日本を代表する絵本作家・かこさとし。2022年夏、かこさとしの大規模展示会が東京で開催されました。作品の紹介はもちろんこと、その生き様や子どもたちに向けたメッセージなど、かこさとしの集大成としてさまざまな魅力の詰まった展示会です。そこからみえてくる、かこさとしの世界をまとめて紹介します。
日本を代表する絵本作家・かこさとし。代表作である「だるまちゃん」シリーズ、「からすのパンやさん」シリーズなど多くの子どもたちから愛される作品を世に送り出してきました。
これまで、かこさとしが子どもたちのために描いた作品は600冊を超えるといいます。そんなかこの創作の原点から晩年まで描き続けた作品の資料などを大規模に展示したのが、2022年現在行われている「かこさとし展」です。
その作品だけでなく、かこさとし自身をひとりの人間としてみていくことで、彼が子どもたちに伝えたかったことを紐解いていくような展示になっています。常に子どもたちに寄り添い、子どもたちから多くのことを学び得てきた絵本作家・かこさとし。科学者としての一面も持ちながら、絵と言葉を通して、未来へその思いを繋いだ唯一無二の作家です。
本展のみどころは、今回初展示となる科学絵本の集大成、大人気シリーズの誕生秘話、創作の原点となった未公開の紙芝居などが展示されていること。また、会場には、かこさとしの自叙伝的エッセイ『未来のだるまちゃんへ』から、そのメッセージが会場の壁面に紹介されています。
展示の最後には、公式図録『かこさとし 子どもたちに伝えたかったこと』やオリジナルグッズの販売などもあります。SNSにアップできるフォトスポットも魅力のひとつ。
この記事では、かこさとしの人となりから「かこさとし展」でも紹介されている作品をピックアップし、その魅力を紹介します。
- 著者
- ["かこ さとし", "鈴木 万里", "鈴木 愛一郎"]
- 出版日
かこさとしは、1926年現在の福井県越前市に生まれました。7歳の時、東京に移り住みます。この頃から絵を描くことが好きだったそう。
中学生になると、飛行機に興味を持ち飛行士に憧れました。しかし、目が悪いことから、その夢は叶いませんでした。高校生の頃には、東京空襲を目の当たりにすることに。飛行機の役割を改めて知りました。その後、19歳で東京帝国大学工学部応用化学科へ入学しますが、同年、終戦を迎えます。
人生の目標を失い、戦争というこれまでの償いをどうしていったらいいのか。そんな時、彼を励ましてくれたのが、子どもたちの存在でした。大学卒業後は就職しながら、人形劇団にも参加。新たな活動として、川崎のセルツメントに移り、子どもたちのために紙芝居を造り始めます。
そんな中、1959年33歳の年に『だむのおさじさん』で絵本作家デビューを果たすのでした。そこから多くの絵本を世に送り出すことに。日本に古くから伝わる子どもの伝承おもちゃの研究などにも力を入れてきました。
2008年菊池寛賞、2009年日本化学会より特別功労賞を受賞するなど多くの賞を受賞し、その活動が認められています。工学博士、技術士でありながら、児童文学の研究者でもあるかこさとしは、生涯を子どもたちのための創作活動に捧げました。その作品は今なお、子どもから大人まで多くの人たちに愛され続けています。日本が世界に誇る絵本作家です。
かこさとしの絵本の中でも、最も多くのシリーズとなった「だるまちゃん」シリーズ。そして、かこ作品の中でも、非常に人気の高い「からすのパンやさん」シリーズ。この大人気絵本シリーズの誕生秘話が「かこさとし展」の目玉のひとつとなっています。
「だるまちゃん」シリーズは、日本でなじみ深い「だるま」が主人公。このシリーズには、日本に古くからある伝統的なおもちゃたちが登場します。それぞれの土地に伝わる郷土のおもちゃで、だるまちゃんとお友達が活き活きと楽しむ様子が描かれています。
こうした日本の郷土おもちゃを伝えることにも力を入れてきたのがかこさとしです。「だるまちゃん」シリーズは全12作品。登場するお友達は次のとおりです。
てんぐちゃん、かみなりちゃん、うさぎちゃん、とらのこちゃん、だいこくちゃん、てんじんちゃん、やまんめちゃん、におうちゃん、かまどんちゃん
はやたちゃん、キジムナちゃん、りんごちゃん
「からすのパンやさん」シリーズは、パン好きのかこさとしから生まれた目にも楽しい作品。たくさんのパンが並ぶ様子は、「だるまちゃん」シリーズ同様かこさとしならではです。
からすの夫婦と4羽の子どもたちの物語は、ドキドキワクワクしてしまうこと間違いなし。パンやさん以外にも、やおやさん、おかしやさん、そばやさん、てんぷらやさんとシリーズを通して、いろいろな商売にチャレンジする姿が描かれています。全5作品です。
どのシリーズも、楽しさはもちろんのこと、だるまやからすを通して、自分で考えることの大切さや仲間とともに協力することなど多くの学びも得られる作品となっています。
- 著者
- 加古 里子
- 出版日
- 1967-11-20
- 著者
- 加古 里子
- 出版日
大学では、工学部で応用化学を学んだかこさとし。工学博士として多くの科学に関する絵本も残しています。そんなかこさとしが、初めて出版した絵本が本作『だむのおじさん』です。昭和電工の研究所に勤務しながら創作活動に励んでいたかこが絵本作家としてデビューを果たした記念すべき作品。
福音館書店編集長から時代にふさわしいテーマの絵本という依頼がきっかけで出版。当時は、停電が多かったそうで、水力発電のためのダムの建設をテーマにしようと考えたかこさとしでした。
山奥の谷川におじさんたちが入っていき、命がけでダム建設に励む人たちの様子を描いています。四季を通して、山の動物や自然の様子なども描かれ、人々の安定した生活のため活躍する建設業を子どもたちに紹介した作品です。
初版には、著者が知ってほしいと願った5つの項目も描かれていました。それは、人間の労働の素晴らしさ、日本的、現実的な美しさ、人類の知恵や技術が役立つこと、今の生活を知ってほしいということ。公式図録にも紹介されています。
- 著者
- かこ さとし
- 出版日
『クラゲのふしぎびっくりばはし』は、小峰書店から発売されている「かこさとし 大自然のふしぎえほん」の中の1冊です。多くの科学絵本を世に送り出しているかこさとしですが、このような自然科学の絵本も描いています。
本作では、クラゲの生態とその仲間たちを写実的な絵を使って丁寧に紹介。その写実的な絵柄とは対照的に、表紙には可愛らしい表情のクラゲが漫画のように描かれています。よく見ると、一匹のクラゲの中にたくさんのクラゲが描かれているなど遊び心いっぱいです。
裏表紙にクラゲと並んで描かれる赤いイソギンチャク。このイソギンチャクは、生物学的には、クラゲの仲間です。そんな驚きの事実が、ユーモアあふれる絵柄とともに紹介されています。
この大自然のふしぎえほんシリーズではほかにも、活火山の富士山、タヌキ、ヒガンバナ、魚のダンス、トンボなど興味深い面白そうなテーマが盛りだくさんです。
- 著者
- かこ さとし
- 出版日
「かこさとしのからだの本」の1冊にあたるのが『あなたのおへそ』。このシリーズでは、食べ物の消化、虫歯、はしること、血液、手と指など子どもたちに身近なテーマをわかりやすく紹介しているのが特徴です。
人間ならだれでも持っているおへそ。なぜ人間はおへそがあるのかということをほかの動物、鳥や金魚、かめなどといった卵から誕生するものと比較しながら考えさせる内容に。上手に子どもの興味をとらえながら、哺乳類である人間がいかに誕生していくのか絵とともに解説しています。
小さな子どもでも、自分の体にあるおへそがどんなものなのか知ってほしい。そんな願いが読み取れます。本作は、一般社団法人 学校図書館図書整備協会ことSLBC選定の絵本となっています。
- 著者
- かこ さとし
- 出版日
1980年に偕成社から出版された『青いヌプキナの沼』。ヌプキナとは、アイヌ語で「すずらん」を意味しています。このヌプキナの咲く沼のそばで暮らす北海道アイヌの兄弟を描いた物語です。
日本の歴史の中で、作者が子どもたちにきちんと伝えておきたいアイヌの人たちが受けてきた理不尽な扱い。悲しみや苦しみに耐えながら生きてきた彼らに心を寄せてきたのがかこさとしでした。実際に起こった事実を伝えるため、絵本にしたため子どもたちへ残した作品です。
現在は世界的にも多様化が求められています。本作も2020年に復刊ドットコムより復刊されました。しかし、初版された当時はまだまだそうした動きは難しい時代。そんな時代においても、正しい歴史を子どもたちに伝えたいという作者の願いに心打たれます。
アイヌの兄弟の悲しい物語は、時を超え、現代を生きる子どもたちにも届くことでしょう。
- 著者
- かこ さとし
- 出版日
なぜ昔話が長きにわたり、人々から伝え継がれてきたのか。その本質をとらえ、自身の作品に落としこむのが絵本作家・かこさとしです。かこさとしの昔話は、伝承されてきた話をベースとし、オリジナル要素を加え、新たに物語として命を吹き込みます。
昨今、残酷な描写やデリケートな表現は避け、伝え聞いた物語を極端に省いてしまう傾向にある昔話。このような作品は、すでに元の作品とは別のものとなってしまいます。元の昔話が伝えたかったことがきちんと伝わるのか、かこさとしは常にそのことを意識してきました。
本作『あわびとりのおさとちゃん』は、おかあさんと浜辺に暮らすおさとちゃんという女の子の勇気を描いた作品。自分の大切な生活を守るため、強い意志を持って行動するひとりの女の子。真の生き方を子どもだけなく大人にも語りかけてます。親子で考えながら読んでみたい絵本のひとつです。
- 著者
- かこさとし
- 出版日
かこさとしが以前、参加していた川崎セルツメント活動。そこでは、絵本作家になる前、子どもたちのために多くの紙芝居を創作していました。その紙芝居で、子どもたちに読み聞かせ好評だった作品が『どろうぼうがっこう』です。後に絵本として刊行されました。
りっぱなどろうぼうになるための学校を舞台に、先生と生徒たちの奮闘(?)を描いた物語です。能や狂言などでお馴染みの大泥棒、熊坂長範がモデルとなり、歌舞伎のいで立ちで登場します。このクマサカ校長の案内で、真夜中に遠足という名目で出かける個性的な生徒たち。そのインパクトのある風貌に、子どもたちは夢中です。
彼らの真の目的は、ズバリどろぼう。果たして彼らはうまくどろぼうすることができるのでしょうか。この後、シリーズ化され、『どろうぼうがっこう ぜんいんだつごく』や『どろうぼうがっこう だいうんどうかい』へと続きます。
- 著者
- ["加古 里子", "加古 里子"]
- 出版日
今回の「かこさとし展」には、作品展示以外にも、映像上映やSNS用フォトスポットなどの演出が施されています。その中でも、ひときわ目を引くのが、かこさとしの自叙伝的エッセイ『未来のだるまちゃんへ』からの引用文です。彼の言葉ひとつずつに、さまざまなメッセージが込められており、会場の壁面に、その心に迫るメッセージが紹介されています。
このメッセージは子どもたちだけに向けられたものではありません。大人にも伝えたい大切な言葉たち。そして、そのメッセージを胸に、大人たちは子どもたちにいかに接していくべきか。迷える現代人全ての人たちに向けた絵本作家からの最大の贈り物です。
また文庫版の『未来のだるまちゃんへ』には、『ぐりとぐら』で知られる中川李枝子とかこさとしとの出会いについて綴った解説も掲載。これは必読ですね。
- 著者
- さとし, かこ
- 出版日
今回は、「かこさとし展」を振り返りながら、その作品の魅力について紹介しました。生涯、子どもたちのために絵本を創作し続けてきた絵本作家、かこさとし。時代の波に流されることなく、ゆるぎない信念を持った日本を代表する絵本作家です。
そんなかこさとしが伝えたかったのは、「人が生きるということ、そして、生きることの喜び」。展覧会最後には、「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜(生命図譜)」を見ることができます。生命の起源から進化まで、こうした図譜にすることで、改めて人間の存在について考えるきっかけになることを願っていたのではないでしょうか。