姫野カオルコは、過去に何度も直木賞の候補として選ばれ、五度目にしてようやく受賞に至り世間に名を知られることとなった実力派です。そんな姫野カオルコ作品の特徴は、作品ごとに七変化する文体だと言うことができるでしょう。
姫野カオルコ(雅号:姫野嘉兵衛)は滋賀県生まれ。地元に密着した自伝的な要素の強い作品を複数書いています。青山大学文学部を卒業した後、雑誌のライターの仕事を行い、映画評なども手掛けるようになりました。作家としてのデビューは、出版社への持ち込みがきっかけで、『ひと呼んでミツコ』で単行本を出版したことが始まりとなります。
受賞した『昭和の犬』を含め、『受難』、『ツ、イ、ラ、ク』『ハルカ・エイティ』『リアル・シンデレラ』の計5作が直木賞の候補作としてノミネートされています。それぞれが候補として挙がった年は、古い順から1999年、2003年、2006年、2010年、2014年(受賞)と間の年数があいており、長きに渡って力のある作家として活躍してきたことが伺えます。個性の強さから賛否が分かれることが多く、他の文学賞の受賞歴もなかったため「無冠の女王」と呼ばれた時期もありました。受賞に至った『昭和の犬』は、姫野カオルコとしての個性を失わないままに、受賞に適した作品として完成している点について、絶賛されています。
姫野カオルコ公式サイトでは、著作の一部について、文体のクセの強さが三段階にランク分けされているので、本記事でもそちらを利用しながら紹介していきます。
前述のランク分けでは、最も読みやすい文体に分類されている小説です。大正・昭和・平成の世を生き抜いた、遥という人物の一生を描いています。天真爛漫な遥は、自身のおばがモデルになっているのだそうです。女学生時代から始まり、様々な恋愛の歴史を追いかけながら、80歳になるまでの姿が描かれています。戦前生まれの女性の恋愛観が今の時代と大きく違うなかで、女性の一生を描いた物語を読むことで、より現実的に、戦前生まれの女性の恋愛観が理解できると思います。
- 著者
- 姫野 カオルコ
- 出版日
- 2008-10-10
激動の時代を生きながら、女性になり、母になり、常にオンナでいた、遥。決してドラマティックで波乱万丈な人生というわけではないのですが、何気ない毎日を楽しく生き抜く遥の姿に元気をもらえます。個性の強い姫野作品の中でもとても読みやすく、感情移入もしやすい初心者向けの作品です。
『コルセット』という作品を改題したものです。こちらも文体分類としては最もクセのないものとなっていますが、タイトルから想像できる通り、内容はひと癖もふた癖もある作品です。四つの短編からなる短編集ですが、それぞれのラストは次章のスタートに続いており、四話目のラストは一話のスタートに繋がっているという形式を取っています。
- 著者
- 姫野 カオルコ
- 出版日
- 2014-11-07
四編は全て、生活のために働く必要がない、上流階級にいるお金持ちの人間たちのお話です。あくせくする必要も、上昇志向でいる必要もないことから生まれざるを得ない、怠惰と倦怠。上流階級の世界はなじみがないものかもしれませんが、だからこそ興味を惹かれ、その世界にのめり込んでしまうでしょう。特殊な世界に見合った構造の面白さが、作品をより特別なものに仕立て上げることに成功しています。
第150回直木賞受賞作品。文体のクセは三段階中の二段階目、ややクセ有りというところですが、本の内容に関しての読みづらさはほとんどありません。昭和33年生まれの柏木イクという女性の、半生ほどを描いた作品です。すぐに癇癪を爆発させる父親と、結婚に絶望している母親。高校卒業後と同時に東京へ出て、ほそぼそと暮らし始めるも、介護が必要となった両親のため行ったり来たりを繰り返す日々。そんな生活の傍らにはいつもいたのが、犬でした。
- 著者
- 姫野 カオルコ
- 出版日
- 2015-12-04
ノンフィクションではありませんが、作者の実体験が多く使われ描かれているそうです。客観的に見ても到底幸せとは言えなさそうな人生を振り返り、「恵まれていた」と語るイク。はたして自分が同じように人生を振り返ってみた時、イクと同じように感じることができるのだろうかと考えさせられます。幸せのあり方、満足のできる生き方。昭和という時代を思い出し、あるいは垣間見ることができる一作です。
直木賞の候補作にもなった作品です。文体のクセは二段階目ですが、設定の奇妙さがすごいです。主人公のフランチェス子は修道院で育ち、成長後も修道女のようにつつましく暮らしている女性。男性とは無縁の生活をしていたところ、ある日彼女の陰部にできものができ、しかも言葉を発し出すのです。古賀さんと名付けたできものは、フランチェス子に言いたい放題。コミカルなシーンが多くありつつも、性愛やジェンダーについて深く考えさせる台詞がいたるところに散りばめられています。
- 著者
- 姫野 カオルコ
- 出版日
コメディかと思うような設定と、宗教的なものがベースにあると共に、展開はまるでおとぎ話のよう。面白おかしく読みながら時には真剣に考えを巡らせ、最後には少しほっこりできる作品です。そこにあるもの、自分に見えたもの、を何一つ隠すことなくさらけ出すかのようなインパクトの強さに、姫野カオルコ作品としての真髄を感じます。
文体のクセの強さとしては三段階中の二段階目、ややクセありということです。文章としては、インタビュー形式をもとに構成した形がとられており、平易な文体で綴られており読みやすくなっています。「ややクセがある」のは、主人公である倉島泉(せん)の半生そのものかもしれません。
もともと「筆者」は物語「シンデレラ」の翻案小説の企画を進めていました。しかし、「筆者」は幸せの象徴としてのシンデレラにどうしても共感できず、編集長に相談したところ、それでは「倉島泉」について書けといわれたのです。「倉島泉」というのは、事務所立上げ時に参画したメンバーの親戚とのこと。「筆者」は泉について親族を含む関係者へのインタビューを重ねていきます。いったい「倉島泉」とはどのような人物なのでしょうか?
- 著者
- 姫野 カオルコ
- 出版日
- 2012-06-12
長野県諏訪で生まれた泉は、妹のほうが病弱でかわいらしいということで、長女として母親から厳しくしつけられて育つのです。その後も良家のお見合い話を妹に取られたり、妹の婚約者と結婚しても、旦那の不倫相手に略奪されたりします。舞踏会に参加する前までのシンデレラが継母や姉達にイジメられるシーンそのままです。
その後、白馬の王子が現れるかというとそんなことはありません。だからといって、泉は不幸せだったのでしょうか。泉は好奇心旺盛で、純粋に周囲の人々の幸せを考えて毎日を過ごしていました。人にはあまり気づかれませんでしたが、泉はよく笑っていたそうです。
筆者がインタビューを重ねるにつれ、静かに泉の生きざまが明らかになっていきます。「富み善き美しき人生」とは何か?本作品からは、本当のシンデレラストーリーとは何なのかを考えさせられます。裕福である、良家に嫁ぐといったことが幸せと思われがちですが、本当にそうなのでしょうか。周囲の理解や思い込みとは離れていても、本人が幸せだと思う生き方があるのではないでしょうか?泉の半生を紐解くと、本当の幸せについて改めて考えさせられます。
『リアル・シンデレラ』を読んで、姫野カオルコが読者に問う、「本当の幸せとは?」について、改めて考えてみるのもよいかもしれません。
文体のクセの強さは最高レベル。こちらも直木賞の候補作となり、受賞が有力視されていた作品です。物語の始まりの舞台は小学校。主人公は隼子という女の子で、しばらくの間は小学生の恋とも呼べないような異性への思い、学校という小さな社会の中で、家庭での日常が描かれます。舞台は中学校に移り、彼女は否応なしにある男への恋にツイラク。周りより早熟な中学生女子の、官能的とも呼びたいような恋愛の一部始終が語られていくのです。
- 著者
- 姫野 カオルコ
- 出版日
- 2007-02-24
中学生の恋愛物語とすると薄っぺらすぎですが、とはいえ突飛な世界観が繰り広げられるわけではありません。最大の特徴と言ってもよいのは、地の文の各所で作者が顔を出し、最高にクセの強い言い回しで持論を展開していくところ。この面白さに一度ハマってしまったら、あとはもう姫野作品を全て追いかけていくしかありません。
直木賞受賞に至るまでの姫野カオルコ作品について紹介しました。女性だからこそ書ける作品、昭和という時代を知るからこそ書ける作品などがありました。作品によって見事に使い分けられた文体の違いにも注目しながら、楽しんでいただければと思います。