谷崎潤一郎おすすめ代表作品6選!極まる、恋愛小説

更新:2021.12.15

近代日本文学を語るうえで、欠くことのできない作家「谷崎潤一郎」。濃密、美麗な文体で描く女性像はエロティシズムを越えた魅力を含んでいます。 ここでは、その作品群から厳選した6作品を紹介していきます。

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谷崎潤一郎の世界

谷崎潤一郎は1886年生まれ、1965年没の日本を代表する小説家です。年号にして明治、大正、昭和をまたにかけ常に第一線で活躍しました。

その文章の美しさと、作品の芸術性において国内外で高い評価を受けています。ノーベル文学賞にも最終候補までノミネートされている数少ない作家のひとりです。

その作品は耽美的な雰囲気を携え、美しく魅力的な女性像を描くことに特徴があります。性的なイメージも頻発しますが、そのなかに深い人間洞察が重ねられます。そしてストーリーはドラマティックで強烈な印象を与えるものが多いです。通俗性と芸術性を兼ね備えた作品世界は現在でも色褪せることなく、読者の前に色鮮やかに展開されていきます。

ではさっそくその作品のなかからおすすめの5作品を紹介していきましょう。

谷崎潤一郎の処女作にして傑作『刺青(しせい)』

非常に短い物語の中に強烈なインパクトを残す作品です。女性の魔性やエロティシズム、振り回される男性の役回りとその歪んだ性的嗜好、退廃的な世界観。その後の谷崎作品ができていく上で重要な作品といえます。

主人公、清吉は元浮世絵職人であり、名手と名高い彫師です。芸術に対するストイックな姿勢を持つ清吉はいつか、自分の納得する皮膚と骨組みを持った美女に、自分の魂を存分に彫りこみたいと考えています。しかし、なかなか清吉の目に適う女性は見つかりません。

願い叶わぬままに数年が経ったあるとき、清吉は料理屋の前でふと、駕籠のすだれの影から真っ白な女の素足がこぼれているのが目に入りました。それこそ、清吉の待ち望んでいた女の皮膚です。

清吉はその娘と二人きりになる機会を得ると、座敷のなかで二つの絵を彼女に見せます。一つ目は、古代の中国の王妃が処刑されようとする男を眺めている絵です。二つ目は、桜の樹に身を寄せた女が足元にたくさん積み重なった男たちの死骸を見つめ、恍惚としている絵です。清吉は言います。

「この絵の女はお前なのだ」(『刺青』より引用)

清吉は、そう言ったあと、娘を麻酔で眠らせ、その背中に大きな女郎蜘蛛を彫り始めて…
 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1969-08-05

先にも触れましたが、非常に短い作品です。その文章は、美文と呼ぶにふさわしく豪華絢爛の語彙を見せてくれます。そして、視覚的に描かれたこの世界は想像もしやすく、映像化作品も数多いです。

ヒロインとなる女性は16、17歳ぐらいの設定ですが、子供から大人になる女性の決定的な変化の様相を華麗に具現化したストーリーは傑作と呼ぶにふさわしく、後に世界的な評価を得る作家「谷崎潤一郎」の処女作として、いまだ尚輝きを放っています。
 

禁断の恋を扱った問題作『卍』

いわゆるバイセクシャルの恋愛を描き、その緻密なストーリー構成と風俗描写、さらには複雑な女性心理の変容の様を見事に描いた傑作として知られている『卍』。スキャンダラスな内容ですが、その分読みやすく、作品世界に没頭してしまうこと間違いないです。

弁護士の夫に不満を持っている園子は美術学校に通い、そこで絶世の美女、光子に出会います。彼女の魅力に強く惹かれる園子は、禁断の関係へと落ちてゆきます。しかし、その関係を夫に知られてしまいます。そんな折に光子の妊娠が発覚、さらに綿貫という光子の恋人が現れて……
 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1951-12-12

綿貫が現れて以降も、さらに物語は二転三転します。綿貫と園子が契約を結び、それが世間に公表され、さらに夫を騙すための心中計画があったりと、読者を飽きさせません。

三角関係を、両性愛をモチーフに多人数で描くとあらゆるトライアングルが現れ、まんじの漢字のようにストーリーは入り組んできますが、根底に女性の愛の底深さという明確なテーマが見えます。業の深さと言ったほうが的確かもしれません。主人公の光子と園子の互いへの深い愛情と、それゆえの憎悪、策謀、疑念の表現の見事さは、この作品を第一級の恋愛小説に君臨させています。

この物語は主人公園子の告白体で、小説家の先生に語るという体裁で書かれています。

愛欲の深さを描いたこの作品を、ぜひみなさんにおすすめしたいです。
 

究極の被虐愛『春琴抄』

こちらも谷崎潤一郎の代表作です。マゾヒズムをキーワードに読み解かれることの多い作者の世界観が、如実にあらわれた名作として知られています。ストーリーはこの作品もドラマティックに展開します。

春琴は幼くして病気で失明しますが、音楽に関して特別な才能を発揮します。四歳年上の佐助はでっち奉公として彼女の身の回りの世話をしながら、三味線の弟子としても彼女に仕え、献身的に彼女を支えるのです。

奔放で激しい性格の春琴の佐助に対する態度は厳しくつらいものです。しかし、佐助はそれを喜んで受け入れます。

その後春琴は16歳で妊娠しますが、その子の父親を明かしません。佐助も何も言いません。しかし、生まれてきた赤ん坊は佐助にそっくりでした。赤ん坊は里子に出されます。

二十歳で三味線奏者として独立した春琴に、佐助も世話係兼弟子としてついてゆきます。春琴の三味線の腕前は世間に知られるようになりますが、わがままで贅沢な性格は直りません。弟子にも非常に厳しく、トラブルが頻発します。

そうして春琴が37歳の時、ある事件が起こります。何者かが美貌名高い春琴の顔を傷つけるのです。醜くなった自分の顔を佐助に見せるのを拒む春琴。そんな春琴を思いやる佐助のした行動とは……?
 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1951-02-02

耽美的な作品の多い谷崎潤一郎ですが、その頂点ともいわれる短篇です。ページ数は少なく、あっという間に読み終わります。その短い文章のなかに、整然とした世界が繰り広げられます。

文体は句読点が省かれ、改行もなく、実験的です。しかし、読み始めるとそんな些細なことは気になりません。春琴と佐助の主従関係は、確立され不動です。究極的な奉仕を貫く佐助と、それをいたわるでもなく受け入れる春琴の姿勢にマゾヒズムを超える愛の形が見えます。

例えるならば、いじめっ子といじめられっ子の絆を描いた作品ですが、当事者にしかわからない複雑な心理模様を、具体的なストーリーにした傑作といえます。視覚的な物語でやはり、映像化された作品が多いです。気になる方はそちらもチェックしてみてください。
 

老人は足を愛する『瘋癲老人日記』

谷崎潤一郎、晩年の著名な作品です。やはり性をモチーフにした話題性の高い作品といえます。

不能の77歳の老人が息子の嫁に性的な魅力を感じ、その女性に翻弄されます。特に足に執着し、踏まれたいという願望を抱いています。家族に隠れ、彼女の足を舐めまわす老人は、墓石までも彼女の足型でつくるのです。

足フェチの話ですが、芸術的な話でまとめあげられています。谷崎文学のエロティシズムと被虐的な性の悦びが存分に発揮されています。少女と添い寝する老人を描いた、川端康成の『眠れる美女』とよく比較される作品です。
 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
2001-03-25

谷崎潤一郎の実体験を下敷きに描かれている作品であり、義娘の渡邊千萬子との往復書簡が公開されています。私生活でも当時の谷崎と重なる部分が多いのです。

全編がカタカナで書かれており、すでに評価を不動のものにしていた晩年の谷崎とは思えない実験を試みた作品です。彼の志の高さを感じさせる意欲作といえます。
 

近代日本文学の金字塔『細雪』

大阪の上流階級に生まれた4姉妹の人間模様を描き、谷崎潤一郎最大の長編作品である『細雪』。大阪の生活文化を絢爛に描いたこの作品は当時ベストセラーとなり、多くの国で翻訳されてもいます。性的な描写はなりをひそめ、第二次大戦に向けての街や人々の趨勢を逆説的に美しくとらえています。

大阪船場の蒔岡家は、一時は隆盛を極めましたが、代が変わるころには傾きはじめた商家です。

蒔岡家には四人の娘たちがいます。本家を継いだ長女の鶴子夫妻、分家した次女の幸子夫妻、一番の美人の三女雪子、そして奔放な四女の妙子です。

物語は旧家のプライドで縁談を断り続け、30を越えてしまった雪子の見合い話を軸に展開されます。行き遅れを心配した幸子夫婦は手を尽くしますが、雪子はどの男にもいい顔をしません……
 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1983-01-10

それぞれの姉妹のキャラクターが個性豊かに描き分けられています。特に末娘の妙子は大正から昭和に向かう時代のなかで新しい女性像を提示しているのです。トラブルメイカーとして姉たちを巻き込みストーリーを引っ張りますが、恋多く、利己的で、周りの理解を得られずに孤立。しかし、他人よりも自分の考えを大事にし、自分の力で立とうとする現代に通ずる女性像を体現しています。

雪子は対照的に無口で封建的なキャラクター。彼女の結婚こそが物語の目的になっているのですが、あらゆる障害が立ちはだかりなかなか決まりません。こちらも現代のいわゆる「婚活女子」です。

この作品は戦時にそぐわないとして何度も掲載、出版を中断させられ、戦後も検閲に引っかかり、内容の変更、書き直しを余儀なくされています。しかし、1948年には全編を出版終了、ベストセラーとなります。この作品で谷崎潤一郎はその名を文学史に不動のものとします。

『細雪』には谷崎作品の特徴である性愛の描写が一切ありませんが、それは当時の世の中的にできなかったと後に谷崎は語っています。結果的に大衆に膾炙する小説となり、多くの読者を得たのです。この作品も映像化作品が多く、有名女優を主役に起用しています。
 

日本文学史上に残る美少女育成『痴人の愛』

譲治は宇都宮から上京し、都内の有名な工業学校を卒業した後に電気技師となり経済的に不自由のない生活を送っていましたが、28歳の現在も独身のため淋しい1人暮らしの生活に彩りを求めていました。また西洋に対する憧れもあり、時々立ち寄るカフェで給仕女をしている15歳のナオミの日本人離れした美貌にひかれます。

譲治はナオミを映画や食事へと誘いますが、いつもナオミは断らずついてきました。譲治はナオミも自分に好意があるのだろうと思い、ナオミを引き取って教育を受けさせさらに美貌に磨きをかけ、自分の理想の女性に育ててやろうと思うのでした。

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1947-11-12

名目上は女中としてナオミを引き取った譲治は、ナオミに英語とピアノを習わせはじめます。そして新しい着物や靴を次々と買い与え、美しく着飾ったナオミを眺めては楽しんでいました。当初は友達のように暮らしていこうと話していた2人でしたが、毎日じゃれ合うように生活しているうち、自然に肉体関係に至り夫婦になります。

しかし譲治は、一緒に暮らすうちナオミが怠惰な性格であることを知ります。掃除も洗濯もしないので家の中は常にホコリと汚れた服が散らかり放題になり、料理も嫌がるので外食や出前を繰り返し、食費とクリーニング代、ナオミの衣装代が家計を圧迫するようになり、余裕のあった譲治の貯金は無くなってしまいました。さらに譲治は、学校に行っているにも関わらずナオミの英語が全く上達していないことにも気が付きます。彼女には勉強意欲もまったく無く、何事にも移り気で飽きやすいのでした。

譲治はナオミの内面には失望しますが、外見だけは理想どおりに美しく育っていくナオミの巧みな甘え方に抗えず、わがままと贅沢を許してしまいます。譲治は、ナオミに贅沢をさせてやれるのは自分だけで、ナオミもそれに感謝して自分を愛しているはずだと思っていました。ところがナオミは謙治の留守中に若い男と密会を重ねていたのです。しかも相手の男性は1人ではありませんでした。

本作は昭和初期に描かれた作品なので登場人物の言葉使い等に時代を感じますが、現代では耳慣れないナオミの言葉遣いは返って生々しいエロスを感じさせ、時代を超えて読み継がれる名作とはまさにこのような作品なのだろうと感動します。最終的に2人の関係はある決着を見るのですが、それは意外でもあり当然とも言えるでしょう。

以上6冊を紹介致しました。いかかでしょうか。谷崎潤一郎は「大谷崎」と称されるほど文学界において評価の高い作家です。エンターティメントのおもしろさと純文学のアート性を兼ねそろえた作品は時代を越えて読者に訴えかけてきます。まだ読んだことのない方はこれを機会にぜひ、読んでみてくださいね。

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