文芸

知る人ぞ知る幻想ホラー小説の名手恒川光太郎作品6選

更新:2020.11.27 作成:2017.1.13

選考委員も絶賛した美しい文章と巧みなストーリー展開を持つデビュー作『夜市』は直木賞候補となり、その後も立て続けに山本周五郎賞候補、吉川英治文学新人賞候補に挙がるなどして文壇の注目を集め続ける恒川光太郎。今回はその作品の魅力を紹介します。

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幻想的でありながらも日常と地続き、そんな絶妙なバランス感覚を持った作品を描く恒川光太郎

恒川は東京の武蔵野市で育ちました。昔からファンタジー好きの子どもで、佐藤さとるのファンタジー童話集や岩崎書店の子ども向けSFシリーズなどを読んでいたそうです。小学校低学年の頃から想像でお話を考えては文章を書いていたそうで、現在でも作品づくりにおいて既存の民話をモチーフにすることはせず、全ては自身の想像から生まれたものだということです。

学生時代から各地の海を旅して回っていた恒川は、大学卒業後も働きながら休日は海でシュノーケルを楽しむという生活を続けていました。そして「1週間くらいのつもり」で訪れた沖縄に「もうちょっといたいな、1年くらいいようかな」と移住。そのまま東京へ帰ることなく、2016年時点でもお子さんと家族3人で沖縄に暮らしているとのことです。

東京の「自然が好きなのにあまりまわりに緑がない環境」で育ち、「怪談や民間信仰が路地裏でひっそりと生きているのをひしひしと感じる」沖縄で生活を続ける恒川。そのどちらの環境でも長年の暮らしを経験し、それぞれのいいところと悪いところを、身をもって経験した恒川だからこそ持ちうるバランス感覚。
そのバランス感覚こそが、幻想的でありながらも日常と地続きで、ふとした瞬間に迷い込んでしまう不思議な空間を違和感なく描く源となっているのかもしれません。

日本ホラー小説大賞受賞作にして直木賞候補ともなったデビュー作『夜市』

全選考委員から激賞されたというデビュー作。その舞台となるのは異形のものたちが珍かなものを売る市場「夜市」。子どもの頃、弟とともに夜市に迷い込んでしまった裕司は、ある商品に惹かれ、自分の弟と引き換えにそれを手に入れます。しかしそのことにずっと罪悪感を抱き続けていた裕司は、再び夜市を訪れ……。
著者
恒川 光太郎
出版日
2008-05-24
一読して一番に感じるのは、その文章の無駄のなさ。幻想的でありながら、冗長さが一切感じられない文章力の高さは、デビュー作とは思えないすばらしい完成度です。そしてその端正な文章で綴られるのは、人の業の深さとその虚しさ、人の弱さ、強さ、悲しさと、決してハッピーエンドとは呼べないけれど心に小さく温かな灯がともるようなエンディングです。

恒川作品の一番の特徴である幻想的な世界観と巧みなストーリー展開はデビュー作にして既に完成されており、恒川作品を知る上では外すことのできない1作です。

受賞デビュー後第1作は、初長編にして山本周五郎賞候補作!『雷の季節の終わりに』

デビュー前は進学塾の講師をしていた恒川は受賞が決まり、専業作家へと転身します。そして専業作家として初めて書き上げたのが初の長編作『雷の季節の終わりに』です。
著者
恒川 光太郎
出版日
2009-08-25
「穏(おん)」という隔絶された村に住む少年が、ある事件をきっかけに「穏」を追われ、少年に取り憑く「風わいわい」という物の怪とともに旅に出る、というストーリーの本作。ストーリーが進むにつれて、「穏」の秘密やある日忽然と消えてしまった少年の姉の秘密が明かされていき、ページを繰る手が止まらなくなります。そして「穏」を追われた少年を待ち受ける最後とは……。

「夜市」の直木賞候補に続き山本周五郎賞候補作となった本作も、その美しい文体と息も付かせぬストーリー展開が見事な作品となっています。

山本周五郎賞候補に続き、吉川英治文学新人賞候補となった第3作『秋の牢獄』

都内に住む平凡な大学生藍は、何の前触れもなく11月7日水曜日を繰り返すタイムループに陥ってしまう。終わることのない繰り返しに途方に暮れかけていた頃、同じタイムループを繰り返す仲間たちと出逢い、「北風伯爵」の存在を知るが……。
著者
恒川 光太郎
出版日
2010-09-25
タイムループ、限定状況に置かれた人間の起こす悲喜交々。使い古されたテーマではありますが、恒川の手にかかるとこれが今までの作品とはひと味もふた味も違った瑞々しい作品となります。妻の不貞を知ってしまった男のドロドロとした感情、仲間内での不協和音、そんな負の側面もきちんと描きつつも、信頼できる仲間だけでの楽しい旅行やそこはかとない恋愛感情などの爽やかな印象が残る良作です。

デビュー作『夜市』では直木賞候補、2作目『雷の季節の終わりに』では山本周五郎賞候補、そしてこの『秋の牢獄』では吉川英治文学新人賞候補と立て続けに注目を浴びていることからも、その実力のほどが窺えます。

2度目の山本周五郎賞候補作入りを果たした連作短編集。『草祭』

日常と非日常が混在する「美奥(びおく)」という不思議な街を舞台にした連作短編集です。ある日突然家出した友人を探しにでた青年、いじめに遭いながらも毅然と振る舞う少女……彼らが出逢ったのは、迷い込んだものを獣に変えてしまう「けものはら」やある日突然土地の守り神となった青年。それは古くから美奥に存在する、もうひとつの「美奥」。
著者
恒川 光太郎
出版日
2011-04-26
地続きの不思議な世界と、そこに迷い込んだ者が抱える深い業。それらを淡淡と描く無駄のない筆致。そして連作短編ならではの、そこかしこに散りばめられた他作品との繋がり。これぞまさに王道と呼ぶべき、恒川の魅力が凝集されたファン必読の作品です。また連作とはいえ短編集ですから非常に読みやすく、「手軽に恒川作品の魅力を知りたい」という方にもお薦めの一作です。

念願の受賞!日本推理作家協会賞に輝いた長編ファンタジー『金色機械』

デビューから3作連続、その後もコンスタントに山本周五郎賞や吉川英治文学新人賞候補作に挙がりながらも、受賞までには至らなかった恒川。その恒川がついにファン念願の受賞となった2013年発表の長編『金色機械』。単行本で400ページ超と大変ボリュームのある力作となっています。

舞台は江戸時代。物語は、医者である父の助手として、不思議な力を持つ少女が不治の病を患う老人の村を往診に訪れるところから始まります。「その力は決して間違った使い方をしてはならない」と父から厳命されていた少女ですが、ある日浪人に襲われかけ止む無くその力を使ってしまい……。
著者
恒川 光太郎
出版日
2016-05-10
「金色様」と呼ばれる謎の存在を通して人の善と悪、生と死などのテーマを扱う、恒川作品としては少々珍しい重厚な作品となっています。しかし無駄のない文章、独特の世界観は健在。章ごとに変わる主人公と、時代が次第に結びついていくストーリー展開も、恒川ならではのものです。恒川の新境地を知る、という意味では中級編としてお薦めの作品です。

SFの定番とも言えるテーマを描いた恒川作品では唯一のシリーズ作品『スタープレイヤー』

冴えない毎日を送っていた斉藤夕月の前にある日突然現れた謎の人物。請われるがままクジを引いた夕月は、どことも知れぬ他惑星へ連れて行かれてしまいます。そして10の願いを叶えることができる「スタープレイヤー」に任命されますが……。
著者
恒川 光太郎
出版日
2014-08-30
日常と地続きの非日常を描くことの多かった恒川作品とは大きく違う舞台設定の本作ですが、しかしそこはやはり恒川作品。読み進むにつれ、ただのSFとはひと味違う恒川ワールドに引き込まれて行くことになります。

他のスタープレイヤーとの交流、現地人や外来民(スタープレイヤーに呼び出された人たち)との交流。様々な体験を通して「願いを叶える」ことの意味を考え、その意味が主人公の中で変質していく。一人の女性の成長物語となっています。

そしてこの『スタープレイヤー』には既に続編が出版されており、さらなる続編も構想中とのこと。2016年時点では恒川作品の中では唯一のシリーズものである『スタープレイヤー』。今後の展開がますます楽しみです。

6作品の紹介、いかがでしたでしょうか。この機会にぜひ恒川光太郎を手に取ってみてください。