林芙美子作品のおすすめ6選!「放浪」と「旅」のキーワードで入る

更新:2021.12.15

幼少期から貧しい生活を強いられ、西日本各地を流浪した林芙美子。不遇な過去を背負う著者は、終生にわたり放浪者を自覚し、そして旅を深く愛し続けました。そこで今回は、「放浪」と「旅」のキーワードで入る、林芙美子作品のおすすめ6選をご紹介します。

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林芙美子ってどんな人?

林芙美子は、1903年に福岡県門司市で生まれました。父麻太郎が芙美子を実子と認めなかったため、養父と母に育てられます。行商を営む両親の仕事柄、幼少期から北九州の炭坑町をはじめ、西日本各地を転々。佐世保、下関の小学校を転校した後、広島県尾第二尋常小学校に編入。尾道市立高等女学校へ進学した頃から、地方新聞に詩と短歌を投稿する文学少女でした。

女学校卒業直後、東京へ上京。下足番や女工などの仕事に就き、この頃から『放浪記』の原型となる日記をつけ始めます。1924年、田辺若男と同棲生活をはじめた縁から、壺井繁治、岡本潤、高橋新吉、辻潤らのダダイスト詩人の知遇を得るに至り、本格的な文学活動を開始。そして27歳の時、自伝的小説『放浪記』を刊行して、ベストセラーとなり流行作家にのぼりつめます。

翌年、その印税で、パリ・ロンドンに半年間滞在。翌年6月に帰国。1938年には、内閣情報部の「ペン部隊」として日本陸軍の武漢作戦に従軍。中国漢口に特班員として一番乗りを果たします。その成果は『戦線』、『北岸部隊』として刊行されました。

戦後は、長編小説『浮雲』や『晩菊』などを出版。1951年、帰宅した直後に心臓麻痺に襲われ急逝。享年48、葬儀委員長は川端康成が務めました。

元祖フリーター小説!不遇な境遇に喘ぎながらも逞しい人間の姿が活写される林芙美子の代表作!

林芙美子の代表作とされるのが、言わずと知れた『放浪記』です。第一次大戦後の東京を舞台に、ヒロインの“私”が日々の出来事を日記体で綴ります。林芙美子の文壇デビューとなった第1部から、死の前年まで書き継がれた第3部までを収めた、自伝的な性格の強い作品となります。

 

著者
林 芙美子
出版日
2014-03-15


語り手の“私”は、東京へ上京し、都会の底辺でさまざまな職を経験しながら、筆一本で生活を立てる小説家を夢見ています。都市の底辺で喘ぎ、不遇な境遇に耐えながらも、明るくたくましい人間の姿が活写された本書は、まさに著者自身が投影された青春小説ともいえるでしょう。「放浪記以前」と題された冒頭は、「放浪者」を自認した林芙美子の性格にふさわしい、書き出しとなっています。

「貧乏生活」をテーマに据え、林芙美子の著作から選り抜いた入門者には最適の一冊!

「生活」をテーマに据えた林芙美子の著作から、小説10編、詩10編を選り抜いた作品集です。「風琴と魚の町」などの初期短編5作をはじめ、著者の代表作として名高い「晩菊」などの戦後の短編4作、また東京に上京し、貧しい生活のなかで古里の尾道を振り返った「蒼い馬をみたり」などの詩10篇が収められています。

 

著者
林 芙美子
出版日
2015-03-20


自らの郷里をもたないことを自覚した林芙美子にとって、尾道は特別に思い入れのある場所でした。「旅の古里」と称し、東京へ上京した後も、たびたび芙美子は尾道へ帰郷しているからです。

本書の初めに置かれた「風琴と魚の町」は、多感な少女時代を過ごした尾道時代を題材にする私小説風の短編作品です。薬の行商人である親子の哀歓と、そのたくましい姿が、読み手の心へ深く染み込んできます。また「波と風と魚の匂いに包まれた」と、尾道の風景が鮮やかに描写されています。尾道という地に、特別な感情を抱いた林芙美子の心中を思い浮かべながら、ぜひ本書を味わってください。

パリの街中を塗下駄で“ポクポクと歩く”……林芙美子の魅力が凝縮された紀行文集

『放浪記』の印税を元手に、林芙美子がシベリア経由でパリからロンドンへ到着するまでの旅程と、当地での半年間の生活を記した随筆が収められています。またこの海外篇の他に、北海道の樺太、伊豆、大阪、東京といった国内各地の旅行記もあわせて併録されています。

 

著者
林 芙美子
出版日
2003-06-14


本書で特筆すべきは、表題の「下駄で歩いた巴里」というパリの滞在記にあります。旅先から現地を報告する林芙美子の文章は、国の内外を問わずいずれの場所でも、気取ったところが全く見当たりません。

著者は、どこか昔馴染みの町を散策するような心持ちで、旅先での出来事を綴ります。パリの街中を「塗下駄でポクポク歩きます」と述べる、著者の昔馴染みの町を散策するような語り口は、異国の街であることを思わず忘れてしまいそうになります。いずれの旅先においても、昔馴染みの町を報告するような林芙美子の飾らない姿勢に、読者は魅了されてしまうことでしょう。

林芙美子の作家活動を知るうえで、忘れてはならない一冊!

1938年に内閣情報部の「ペン部隊」として、中国の漢口に従軍した林芙美子のルポルタージュです。先の大戦で戦地へ駆り出されたのは、最前線で戦闘を繰り広げた兵士だけではありませんでした。国民の戦意高揚のため、世に知れ渡った文学者たちも「ペン部隊」として動員されたのです。なかでも林芙美子は、日中戦争から太平洋戦争にかけて積極的にペンで国家に奉仕した作家の代表格でした。

 

著者
林 芙美子
出版日
2014-08-23


著者は、1938年9月1日から約2ヵ月間、帝国陸軍第六師団の漢口攻略作戦に随行します。本書は、当作戦の進捗状況と、作戦を遂行する兵士の様子などに筆が割かれていますが、女性らしさが伺えるのは、負傷した兵士や戦況の激しさを目の当たりにした際に、要所要所で、感傷的な気分に浸るところです。

『戦線』の第一信には、敵国の砲弾がふりそそぐ小舎のなかで、これまでの生涯が走馬灯のように頭を駆け抜け「私は私の全生涯をかけて戦線にいるような気もして来ました」と記されています。著者の文学全集にも収録されていない『戦線』は、林芙美子の作家活動を知るうえで、忘れてはならない作品なのです。

東京暮らし30年。流行作家となり安住の地を得た芙美子の東京生活

昭和10年前後の随筆作品から選り抜かれた随筆集です。栃木の女刑務所を慰問する「新生の門」、恋愛についての考えを述べた「恋愛の微醺」、愛用した着物について考察をめぐらせた「着物雑考」など、バラエティーに富んだ作品が収録されています。注目したいのは、放浪者としての宿命を負い文学的な出発を遂げた林芙美子が、もっとも長く暮らした、東京の生活について記しているところです。

 

著者
林 芙美子
出版日
2003-02-14


『放浪記』の冒頭で、「私は宿命的に放浪者である」と述べた林芙美子の終の棲家は、新宿区落合町でした。芙美子は、大正11年から昭和26年までの約30年間、この地に暮らしたことになります。

本書には、小説家・尾崎翠の紹介で入居した上落合での生活を記す「落合町山川記」、パリ帰国後に下落合の西洋館に入居した際に執筆した「生活」、昭和16年から自宅で逝去するまで暮らした下落合周辺を記した「わが住む界隈」といった随想が収録されています。幼少期から放浪を繰り返した林芙美子が、流行作家となり安住の地を得たその生活ぶりを伺うことができるのです。

林芙美子の描く濃密な男女の恋愛

第二次大戦中に出会ったゆき子と富岡。彼らは、かつてふたりで過ごした時間が忘れ得ぬものだったために、それがすでに過去のものとなったことを認めることができません。愛しすぎる女ゆき子と、突き放しきれない男富岡。そうしていつまでも離れられないふたりが、激動の時代の中でひたすら向かっていく先は絶望しかなく……。

 

著者
林 芙美子
出版日
1953-04-07


ドロドロの恋愛模様を呈していく本作『浮雲』は、美しいだけとはいえない恋愛の本質をじっくりと味わうことができます。夢のような前半の風景と、鬱々とした後半の風景で対比させられる彼らの様子が切なく苦しく胸に迫る、恋愛小説の傑作です。

ゆき子と富岡を通して読者は、本質的な男女の恋愛の温度差を突きつけられることでしょう。また、戦後の日本に溶け込み切れなかったふたりの心理も複雑に絡んでいきます。本作は、軽い恋愛の価値観にガツンとパンチを入れてくるような小説なのです。自分自身でも制御のきかない衝動を持った感情こそが恋愛なのだと改めて思わされることでしょう。

以上の6作品をご紹介しました。国内はおろか、パリやロンドンへ一人旅を敢行した林芙美子。市井の人々に寄り添い続け、人気を博した芙美子の特色は、端的に「放浪」と「旅」で表すことができます。ぜひ上のリストを参考に、林芙美子の作品に触れてみてください。

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