時代小説を読んでみたいけれどなにから読めばいいか、わからない。これから時代小説を楽しみたいという方におすすめな、絶対外さない名作時代小説をご紹介します。
藩のもめごとに、たびたび巻き込まれる主人公。その中で彼は、困難に立ち向かう強さを持った青年に育っていきます。主人公を取り巻く仲間たちとの青春、ほのかな恋心を抱いた少女への思慕を、美しい風景描写とともにご覧ください。
- 著者
- 藤沢 周平
- 出版日
東北地方にある小さな藩の下級役人の家に生まれた主人公牧文四郎は、友人や想い人とともに少年時代を過ごします。彼が16才のとき、父は藩内の争いに負けて切腹し、雪辱に耐える暮らしを送ることになりました。文四郎はそれにもめげず、文武ともに磨き立派な青年になります。そしてまたしても降りかかってくる藩内の勢力争いに、絶体絶命のところまで追い込まれてしまい……。はたして文四郎は、どう立ち向かっていくのでしょうか?
本作の魅力は、困難を乗り越え成長していく主人公の心の強さといえます。たとえば、夏の厳しい暑さの中、道行く皆に嘲られたりしながら、切腹した父の遺体をたった一人で悔しさと怒りを押し殺して運ぶ場面。今しばらくの辛抱と心を落ち着かせて気力を取り戻しいていく主人公からは、彼の成長を読み取れます。
そんな逞しい文四郎らの爽快な駆け引きあり、甘酸っぱい恋模様もありの爽やかな青春を、一緒に駆け抜けてみませんか?
幕末の京都に現れた新選組に身を投じたある侍は、守銭奴と呼ばれながらも、戦いに明け暮れた日々を生き延びました。仲間からどんなに蔑まれても、ものともしない男の生き様を、彼と関わった人たちが明かしていきます。
- 著者
- 浅田 次郎
- 出版日
明治維新を迎える年の1月、大阪にある盛岡藩の屋敷に、ぼろぼろになって怪我をしている侍が転がり込んできました。彼こそが本作の主人公、吉村貫一郎です。応対に出てきたのは大野次郎右衛門という差配役人で、貫一郎の幼馴染であり元上司。それぞれの立場の違いにより、次郎右衛門は貫一郎に切腹を迫り、貫一郎はそれを受け入れます。その後しばらく経った大正4年、生前の貫一郎について調べ歩く男によって、貫一郎の素顔が徐々に浮かび上がっていき……。
当初は貫一郎をただの守銭奴だと誤解し、蔑んでいた人々。彼の真の想いを知っていく過程で、彼らはどのように変わり、行動していくのでしょうか。
作品を通して、国の行く末をかけて死闘が繰り返された時代に、ある一つの信念が突き通された正義のかたちを示してくれているようです。
本屋大賞や吉川英治文学新人賞を受賞し、映画化もされた冲方丁の初の時代小説。主人公は渋川春海という、碁打ちの家に生まれながらも、暦を正しく改めた男です。本作で、幾度も挫折を味わいながら、正しい暦を作り出した彼の生涯を追いかけてみませんか?
- 著者
- 冲方 丁
- 出版日
- 2012-05-18
渋川春海は、江戸城に勤める碁打ちの家に生まれ、幼い頃から算術が大好きでした。やがて彼は、自身が通う塾の娘「えん」を通して、算術の天才関孝和と出会います。さらに、青年になった春海は仕事で緯度計測に取り組み、建部伝内と伊藤重孝の二人に出会いました。伝内と和孝は、その後春海が挑む改暦をともに行う仲間となり、孝和は改暦のキーパーソンとなります。幕府の保守派から反対され、最大の弱点すら内包していた春海たちの新しい暦は、無事幕府に採用してもらえるのでしょうか……。
本作は、暦という珍しいテーマを取り上げた時代小説です。使われ始めて800年が経ち、誤差が2日も出ていた宣明暦という暦。これは農業国家にとって重大な問題です。また、暦は人々の行動指針になるので、それを作るということは、為政者の権力の象徴でもありました。そんな暦を改めていく重大任務を背負うのが、この作品の主人公なのです。改暦をめぐって春海たちは幕府の保守派の反発に合い、どちらが正確な暦なのかという対決をすることになります。この対決は、3年間に渡る6番勝負で、本作一番の見どころといえるでしょう。
また春海の家は碁打ちのため、本筋とは別のところで囲碁についても語られます。現在碁の大名人として君臨し、多くの棋譜を残している本因坊道策も、この物語に登場します。道策は春海の碁の才能を高く評価しており、たびたび対戦を申し込むのです。この囲碁の話が、暦の本筋に自然と溶け込んでいく様も見事。
算術、天文、囲碁、と数理の不思議に強く興味をもたせてくれる作品です。
2016年1月にシリーズ51巻目が刊行され、堂々のクライマックスを迎えた本シリーズ。人気の秘密は、正義感の強い主人公と、町の人たちとの暖かいやり取り、切なくも美しい男女模様などでしょう。それでは、15年間続いた時代小説を紐解いてみましょう。
- 著者
- 佐伯 泰英
- 出版日
- 2002-04-09
本作の主人公は、坂崎磐音(さかざき いわね)という若き武士。物語は、彼が3年間務めた江戸から、幼馴染で親友の河出慎之助、小林琴平の2人とともに、豊後関前城(今の大分県)に戻ってきたところから始まります。慎之助には琴平の妹である舞という妻がいますが、戻ってきた早々に舞が不義密通をしていたと疑いがかけられ、慎之助に手打ちにされてしまいました。これを知って琴平は慎之助を斬り、さらに磐音が琴平を斬らなくてはならなくなります。磐音は一晩にして、2人の親友を失い、琴平の妹でもある許嫁の奈緒との将来を諦め、江戸へと向かうことになりました。
本シリーズでは全編にわたって、のんびりとしたキャラクターの主人公が活きています。彼が貧乏な生活を支えるために、用心棒や便利屋のような仕事をしていると、斬り合いになることもあります。そんなときには、どんな剣豪が相手でも、のらりくらりとかわして、相手が嫌になってきたタイミングで倒したのでした。
辛い過去にもめげずに前を向き、優しさと正義心をもって周りの人たちと向き合う主人公の心の強さを描き出した名作シリーズです。
料理こそが自分の生きる道、と心に決めた若き女主人公。彼女が大切な人たちを想いながら作る、四季折々の美味しい料理は、人情たっぷりの仲間たちと過ごす泣き笑いの人生を鮮やかに彩ります。
- 著者
- 高田 郁
- 出版日
- 2009-05-15
主人公は18歳の澪(みお)という女性。彼女は幼い頃を大阪で過ごし、水害や火災で家族や勤め先を失いました。裸一貫で江戸に上京した彼女は、小さな蕎麦屋で修行を積みながら、料理人としての土台を固めていきます。元々料理の腕が良い主人公は、苦労を重ねながら名物の献立を作り上げるものの、ライバル店から受ける執拗な嫌がらせ。良いことの後には悪いことがある、それでも信じる道をまっすぐ歩む主人公を待ち受ける運命とは一体……。
澪は、どんな味付けや調理方法にも理由があって、そうすることで喜ぶ人がいると学んでいきます。たとえば、大阪からやってきて、江戸で働くことになった澪が、最初につまずいた出汁の違い。関西は昆布出汁がメインで、素材の味を生かす薄味です。対する関東は鰹出汁がメインで塩気の強く、素材に濃い色がつくのが良いとされるからです。関東には職人が多く、彼らは肉体労働のため、体からすぐに塩気が抜けてしまう。それを補うために、濃い味付けになっているのです。
また、各章が春夏秋冬に分かれており、それぞれの季節にちなんだ料理が登場します。春はほろにが蕗ご飯、夏には葛尽くしのように季節感をふんだんに盛り込んだ、食べる人を幸せにする献立が並びます。
澪と一緒に、日常の些細な幸せをかみしめながら、波乱に富んだ彼女の人生を楽しめる作品です。
大阪の書店員らが大阪ゆかりの小説の中から「ほんまに読んでほしい」本を選ぶ「Osaka Book One Project」の第1回受賞作。真心をこめて寒天を作る職人を2度救ってくれた、銀二貫の使い方に注目です。
- 著者
- 高田 郁
- 出版日
- 2010-08-05
ある冬の日、大阪の寒天問屋「井川屋」の主人は、仇討ちを銀二貫で買い取ります。それは、親の仇討ちに巻き込まれそうだった少年を守るためでした。このとき支払った銀二貫は、火事で焼失した天満宮に寄進するために集めたものだったのです。その後、この少年は井川屋へ引き取られ、松吉として厳しい修行に耐え抜きます。松吉は徐々に寒天の面白さを知り、それを教えてくれた恩人嘉平と、ある約束を結びます。松吉は彼との約束を果たしていき、さらに自分を救ってくれた銀二貫の、思わぬ使い道を知ることになるのでした……。
本作の見どころは、主人公が嘉平との約束をどうやって形にしていくかという過程と、銀二貫の行方です。
主人公の松吉が、幼い頃から積んできた寒天問屋での厳しい修行。良い寒天は寒いところでないとできないので、雪の降るような寒い日も、朝早くから外に出て寒天作りをしなくてはなりません。過酷な環境の中で、美味しい寒天が作られていく過程が丁寧に描かれており、より主人公の心情に共感できることでしょう。
しかし、松吉はいまひとつ寒天の価値や面白さに気付いていませんでした。そんなときに出向いて行った嘉平の店で、琥珀寒という料理を食べさせてもらい、寒天の魅力や面白さに目覚めるのでした。
銀二貫の行方については、物語後半で、主人公の人生を力強く押し上げるようなかたちで登場します。嘉平との約束のためにも欠かせない、絶妙な使われ方をしたのが分かったところで作品は大きな山場を迎え、ラストへ進んでいきます。
大切な人の想いを叶えるべく、信じる道をひたむきに走る主人公の姿は、彼に反発していた周囲の人たちの心も大きく動かしていきました。たった一人では成し遂げられなかったことも、多くの協力を得ることで道が開けることを教えてくれる1冊です。
食通としても名高い池波正太郎が送る、下町人情溢れる捕物帖です。主人公は、飛び切り深い懐の深さで、敵をも味方に付けるいなせな男。彼が生きる、粋で気風のいい江戸の暮らしを、町民が愛した料理とともにお楽しみください。
- 著者
- 池波 正太郎
- 出版日
- 2016-12-31
主人公長谷川平蔵は、放火や賭博、強盗などを取り締まる、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)という役職に就いています。彼は仕事をするときに、部下の力を借りるのはもちろん、密偵や、自身が以前捕らえた盗賊たちにも協力を仰ぎます。蛇の道は蛇と言われる通り、その筋の人間にしか分からないことも多く、平蔵はそういったネットワークをうまく駆使して、日々事件の解決に挑んでいるのです。
さて、このシリーズには、作品の各所に登場する庶民的な料理が欠かせません。平蔵が贔屓にしている、五鉄という店で軍鶏鍋を美味しそうにつつく描写は、温かな湯気や美味しそうな匂いまで感じさせます。気取った料理ではなく、町人が普段口にしている、白いご飯やお酒に合うおかずが沢山登場するので、平蔵たちの暮らしがより身近に感じられることでしょう。
さらに本作は、よくある勧善懲悪ではない点が特徴的です。盗賊が平蔵の捜査に協力するかつての盗賊。それはひとえに平蔵の人徳の為せる業です。事件が起こって犯人を捕縛しても、彼は人の中には善も悪も両方あるところをよく汲んで、絶妙な采配を振るうのでした。
また時代小説を楽しむ要素も、ふんだんに詰め込まれています。シリーズを通して、登場人物はなんと1,800人以上。実に多くの個性的な人物が登場するため、読者を飽きさせません。特に盗賊として登場する人物の中には、平蔵愛用のキセルを盗もうとする者や、平蔵に盗みの秘儀を教えようとする者など、愛嬌のあるキャラクターが数多くいます。彼らと平蔵のやり取りは、世話人情ものやお裁きものの要素があり、最後まで目が離せません。
江戸の庶民が愛した、素朴ながらも季節感あふれる料理とともに、粋な江戸っ子の息吹を名作時代小説シリーズで堪能してみてください。
この作品は、ミステリーの名手でもある宮部みゆきが描く、一味違う歴史小説です。その所以は、主人公がぼんくらな役人で、連作短編の各話に伏線がちりばめられたミステリー仕立てであること。ぞくぞくするような謎解きに、読み始めると止まらなくなります。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2004-04-15
主人公の井筒平四郎は、見廻り方同心という、町の治安維持と警察業務を担当しています。大変に面倒くさがりで、おまけに怠け者である彼のもとに舞い込んできたのは、長屋の住人が次々といなくなってしまうという、不思議な事件でした。平四郎が重い腰を上げて捜査に挑むと、幾重にも入り組んだ裏が隠されていて……。
本作に登場するピカいちのグルメは、煮売りやお徳の田楽です。平四郎は、見廻りエリアである鉄瓶長屋へ出向くついでに、長屋にあるお得の店に立ち寄ってはつまみ食いをして、さぼってばかりいます。彼は煮ものや田楽が大好物なのです。店主のお徳は、気風のいい世話焼きな未亡人で、乱暴な物言いをしつつも主人公を温かく見守っています。
平四郎はこの店に、弓之助という少年を連れてくることもあります。彼は平四郎の妻の血筋の子で、愛想のいい美男子です。頭の回転が速いのですが、寝小便が直らないという弱点もあります。さらに、弓之助にはおでこという友人がいて、彼は記憶力がずば抜けて良く、いつ誰がどんなことを言ったのか、一言一句たがわず覚えている特技があります。この弓之助とおでこの二人が、平四郎が仕事で行き詰ったときに、一緒に謎解きをする欠かせないメンバーなのです。
ミステリー色の強めな作品ですが、長屋の住民の日常生活や、お徳の作るおふくろの味のお惣菜などで、全体が朗らかな雰囲気を醸し出しています。暖かな家庭料理をほおばって、巧妙に仕組まれた謎に挑んでいく彼らの活躍が爽快な作品です。
家族3人の小さな和菓子屋は毎日大繁盛。それは店主が全国の銘菓を売り出していたおかげです。でもこの店の本当の隠し味は、優しい家族の味でした。食べると尖った気持ちがまあるくなる不思議なお菓子を、今日も買い求める人が続出です。
- 著者
- 西條 奈加
- 出版日
- 2017-06-15
作品の舞台は、江戸の麹町にある和菓子屋「南星屋(なんぼしや)」。主人公であり店の主人である治兵衛、出戻り娘のお永、看板娘の孫娘、お君の三人が南星屋を切り盛りしていました。南星屋の名物は、治兵衛が日本全国を旅しながら修行した、全国各地の銘菓。小さいながらも繁盛店の店主は、自らの出生に大きな秘密を抱えていて……。
連作短編である本作は、各章に和菓子の名前がつけられています。それぞれその和菓子が登場する構成になっていて、作り方も書かれています。ここに登場する和菓子は、作中の登場人物の気持ちに寄り添ったもので、和菓子を通して彼らの気持ちが和らいでいくところが作品の要です。
また、困難な状況に対して、家族一丸となって臨むところも読みごたえがあります。本作で、温かな家族の絆とともに、心をまるくしてくれるお菓子を味わってみませんか?
川沿いにある澪通り、そこには他言もできないほどの苦労を重ねて流れついたという夫婦がいました。彼らは木戸番小屋に住んでおり、訪れてくる客人たちの相談にのってあげています。
夫婦自身も辛い経験をしたため、客人たちの苦しさや悲しみを理解してあげられるのです。そんな彼らには、客人たちも心の内を開き素性をありのまま話します。
夫婦と客人たちが、そうして辛い体験や悲しさを喋ることで己の内面などを、少しずつ分析していく物語です。
- 著者
- 北原 亞以子
- 出版日
- 1993-09-03
この本は、1989年に発売され、1993年に講談社から文庫化された小説です。以後シリーズ化され、作者の北原亞以子が亡くなる2013年まで継続して続編が発売されてきました。
この作品はなにか事件が起きて、主人公たちがそれを解決していくような物語ではありません。普通に市井(しせい)で生きる人々が、町の片隅にある木戸番小屋に行き人知れず胸の内を明かしながら、自分の内面に迫っていきます。
そんな彼らの相手をするのが、木戸番小屋に住む夫婦です。夫の笑兵衛と妻のお捨は、彼ら自身も辛い経験をした後流れに流れて深川にある澪通りにたどり着きます。
彼らは何かを解決するほど優れた能力を持っているわけではなく、いたって普通の人間に過ぎません。ただ言えることは、彼らは自分たちが辛い経験をしている分、他人に優しくできるということです。
誰かが辛い思いをしたとき、そばで聞いてくれる人がいるだけでその人は心が休まります。彼らはそんな存在です。そんな優しい目線を持った登場人物を描けるのは、作者が女性だからかもしれません。
もし今、なにか辛い思いをしているなら、是非この本を手に取って見てください。周りに言えないようなことも、もしかしたら笑兵衛とお捨が聞いてくれていると思えるかもしれません。
あるとき、田鶴藩主の息子・圭寿が襲われます。圭寿を襲ったのは、なんと鷹を自由自在に操る少年でした。
圭寿が襲われた際、彼を守ろうと燦に立ち向かったのは田鶴家筆頭家老の息子である吉倉伊月でした。なんとか圭寿を守ることができた伊月でしたが、彼は藩主から賜った刀を折ってしまいます。
そのことを詫びようと、切腹しようとする伊月でしたが、彼の前にあろうことか圭寿を襲った少年が現れます。彼の名前は燦と言いました。燦が現れたことで、伊月の父は、伊月に衝撃の告白をすることを決意します。
燦とは何者なのか、そして彼と伊月はどんな関係なのか……。一瞬たりとも目を離せない展開が続きます。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2011-04-08
作者は人気女性作家・あさのあつこです。心理描写に評判のある彼女ですが、この作品でもそれが存分に発揮されており、彼女の感性が読者の心を惹きつけます。2011年に第1巻が発売されてから、2017年現在までに8巻までが発売されています。
彼女の作品といえば、現代の青少年たちの心を描いたものが多く、時代小説を書いているというと驚く方もいるでしょう。江戸時代が舞台にはなっていますが、当時も今も人間の心は変わらない部分も多いでしょうから、舞台を変えてもしっかりあさのあつこらしさが出た作品になっています。
突然衝撃の事実を突きつけられた少年・伊月。平和に生きてきた彼は、その事実にどのようにして向き合っていくのでしょうか。彼の心の葛藤に感情移入せずにはいられない作品です。
この作品は、頭も良くて剣も立ち、なんでも器用にこなすけれど、やりたいことの見つからない天才肌の彦四郎と、質朴ながら壮大な夢を持ち、努力を惜しまない勘一とを、対照的に描き出した時代小説です。
父親が下士なら嫡男も下士と決まっていて、次男や三男ともなると、婿入り口でもないかぎり、一生冷や飯食いになるしか道がない時代。勘一は、粘り強く努力を重ねた結果、異例の出世を果たします。
作中で勘一と塾の先生が次のような会話を交わします。
「彦四郎はいかなることも、たいして励むことなく易々とやってのけます」と勘一が言うと、「たいして励みもせずにか…。もしかしたらその少年は、己のやりたいことが何もないのかもしれぬな」と先生が答えます。
天才と努力家、いつの時代でも、汗水たらして努力してこその成功です。才能だけでは上に昇れないのです。
- 著者
- 百田 尚樹
- 出版日
- 2012-06-15
出世を果たした勘一が、不遇なまま亡くなった竹馬の友=彦四郎のことを知り、彼との思い出を回想してゆく所から物語は始まります。
学問も剣も藩校でトップだった彦四郎が起こしたある「事件」。この「事件」を引き起こした原因が明らかになる過程で、勘一と彦四郎の友情、勘一と彼の妻「みね」と彦四郎のしがらみが鮮明になってゆきます。
値打ちのある骨董品でなく、使い古しの鍋釜まで扱う汚い古道具屋、皆塵堂。主人はやる気がとんと見えず、すぐに釣りに行ってしまう伊平次です。勤め人は皆長続きせず、唯一居ついているのは歳に似合わずちゃっかりしている峰吉という子供と鮪助という貫禄たっぷりの猫。大人が長続きしないわけは、皆塵堂がいわくつきの品も引き取り、そのせいで幽霊が出るからなのです。
- 著者
- 輪渡 颯介
- 出版日
- 2014-03-14
はじめの巻では、銀杏屋という老舗道具屋の息子、太一郎が主人公になっています。太一郎は水嫌いの猫嫌い。長男なのに父親から遠ざけられ、弟が後取りだと他業種に奉公に出されていますが、その弟が急死したため銀杏屋に帰ってきます。古道具屋としての修業を積ませるために父親が見つけてきたのが皆塵堂です。幽霊が出る店で、太一郎は修業を続けることができるのでしょうか。また、父親が太一郎を遠ざけたのはなぜなのでしょう?そして、太一郎が水嫌い、猫嫌いになったわけとは?
幽霊が出るというのは亡くなった人がいるということ、そしてその亡くなった人に何らかの思いが残っているということです。章ごとに様々ないわくつきの古道具とそれにまつわる幽霊事件が出てくるのですが、結局のところ一番怖いのは生きている人間なのだと思わされます。コメディタッチではありますが、幽霊の描写はおどろおどろしくてゾクッとすることでしょう。
血のつながりというものは厄介で、親子だからこそ言えなかったり、言い過ぎてしまったりする気持ちもあります。親の言うことが的外れに思え、自分のことをちっともわかってくれないと子供が思うのは時代が変わっても同じようです。第1巻の太一郎と父親のエピソードを読むと、それでもやはり親は親であること、そして親も人間であるということを改めて感じさせられます。修業を終え気持ちの整理もついた太一郎が皆塵堂を去った後、2巻以降は不運続きの庄三郎、滑稽なほど真面目な益次郎、1巻でサブキャラクターだった猫好きの巳之助などが主人公になっていきます。
釣りバカのようでいて必要な時には的確な行動をとる伊平次、太一郎の友人で超鈍感、猫大好きの巳之助、子供なのにシビアな峰吉、飄々としているが要所要所でからんでくる清左衛門、そして看板猫の鮪助など、キャラクターが多彩ですから、読み進めるうちにお気に入りの1人が出てくることでしょう。また、人情物、ホラー、ミステリーなどの要素を兼ね備えていますから、そういった意味でもどなたでも楽しめると思います。更に猫が好きな人には特におすすめしたいシリーズです。
時は平安、人や獣とともに鬼やあやかしも息づいていた時代です。主人公は実在した陰陽師、安倍晴明。今でいう占い師のようなものでしょうか。もう1人の重要な登場人物が管弦の名手である源博雅です。『陰陽師』は、教科書にも出てくる古今集などをモチーフに、実在の人物をモデルにして、2人が都に起こる怪奇事件を解決していく人気シリーズなのです。
- 著者
- 夢枕 獏
- 出版日
晴明は広い屋敷に住んでいますが、晴明の他に人がいるのかどうかは友人の博雅にさえわかりません。どうやら式神という霊のようなものを使用人代わりに使っているようなのです。博雅がそのことについて尋ねるたびに、晴明は、この世で一番短い呪は名であり、人も物も名によって縛られている。目に見えぬものさえ縛ることができる、それが呪である、などと禅問答のようなことを言います。
晴明の陰陽師としての力量は際立っており、皆が恐れる妖怪や誰も退治できなかった鬼なども易々と倒していきます。これらは人の怨念が物に宿ったり、家族を殺された動物などが成ったりしたものです。人に害を及ぼすようになってしまったために陰陽師が呼ばれるわけですが、晴明は彼らの哀しみも感じ取りつつ、自らのさだめとして封じていくのです。
「おまえはいい漢(おとこ)だな」「優しい漢だな」「博雅はおもしろい漢だな」。……博雅に対しことあるごとに晴明は言います。圧倒的な力を持つ晴明は、それがゆえに鬼や妖怪を退治する役割を負わねばなりません。だからこそ、思っていることがすぐに顔に出る、小難しい話にはすぐに飽きる、でも「たとえ晴明が妖物であっても、この博雅は、晴明の味方ぞ」と真っ直ぐに言い切れる博雅が眩しいのかもしれません。
最強の陰陽師である晴明ですが、博雅をからかってみたり、式神で遊んでみたりするかわいい一面もあります。長いシリーズですが、晴明と博雅の人柄に惹かれてどんどん読みたくなってしまうことでしょう。
秋山小兵衛は剣術一筋に生きてきた男ですが、59歳にしてすでに道場をたたんだ隠居の身です。物語は小平衛の息子、大治郎が開いた道場に「相手の氏素性は明かせないが、切るのではなく両腕を折ってほしい」というあやしい依頼があったことから始まります。大治郎は断ったものの、あやしい依頼について父に報告します。涼しい顔で聞いていた小兵衛ですが、大治郎が帰った後に依頼者について密かに調べ始めるのです。
- 著者
- 池波 正太郎
- 出版日
周囲を煙に巻くような軽口ばかりたたいているのに、いざ剣をとればわずかな軽い動作で相手を負かしてしまう小平衛。身長が息子の胸のあたりまでしかないというかなり小柄な体ですが、戦う時には体が大きくなったように見えるというのですから、その強さは恐ろしいほどです。
剣の腕は確かで人望もある小平衛ですが、格好いいところばかりではありません。手伝いに来ていた19歳の娘、おはるに手をつけてしまうエロ老人でもあります。筋の通らないことは許しませんが、差し出されたお礼は遠慮なく受け取ります。潔癖すぎないこの絶妙なバランス感覚は、数々の戦いを制し、負けた者たちの恨みをきちんと背負う覚悟を持ち続けてきた人生からくるものなのでしょう。強いだけでなく人間臭い一面も持っている小平衛はとても魅力的です。
こんな小平衛とおはる、息子の大治郎、女剣士の佐々木三冬などが活躍する話が16巻にわたり出版されています。作者の他界により未完となっているのが残念ですが、起こった事件は章ごとに解決するのでストレスなく読み進められるでしょう。
民谷家の一人娘で美しい岩は、重い疱瘡(ほうそう)を患い、顔の半分が膿と爛れにまみれた顔になってしまいます。運の悪いことに父親の又左衛門が事故でお役目を解かれることになり、民谷家存続のために婿候補となったのがいつも平坦で笑わない浪人伊右衛門。伊右衛門は岩の顔を見ることもなく結婚に同意するのでした。
- 著者
- 京極 夏彦
- 出版日
お岩さんの「四谷怪談」を下敷きにした作品ですが、登場人物は同じながらまったく違うテイストの話になっています。岩は醜い狂女ではなく、辛い境遇になりつつも武家の誇りを失わない強く美しい女性ですし、伊右衛門も強欲で非情な男などではなく、手先が器用で物事に動じず子供好きな、岩を深く愛する夫なのです。
心の底では愛し合っている2人ですが、互いを思いやるあまりすれ違って喧嘩ばかりの毎日です。すれ違いからくる溝は、伊東喜兵衛の悪巧みや様々な人たちの思惑でどんどん広がっていき、ついには2人を引き離してしまいます。思いがけない展開の連続で、巧みに伏線が張りめぐらせてあり、読み進めるうちにどんどん京極ワールドに絡め取られていくことでしょう。
笑わない伊右衛門は最後に「嗤」います。この漢字はただ笑うのではなく嘲笑をさす字です。ラストで愛する岩を抱いて嗤う伊右衛門は、壮絶でおどろおどろしく、でも美しい。伊右衛門は何を嗤ったのでしょうか?すれ違ったまま進んでしまった自分と岩の運命でしょうか?悪巧みの末に切り伏せられた喜兵衛?それとも見かけの恐ろしさで岩の本質を見抜くことができなかった世間でしょうか。
広く知られた『四谷怪談』を知る人は、京極夏彦が描くまったく違った究極の愛の形に度肝を抜かれることでしょう。人間も恋も眼に見えるものだけが真実なのではありません。ドロドロしたところもある、でも目が離せなくなってしまう新しい恋愛の形です。
信子はかつて共に琴を習った和枝から、夫である寺門市之進の仕官の世話を頼まれます。そのことを夫の佐藤欽之助に話すと欽之助はひどく怒り出しました。実は和枝は欽之助が求婚したことのある相手だったのです。
- 著者
- 周五郎, 山本
- 出版日
夫が、美貌を誇り、やることも派手だった和枝に求愛し振られた後に自分と結婚したことを知った信子は打ちのめされます。しかもその後、和枝は「寺門は自力で仕官がかなった」と傲慢な言い方で報告に来るのです。
平凡ながら幸せな結婚生活を送っていたのに、負けん気の強い友人の言葉に揺さぶられて傷つく。……現代女性の悩み相談にも出てきそうな構図です。でも、最後欽之助の想いと思いがけない男らしさがわかった時に、胸がすく思いがします。
12の短編をおさめた本の中の1編です。その他にも、歳の差婚であらぬ邪推をされている若妻の本音を夫が知ることになる「驕れる千鶴」、貧しい中でも互いを思いやり、気持ちに応えようと奮闘する夫婦を描いた「大将首」など、少し古めかしいゆえにかえって新鮮な愛の形が描かれた作品が収められています。1話完結の短編集なので読みやすい1冊です。
江与は適齢期を過ぎても独身の「女医者」とよばれる婦人科の女医。それも中條流という、ご法度の堕胎も行う医者なのです。ふとしたことから出会った津田清之助に惹かれますが、清之助は女医者を取り締まる立場の同心。自らも何があっても命を絶つことは許されないと考えています。
- 著者
- 諸田 玲子
- 出版日
タイトルにあるほおずきの実は、赤くて可愛らしく、子供が鳴らして遊ぶ身近な植物です。江与の家にはほおずきがたくさん植えられています。しかしそれは実を愛でるためではありません。実はほおずきの根には子宮収縮作用があり、堕胎医はそれを薬として使うのです。
本来、体を治し命を長らえさせるのを手助けするはずの医師が、胎児の命を流さなければならない。そこには母体の安全、女性の経済状態、身分違いの恋の結末、騙され乱暴されたなど、一概に言えない様々な背景があるのです。命を失くす哀しみを引き受けつつ、それでも江与は「女たちが安心して子供を産める世の中にならない限り、私はやめない」と仕事を続けるのでした。
江与は、ふわふわした夢のあとで現実がやってくる恋をほおずきのようだといいます。しかし、可愛らしさと毒を併せ持つほおずきは、生と死の間で医業を続ける江与の生き方をも暗示しているようです。葛藤はありつつも、この問題から逃げずに立ち向かう江与の姿はせつないけれど力強いものです。そして、それなら夢も現もすべて受け入れようと清之助が言ってくれる場面には本当にホッとします。
産むこと、生まれること、生きること、死ぬこと、愛すること、別れること。考えが違い、会うたびにやりあう2人の心が、次第に近づいていく様子が描かれます。江与の主体的な生き方と、それを包み込む度量の広い清之助に喝采を送りたくなることでしょう。
ぎょろりと大きな目玉の村椿五郎太は、武士は武士でも小普請組という職禄のつかない家柄。気丈な母里江と2人暮らしをしながら、乳兄弟の伝助が営む水茶屋「ほおずき」で代書屋の内職をしています。五郎太は幼馴染の紀乃が好きで、紀乃も同じ気持ちなのですが、小普請組であるため紀乃の父親から認めてもらえません。五郎太は学問吟味という試験を受け、役をもらえるよう頑張ることにします。
- 著者
- 真理, 宇江佐
- 出版日
五郎太は人がよく、紀乃一筋の素朴な青年です。代書屋稼業で関わった人たちのためについついひと働きしてしまいます。愛すべき人物ですが、その人のよさが裏目に出ることもしばしば。試験にも猪突猛進というわけにはいかず、母や師からは「志が低い」と言われてしまうのです。
代書屋の内職をしつつ勉強をしているあたり、バイトをしながら学生でもある現代の若者に通じるものがあります。試験日が近くなると、とにかく一心不乱に勉強しなければならないのに「自分はこれでいいのだろうか」などと突然深いテーマを考え出してしまうのも同じです。自分たちのすぐそばにもいそうな人物像で、好感が持てます。
でもこの人の好さから関わる事件が物語の波となり、私たちを楽しませてくれます。どんな依頼がどんな事件をつれてくるのでしょうか。五郎太は首尾よく試験に合格し、定収入を得られる道を掴み取ることができるのでしょうか。そして晴れて紀乃と結ばれることが出来るのでしょうか。
この作品には悪役が出てきません。素町人なのに五郎太を「ごろちゃん」と呼び、変わった格好をしたがる伝助をはじめ、みな愛すべきキャラクターばかり。紀乃の父親平太夫だけは息子の御番入りを鼻にかけ、紀乃と五郎太の恋路を邪魔する男なのですが、それも子供可愛さからくるもので心底の悪人というわけではないのです。少し気の強い紀乃と五郎太のやり取りも微笑ましく、ほのぼのした人間模様が安心して読める1冊となっています。
主人公は、現在の床屋にあたる髪結いを生業とする町人・伊三次です。彼は、裏で同心・不破友之進の小者もしており、多くの事件の解決の手がかりを見つけ出していきます。
伊三次の夢はいつか自分の店を持ち、恋人・お文と結婚することです。その夢を叶えるため、事件解決の手がかりを求めて東奔西走します。
そんな彼が、江戸で起きる事件を解決していく中で、世の中にある道理や法では割り切れないしがらみを描き出す物語です。
- 著者
- 宇江佐 真理
- 出版日
この『幻の声―髪結い伊三次捕物余話』は1997年に発売されてからシリーズ化され、16巻まで発売されています。NHKからオーディオドラマ化されたり、1999年にはフジテレビでテレビドラマ化されたりしています。作者はこの作品をとても大切にしていて、彼女が亡くなる直前まで続編が書かれ続けてきました。
主人公の伊三次は髪結いをしながらも、同心の小者としても働きます。彼自身も事情を抱えており、彼がかかわる事件はどれも道理で割り切っては消化不良になってしまうものばかりです。そんな事件ばかりだからこそ、伊三次がかかわることで物語に深みが出ています。
伊三次だけではなく、彼の周りの人物も魅力的な登場人物ばかりです。一度読めば、彼らの虜になること間違いなしでしょう。ぜひ一度読んでいただきたい時代小説です。