児童文学の古典的傑作『宝島』。隠された宝を巡って少年と海賊が争う、単純明快な冒険物語ですが、文学の魅力を決定するのはいつの時代もキャラクターの存在感。この作品が100年以上人々の記憶に残り続けてきたのも、この一癖も二癖もある大人達が愛されたからでしょう。 これほど多くの人に訳され、映像化を求められ続けた作品は滅多にありません。映画、アニメ、ドラマがいくつも作られ、現在もハリウッドで映画化される予定です。それも壮大な冒険と人間ドラマという二本柱があったればこそ。 この愛すべき登場人物達はどんな人間なのか。今回は多くの翻訳のなかでも手に取りやすい、岩波少年文庫版を参考に紹介していきます。
古典と呼ばれる作品は数多くありますが、言葉や時代背景がことなり、難しくて敬遠されるものが多いのではないでしょうか。しかし児童文学は子供に向けて書かれているので分かりやすく、普遍的なテーマを描いているので、大人でも楽しめる作品が多いですよね。
『宝島』も大筋こそは宝探しですが、物語の重心が置かれているのは、人間の複雑な感情とその対立でしょう。
本作はそのテーマをバラエティ豊かなキャラクターが彩ります。もちろん主人公のジムの、勇気と利発さに満ちあふれたいかにも主人公らしい性格も魅力的ですが、特筆すべきはその周りを囲む大人たちです。
彼らはやたらにリアルで欠点が目立つことも多いのですが、だからこそ読者も共感できる駄目さのある人々なのです。
自慢屋のくせに臆病な元海賊のビル、感情的で口の軽い、地主のトリローニ。そしてなんといっても、悪の親分ジョン・シルバーの魅力!
海賊の親玉にふさわしい貫録を持つ彼ですが、時にはみっともなく命乞いをしてみたり、かと思えば敵であるはずのホーキンス少年と力を合わせたりと、まさにトリックスターとして物語を強力に牽引していきます。
このダメな大人たちと少年の、宝を巡る冒険を、少しばかり覗いてみましょう。大人だからこそ読みたくなる一面があるんです。
死人の箱には十五人
ラム酒をひとびん、ヨーホーホー
奇妙な歌を口ずさみ、老いた船乗りが「ベンボー提督亭」へとやってくる。『宝島』は、この印象的な場面から語られ始めます。
「船長」と名乗るこの男は、不潔でだらしのない乱暴者。しかし、いつも何かに怯えているようで、特に「一本足の船乗り」に気を付けろと、宿屋の息子ジム少年にうるさく言います。
父親は船長の横暴に困り果てたあげく病死。そして船長も、元の海賊仲間との決闘前に、卒中で倒れました。
海賊たちが来る前に、船長が隠していた貴重品を持って、ジムと母親は逃げ出します。その中にあったのは、伝説の海賊フリントが隠した宝のありかを示す地図。
ジムたちは、船と船員を集めて宝をもとめ、航海に出発しようとします。そんな中で、船乗りを集めようと申し出てきた男が一人。彼には片足が無かったのです。そう、彼こそ「一本足の船乗り」で……。
非常に有名な作品ですので、幼いころに見てあらすじを知っている方も多いと思います。ですが、小さな子供向けでない『宝島』をきちんと読みたいと思ったとき、困ったことが1つ。翻訳が非常に多いのです。
戦前から親しまれていた物語ですので、言葉遣いが古すぎるものがあったり、同じ出版社から別の翻訳者の本が出ていたりして、どれを手に取るべきか迷うかもしれません。
そこで参考として挙げたいのは、しっかりとした描写が魅力の海保眞夫訳か、軽快な文章で読み進めやすい金原瑞人訳、あるいはすこし古めかしい文体ですが、その分時代の雰囲気を味わえる佐々木直次郎訳の3つです。
今回はそのなかでも、大人の読者むけといえる『宝島』を平易でも簡単すぎない内容で仕上げた、海保訳を中心に紹介していきます。文庫で手に取りやすいので、おすすめです。
- 著者
- R.L.スティーヴンスン
- 出版日
- 2000-10-18
古い小説の多くにいえることのひとつが、前置きが長くすぎること!途中で読むのをやめてしまいそうになります。『宝島』も冒険小説なのに、その冒険に出るまでが長い。船に乗って海に出るまでで、本書の四分の一が終わってしまいます。
しかし、本作のひと味違うところは、このはじまりからの話が面白いのです。その理由はやはり、ジム少年が宝さがしに向かうきっかけなった男、ビリー・ボーンズ、通称ビルのとてつもない厄介さにあるでしょう。
ジム少年の家である宿屋「ベンボー提督亭」にやってきたこのオジサンは、自らを船長などと名乗り、しじゅう威張りくさっています。
ラム酒で酔っぱらうと家がきしむほどの音量で歌い、少しでも気に入らないことがあれば怒鳴り散らして暴れ回る。ここのあたりなどは、もしかしたら身近にかんしゃく持ちの老人がいる人はとても分かるのではないでしょうか。作者のスティーブンスンも、どこかで苦労した経験を参考にしたのかも?
そんなビルですが、かつては世界中の海で暴れ回ったフリント船長の船の副船長。今や見る影もありませんが、その怪力とカトラスさばきは、かつての手下「黒犬」をあっという間に撃退するほど。昔はさぞかし恐れられていたのでしょう。
しかしどんなに強くても病気には勝てません。海賊の呼び出し状「黒丸」を受け取って、最後の戦いに出向くため立ち上がった時、ビルは脳卒中を起こして死んでしまうのです。
ろくでなしの死。誰にも憐れまれない男……。しかしジム少年だけは、老いた海賊の死に涙を流すのでた。そしてビルの残した宝島の地図は、ジム少年を大冒険へいざないます。
宝探しの提案をしたのは、地主のトリロー二。お金持ちらしく寛大でおおらかな人なのですが、せっかちなところがあり、おまけにあまり注意深くない困った人です。
何しろ一行の知恵袋である医師、リヴシー先生に散々くぎを刺されたのに、次のページでは港中の人間が宝の話を知っています。このスピード感はほとんどギャグ漫画です。そしてそのことを別に恥じた風もなく、あっけらかんと手紙に書いたりしています。
しかし善人であることは間違いなく、父を失ったジム少年になにかと親切にしてくれます。ジムが気兼ねなく航海に出られたのも、トロリー二がジムの乗船を許可し、さらには残された母親の面倒まで見てくれたからです。
感情的で、思ったことがすぐ顔や言葉に出てしまう人ですが、見識と射撃の腕は本物。その実力は海賊との戦いで大いに発揮されます。
このような、抜けたところのある実力者ゆえか、あるいはその人徳のためか。ジムたちに呆れられながらも、なんだかんだで愛されています。
全ての準備が整い、いざ出港の段になって、この冒険に異議を唱えるものが一人。それが船長というのだから驚きです。たとえ雇い主であろうとも、船の安全のためなら直言も辞さない堅物。それがスモレット船長なのです。
彼の行動原理は常にはっきりしています。まずは安全第一。次に船員各位の役割の順守です。船に乗るならば、たとえ子供のジムであっても容赦なし!問答無用で仕事をさせます。そのため初めはジムやトロリー二にひどく嫌われてしまいます。
それでも常に厳しい態度を崩さないのは、彼が宝さがしの危険性を熟知しているから。その用心深さがなければ、ジムたちはあっという間に海賊にやられていたでしょう。
そして、船を動かすことにかけては右に出るもの無し。冷酷無慈悲のシルヴァーでさえ、帰りまで彼に指揮してもらいたがったほどです。まさにプロの中のプロといったところ。その冷静な判断力と強い責任感は、ジムたち一行を常に導いていきます。
そして、『宝島』を語るうえで欠かせない男。本作の最大の敵にして、フック船長や黒ひげに並ぶ海賊の代名詞。それが片足の海賊、ジョン・シルヴァーです!
片足をものともしない超人的な身体能力と、常に先を考えて手を打つ、ならず者らしからぬ冷静さ。何より恐ろしいのは、夢にうなされるほど「片足の船乗り」を警戒していたジム少年でさえあっさり丸め込まれた、そのカリスマ性でしょう。
普段の彼には、いわゆる海賊らしいやさぐれた感じは一切なく、その陽気さと親切さは、彼の本性を厚く覆い隠しています。
こんな恐ろしい悪党なのですが、完璧かといえばそうでもありません。彼は知性ゆえか、気位が高く、先を見据えない他の海賊を見下していました。
それが原因で仲間と言い争いになることも多く、結果として同士討ちまで発生。トロリー二たちはその隙をついて反撃し、圧倒的に海賊優勢だったはずの反乱は、二転三転する混沌としたものとなっていきます。周到な計画の唯一の欠陥は、彼自身のプライドにあったのかもしれません。
しかし、シルヴァーの美学とでも言うべき誇り高さは、相容れないはずのジムたちでさえ魅了します。じっさい誰もが彼を許されざる悪人と思っているのですが、だまされたジムやトロリー二らでさえ、あまり恨んでいる様子がないのです。
『宝島』に文学的価値を見出す人たちが真っ先に評価するのも、やはりこのシルヴァーの複雑な人間性。読者をも含めた全ての人の心を奪う彼が、本作の裏の主人公と呼ばれるのも納得でしょう。
- 著者
- R.L.スティーヴンスン
- 出版日
- 2000-10-18
『宝島』のすごい所は、これまで紹介したキャラクターのみならず、出てくる人間全てが生き生きと走り回ること。そしてそれによって大きく回転するストーリーの面白さです。
逆転に次ぐ逆転で、どちらが有利なのかもわからない戦い。黒幕のシルヴァーとて、安全なところから眺めているわけにはいきません。それどころか、彼は率先して危険な現場に殴り込み、ジム少年と共同戦線を組んだりもします。
捕まれば縛り首間違しのシルヴァー。ジムたちは彼に勝てるのでしょうか。勝ったとしたらシルヴァーはどうなるのでしょう?財宝は誰の手に?最後の最後まで先を読ませない展開は、まさに食えない男、シルヴァーそのもの。
このろくでなしで、おしゃべりで、生真面目で抜け目ない大人たち、そしてジム少年の結末を知るためには、本書を読むしかありません!ぜひご一読を!
- 著者
- R.L.スティーヴンスン
- 出版日
- 2000-10-18
ディズニーが『トレジャー・プラネット』のモデルとしたり、日本でも遊園地のアトラクションやゲームで宝探しの代名詞として「宝島」という言葉を使うほど、大きな影響力を持った児童書、『宝時島』。
世界各国で長きにわたって何度も、ドラマ、アニメ、映画化されてきた作品です。
そして2020年には、「ヒックとドラゴン」シリーズのディーン・デュボアが監督をつとめ、アメリカで映画化されることが決定しました。発売から100年以上経つのに、ここまで愛されているということから、やはりこの作品が持つ力が分かりますよね。
新たな映画にういてキャストや公開日は未定ですが、今から楽しみですね!
名作には名作の理由あり!『宝島』は大人になっても、むしろ大人になってからが面白い傑作です。映画化も控えて旬真っ盛りの古典。チェックして損はないと自信をもっていえます。子供向けとあなどることなく、ぜひ手に取ってみてください。