感じた違和感や、完成当初は地元の被災者が訪れることが決して多くはなかったこと……。
そこを乗り越えてきたからこそ、後半部分で「風の電話」が軌道に乗ったことが納得感があるのです。
- 著者
- 佐々木格
- 出版日
- 2017-08-24
結末にかけては、この電話を訪れる人たちが、故人を思い出すことが、辛いだけの経験ではなく、愛おしい感情に変わってきていることを感じると述べられています。その中で、東日本大震災など苦しい体験を経て、これからどう生きていくべきなのか、作者は優しく説いていくのです。
最終的に、人の死に対する向き合い方だけではなく、世界とどうつながるのか、物事の本質をつかむためには何が必要なのか、作者の考えは大きな広がりを見せます。それは、未来を担う子供たちに向けた、あたたかな提言と考えることもできるようです。
作者の優しい教えを本作でご覧になってみてはいかがでしょうか。
線は繋がっていないのに繋がれる、何も聞こえないけれど伝わっているような気がする……。「風の電話」は実在します。それが何よりも魅力です。もしもその電話ボックスに入ったら、あなたは誰と何を話しますか?