あなたの価値観を覆すピエール・ルメートルおすすめ4選!

更新:2021.12.14

ピエール・ルメートルの評価は『その女アレックス』が日本で刊行されて以来留まる所を知りません。フランス人特有の感性から放たれる、芳醇なワインのように熟成された匂いが香る作品の数々をご紹介します。

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遅咲き作家・ピエール・ルメートル

ピエール・ルメートルは、1951年フランス・パリに生まれ、作家に転身するまで主に図書館員を対象に文学を教えながら、連続テレビドラマの脚本家として活動していました。彼が作家としてデビューしたのは、2006年、55歳の時です。

そんな遅咲きの作家であるピエール・ルメートルの描く作品世界の特徴は、巧妙に伏線を張り巡らし、さりげない叙述によって読者をミスリードする、フランス人特有のひねりの効いたプロットに顕著に表れています。また、活き活きとした人物や情景の描写力の高さが残虐で凄惨な物語をよりリアルに強調し、読者の真に迫ってきます。

一躍彼を有名にした『その女アレックス』の主人公カミーユ警部ですが、彼のキャラクター造形に深く関わっているのは、実はルメートル自身の父親だとか。カミーユとルメートルの父親は同じ身長145cm。この父親の背中を見て育ったルメートルだからこそ、この三部作が生み出せたに違いありません。

ピエール・ルメートルの名を世に知らしめた衝撃の処女作

著者ピエール・ルメートルの記念すべきデビューを飾るのが本書『悲しみのイレーヌ』です。本書は、フランスを舞台に主人公であるカミーユ警部が活躍する三部作の第一作にあたる作品となっています。

処女作ながらコニャック市ミステリ文学賞ほか4つのミステリ賞を受賞した本書は、あふれんばかりの残虐さに満ちた内容と、複雑巧妙なプロットを練り上げる著者のスマートさとが上手く溶け合い、絶妙なバランスを保った作品です。

著者
出版日
2015-10-09

「こんなのは見たことありません」

カミーユ警部の部下であるルイが言い放つほど、残酷で凄惨な殺人事件が発生します。被害者は2人の娼婦。現場から見つかった犯人からのメッセージ。わざと残したかのような指紋。浮かび上がってきたもう一つの殺人事件。カミーユ警部が挑むこの奇怪な殺人事件の真相とは果たして…?!

本書は全体的に複雑な構成で組み上げられていますが、決して読者を置いてけぼりにするようなことはなく、むしろがっちりと読者のハートを掴んで離しません。それはひとえに、登場人物たちの活き活きとしたキャラクターに秘められているといえるでしょう。

身長145㎝の小男が主人公のカミーユ警部。彼の部下のルイは金持ちのイケメンで、アルマンはやせっぽちのドケチ男。そして巨漢の大男カミーユの上司ル・グエンが続きます。

このように、それぞれの見た目や性格に表れている特徴が非常に際立ち、分かり易く描かれていることで、頭の中でイメージしやすく、人物像が自ずと脳内に浮かび上がってくるのです。こういった所にも著者ピエール・ルメートルの巧みな手腕が表れていますね。

大人気シリーズの第1作。大ヒット作『その女アレックス』には本書の種明かしが含まれているので、まだ『その女アレックス』を読んだことのない方はこちらから読み始めてみてください。ヒット作にネタバレがあることから衝撃度が低くなってしまって意外と知られていない作品かもしれませんが、ルメートルの手腕が感じられる名作です。

最後にもう一点、ミステリファンには耳寄りなお話です。内容と深く関わってきますので詳細は省きますが、なんとジェイムズ・エルロイの『ブラック・ダリア』やブレット・イーストン・エリスの『アメリカン・サイコ』など、その他にも様々な名作ミステリの数々が本書に登場するのです。さて、これらの作品群と本編の内容が一体どう関わってくるのか……。それは読んでからのお楽しみです。

逆転に次ぐ逆転!驚愕が頂点に達した時、あなたは慟哭する!

2011年にフランスで発表された犯罪小説『その女アレックス』は、カミーユ警部三部作の第二作目にあたる作品です。

本国フランスで「リーヴル・ド・ポッシュ読者大賞ミステリ部門」(2012年)を受賞し、イギリスでも英国推理作家協会主催の「CWAインターナショナル・ダガー賞」(2013年)を受賞、さらには日本でも「このミステリーがすごい!」(2015)海外部門で第1位を獲得するなど、この他にも数々の受賞歴を持つ本書には一体どのような魅力が秘められているのでしょうか。

著者
ピエール ルメートル
出版日
2014-09-02

ある晩、パリの路上で起きた女性の誘拐事件。被害者の名はアレックス。目撃者の情報を基に捜査に乗り出すカミーユ警部らでしたが、依然として行方はつかめません。それどころか被害者の身元すら分からない状態でした。しかし、その後の捜査によって意外な事実が判明する……?!

残念ながら、あらすじとしてお伝え出来るのはここまでが限界です。この出来事自体は物語の序章でしかありません。その後に読者を待ち受けている展開には、度肝を抜かれること必至なのですが……言いたくても言えない、そんなジレンマを抱えてしまうのが本書の悩みの種ではありますね。それほどまでに衝撃的な展開が待っているのです。

本書は価値観の転換とでも言えるような変化が見どころ。信じていたもの、その全てをひっくり返した先に待っているものを、しっかりと見極めることが本書に臨む上での大切な心構えになるということをお伝えしておきましょう。

ピエール・ルメートルがテレビドラマの脚本家だったという経歴ゆえか、本書も場面を映像として想起しやすく、読者をすばやく感情移入へと導きます。それは何より細かく具体的な描写を多用することで生み出されるものなのですが、そういった描写を多用すると普通は物語にもたつきをもたらしがちです。

しかし、ルメートルの作品ではそんなことは心配ご無用。スピード感を落とすことなく、読者に連続的に映像を提供してくれます。そんな感覚的にも楽しめる作風を楽しんでみてください。

カミーユ警部サーガ最終章!

カミーユ警部三部作の最後を飾るのが本書『傷だらけのカミーユ』です。本書は英国推理作家協会のCWAインターナショナル・ダガー賞を再び獲得すしています。さて、この三部作はどのような締め括りを迎えるのでしょうか?

強盗事件に巻き込まれ、重傷を負ったアンヌ。彼女はカミーユ警部の恋人でした。彼は誰にもアンヌとの関係を告げぬまま、強引に捜査を推し進めます。それが原因で生まれる周囲との軋轢、何故か執拗に命を狙われるアンヌ、追い詰められるカミーユ警部、果たして彼を待ち受けていた驚愕の真相とは……?!

著者
ピエール・ルメートル
出版日
2016-10-07

本書『傷だらけのカミーユ』は前2作に比較して残虐性が多少抑えられていること、よりシンプルな構成で描かれていることが特徴です。しかし、相変わらずルメートル節は健在で、そこかしこに伏線を散りばめ、視点を入れ替えながら読者の先入観を巧みに操り、結末まで一気に連れて行かれます。

この物語の焦点となるのは他ならぬカミーユ警部自身です。もちろん主人公ですから当然と言えば当然なのですが、それは事件捜査の中心人物という意味での焦点ではありません。

彼の心に秘められた思いや過去との葛藤といった心理の内側にあるものこそが、この物語の焦点になっているといった方がいいかもしれません。これは警察小説というよりも、カミーユ警部という人間の物語なのです。だからこそルメートルは敢えてシンプルな構成で描くことで、内面のより深い所へ読者を導こうとしたのかもしれません。


本書の原題は『Sacrifices』、「犠牲」です。そこに込められたルメートルの思いに、あなたの心はきっと揺さぶられるでしょう。

新境地を切り開いたルメートルの傑作人間ドラマ

『天国でまた会おう』はフランスで最も権威のある文学賞の一つであるゴンクール賞(2013年)に輝いた作品です。戦争をテーマに展開される本書は、前述したカミーユ警部三部作とはまた違った切り口のピエール・ルメートルの世界が楽しめる作品となっています。

第一次世界大戦の終結が見え始めていた1918年冬。小心者アルベールと天才肌のエドゥアール、そして出世欲に燃えるプラデル中尉の3人の軍人たちが出会ったとある戦場。そこで巻き起こったことが彼らに与えた影響の波と、それぞれが戦後を生き抜く中で入り乱れる感情の嵐がこの物語を紡いでいきます。

著者
["ピエール ルメートル", "Pierre Lemaitre"]
出版日
2015-10-16

まずお伝えしてくてなならないのは、この物語はミステリではないということです。カミーユ警部三部作のような作品を想像してこの本に取り組むと、おそらく肩透かしをくらうでしょう。この作品は文学作品であり、人間の物語描いたものだからです。

またこの作品は、ベトナム戦争後のアメリカを取り巻く様々な状況を想起させます。あの戦争がアメリカにもたらしたのは、ベトナム前、ベトナム後という大きな時代の境目でした。同時に、小説や映画といった思想表現の媒体にも通底する志向に大きな変化が起こったのです。

それはすなわち、戦争そのものを描くことなく戦争を描くことでした。例えばマイクル・コナリーの小説ハリー・ボッシュシリーズやマーティン・スコセッシ監督の映画『タクシードライバー』のように、ベトナム帰還兵を描くことで、ことさらベトナム戦争ひいては戦争そのものの悲惨さを描き出していたのです。

本書『天国でまた会おう』においても、戦争という大きなテーマを掲げながら、物語の始まりを戦争終結直前に設定しています。むしろ、焦点を当てているのは、3人の男たちの戦後における人生や、彼らを取り巻く環境です。

こういったひねりの効いた見せ方は、ルメートルらしいと言いましょうか、もっと大きな括りでいうとフランス人らしいと言えますね。皮肉や風刺を愛するフランス人の独特の感性がここに現れているのかもしれません。

急転直下のサスペンスよりも重厚で骨太な人間ドラマを楽しみたいという方は、まずはこの『天国でまた会おう』からルメートルの世界を味わってみてはいかがですか?

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