「車のいろは空のいろ」全作のあらすじと魅力を紹介!教科書にも載った名作

更新:2021.11.21

心優しいタクシー運転手の松井さんを中心にストーリーがくり広げられる「車のいろは空のいろ」シリーズ。小学校の国語の教科書に採用されたこともあるので、「白いぼうし」と聞くと親しみを覚える人もいるのではないでしょうか。この記事では、シリーズ全作のあらすじと魅力を紹介していきます。

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「車のいろは空のいろ」シリーズの作者、あまんきみことは

 

「車のいろは空のいろ」シリーズの作者、あまんきみこは、1931年に満州で生まれました。

幼少期には祖父母や2人の叔母から毎晩のように民話や寓話などを聞き、敗戦を迎えた14歳の頃は自宅で父親の蔵書を読む日々を過ごしたそうです。彼女の幅広い作風や読みやすい上品な表現などは、育った環境が影響を与えたものでしょう。

その後あまんは児童文学サークル「びわの実学校」の同人となり、ファンタジー作家としての才能を開花させていきます。1968年に刊行した『車のいろは空のいろ 白いぼうし』は、「日本児童文学者協会新人賞」を受賞し、「野間児童文芸賞」の推奨作品に選ばれました。

あまんの作品は「癒しの文学」とも呼ばれ、国内屈指の児童文学作家といっても過言ではありません。

 

「車のいろは空のいろ」シリーズの主人公「松井さん」はどんな人?

 

「車のいろは空のいろ」シリーズは、空色のタクシーを運転する松井さんこと松井五郎が主人公のお話です。

松井さんは田舎から上京し、タクシー運転手をしています。勤務をしているかえで町は、雪のよく降る寒冷地で、都会というよりは中規模の町のようです。

またこの町には不思議な入り口があるようで、松井さんのタクシーには人間ではないお客が乗車したり、道ではない場所を走ったり、時間を超えたりして、松井さんを不思議な世界に誘います。

タクシー業務を通じて描かれる松井さんは、心優しく実直で勤勉。乗客とのやり取りに、穏やかで親しみやすい人柄がにじみ出ています。

 

『車のいろは空のいろ 白いぼうし』は教科書にも掲載!あらすじと魅力を紹介

 

ある6月の暑い日のこと。松井さんは、田舎のお母さんから夏みかんが届いたことが嬉しくて、1番大きいものを選び、タクシーに乗せて走っていました。

乗客の紳士を降ろした後、松井さんは道ばたに小さな白い帽子を見つけます。すっとつまみ上げてみると、中からふわっとモンシロチョウが羽ばたきました。松井さんは、せっかくの獲物がいなくなっていては帽子の主が残念がるだろうと、帽子の下に夏みかんを置いておきます。

そうして車に戻ると、いつのまにかおかっぱの女の子が乗車していて……。

 

著者
あまん きみこ
出版日
2000-04-01

 

母親からの季節の便りをタクシーに乗せてみたり、逃した蝶のかわりに帽子の下に夏みかんを残したりと、松井さんの心優しい一面がわかるエピソードが随所に織り交ぜられ、親しみを感じる作品です。乗客の紳士との会話からも、彼の穏やかな性格を垣間見ることができるでしょう。

また、五感を刺激する描写も豊かです。爽やかな香りが届きそうなレモンや夏みかんの黄色、道ばたにポツンと置かれた白い帽子、河原で乱舞するモンシロチョウの群れなど、入梅間際の清らかな日の情景が浮かびあがります。

おかっぱの女の子の素性や、「よかったね」「よかったよ」と松井さんの耳に届く声もほどよく余韻を残してくれ、読後も想像を膨らませてくれる作品です。

 

『車のいろは空のいろ 白いぼうし』戦争を描いた「すずかけ通り三丁目」のあらすじと魅力を紹介

 

ある日松井さんのタクシーに、色白のふっくらとした女性が乗り込みます。女性は、「すずかけ通り三丁目」に行きたいと伝えますが、松井さんには思い当たる場所がありません。

女性の道案内に従って着いたのは、閑静な住宅街。帰りも乗るから待っていてくれと言い残した女性は、1軒の家に入っていきました。中からは楽しそうな笑い声が聞こえたような気がします。

やがて車に戻った女性は、ここは昔住んでいた家だと教えてくれました。「すずかけ通り」とは、昔の地名だったのです。このあたりは空襲で火の海となった場所で、女性は幼い双子の男児を抱えて逃げたそうですが……。

 

著者
あまん きみこ
出版日
2000-04-01

 

本作では、戦争で心を痛めた母親の想いが描かれています。重苦しさや悲惨な表現はありませんが、反戦の強いメッセージ性を感じられるでしょう。

松井さんが乗客の女性と向かったのは、戦火を浴びた集落でした。女性の時間はその日から止まったまま。松井さんは母親の情念に吸い込まれるように、不思議な体験をするのです。

帰りに料金を受け取り、女性の手を見た瞬間、松井さんは違和感があったすべてのことに合点がいきます。戦争の不条理が伝わり、静かな緊張感を覚える作品です。

 

『車のいろは空のいろ 春のお客さん』のあらすじと魅力を紹介

 

「なの花橋近くの、いずみようちえんまでお願いします」と言って乗車してきたのは、お母さんと小さな五つ子の男の子たち。珍しい乗客がはしゃぐ姿に、思わず松井さんの顔も綻びます。

幼稚園に着くと、五つ子たちは低い柵ごしに並んで、見学を始めました。ちょうど若いお姉さん先生がオルガンを弾き、園児たちが歌を歌います。五つ子たちも音楽に合わせて楽しそうに身体を動かすのですが……。

 

著者
あまん きみこ
出版日
2000-04-01

 

「車のいろは空のいろ」シリーズ2作目の、1番最初に収録されているのが「春のお客さん」です。

あまんきみこの作品には、リズミカルで心地のよい歌がよく登場するのですが、本作でも先生と園児たちの歌が楽しく響いています。帰りの車内では松井さんまで歌に参加し、作品全体に音が流れているようです。

歌を歌って気が緩み、ついしっぽを出してしまう、たぬきの五つ子たち。松井さんは「ひゃあ」と驚きますが、「たぬきねいり」をすることで、心配する母親を気遣いました。帰路でまた子どもたちが粗相をしてしまった時には、「そのままで」とありのままの状況を受け入れる優しさです。松井さんの懐の深さを感じられるストーリーでしょう。

 

『車のいろは空のいろ 星のタクシー』のあらすじと魅力を紹介

 

ある日、松井さんはポストで出会ったねずみに、娘の嫁入りの運転を頼まれました。ねずみの世界では、結婚する時に人間の車に乗ると幸せになれるという言い伝えがあるらしいのです。

翌日、松井さんが指定の場所のトンネルをくぐると、「ねずみのまほう」にかかったようにねずみの町に入り込みます。新婦を気遣う新郎や、小さな声ではにかむ新婦の姿はまるで人間のようで、松井さんは2人を微笑ましく眺めながら式場まで送り届けるのです。

来た道を戻ると、今度は魔法が解けたように現実の世界に戻ります。ふと思い出して母ねずみが置いて行った引き出物を開けると、そこには指輪ほどの小さな空色のマグカップがありました。

 

著者
あまん きみこ
出版日
2000-04-01

 

「車のいろは空のいろ」シリーズ3作目に収録されている「ねずみのまほう」というお話です。

母ねずみの依頼を快く引き受けたり、新郎新婦を気遣ったりと、随所に松井さんの優しさが散りばめられています。「お客さんはどなたでも同じ」とねずみに答える場面からは、松井さんの実直な一面もうかがえるでしょう。動物たちとの共生もまた、あまんきみこ作品の大切なテーマとなっているのです。

小さな引き出物を手にした時に松井さんが感じる、清々しく心地よい風が吹き抜けるような満足感を、読者も一緒に感じることができるでしょう。

 

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