昭和という時代を背景にした人間の悲しい運命を描く白石一文。ドラマチックな展開で飽きさせない作品ばかりです。白石一文の作品のおすすめを6作ご紹介します。
白石一文は1958年に福岡県福岡市で生まれ、福岡県立福岡高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部を卒業。
文藝春秋で週刊誌記者、文芸誌編集などを経験して、1992年、瀧口明の名義で『惑う朝』(応募時タイトルは『鶴』)で文学賞佳作、『第二の世界』を上梓しています。2000年、白石名義での「一瞬の光」で再デビューしました。
父は『海狼伝』で直木賞を受賞した作家・白石一郎。白石一文の双子の弟である白石文郎も小説家です。
2010年に『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞したことで、初の親子二代での受賞者となっています。
人生とは? 夫婦とは? 男と女とは? そんな人間にとって永遠のテーマを扱った小説『快挙』は、2013年に発表された作品です。
物語の語り手は、写真家を目指す青年山浦俊彦。彼は小料理屋を営む二歳年上のみすみと結婚します。写真ではパッとせず、やがて小説家に転向した彼を、みすみは支え続けますが、やがて、互いにずれが生じ始めます。
俊彦の転向、みすみの流産、阪神淡路大震災、離婚の危機、そして乳がんの発覚。夫婦には十数年の生活の間に、様々な困難が降りかかり……。
- 著者
- 白石 一文
- 出版日
- 2015-10-28
この小説の魅力は、非常に「丁寧」なところでしょう。舞台の中心は兵庫県の神戸一帯。元町、須磨、山陽電鉄など、知っている人が見たら思わずにやりとする土地や地名が、たんたんと、それでいて想像力をかきたてられる感じで描写されます。
なんといっても秀逸なのは、ところどころに出てくる「お酒」。酔っている場面から、地酒である灘の生一本を飲む様子まで、物語を静かに、そして印象深くしています。
この小説のタイトルである『快挙』は、実は作中の俊彦が書いた小説のタイトルでもあるのですが、この二人が結婚し、困難を乗り越え、そしてどういった形で「快挙」をなしとげるのでしょうか。
「選べなかった未来、選ばなかった未来はどこにもないのです。未来など何一つ決まってはいません」
第一章で登場する、主人公の冬木亜紀がかつての恋人の母親から受け取った手紙。この文面が、亜紀の今後の人生に大きく影響していきます。
今作は4章から成り立っていて、それぞれ亜紀がとある人物から受け取る手紙を中心に、彼女が29歳から40歳になるまでの間を描いています。
- 著者
- 白石 一文
- 出版日
- 2008-09-25
女性が抱える年齢に伴う結婚や出産などの悩み、幸せとはなんだろう……ということを深く考えさせられ、共感でき、涙を誘う部分も多くあります。白石一文のおすすめの一冊です。
大物政治家Nのスキャンダルを追う敏腕編集長・カワバタは、ある日現れたグラビアの女を抱いたことで人生の軌道を外れていく……。
主人公がどのように行動したかではなく、どのように思い、考えたかだけを追い駆けている小説です。カワバタのあちこちに散らばるような雑多な思考をのぞく形の構成になっています。
- 著者
- 白石 一文
- 出版日
- 2011-12-15
話が進む中で、誰かと接して、相手の考えや思いに影響を受けたり、反発したりして、またカワバタも変わっていきます。
好き嫌いも分かれる作品だとは思いますが、誰かの思考を覗いているような感覚は面白く、ハマると癖になる白石一文の一作です。
「ほかならぬ人へ」「かけがえのない人へ」という白石一文の2作の恋愛小説が収録されています。
どちらも偽りの愛と真実の愛を対比させて描いており、どちらのお話も、自分にとって真実の愛を手に入れ、相手との関係性がかけがえのないものだと気付いた途端、失われていくのです。
表題作になっている「ほかならぬ人へ」は、財閥家系に生まれた大学教授を父と学問の道に進んだ二人の兄を持ちながら、周囲の反対を押し切り、スポーツ用品のメーカーに就職した宇津木明生と、彼が結婚したもとキャバクラ嬢である妻の話です。
- 著者
- 白石 一文
- 出版日
- 2013-01-10
この妻がある日、過去に付き合っていた男が忘れられないと言い出したことから物語が動き出していきます。
筆致が繊細なので、その恋愛模様がより美しく切なく沁みていき、とても純粋な恋愛小説となっています。もう1作の「かけがえのない人へ」も恋を選び切れない女性が出てきて、切ない気持ちが描かれています。
ぜひ、手にとってみてほしい白石一文の作品です。
38歳という若さで人事課長に抜擢された橋田浩介は、トラウマを抱えた短大生の香折と出会い、心惹かれます。
派閥間の争い、陰謀、裏切りですべてを失った浩介は香折に、なにもかもを越えるような愛を見出すのですが……。
- 著者
- 白石 一文
- 出版日
この作品は「人はなんのために生きるのか」「人を愛するとはどういうことか」をテーマにしています。
浩介は見た目のよい高学歴のエリートで、描き方によっては鼻持ちならないキャラクターになってしまう人物。実際そう受け取れる部分も確かにありますが、これらはすべて、「世間的な価値観は人生の充実にそれほど関係がない」ということを表現するための装飾となっています。
そして、世間的な価値観を追い駆けすぎて躓いた男が立ち直っていく様子も描かれていくのです。
どちらかといえば男性寄りの作品ですが、女性視点でも充分楽しめる白石一文の一作です。
霧子が出会った黒ずくめの不思議な男・椿林太郎は、彼女の友人がビルから飛び降りようとしている最中、消えるようにいなくなってしまっていました。
林太郎は、学習障害児教育に携わる優秀な教師で、霧子はどんどん彼に惹かれていき……。
この林太郎が特殊能力を持っていて、それゆえに彼が辿るコースを霧子も追いかけていくと言うお話です。もっとも能力がメインではなく、人と人が出会い、別れ、死ぬという普遍的なものが描かれています。
- 著者
- 白石 一文
- 出版日
- 2014-01-06
「生きる気持ちを維持するために必要なのは夢や希望なんかじゃない。他でもない自分自身を好きだっていうこと。自分自身が大切で大切でたまらないと思えば、世界で一番大事な自分を失わないために生き続けることができる」という林太郎の言葉がこの物語のすべてを表していると思いました。
とても胸に響く言葉です。自分を好きになる、というのは簡単なようでとても難しいことなのかもしれません。だからこそ大切なこと。そう感じることができました。
人が生きていくことの大切さを描く、白石一文の傑作です。
少々考えさせられる作品が多い白石一文。最初はとっつきにくいかもしれませんが、読んでみると人間への優しさに満ちたものが多いのです。じっくり読んでみてくださいね。