眠狂四郎を生み出した柴田錬三郎。時代小説の名手で、多くの登場人物を配し、動かすのが巧みな作家です。柴田錬三郎の作品のおすすめを6作ご紹介します。
柴田錬三郎は1917年に岡山県邑久郡鶴山村で生まれ、旧制岡山県第二岡山中学校を経て慶應義塾大学医学部予科に入学しましたが、半年後に文学部予科に移り、慶應義塾大学文学部支那文学科を卒業しました。
大学予科3年のときに君尾哲三名義で『十円紙幣』を「三田文學」で発表しました。
卒業後は、内国貯金銀行(現在のりそな銀行の前身)に入行したものの3か月で退職し、「泰東書道院」の月刊誌『書道』の編集部に再就職しています。
1942年に召集され、衛生兵として南方派遣の途中、パジー海峡で敵襲に遭いますが、奇跡的に救助され、「日本読書新聞」の再刊、雑誌「書評」の編集長となりました。
1978年6月、慶應義塾大学病院で亡くなりました。享年は61歳。
徳川家光が開催する御前試合の勝者に与えられる太刀10振りを巡って、名だたる剣豪が熾烈な戦いを繰り広げます。
荒木村重の孫娘で、幼少期のトラウマを抱える隠れキリシタンの女剣士遠藤由利。凄まじい体臭の持ち主で、「水月」という秘技の使い手荒木又右衛門。養父宮本武蔵に訓練を受け、二刀流を引き継いだ美貌の剣士宮本伊織。傍若無人な巨人で、鉄壁の鎧で武装した赤松庄兵衛。小西行長の子で徳川家光の命を狙う、槍の使い手松前三四郎。
個性豊かな剣豪の性格、コンプレックス、試合に至るまでの経緯が克明に描かれており、御前試合での死闘を否が応でも盛り上げていくのです。
- 著者
- 柴田 錬三郎
- 出版日
- 1963-03-22
物語の主人公は剣豪たちではなく、神出鬼没の忍者若影。服部半蔵と女忍者である母影の息子です。
若影は御前試合の勝者から拝領された太刀を強奪していくのですが、十振が元々豊臣家のものであったこと、大阪夏の陣を生き延びた豊臣方の武将真田幸村が登場することが示す通り、この争奪戦は徳川家と豊臣氏残党との争いが背景にあります。
豊臣家再興を図るため若影を利用し、太刀を強奪させる母影。徳川方の忍者でありながら母子への思いを断ち切れない服部半蔵。母影らの動きを見守りながら、もはや豊臣家の再興をはかるより、平和な世のなかで浪人たちが有意義に暮らせるように尽力するべきではないかと自問自答する老残の真田幸村。
なお、小説の舞台は江戸時代ですが、戦国時代の英雄・豪傑と関係する人物が多く登場します。戦国時代のファンでも面白く読めるところもこの小説の魅力かもしれません。
老人は妹の娘――姪を育てていました。時が流れ、姪の娘と結婚するという男が現れます。老人はなぜ、その男を殺さねばならなかったのか。その罪はどう裁かれていくのか。
明治、大正、昭和を生きた老人の人となりや人生を3人の証言者に語らせるという形式になっています。
姪をとても大切にしていた老人ですが、その姪の許嫁は手にかけてしまう、という矛盾に生死について深く考えてさせられる作品になっています。登場人物同士のやりとりや文章の間、描写などが、まるでフィルムががさつくモノクロの古い映画を観たような読後感です。
- 著者
- 柴田 錬三郎
- 出版日
「イエスの裔」の他、「十円紙幣」、「デスマスク」、「善悪の窖(あなぐら)」が収録されており、どれも重たい物語ばかりながら、文章と展開はとても巧みで読みやすいです。のちの柴田錬三郎作品とはだいぶ雰囲気が異なりますが、ぜひ読んでみてください。
徳川家康を最も恐れさせた男とされている真田幸村と彼のもとにいる忍者たちの物語になっています。
柴田錬三郎は、2通りの『真田十勇士』を書いています。前編『猿飛佐助』、後編『真田幸村』と分けられたバージョンと、NHKの人形劇の原作となった書き下ろしバージョンです。
前作を広げて、さらに奇想天外で大胆にしていったのが後者となります。どちらも柴田錬三郎の読ませる筆力を実感させる作品。
- 著者
- 柴田 錬三郎
- 出版日
- 2016-06-23
明治から大正にかけて刊行された「書き講談」による文庫本シリーズである有名な立川文庫版ではなく、五味錬也斎なる兵法者が書き残した『兵法伝奇』が元になっていることや、この『兵法伝奇』自体が立川文庫版に繋がっていること――この二点が前説に書かれていて、「なるほど、そうなのか」と思いつつ、読み出すと柴田錬三郎のあるトリックにはめられてしまうという仕掛けが絶妙です。
後者はキャラクター設定も展開も、まるで漫画かアニメのように生き生きとよく動き、荒唐無稽なのに馬鹿馬鹿しいとはまったく思わない巧さで描かれています。武田勝頼の遺児・猿飛佐助、碧眼のイギリス人・霧隠才蔵などという設定も魅力的です。
時代小説が苦手でも楽しく読める柴田錬三郎の作品なのでおすすめです。
中国の後漢末期から、魏(初代皇帝:曹丕)、蜀(蜀漢)(初代皇帝:劉備)、呉(初代皇帝:孫権)の三国時代にかけて群雄割拠していた時代の興亡史を柴田錬三郎風の解釈、脚色で描いています。
『三国志』といえば小説なら吉川英治、漫画なら横山光輝がまず筆頭に出て来ると思います。
ですが、『三国志演義』を踏まえ、アレンジではなくオリジナル要素を多く取り入れた柴田錬三郎の「三国志」は、独自の解釈が素晴らしく、登場人物たちも奇人・変人と美形しかいないくらいの超人ぶりです。
主役は孔明で、ストイックにまるで神のごとき活躍を見せます。孔明以外のキャラクターが完全に引き立て役に見えてしまうくらいでした。
- 著者
- 柴田 錬三郎
- 出版日
- 2008-09-26
いくつもの謀を巡らせ、冷徹で感情を表に表わさない「人間離れした」孔明は、まったく涙を流さずに馬謖を斬り、ほんのわずかな動揺も見せずに自分の死を受け入れる――抜きん出た才能を持つがゆえの崇高で高潔で孤高の存在として描かれています。
その表現がとても光り輝いているという印象を受けました。
文章もとても読みやすく流麗で、柴田錬三郎の作品の中でも長い小説ですが、夢中になって読んで、気がつくと最後のページ、なんてことになっているかもしれません。
文化・文政年間爛熟期の江戸。拷問や迫害によって棄教した宣教師・ころび伴天連(バテレン)と大目付の娘との間に生まれた眠狂四郎は、その美しい風貌で女を惹きつけ、異常・必殺の剣〈円月殺法〉を駆使して容赦なく人を切っていきます。
陰惨な出生のニヒルな剣士・狂四郎と、彼が唯一愛した女性・美保代との恋が軸となり、そこに宿敵や彼を愛する従妹などを配し、難事件、怪事件を解決していくわけです。
- 著者
- 柴田 錬三郎
- 出版日
- 1960-09-02
黒羽二重の着流しを着こなす立ち姿が粋で惚れ惚れしてしまいます。普段クールで冷たいのに、いざとなったときの立ち回りは熱い。「下段地摺りに構えて左側に円月を描くように回していく」と表現される円月殺法がまたカッコ良いのです。
週刊誌に連載されていた小説で、短編連作形式になっています。50年以上前の作品なのですが、描写が上手く、展開がとにかく面白いので、少し古い文体も気にならすに読み進められます。
何度も映像化されている作品ですので、眠狂四郎と言われて脳裏に描く映像が異なってくると思いますが、柴田錬三郎による原作がいちばんクールで格好いいですよ。
江戸時代の末期。徳川家の傍流だから姓は松平で、由緒だけは正しいのにまったく役に立たない貧乏な下級武士の御家人・松平残九郎家正(通称・斬九郎)が、表沙汰にできない罪人の介錯「かたてわざ」によって活躍する、柴田錬三郎の作品です。
そして、斬九郎という通称は、この「かたてわざ」ゆえについたもの。本名は九番目の子ということで、「残九郎」です。
松平須美、幼なじみで北町奉行与力の西尾伝三郎、馴染みの辰巳芸者のおつたなどが登場する短編10作と中編5作が収録されています。
- 著者
- 柴田 錬三郎
- 出版日
- 2015-06-25
斬九郎が、実母に「くそ婆ぁ、くたばりやがれ」なんて悪態をついてしまうのですが、この母親が大食漢で金食い虫、さらに武術の腕も立ってしまうので、彼女のために四苦八苦している彼がつい腹を立ててしまうのもしかたないのかも。
もちろん、母親をとても大事にしているんですけれどね。
下町の人情ものです。介錯依頼の裏事情を探ったり、幼なじみの奉行所与力から事件の探索を頼まれたりする斬九郎のトラブルシューターぶりと、自分の母親に「くそ婆ぁ」なんて言ってしまうくらい口が悪いのに魅力的なやりとりがとても楽しい作品ですのでおすすめします。
時代小説の名手・柴田錬三郎は、どの作品も読みやすく、面白いものばかりです。時代ものがあまり得意ではないという方も楽しめるので、読んでみてくださいね。