菅浩江『そばかすのフィギュア』伝統芸能とSF 人類とAIは共存できるか

更新:2023.7.29

ChatGPTやAI生成ツールの登場により、クリエイターの未来が危ぶまれている今だからこそ読んでほしい『そばかすのフィギュア』。 人類が生み出したアートは人工知能の継承を経て、どのような変化を遂げていくのでしょうか?今回は創作に携わる上で避けて通れないその命題に取り組んだ傑作、菅浩江『そばかすのフィギュア』をご紹介します。

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『そばかすのフィギュア』の簡単なあらすじと登場人物紹介

『そばかすのフィギュア』には表題作含め、全八編が収録されています。ラストに収録された『月かげの古謡』以外は今から数十年先の近未来を扱っており、アンドロイドやAI搭載のフィギュア、仮想現実が重大な要素として登場。菅浩江十七歳の時のデビュー作『ブルー・フライト』も読めます。

『そばかすのフィギュア』

大学の同人サークルに所属する靖子は容姿にコンプレックスを抱える卑屈な女性。同じサークルの学生・近藤に片想いしているものの、なかなか告白できずにいます。

そんなある日、靖子・近藤・山下のもとにコンテスト入賞特典としてアニメのキャラを模したフィギュアが送られてきます。このフィギュアにはAIが搭載され、持ち主との会話や自立行動を可能にしました。

近藤は竜に変身するガル王子、山下は美しいコリン姫、靖子はガル王子に恋する村娘アーダのフィギュアをゲット。靖子はひねくれ者のアーダに自分自身を重ね合わせ、彼女をカスタマイズし、近藤=ガル王子を振り向かせようとしますが……。

『雨の檻』

世代宇宙船の無菌室で女性型ロボット・フィーに養育されるシノ。昔は様々な映像を映していた窓も壊れ、現在は雨の景色が映さなくなりました。やがてシノは残酷な世界の真実と直面し……。

『カーマイン・レッド』

いじめられっ子・サチオの学校にある日編入してきたのはアンドロイドのピイ。周囲に疎外され孤立した二人は、似通った境遇故惹かれ合い、イノセンスな友情を育んでいくのですが……。

『お夏 清十郎』

主人公の奈月は時を遡る能力を持ち、政府の科学プロジェクトの一環として、大昔に滅びた歌舞伎の舞を持ち帰る為にタイムトラベルに挑みます。しかし加齢を抑制する為に施された措置により、奈月の肉体は甚大なダメージを被り……。

他、オリジナルとクローンの確執を描いた『セピアの迷彩』、不治の難病を患った女性とカトレアのタトゥーを頬に入れた青年のロマンス『カトレアの真実』も力作です。

著者
菅 浩江
出版日
2007-09-21

人と人ならざるものの交わりに涙。ノスタルジックな物語

菅浩江は1981年、17歳の時に『ブルー・フライト』で作家デビュー。表題作『そばかすのフィギュア』は、第24回星雲賞日本短編部門受賞を受賞しています。

『そばかすのフィギュア』は温故知新、ノスタルジックな趣のSF短編集。本書で取り上げられるのは自立行動するアニメフィギュア、保育機能を持った女性型ロボットと壊れた宇宙船、稼働テストとして学校に送り込まれた少年型アンドロイドなど。

SFというとどうしても専門用語のオンパレードで敷居が高いイメージが付き纏いますが、『そばかすのフィギュア』はそんなSF初心者の苦手意識を払拭してくれます。まずもって菅浩江の綴る文章はとても端正で美しく、詩情に溢れた比喩や心理描写は、一般文芸作品として見ても素晴らしい完成度を誇ります。

話の風呂敷を広げすぎないのも美点。良い意味で現代と地続きの世界を描いており、近くて数十年、遠くとも百年先の社会はそうなっていそうなリアリティーを付与しています。

象徴的なのが『そばかすのフィギュア』

本作は大学生・靖子のもとに、コンテストの景品のキャラクターフィギュアが送られてくる所から幕を開けます。そのフィギュアには予めAIが搭載されており、元となったキャラクターの性格に準じた言動をとるのです。

いかがでしょうか?AIの暴走によるディストピア化、マザーコンピューターの独裁まで行ってしまうと荒唐無稽ですが、上記の企画は二十年三十年先には実現してそうですよね。

靖子はそばかすに劣等感を持ったアーダを着飾り、どうにかガル王子とカップル成立させようと企むものの、結局ガル王子はコリン姫と結ばれてしまいます。

人間が遺伝子の設計図に逆らえないように、AIもインプットされた情報通りに伴侶を選択しました。ロマンチックな表現を借りれば、それを運命と呼ぶのかもしれません。

『そばかすのフィギュア』で注目してほしいのはキャラ配置の巧みさ。靖子=アーダ、山下=コリン姫、近藤=ガル王子になぞらえ、二重構造の三角関係が展開されます。

自己投影したアーダとの対話、近藤への失恋を経て靖子が成長したラストには、青春の王道的な清々しさを覚えました。

『雨の檻』は宇宙船に接続された女性型ロボットと、人間の少女の交流を描いた短編。雨の風景しか映さない宇宙船の窓のモチーフが美しく、種を超えた家族の絆に感動しました。新井素子『チグリスとユーフラテス』が好きな人におすすめ。

片や『カーマイン・レッド』で語られるのは孤独な少年とアンドロイドの友情。往年の寄宿舎ものを思わせる耽美に閉じた雰囲気と、痛いほどに純粋な心情描写が胸を打ちます。

ふたりを繋ぐキーアイテムとなるのがカーマイン・レッドの絵の具。

アナクロなオブジェクトと最先端のガジェットを組み合わせ、ヒューマンドラマとSFが融合したハートフルな読み心地を与えるのは、まさに菅浩江の真骨頂です。

伝統芸能とSFのマッチング!世代を経た魂の継承

『お夏 清十郎』はもはや使い古された感のあるタイムトラベルネタに一風変わったアプローチを試みて、伝統芸能とSFをマッチングさせた傑作。

タイムマシンが発明されたらまず何をしますか?

戦争を止める、災害を知らせる、大事な人を救うなど答えは千差万別ですが、それらは歴史改変……いわゆるタイムパラドックスの危険を秘めています。

政府主導プロジェクトが発足した場合、無形文化財の採取と継承が時間遡行の目的となるのは極めて合理的。

『お夏 清十郎』の奈月は時間遡行能力を使い、数百年単位で過去へ飛び、幻の舞を目に焼き付けようとします。彼女の体には度重なる時間遡行のダメージが蓄積され、着々とリミットが迫っていました。

菅浩江は日本舞踊名取であり、歌舞伎や能、大衆演劇に造詣が深いです。

『お夏 清十郎』は作者の経験や教養が十二分に生かされた、短編集の白眉。

幻の舞を追い求める軌跡を縦軸に、奈月=お夏と清十郎の時空を超えたロマンスを横軸に織り込み、幅広い読者の心を掴みました。

対して短編集『五人姉妹』収録の『賤の小田巻』は、大衆演劇に生涯を捧げた名女形の父と息子の確執が主題。

座長の父に反発し家を飛び出た息子が、亡き父の記憶と人格を引き継いだアバターと対面し、AIの補助で完成に至った究極の芸に感銘を受ける話には、人類とAIの共存の可能性が示唆されていました。

AI技術の進歩が著しい今だからこそ、伝統芸能の新たな地平を開拓した本作を読んでほしいです。

著者
菅 浩江
出版日

『そばかすのフィギュア』を読んだ人におすすめの本

菅浩江『そばかすのフィギュア』を読んだ人には彼女の代表作である『永遠の森 惑星博物館』をおすすめします。

本作は「ベストSF2000」国内編第1位に輝いた他、星雲賞や日本推理作家協会賞を獲得したエンタメSF。

地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館アフロディーテを舞台に、日々仕事に追われる学芸員たちに焦点を当て、人と芸術の関わりの奥深さを豊穣なレトリックで描きだしました。

苦労人の中間管理職・田代孝弘を応援したくなる、お仕事小説の決定版です。

著者
菅 浩江
出版日

続いておすすめするのは秋山瑞人『鉄コミュニケイション』

文明崩壊後の地球にて、長期の冷凍睡眠から目覚めた13歳の少女・ハルカ。

クレリック・スパイク・リーブス・トリガー・アンジェラら、お世話役のロボット5体と楽しく暮らしていたハルカは、ある日自分とそっくりなロボット・イーヴァと出会い、運命の扉を開けます。

人類最後の少女と彼女を育てるロボットのモチーフは『雨の檻』と共通。世界最小の共同体である家族の絆を掘り下げた、良質なジュブナイルSFとなっています。

著者
["秋山 瑞人", "たくま 朋正", "かとう ひでお", "たくま 朋正"]
出版日
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