2001年のデビュー以来、数多くの作品を世に送り出してきた畠中恵。物語に共通するのは、どんな出来事もまっすぐに見つめる登場人物たちの真摯な眼差しと、心あたたまる読後感です。今回はそんな畠中恵の小説作品を6作ご紹介します。
畠中恵は1959年、高知県に生まれます。幼い頃は、兄のために買われていた本を後追いで読んでいたそうです。
小説と同じく漫画も好んで読んでいた畠中恵は、名古屋造形芸術短期大学へ進学し、デザインやイラストを学びます。卒業後の1988年には、小学館から念願の漫画家デビューを果たしました。しかし漫画だけで生活をするのは難しく、当時はほかの漫画家のアシスタントやイラストレーターの仕事も受けていたのだとか。
漫画から小説へ転向するきっかけとなったのは、池袋デパートの地下でおこなわれていた創作講座でした。推理作家でありSF作家でもある都筑道夫に師事し、小説の作法を学んだ畠中恵は、第13回日本ファンタジーノベル大賞で優秀賞を獲得。2001年に小説家デビューを果たし、一躍、名が知れ渡ることとなります。
畠中恵の代表作といえば、このシリーズをおいて他にありません。長編小説は『しゃばけ』『うそうそ』の2作品のみで、他はすべて短編小説集。江戸の大店長崎屋の跡取り息子である若だんな一太郎と、妖怪たちが事件を解決していくファンタジー小説です。
- 著者
- 畠中 恵
- 出版日
- 2004-03-28
江戸時代を描いた時代小説『しゃばけ』シリーズに登場するのは、ひと癖もふた癖もある、個性豊かなキャラクターばかり。たとえばひとには見えない妖怪を見ることができる一太郎は、体が弱くすぐ寝込んでしまうため、周囲からは甘やかされて育ちます。そんな彼の傍には、手代として働く大男に化けた犬神や、色男に化けた白沢、「きゅわきゅわ」と鳴き、愛くるしい姿で場を和ませる小鬼の鳴家(やなり)など、漫画に出てきそうな登場人物たちが勢ぞろい。
事件はドタバタと町内を賑わせて一件落着することもあれば、大事件に巻きこまれ、シリアスで哀しい結末を迎えることも……。それでも若だんなの優しさや、人情味あふれる妖や人々との交歓が、読者をあたたかい気持ちで満たしてくれるので、どの作品も最後まで安心して読み進められるでしょう。
2001年の『しゃばけ』から始まった本シリーズは、2015年に十四作目『なりたい』が刊行され、ついに15周年を迎えました。2016年にはこのシリーズが、第1回吉川英治文庫賞を受賞。2017年にはミュージカル化も行われ、ますます広がりをみせる『しゃばけ』ワールド。若だんなと妖たちの物語がどう展開していくのか、これからも目が離せない、注目のシリーズです。
『しゃばけ』シリーズと同じ時代小説でありながら、妖怪などが一切登場しない作品『まんまこと』シリーズ。舞台は町名主のお屋敷――その、玄関先。江戸時代は名主が民事裁判を行っていたため、家には次々と騒ぎのタネが持ち込まれます。
- 著者
- 畠中 恵
- 出版日
調停を行うのは、主人公であり、名主の跡取り息子である麻之助です。女好きの悪友が念者のふりをしろと言いだしたり、嫁入り前の娘にできた子どもの父親を探したり……。大事件とはいえないまでも、当人たちにとっては大変な問題の数々。善悪に当てはめて白黒つければ済む話ばかりではなく、麻之助は悪友二人とともに、「まんまこと(真実)」を探りながら大団円(めでたくおさまる結末)を模索します。
主人公が幼い『しゃばけ』シリーズでは描かれにくい、切ない恋模様が織りこまれているのも『まんまこと』シリーズの見どころです。生き生きと描かれる町人たちと、心あたたまる結末で、読後にほんわかとする作品群です。
『若様組』シリーズは、江戸時代が終焉し、20数年たった明治時代の物語です。『アイスクリン強し』から始まり、『若様組まいる』『若様とロマン』と続編も刊行されています。
舞台となるのは、築地居留地近くに店を構える風琴屋(ふうきんや)という西洋菓子店。そこには、元幕臣の警官たち「若様組」がお菓子目当てでやってきます。
- 著者
- 畠中 恵
- 出版日
- 2011-12-15
菓子店で新しいモノ作りに励む皆川と、お店をとりまく人々の日常を中心に、ちょっとした謎をひとさじ加えて展開する青春群像劇。明治という不安定な時代の中で、やがて見えはじめる戦争の影。文明開化の時代背景とそこに生きる人々を、畠中恵らしい柔らかな筆致で描くシリーズです。
時代ものに定評のある畠中恵ですが、デビュー後は現代ものの執筆にも挑戦しています。『アコギなのかリッパなのか』は、21歳の大学生・佐倉聖が主人公です。大物政治家・大堂剛の雑用係を務めながら、事務所に持ちこまれる事件を次々と解決していきます。
- 著者
- 畠中 恵
- 出版日
- 2012-02-27
政治が絡む話、ドロドロと重苦しかったり難解だったりするのでは……という心配は無用です。畠中恵らしいユーモアに富んだ視線で、現代の世界や人々が、さらっと軽快に、そして魅力的に描かれます。元不良で頭も切れる聖の立ちまわりがとにかく痛快で、読み始めればあっという間に物語に引き込まれていくでしょう。
『さくら聖・咲く』という続編では、就職活動に励む聖がまたまた事件解決に奔走する展開を迎えます。これまで同様読みやすい文章で綴られていますが、スカッとしたいときには特におすすめです。
シリーズものを多く執筆している畠中恵ですが、一冊で完結する物語もあります。『とっても不幸な幸運』は、現代の銀座にある酒場を中心に描かれる作品です。
- 著者
- 畠中 恵
- 出版日
- 2008-03-13
あるとき、店長の義理の娘が持ってきた「とっても不幸な幸運」と書かれた缶。その不思議な缶と、ひねくれもので世話好きの店長、そしてお店の常連客たちをめぐる6つの短編によって、物語が展開していきます。
これまでの畠中作品にもあった、「特定の居場所」と「そこに集う人々」を軸に据えつつも、「不思議な缶」という要素を組み込んだファンタジックな本作品集。楽しい話ばかりではなく切ない話もありますが、読了後にお店を探して一緒にご飯を食べたくなるような、じんわり心あたたまるミステリーが描き出されます。
この物語の主人公は、幕末のとある神社の兄弟です。
兄の弓月は「夢告」という占いの力を持っていますが、その占いの成果はいまいちで、おっとりとした穏やかな青年。対して弟の信行は、兄の弓月のような不思議な力は持っていないのですが、生真面目なしっかり者。そんな二人の元に、珍しい客人が現れるところから、この物語は始まっていきます。
その珍しい客人こと、有名な神社の権宮司(神社の偉い人)だった佐伯彰彦が、弓月に「行方知れずの子供探し」という頼み事を持ちかけます。その「行方知れずの子供」は、大金持ちの大商人夫妻の一人息子で、名を「新太郎」というのですが、なんと、その「新太郎」さん候補というのが、三人もいたのです。
自分の息子こそが「新太郎」だと訴える三人の養い親たちや、息子を探す大商人夫妻。そんな、「新太郎」を通じて集まった人々同士の主張や葛藤、その裏側で進んでいく別の思惑、そして時代の終わりを告げる、幕末の動乱。
これらが複雑に絡み合い、物語は二転、三転していくのです。事件がさらなる事件を呼ぶなかで、段々と明かされていくそれぞれの登場人物たちの事情や思惑、そしてこの事件の真相には、きっと驚かされるだろうと思います。
- 著者
- 畠中 恵
- 出版日
- 2008-04-25
少しネタバレになってしまいますが、この本のタイトルであり、主人公弓月の能力でもある「夢告」の力は、本編が進むにつれてその力の精度を上げていきます。まるで予知夢のように夢を見続ける弓月は、段々と夢から戻れなくなっていき、「夢告」の後に苦しげに血を吐くまでになってしまうのです。
しかし、そんな中でも「夢告」を続けていた弓月は、一つの真実に辿り着きます。それは、「その条件に合致する新太郎さんはいない」というものでした。
そんな「夢告」の力によって衰弱していく兄を心配する弟の信行や、力を使って弟を、集まったみんなを守りたいと願う弓月、我が子を思う親心、愛するがゆえのすれ違い、そこにつけ込むように現れる幕末の浪人たち。
誰も彼もが一筋縄ではいかない登場人物たちが巻き起こす騒動の中、弓月は「新太郎」の真相を、真実を暴き出し、弟と一緒に、無事に家に帰る事が出来るのか。
そして一体、「新太郎」とは何なのか。不思議な夢が告げるこの物語の続きを、ぜひ、読んでみてください。
歴史ものであれ、現代ものであれ、常にやさしい眼差しで世界を描く畠中恵。デビュー以来、その姿勢は変わらず貫かれています。以前から読んでいる方も、これから読み始める方も、ゆったりとした気持ちに包まれたいときには、ぜひ畠中恵ワールドに飛び込んでみてください。