ファンタジーとひとくちに言ってもいろいろあります。英雄が活躍するハイファンタジーや、未知への恐怖を描いたダークファンタジーなど様々です。 今回は、荻原規子の著書の中から日本を舞台としたボーイミーツガールファンタジーをご紹介します。
荻原規子は、東京都出身の小説家です。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業し、1988年に児童文学作家としてデビューしました。
デビュー作『空色勾玉』は『白鳥異伝』、『薄紅天女』とあわせて「勾玉三部作」と呼ばれ、大昔から語り継がれてきた日本神話や伝説を基にしたファンタジー作品として大きな反響を呼びました。ファンタジーといえば異国情緒に溢れた中世を舞台にしていることが多く、日本のファンタジーがまだ確立されていなかった時代に書かれていたというのですから驚きです。
歴史書をモチーフとした作品なので、なじみのない人には難しそうと敬遠されがちですが、そんな先入観はひとまず置いて、まずは読んでみてください。知識が深ければ一層楽しめますが、知らなくても十分すぎる面白さにページを捲る手が止まらなくなります。
荻原規子はデビュー当時に、「児童文学と言われるよりも、少女小説の仲間でいたい」と語っており、そんな荻原の描く女の子はティーンエージャー特有のきらきらしたエネルギーに溢れています。はつらつとしてちょっぴり破天荒な姿はいかにも現代の少女らしく、彼女たちの行動に私たちは共感し、より作品の世界へのめり込んで読書を楽しむことができます。
『古事記』と『日本書紀』をモチーフとした、勾玉三部作の一作目。輝と闇の勾玉と剣をめぐる争いを背景に、死生観について考えさせられる壮大なファンタジーです。
月代王に見出され、采女(うねめ)として輝の宮に移り住むことになった闇の一族の狭也は、輝の宮に閉じ込められていた、輝の一族の稚羽矢に出会います。敵対する立場でありながら二人は惹かれ合い、やがて大きな戦いへと巻き込まれていくことになります。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-06-04
狭也と稚羽矢は、自分たちが何者であるのかを知り、成長していきます。長く幽閉されていたために世間知らずで、自我というものを持たなかった稚羽矢が人間らしく成長していく姿には胸に迫るものがあります。特に黄泉の国へ帰った狭也を求め、自らの意志で追いかけていくシーンはとても印象的です。
「狭也がいるなら、二度と地上にもどらなくたってかまわない」
(『空色勾玉』より引用)
そう言い切った稚羽矢には、他人に言われるがままだったかつての弱弱しさは微塵もなく、その成長に目頭が熱くなります。
『ヤマトタケル伝説』をモチーフとした、勾玉三部作の二作目。「力」をめぐって、輝の未裔と闇の未裔の人々の選択が描かれます。『空色勾玉』と世界観を同じくしながら、前作のエピソードは遠い昔の伝説として語られています。
橘一族の分家の姫・遠子と拾われ子・小倶那。三野の地でふたりは双子のように育ちました。ある日、小倶那にそっくりな日継の皇子・大碓と出会い、二人の運命は大きく動き出します。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-07-02
本家の姫巫女・明姫と大碓は互いに惹かれ合っていますが、不死を求める大王の命で、明姫は大王へ嫁ぐことになります。時を同じくして、小倶那もまた、遠子を安心させられる強さを求め大碓の部下として都へ上ることになりました。都に出る日、小倶那は必ず遠子のもとに帰ると誓います。
それから三年後、小倶那は破壊の神力を象徴する「大蛇の剣」の主として戻ってきます。裏切り者として殺されそうになった小倶那は、身を護ろうと遠子の郷をその剣で焼き滅ぼしてしまいました。
生き残った遠子は、愛する小倶那を殺すため、何者にも死をもたらすという伝説の勾玉の首飾りを求めて旅を始めます。
背景にあるインセストタブーが作品に生々しい重みや後ろ暗さが与え、対照的な遠子と小倶那の健気でひたむきな恋を色鮮やかに際立たせています。男女としての距離が近くなることで強くなったり弱くなったり変化していく二人の関係、盲目的な遠子の一途さ、嫉妬や挫折、やりきれない絶望など複雑な感情が臨場感をもって描かれています。
『更級日記』の中で語られる『竹芝伝説』と『アテルイ伝説』をモチーフとした、勾玉三部作の三作目。闇の末裔の少年と輝の末裔の少女の出会いと勾玉の行方を描いた三部作完結編です。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-08-06
阿高(あたか)と藤太(とうた)は甥と叔父の関係でしたが同い年で、十七まで双子のように育ちました。しかしある日、藤太の隠し事が阿高に知られて喧嘩になり、家を飛び出します。
同じ頃、安殿皇子の実妹である苑上(そのえ)は、兄を怨霊から護るため、少年・鈴鹿丸の姿をとって「都に近づく更なる災厄」に立ち向かおう都を出ました。
途上で二人は出会い、ともに旅をしていくことになります。
苑上と阿高は、知らず知らずのうちに惹かれ合っていき、旅路の中でゆっくり時間をかけて自分の気持ちに気づいていきます。阿高と共に武蔵へ行きたい気持ちを抑える苑上は背中を押してあげたくなるほど奥ゆかしく健気で、そんな苑上を盗みに戻ってきた阿高が「決めた?」というシーンは必見です。
平安末期を舞台とした作品で、あとがきで荻原規子自身が「風神秘抄は続編ではなく新しい物語」と断言しているように、勾玉は出てきませんが、三部作とは地続きの世界であるため、随所にその後の物語が感じられる作品です。
坂東武者の家に生まれた草十郎は、笛の才と「鳥彦王」と名乗るカラスと話す力を持っていました。
六条河原で魂鎮めの舞を舞っていた少女・糸世に引き寄せられるように、草十郎が笛を吹き始めると、天の門が開かれた二人の周囲には花吹雪がそそぎ、運命を変えてしまうほどの大きな力が生まれ……。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2014-03-07
特異な力を持ち、どんどん人間離れしていく糸世と草十郎ですが、神隠しにあった糸世を救い出した後の二人の会話で
「寝て起きたら、きっと忘れてしまうのでしょう。男の人の言葉がその場かぎりでも、わたしはちっとも驚かないわ」
「坂東の男はそうじゃないよ。後で教えてやる」
(『風神秘抄』より引用)
というシーンがあるのですが、この場面の二人はごく普通の少年と少女で、なんでもないやりとりがとても微笑ましいです。
人とまじわるのが苦手でずっと人を遠巻きにして生きてきた草十郎が、糸世のことが好きだと自覚してすぐさま告白するその変貌ぶりには思わず笑みがこぼれました。初めての恋に駆け引きもできず、ただ真っすぐに想いをぶつける草十郎の後先見ずの行動は、初恋のじれったさと気恥ずかしさを彷彿させます。
鈴原泉水子は、腰まで届くほど長く編んだ三つ編みに、赤いふちの眼鏡をかけている引っ込み思案な女の子です。特殊な力を持つ泉水子は、髪を三つ編みにすることで力を封印していましたが、後ろ向きな性格を変えたいと思い、ずっと伸ばしていた髪を少しだけ切ったことから物語は動き出します。
中学三年になって幼馴染の相楽深行と再会し、一緒に東京の「鳳城学園」へ入学することを周囲に決められてしまった二人は反発しながらも修学旅行で東京へ行きました。そこでは不思議な出来事が次々と起こり、「姫神」と呼ばれる謎の存在が現れたことにより、泉水子の秘密が明らかになります。
姫神の存在を通じて、一歩進んでは二歩下がるを繰り返しながら、ゆっくり心を通わせていく二人の心の機微がとても丁寧に描かれています。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2011-06-23
5作目で、自身の力を目撃されてパニックに陥り、消失してしまった泉水子を追っていった深行のせりふが印象的です。
「おまえさ、俺が必要だって言えよ」
「言えたらいいけど、言ったら最後だよ…」
(『RDG5 レッドデータガール 学園の一番長い日』より引用)
姫神を二人のものとして抱えていく覚悟を決めた深雪が、泉水子の口から言ってほしい言葉であり、また泉水子が言いたくても言えない言葉でした。状況の深刻さは変わらなくても、自分の味方としてともに歩んでくれる人がいるというのは何より心強く、それによってこれまでより少し前向きに考えられるようになった泉水子の変貌は、荻原規子の得意とする「少女の成長物語」の典型であるように思います。
『風神秘抄』からずっと先の未来、現代日本を舞台に山伏・忍者・能など日本独自の文化を絡めたファンタジー作品。あらゆる場面に糸世の面影を感じます。
恋に一生懸命な女の子は、いくつになっても微笑ましく、共感できるものです。さまざまな恋模様と、荻原規子の壮大なファンタジーをお楽しみ下さい。