文芸

夏目漱石おすすめ作品8選!一流の講義と小説を、あなたの生活に

更新:2020.11.27 作成:2017.1.6

言わずと知れた日本を代表する作家、夏目漱石。帝国大学卒業後、中学、高校で教員となり、その後イギリスへ留学、帰国すると東大で講師を務めました。そんな日本のエリートコースを歩んだ夏目漱石の作品から、今回は厳選した作品を紹介します。

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現代文学の祖、夏目漱石

夏目漱石は、文学者ではじめて紙幣に肖像がのった人物。今でも熱烈なファンがいる、2016年で没後ちょうど100年になった明治、大正の作家です。

帝国大学(現在の東大)英文科卒業後、教職に就きイギリス留学、帰国後東大で教職に就き、高浜虚子に誘われて小説を発表します。それが大評判になり、教職を退職。朝日新聞社に入社し、執筆活動に専念します。当時では聖職といわれる教職を辞め、新聞社で記者になることなどは異例中の異例でした。それほど、漱石の創作意欲は旺盛だったのでしょう。

俯瞰して当時の日本の状況を眺めると、まず明治維新によるヨーロッパ文化の流入があります。文学界ではその影響を受けロマン主義が流行り、続いて自然主義が大勢となります。自然主義は美化を一切否定する文学です。

その流れのなかで漱石の発表した作品は自然主義とは異なる作風で「余裕派」と呼ばれます。当時の~主義に全く当てはまらない作品です。それは、ヨーロッパ文化の受け入れでも反発でも折衷でもない文学と言えます。イギリス留学から本質的に英文学を研究し、かつ正岡子規とともに学んだ日本独自の俳句の構造を熟知していたからこそできた、新しい日本の文学。それが夏目漱石の近・現代小説への深い足跡です。

そういった留学経験は次に紹介する漱石の講演録で触れられています。

夏目漱石の名講演

具体的な例を交えて、時に笑いを誘い、最後には大きなテーマへと話を導く漱石の著名な講演です。自分のエピソードを踏まえながら聴き手の学生たちを鼓舞する内容の濃い話に、思わず引き込まれます。
著者
夏目 漱石
出版日
1978-08-08
英国に留学して3年も文学を勉強したにも関わらず、全くわからない。そしてわからないまま、興味のない教師にさせられてしまった。若い漱石はそんな苦悩を抱えて日々を過ごしていたようです。しかし、ある時、霧が晴れたように悩みが吹き飛びます。

この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるより外に、私を救う途はないのだと悟ったのです。(『私の個人主義』より引用)

私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。(『私の個人主義』より引用)

これらの経験を踏まえて漱石は若い聴衆に、壁にぶつかるまで徹底的に自分の道を突き進めと諭します。

さらに個人主義に対する漱石の考え方が披露されます。それは自分の個性を発揮するならまず他人の個性の尊重が前提に立ち、自由に振る舞うならば相応の義務と責任が生じると伝えているのです。

そして個人主義は決して国粋主義に相反する考えではないという主張に続きます。その漱石の具体例の見事さに舌を巻くこと間違いなしです。

大変短い分量であるので、興味が出た方は読んでみてくださいね。

幻想の世界に迷い込む

夏目漱石の作品群のなかでは異色の短篇です。一夜一夜の短い夢が十夜分語られます。それぞれの夢に特に関連性はありません。

第一夜 死の床に瀕した女が、自分が死んだら墓のそばに100年待っていて欲しいと男に懇願します。男は約束通りに待つのです。しかし、100年はなかなか経ちません。騙されたのかと男は思いますが……

第二夜 和尚は言います。お前は侍なのにまだ悟れていない。だからお前は侍ではない、人間の屑だと。「自分」は悟ったうえで和尚の首を落とそうと決意します。悟れなければ自刃する……

第三夜 男は自分の6つになる息子を背負っています。息子は目がつぶれています。男は息子をこのまま森に捨てようと思うのです。そう思うと息子は不敵に笑い、見えない森の情景を次々に言い当てていきます……

このような話が、十夜分語られます。耽美的で不思議な余韻を残す作品群。どこか泉鏡花の世界観を思わせる、怪談めいたものが多いです。
著者
["夏目 漱石", "金井田 英津子"]
出版日
深層心理の恐怖や不安が描かれ、読み応えがあります。夢物語独特の不条理さ、時系列の歪みが魅力的です。あらゆる語り口を持つ漱石の一側面を見せてくれる作品と言えます。

エリートの苦悩

日本で一番売れた小説であり、夏目漱石の代表作である『こころ』。明治から大正に変わる時代の転換点に立った漱石の、ひとつの時代との決別の書と読むことができます。

由比ヶ浜に海水浴に来ていた私は、先生に出会います。先生に惹かれた私は、東京に戻ったあとも先生の家を訪ねて行くのです。

何度も先生の家を訪ねる私ですが、先生はどこか深い心の闇を抱えているように感じます。奥さんに対しても心を開こうとしない先生。奥さんは、以前はそんな人ではなかったが、親友の死をきっかけに先生が変わったようだ、と推測しています。

私は先生の過去を問い詰めますが、先生は時期がきたら話す、と約束しただけです。

学校を卒業した私は父親の見舞いのために帰郷します。その時、先生からの長い手紙が届き……
著者
夏目 漱石
出版日
純文学の名作です。文章は初期の漱石のような装飾性がはぎ取られ、洗練されたわかりやすい言葉が美しく配置されています。

サスペンスの要素をふくんだストーリーは、クライマックスで一気に全ての謎を解決します。それは変化にあふれた衝撃の真実です。

先生の深い悩みは、自分のなかの利己性と倫理性との葛藤に生じています。過去の過失への罪悪感が先生を難しい人柄に変え、夫人は、先生が自分のことを嫌いなのではないか?と思い悩んでいく。

この様々な悩ましい感情たちを、読者にはぜひ真正面から受け止めて欲しいです。

夏目漱石の静かな日常

夏目漱石の日常のあれこれを描いた名随筆。随筆とは日記のようなものです。

硝子戸の中に坐した漱石は外を眺めます。とりたててなにも起こらないようでいて、こんな狭い世界にも変化はあります。硝子戸のなかに時々は人も入ってくるのです。漱石は興味をもって彼らを見守りますが……
著者
夏目 漱石
出版日
1952-07-22
この身辺録にはさまざまな人々が現れ、それらを漱石は静かな目で眺め、小さなストーリーが語られていきます。飼っている犬のへクトーの死んだ話。写真を撮りたいという雑誌社の男。自分のことを書いてほしいとしつこく訪ねてくる女性。旧友Oとの再会と学生のころの思い出などなど。

淡々とつづられる日記風の作品ですが、それぞれのエピソードがきれいな文体で描かれ、さりげない滑稽さに満ちています。漱石最後の随筆です。深淵なテーマが提示されるわけではありませんが、それぞれの登場人物との接触のなかでの漱石の思索や考え方がリアルに伝わってきます。

エッセイとして百年以上前の生活文化を、端正な文章で読むことが出来る点でも、この随筆をおすすめしたいです。

猫、文壇に登場

おそらく、日本で一番有名な小説ではないでしょうか?読んだことがなくとも、タイトルは誰もが聞いたことがあるはずです。

「吾輩は猫である」の書き出しから始まり、猫の視点から人間世界を風刺するコメディです。滑稽に満ちた喜劇のなかに漱石の該博な知識と洞察力、それに文章力がいかんなく発揮されている傑作長編です。
著者
夏目 漱石
出版日
猫の主人である珍野苦沙弥(ちんのくしゃみ)の家を訪れる一風変わった人々。迷亭はホラ吹きの美学者、苦沙弥の教え子の水島寒月、詩人の東風、哲学者の独仙など個性豊かなキャラクターたちが好き勝手な主張と行動で物語をつむぎだし、笑わせてくれます。

とにかく情報量が多く、漱石の学識によって肉付けられた皮肉が、批評的に世相を斬り倒します。

中学教師である苦沙弥は、漱石自身がモデルと考えられています。あばた面でひきこもりで胃が弱い、と欠点ばかり列挙されている第二の主人公です。猫にもモデルがあります。漱石が37歳の時に家に住み着いた野良猫です。この猫が死んだときに、漱石が親しい人々に当てた死亡通知のエピソードは有名です。

子供以上、大人未満!新任教師が巻き起こす、痛快ドタバタ学園コメディー!

血気盛んで正義感にあふれる主人公の坊ちゃんは、新任教師として松山の中学校に赴任します。ところが彼の前に現れるのは、波風を立てまいと事なかれ主義を貫く校長の狸や、学校の影の支配者として陰険な性格で坊ちゃんの前にたちはだかる教頭の赤シャツ、その赤シャツにべったりと子分のように寄り添う画学教師の野だいこと、どいつもこいつも上司にゴマを擦り、自身の保身を考える者ばかり。

おまけに学校の生徒たちにも馬鹿にされる始末で、坊ちゃんは赴任地でストレスの多い日々を送ります。

そんなある日、戦争の祝賀会の会場で、生徒たちが喧嘩をはじめたことから、彼は同僚の数学教師である山嵐と一緒に、騒動をおさめようと仲裁に入ります。しかし翌日の新聞で、あろうことか騒動の主犯者として報道されてしまった坊ちゃんは、その背後に赤シャツの思惑を嗅ぎとり、山嵐とふたりで彼らに復讐を果たそうと計画するのです。

著者
夏目 漱石
出版日

江戸ッ子である漱石の持ち味が十二分に発揮された作品です。一人称で綴られる語り口がとても効果的で、赤シャツや野だいこのような建前ばかりを述べる大人たちに、坊ちゃんが果敢に斬り込む構図となります。大人の論理が渦巻く学校を舞台に、坊ちゃんが巻き起こす痛快ドタバタ学園コメディーと言えるでしょうか。坊ちゃんのキャラクターが見事にハマり、爽やかな読後感をもたらしてくれますよ。漱石入門書として、読まず嫌いを直すには最適の一冊です。

美魔女・美禰子登場!ほろ苦い痛みを呼ぶ傑作青春小説

地方からはじめて上京した時のことを覚えていますか。思い描いていた東京は、上京する前とかけ離れた場所でしたか。志を抱いて大学へ入ったものの、同級生や先輩たちの抱く志や学識の高さに、自信を失った経験はないですか。今まさにその渦中にいる方も多いのかもしれません。『三四郎』の主人公も、そんな苦い経験を共有するひとりなのです。

大学へ進学するために上京した三四郎は、日本の行く末を案じて過激な発言を口にする広田先生や、同じ大学に通うひとつ年上の先輩・野々宮、同級生の与次郎と出会い、上京そうそうに東京という場所にカルチャーショックを覚えます。なかでも構内の池のほとりで目にした美禰子との出会いは、強烈な体験として彼の胸に刻まれていきます。

著者
夏目 漱石
出版日
1948-10-27

夏目漱石の小説には、妖しい雰囲気をたたえた印象的な女性が多く登場します。なかでも『三四郎』に登場する美禰子は、漱石の作品においてひときわ印象の強い女性です。彼女の特徴を端的にあらわす象徴的な台詞があります。いまにも息がかかるような自分の胸もとで、突然に年上の女性にこんなことを呟かれたら、あなたはどんな思いに駆られるでしょうか。水を飛び越えようとバランスを崩した美祢子をとっさに抱きとった三四郎は、彼女のこんな呟きを聴いてしまうのです。

「迷える子(ストレイシープ)」と……。

田舎者の三四郎が彼女にますます魅かれていくこの場面は、『三四郎』のなかでも屈指の名シーンのひとつです。

ところで、上京した三四郎の前には、三つの世界が開けています。戻ろうとすればいつでも帰ることのできる故郷の世界。野々宮や与次郎と知り合うきっかけになった立身出世を叶える学問の世界。大都会の東京で知り合った美祢子に代表される女性の世界。三つの世界を前に、三四郎は自分を上手く位置づけようと東京での日々を送ります。

三四郎と美祢子の関係を軸に展開する『三四郎』は、あなたの胸のうちに、思春期のあわい痛みを甦らせることでしょう。学校を卒業して社会人として働く人も、いま学校に通う渦中にいる人にも、ほろ苦い痛みを呼び起こす傑作青春小説です。

巧みな生活描写が冴える小説家としての夏目漱石の力量

小説における文章というのは、主に人物の台詞、風景描写、心理描写の三つで構成されています。風景描写と心理描写は、周囲に広がる場所や雰囲気、人物が物事に対して抱く心情を読者に提示する、小説にはなくてはならない機能です。一般に地の文とも言われます。

この三つの要素が巧みにあわさって小説は構成されますが、終幕のクライマックスやドラマチックな場面ならまだしも、その世界で人物たちがどのような生活を送っているかといった日常描写は、読者の注意を引きつけておくことが難しいだけに、作家にとって、たいへん難しい場面として頭を悩ますことになります。

一見して地味な生活描写ほど、作者の力量が試されると言っていいかもしれません。小説家としての漱石の力量に注目すると、中篇小説の『門』は、ぜひ手に取ってもらいたい一冊になります。冒頭から代助夫婦のゆるやかな日常生活が鮮やかな筆運びで活写されていきます。

著者
夏目 漱石
出版日
1986-11-29

宗助は陽のあたる縁側に座布団を持ち出し、下駄を鳴らして行き過ぎる通りの音を、ゴロリと横になり心地よく聴き入っています。そのまま寝てしまうことを心配して、「風邪をひきませんか」と妻が声をかける。こんなやり取りを繰りかえす平穏な休日の一コマに、あなたも心くつろぐような心地よさを覚えるかもしれません。

夫婦の生活は一見すると、穏やかで幸せに満ちた夫婦に映ります。ところが夫である宗助は、大学時代の友人の妻を奪ったことから、世間から身を隠すように崖下の家でひっそりと暮らしているのです。宗助の胸には、後に「人間の心の奥底には結核性の恐ろしいものがひそんでいる」と述べられる、過去の傷がうずいていることが次第に明らかになります。ゆるやかな時間の流れる夫婦の冒頭のやり取りと後に深刻さを増す不穏な緊張感は、見事なコントラストをもって浮かびあがってくるという仕掛けなのです。まずは、のどかな休日の雰囲気を巧みに描く、夏目漱石の描写力に注目してください。

夏目漱石は、小説という世界で決定的な影響を残した作家です。一番好きな作家に漱石をあげる方も多いことでしょう。まだ読んだことがないという方には、ぜひ今回特集した作品を気に入っていただけたらと思います。