テロリズム、インターネット、ロリコンといった現代的要素を多く作中に扱う阿部和重。しっかりと過去の名作群を読み込み、土台にした作家だと思います。そんな阿部和重の作品のおすすめ作品をご紹介します。
阿部和重は1968年に山形県東根市で生まれ、山形県立楯岡高等学校を2年で中退し、上京。映画監督を目指して日本映画学校で学び、卒業しています。
演出助手を経て執筆活動をはじめ、『アメリカの夜』で群像新人文学賞を受賞して阿部和重は作家デビューしました。
メンズノンノ誌上でおすすめの本としてマルセル・プルーストの『抄訳版 失われたときを求めて』と大西巨人の『神聖喜劇』をあげています。
好きな女優はキャメロン・ディアスで、好きなアニメは『カードキャプターさくら』『おジャ魔女どれみ』らしく、阿部和重の小説内に両作のキャラクター名をもじった登場人物を描いています。
妻は同じく芥川賞作家の川上未映子。
この作品では、映画学校を卒業後、アルバイトで生活を立てながら、「特別な存在」であろうとする中山唯生の姿を同一人物ながら分裂した語り手が自ら言及していく形をとっています。この語り口の方法は、慣れないと少々混乱するかもしれません。
でも、慣れてしまえば作品の個性、おもしろさがわかっていくと思います。
このタイトルはフランソワ・トリュフォーの映画『アメリカの夜』をそのままもらっています。
なぜこのタイトルなのかは読んでいくとわかるのですが、阿部和重がこれを選ぶセンスというのはさすがと言わざるを得ません。構成も独特で見事にハマっていて、この作品の世界観をしっかりと構築しています。
- 著者
- 阿部 和重
- 出版日
- 2001-01-17
「自分は特別な存在」だと思い込むと同時に、特別ではないとわかってもいるという、屈折した感情をもつ主人公の描写もとても響くのです。このあたりは同世代、あるいは同じように悩んでいる人が読んだら、きっとすさまじい共感があるのではないかと思いました。
こんなふうに感情や認識が、まっすぐではないからこそ見えるものがあると感じさせてくれる阿部和重の作品です。
渋谷の映画館で映写技師をしているオヌマは、東北のスパイ養成道場・高踏塾の元生徒でした。その塾が解散して半年ほど過ぎた頃から、元塾生たちが命の危機にさらされるようになっていったため、オヌマは当時の塾長の謎を追うことになり……。
オヌマはヤクザの抗争に巻き込まれて、渋谷の街も騒乱に包まれていくのですが、その過程で塾長の目的が明らかにされ、フィルムの暗号の謎なども持ち上がります。
オヌマの日記という形式をとった阿部和重の作品。過去と現在を錯綜させ、スパイ、ヤクザ、恋愛、映画、右翼などなどの要素をどんどん折り込ながら展開していくのですが、その情報量の多さに驚きます。
- 著者
- 阿部 和重
- 出版日
- 2000-06-28
ちょっと詰め込み過ぎなぐらいですが、情報に振り回される現代の縮図を見せつけられているような気もしました。
登場人物たちは大半がカタカナで苗字表記されていて、これも日本であって日本ではないような世界観の構築に役立っているのかもしれません。
雑多なキャラクターたちが織り成す物語、阿部和重おすすめ作品です。
進駐軍に取り入って町の経済を牛耳ることになった田宮家と地下経済を握るヤクザの麻生家が、戦後まもないころから約50年にわたって神町を支配しつづけていました。その支配が続く2000年の夏、ある事件が町を揺るがし……。
ガルシア・マルケスの『百年の孤独』や大江健三郎の『万延元年のフットボール』を彷彿とさせるクロニクルの匂いがぷんぷんする阿部和重の作品。閉ざされた町や空間、権力者の一族やその周囲のひとびとの描かれ方に影響があるのではないかなと感じます。
- 著者
- 阿部 和重
- 出版日
- 2013-05-15
この手の一族ものは書ききる能力はもちろん、設定やプロットを構築する力が絶対的に必要になりますので、阿部和重の才能を味わうにはもってこいではないでしょうか。
歪んだ欲望を満たそうとする登場人物が多く、これも娯楽の少ない閉ざされた空間であることの表現のひとつなのかなと思いました。外見はごく普通なのに中身が過激にねじれているというキャラクター描写がとてもうまいのです。
それだけに読み終えたあとに疲弊してしまうのですが。
それでも読んでおかねば損だと断言できます。時間を見つけて、ぜひ手にとってみてください。
映画関係の職に就いている沢見は、仕事を通して出会った少女たちや溺愛する我が娘を撮影した画像データを密かにパソコン内に保存するロリコン趣味の男でした。
共働きの妻にそのことを知られ、のちに離婚することになります。
親権を失い、娘に会えなくなった上に失職し、故郷に帰って実家の文具店の店番をはじめた男は、教員をしている友人からの依頼で子どもたちの劇の指導をすることになります。
そして、ふたりの少女たちと出会うのでした……。
- 著者
- 阿部 和重
- 出版日
- 2007-07-14
ひとりの少女は兄が殺人犯で一家が孤立し、近く引っ越す予定。もうひとりの少女は友人に同情し、ふたりで自殺サイトにアクセスしたりしていました。沢見はそのことに気づきつつ傍観しているだけなのです。
ロリコンの彼はどんな目で死を目指そうとする彼女たちを眺めているのだろうと思うと、背筋が寒くなります。彼は少女に対する加害を犯した存在として描かれ続け、そのことを反省してはいないのですから。
ずっと暮らしていた東京では彼の性癖は知られてしまったけれど、故郷では誰もしらない。だからといって、まじめにやり直しを考えるような雰囲気でもなく、また加害をしかねない環境にあるという危うさ。
それでも阿部和重が描きたいのはそこではなく、ネット上に散乱する自殺サイトのほうなのかもしれません。
沢見がロリコン加害を続けるのか、少女たちがネット自殺にむかってしまうのか――どちらに転んでもぞっとする世界ですが、いろいろ考えさせられてしまう一作。さほど長くはありませんので、読んでみていただきたいです。
小学生の少年が父親の不倫相手へ宛てて書いた手紙という形式。その不倫相手に恋をしてしまった男が、少年の家庭教師として入り込み、ストーカー的な行動をしていると明らかにされていく……「ライアングルズ」
深夜の公園で露出マニアの女性を見かけた高校生が欲情して近づいてみると……「無情の世界」
オオタツユキは不倫中。あるファミレスでたまたま同席した中年男が見ていたテレビモニターには、その男の不倫中の妻が写し出されていて……「鏖(みなごろし)」
阿部和重の短編が三本収録された短編集です。
- 著者
- 阿部 和重
- 出版日
どの作品も、スピード感溢れる展開の果てに、ほんの少し乾いた笑いも過ってしまうような、狂気に彩られています。
それぞれの恋愛や状況に傷ついているけれど、傷ついていることを実感できていないという主人公が描かれるのですが、それは個々の傷というより現代社会ゆえの「病巣」のようにも思えます。
現実にありそうで、歪み、崩壊している世界をちょっと覗いてみませんか?
伊坂幸太郎と阿部和重、二人の作家が意気投合したことで叶えられた合作です。
主人公は男二人の設定で、一人は相葉時之、もう一人は井之原悠。かつての少年野球のチームメイトで、厳しい練習や試合に勝つ喜び、負ける悔しさを共に味わった盟友であるこの二人ですが、高校時代に起きたある出来事をきっかけに関係が壊れ、疎遠になってしまいます。
そして12年の歳月が過ぎ、大人になった相葉と井之原。別々の道を歩みながらも、共通点を持つ大人になっていました。それは「金が必要」だということ。相葉は後輩の女性のために借金を背負うはめになり、井之原は病気の息子のための莫大な医療費を必要としていました。
そんな二人が再会し、お互いの現状を打破しようともがきます。相葉・井之原の旧友コンビに犬のポンセが加わり、強大な組織を相手にしたアクションあり、スリリングな展開ありのジェットコースターストーリーです。
- 著者
- ["阿部 和重", "伊坂 幸太郎"]
- 出版日
- 2017-11-09
相葉と井之原のコンビネーションが良く、そして犬のポンセがとにかくかわいいです!
かつての野球少年たちが、思春期を迎えて色々な意味で成長していき、そして大人になった今。かつて描いた未来とは違う今を生きている二人の、もがく様子が切なくも感じられます。
実写化されたらキャスティングは誰に……と想像しながら読むのも楽しい作品です。
作家として認められた後で芥川賞を受賞するという逆を進んだ阿部和重。ですが、やはり受賞するだけの筆力をもつ作家です。短編集からでも、その世界に浸ってみていただきたいです。