『攻殻機動隊』(以下、『攻殻』)は、主に1989年から1990年にかけて連載された日本のSF漫画です。第1巻『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』は本格SFアクションとして完成度が非常に高く、1995年のアニメ映画化を皮切りに、何度もメディアミックスが行われてきました。 約30年の間に『攻殻』は広く世界に認知された一方で、意外にも原作漫画の完全な映像化は一度も作られませんでした。そんな中、サイエンスSARUによる最新のTVアニメ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』が満を持して原典に忠実なアニメ化を果たし、大きな話題を呼んでいます。 そこでこの記事では、なぜ従来のアニメでは原作と違うアプローチを取られたのか、改めて各アニメ版『攻殻』の特徴を振り返りつつ、原作漫画との関係をご紹介したいと思います。

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は1995年に公開されたアニメ映画です。原作漫画の第1巻『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』をベースにしつつ、「人形使い」のエピソードを中心に再構築する形で作られました。
見る人を選ぶハードSFでありながら、近未来を感じさせる手描きアニメーションの映像美と哲学的なメッセージ性が相まって、公開から約30年経過した現在もサイバーパンクの金字塔として今なお根強く支持されています。
押井守監督、Production I.G制作による本作は世界的に高い評価を獲得。一般のファンだけでなく『ターミネーター』や『タイタニック』で知られるジェームズ・キャメロン、『マトリックス』を生み出したウォシャウスキー姉妹といった、著名な映画監督たちにも多大な影響を与えました。
本作は当時、国内でもまだマニアックな漫画だった『攻殻』の知名度を世界規模へと押し上げ、日本アニメの圧倒的なクオリティの高さを広く知らしめるきっかけとなった作品と言っても過言ではありません。
ちなみに2008年には『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊2.0』が公開されましたが、こちらは続編ではなく、一部表現を最新技術でアップデートしたリニューアル版です。映画の直接の続編は2004年に公開された『イノセンス』です。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は映画単体で楽しめるように再構築されただけあって、思想的な部分がやや難しいもののストーリーは比較的簡潔で、作品としての完成度が非常に高いです。
義体や熱光学迷彩といった近未来の技術とそれらに基づくアクション、リアリティとエンターテインメント性のバランスが良く、全編85分(エンディングのスタッフロールを除くと約80分)という鑑賞しやすい時間であることから、初めて『攻殻』に触れる人に最適な1本と言えます。
一方で押井版映画では、時間的制約で省略された要素が少なくありません。原作漫画の世界観の一端を担う過密な情報量や、多彩なハイテク犯罪への9課の対応、キャラクターの個性が際立つコミカルな要素が大幅に削られています。そのため映画のシリアスなイメージを抱いて原作漫画を読むと、予想外のギャップに驚く人が多いです。
- 著者
- マッグガーデン
- 出版日
- 2014-08-08
電脳によって人々がネットワークに直接繋がり、身体をサイボーグ化する義体技術が珍しくなくなった近未来。
内務省直轄の対テロ組織「公安9課」は、外務省とガベル共和国との間で行われる秘密会談に対して、何者かが介入を試みていることを掴みます。それは国際的に指名手配されている謎のハッカー「人形使い」による違法なゴーストハックでした。
ゴースト――電脳化した個人の自我・意識を遠隔操作する「人形使い」捜査の過程で、電脳どころか全身義体化している9課リーダーの草薙素子は、“自分”という存在に疑問を深めていきました。
そんな時、誤作動を起こした義体メーカー「メガテク・ボディ」社の製造ラインが1体の女性型義体を組み上げ、あまつさえその義体が逃亡するという謎の事件が発生します。電脳を持たないはずの義体は、自らを「人形使い」であると名乗り、公安9課に対して政治的亡命を希望して来るのでした……。
本作最大の魅力は、手描きセルアニメーションの到達点とも言える圧倒的な映像美です。
時代性を感じさせないリアルなキャラクターによる、実写映画顔負けの自然でさりげない仕草、あるいはアニメだからこそ可能なド派手なアクションの数々……どの瞬間で一時停止しても、まったく破綻がない美麗なクオリティが圧巻。
加えて押井守監督のこだわりによって、本来カメラが存在しないアニメの世界にカメラを前提としたレイアウトの概念が持ち込まれたことで、画面内に現実的な奥行きが表現されています。
物語の背景となる香港をモチーフとした過密で雑然とした都市から、銃火器などの小道具の動作、窓や水面の反射、熱光学迷彩による空間の屈折といった細部に至るまで、妥協せずに描き込まれているのが驚異的です。
修正が容易ではない手描きのセル画で、ここまで緻密に作られているのは職人的なスタッフの努力の賜物であり、ある種の芸術と言っていいでしょう。本作こそまさに手描きアニメーションの極致です。
本作の魅力を決定づけているもう1つの要素が、押井監督の希望を叶えた川井憲次の独特な音作りです。
西洋とも東洋ともつかないエキゾチックな旋律は、『攻殻』原作漫画にあるアニミズム的な思想にもリンクしつつ、物語の唯一無二な雰囲気を作り上げています。
この劇中音楽がもっとも際立っているのが、物語の中盤に挟まれる都市の情景を描いたシークエンスです。セリフを一切排し、祝詞のような歌声と近未来に生きる人々の生活描写だけで構成された映像は、観客に強烈な宗教的・哲学的な静謐さを感じさせます。
そこで流れるメインテーマ「謡」は「神が降り立って人と結ばれる」といった意味の内容で、それが後半のストーリー展開を暗示するものになっているものの、わからないまま聞いても神聖で神秘的な空気を“なんとなく感じる”のが見事です。
さらに一連のシーンにおいて、素子が自分と同じ顔の女性(同じ義体)と視線を交わすカットが非常に象徴的。林立する都市の中で無個性な群衆の1人に溶け込みながらも、素子の「個」としての自意識は埋没していない、と思わせる見事な演出です。ここは原作者の士郎正宗も高く評価する名シーンとなっています。
このように音楽と映像が高い次元で融合しているからこそ、公開から30年以上経っても評価されているのでしょう。
映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』が世界的に評価される理由は、圧倒的な映像と音楽を融合させた上で、アイデンティティという普遍的なテーマを描ききった点にあります。
身体のほとんどを機械化できる『攻殻』の世界では、維持コストを度外視すれば生身の肉体より高性能義体の方が優れています。しかし、そうした義体化を進めると、その果てに残る生身の部分は脳殻内のわずかな脳組織だけということになりかねません。
実際に全身義化した素子は、機械の体と電脳で繋がった外部ストレージによって世界を認識しており、“元の自分”と言えるのは本人では確認できないブラックボックス化した脳殻の中身のみ。
果たしてそれは本当に“自分”と呼べるのか、それとも“自分”の形をして行動をトレースする機械に過ぎないのではないか――。
本作は素子のそうしたアイデンティティにテーマを絞ることで、ストーリーに一貫性を持たせました。さらに哲学的な身体論や存在論、あるいは宗教的な命題を感じさせつつ、エンターテインメントに昇華している点が画期的です。
一見するとテクノロジー偏重社会への警鐘にも思えますが、そこから一歩踏み込んで進歩・進化の可能性を感じさせるのも凄いところ。
この単なるアニメ映画の枠に留まらない、重厚なテーマ性も根強い人気を誇る要因です。インターネットが一般的になり、劇中で描かれた近未来に近付いた今だからこそ、より強く輝きを放つ名作と言えます。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は映画という限られた媒体の都合上、物語の核心である「人形使い」を中心に据えて、関連する複数のエピソードを地続きのサスペンス劇として再構成されています。
具体的には冒頭の外交官暗殺が第1話「PROLOGUE」で、前半の外務大臣通訳の電脳ハックを行った清掃局員や実行犯の疑似体験植え付け事件は第3話「JUNK JUNGLE」です。なお、オープニングで強烈な印象を与える義体製造シークエンスは、第5話「MEGATECH MACHINE2」で描かれた素子の友人の義体換装描写がモチーフ。
中盤から終盤にかけては第9話「BYE BYE CLAY」が軸となって、「人形使い」を巡る9課と公安6課の闘争が描かれます。ラストの「人形使い」の電脳へのダイブとセーフハウスのくだりは、それぞれ第11話「GHOST COAST」および第12話「EPILOGUE」を踏襲したものです。
整合性を取るために細部に手は加えられていますが、話の流れや起こる出来事は原作の展開をおおむね引き継いでいます。「PROLOGUE」を除けばすべて人形使い関連のエピソードとはいえ、バラバラの原作エピソードから必要な要素を抽出し、破綻なく繋ぎ合わせて1本の映画に仕上げる構成の巧みさが見事です。
映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は基本的な設定は原作漫画に準拠し、エピソードを再構築する形で作られていますが、雰囲気や演出には相違点や独自のアレンジが施されています。
特に顕著なのが素子のキャラクター性です。原作では時に軽口を叩き、公私を分けて人生を謳歌する明るい性格でしたが、映画版ではアイデンティティ追求というテーマに沿うようにストイックな人物像へと変更されました。
素子の性格変更に伴って作品全体の雰囲気もシリアスへとシフト、原作にあった登場人物たちのおちゃらけた言動やギャグ要素は基本的に排除されています。
そしてもっとも大きな変更点と言えるのが、思考戦車フチコマの不在です。全身義体や人工知能の自我(ゴースト)が主題であるのにも関わらず、自我を持っているようにしか見えないフチコマが登場するとノイズになること、アクションシーンが人間主体ではなく戦車主体になってしまうことを避けるために削除されました。
これらの変更によって原作漫画のテイストが失われた一方で、映画全体に統一感が生まれています。
また映画オリジナルの演出としては、前述した中盤の都市の情景のほかにクライマックスの博物館での戦闘も見逃せません。壁に飾られた「生命の樹」のレリーフを多脚戦車の機銃が撃ち抜いていき、頂点にある「hominis(ラテン語で「人」の意味)」の直前で弾切れするところには、哲学的・宗教的な示唆が感じられます。
この多脚戦車とのラストバトルも映画だけのオリジナル展開(戦闘の構図は第1巻8話の思考戦車戦のもの)ですが、素子の行動には元ネタが存在します。出力の限界を超えて戦車のハッチを強引にこじ開けようとする描写は、映画公開後に単行本化された漫画『攻殻機動隊1.5 Human-Error Processor』収録の第4話「DRIVE SLAVE part2」における、深海工場用多脚作業ロボット戦から引用されたものです。
映画視聴後に原作漫画に触れて(あるいはその逆)、違いを楽しむのも一興でしょう。
映画『イノセンス』はタイトルに「攻殻機動隊」と明記されていませんが、映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の直接の続編として2004年3月6日に公開されました。
本作はアニメーション映画として初となるカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されたほか、第25回日本SF大賞を受賞するなど、前作に続き国内外で極めて高い評価を獲得しました。
舞台は前作から3年後の西暦2032年です。愛玩用のガイノイド(女性型アンドロイド)が所有者を殺害し、その後に自壊する怪事件が多発します。被害に遭った人物の中に政治家や公安関係者がいたこと、不自然なほど早期にメーカーと被害者遺族の間で示談が済んだことから、公安9課が捜査に乗り出しました。
前作は原作漫画の「人形使い」関連のエピソードを再構築したストーリーでしたが、『イノセンス』は第1巻の第6話「ROBOT RONDO」(終盤の一部に第7話「PHANTOM FUND」も)をベースに、バトーの視点で物語が進みます。素子の失踪後、9課チーフとバトーの相棒をトグサが務めるという設定は第1.5巻由来です。
3DCGをふんだんに使いつつ、アニメならではの表現にこだわり抜いた映像美は圧巻の一言。当時のアニメの最高峰で、20年以上経過した現在においても間違いなくトップクラスです。極限まで圧縮され、細部に至るまで詰め込まれた情報密度は原作漫画に勝るとも劣りません。
一方でシリアスでストイックな展開と作品全体の中華・香港テイストが増しており、前作以上に『攻殻』らしさが薄れているのも事実。『イノセンス』はある意味で「押井作品」としか言えない映画となっています。加えて写実的なキャラクターデザインなこともあって、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を期待して視聴すると肩透かしを食らうかもしれません。
表現面における大きな特徴が、電脳化によって拡張された外部記憶や検索機能をフル活用したセリフです。登場人物たちの会話には釈迦や孔子、プラトンにダビデなど、洋の東西を問わず歴史上の人物の名言や詩篇の引用が溢れています。電脳と接続した人々の思考の表現として、難解な言葉遣いとともに『イノセンス』を体現する特徴となっています。
押井監督によると本来は全セリフを引用にしたかったそうですが、さすがに無理だったらしく断念したとのこと。
『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下、『SAC』)は2002年に制作・放送された全26話のTVアニメシリーズです。原作漫画や映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』が「人形使い」を中心としたストーリーであったのに対して、『SAC』は「もし草薙素子が人形使いと出会わなかったら」というif設定を元にしたパラレルワールドの物語となっています。
本作は映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の哲学的な雰囲気から一転、チームによる事件捜査や政治的駆け引き、近未来のサイバーアクションに焦点を当てたSF刑事ドラマといった趣き。映画版のテーマが個人のアイデンティティだとするなら、『SAC』はより広い範囲の近未来の社会問題がテーマです。
エンタメ作品として非常に完成度が高く、2002年「文化庁メディア芸術祭アニメーション部門」優秀賞をはじめとして、2007年には「日本のメディア芸術100選」でアニメ部門第7位に選ばれるなど、国内で高い評価を獲得しています。また国外においても昨今の日本アニメブームに先駆ける作品で、ネット配信が主流になる前にもかかわらず絶大な人気を誇りました。
『SAC』の制作は映画に引き続きProduction I.Gが担当し、監督は押井守から神山健治に交替。人気を博してシリーズ化され、2004年に『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』(以下、『SAC 2nd GIG』)、TVシリーズではない単独長編アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』(以下、『SAC SSS』)が2006年に作られたあと、2020年の『攻殻機動隊 SAC_2045』(以下、『SAC_2045』)で完結しました。
『SAC』は原作漫画でも押井監督の映画でもない、「第3の攻殻」として親しまれています。
『SAC』は1話完結のエピソード群と長編エピソード「笑い男事件」の2つの軸で展開されていきます。一見すると複雑そうに思えますが、まったくそんなことはありません。
まず本作は原作ほどのギャグ・コメディタッチではありませんが、映画版に比べればかなりユーモラスで、時にハートフルな内容も描かれます。
9課メンバー個々の掘り下げがあるおかげで親近感を覚えやすく、オリジナルの事件を描きつつも要所要所に原作第1巻や第1.5巻を思わせる要素が盛り込まれていて、新規ファンや原作ファンを問わず楽しめるのが特徴です。
1話完結と長編エピソードが混在していますが、簡単に識別できるのもポイント。各話のサブタイトル画面が1話完結なら緑色の背景と「a stand alone episode」の表記、「笑い男事件」関連なら青色の背景に「complex episodes」と表示されます。これによって初見でもエピソード間の関係が理解しやすく、同時に複数回の視聴もしやすい仕組みとなっています。
本格SFかつ刑事ドラマテイストという、やや一般ウケしづらい作風の『SAC』が大人気シリーズになったのは、原作漫画や映画版とは異なるキャッチーなアプローチが成功したためでしょう。
- 著者
- []
- 出版日
- 2013-06-06
電脳化が一般化し、多くの人々がネットワークで繋がることでいくつかの“複合体”を形成するようになっても、人類全体の意思が統一された“個”になるほどまとまっていない時代。複雑化・多角化するサイバー犯罪に対して、攻性の防諜部隊である公安9課は超法規的な行動で柔軟に対処していました。
西暦2030年。日本を震撼させた戦後最悪の連続企業脅迫テロ、通称「笑い男事件」の犯人が突如6年間の沈黙を破ると、なんらかの思惑から事件の隠匿を計る警察上層部へ向けて、大胆な犯行予告を行いました。
警察は偽の容疑者の逮捕劇で事態の幕引きを狙いますが、彼らの思惑とは裏腹に「笑い男」に感化された無数の模倣者が続出。それはやがてオリジナルの「笑い男」が不在のまま、模倣者たちによる社会現象へと発展していきます。
そして9課は一連の事件を捜査するうちに、背後に潜む巨大な政治的陰謀を突き止め、6年前の事件究明と事態の収拾に向けて突き進んでいくのでした……。
『SAC』の魅力はなんと言っても、個々に能力を発揮する公安9課メンバーの活躍です。
「笑い男事件」におけるトグサはもう1人の主人公と言っていいくらい存在感がありますし、サイトーやパズ(『SAC 2nd GIG』にて)、荒巻課長の意外な過去など『SAC』は原作漫画にない掘り下げがかなりあります。これは時間的に余裕のある全26話構成のTVアニメだから出来たことでしょう。
ただ、イシカワですらわずかに描写されたパチンコ店で面白い設定が追加されたものの、なぜかボーマだけノータッチですが……。
閑話休題。
『SAC』はオリジナルの不在が生む模倣の連鎖――現代のネット社会にも通じる、独自の現象「孤立した個人の集団(スタンド・アローン・コンプレックス)」をテーマにした長編エピソード「笑い男事件」の占めるウエイトがかなり大きいですが、同時に各所に散りばめられた原作漫画へのリスペクトを感じる要素も魅力的です。
映画版と違って該当箇所が多いため、いくつか例を挙げるに留めますが、例えば第8話「恵まれし者たち」に登場するメディテック社社長・岩崎がジェイムスン型義体なのは、原作第6話「ROBOT RONDO」の阪華精機社長のオマージュです。さらにメディテック社の社名やクローン臓器は『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』第3話の同名臓器メーカーから来ています。
他にも『SAC』の基本設定のモチーフになった、第1.5巻に由来する小ネタや展開もシリーズを通して多数出てきます。『SAC』は原作漫画の忠実なアニメ化ではありませんが、どの辺りがどんな風に影響されているか、類似点を探しながら見比べるのもなかなか面白いです。
『SAC』を語る上で外せないのが、本作の実質的なマスコットキャラクターであるタチコマたちの存在です。
タチコマは公安9課が所有する多脚思考戦車。先行する映画版ではさまざまな理由から削除されたフチコマに代わって、原作者・士郎正宗によって新たにデザインされました(名称も変更されたのは商品展開などのため)。
全部で9機が配備されており、定期的な記憶・経験の並列化によって個体差はない……はずですが、なぜか自我と個性を獲得し、劇中ではコメディリリーフ的な役割を果たします。
その一方で、タチコマは押井映画版とは異なるアプローチで「人形(AI)はゴーストを宿せるか」というテーマに1つの回答を示すのも見所です。彼らは高度な分析力と無邪気な性格という相反する要素から独自の哲学的死生観を導き出し、自ら行動する流れは視聴者に強烈な印象を残します。
人気的にも制作側の扱い的にも、タチコマはかなり特別です。シリアスな本編とは無関係なスピンオフショートアニメ『タチコマな日々』が特典映像として作られていて、そちらではタチコマの愉快なドタバタ劇だけを楽しめるようになっています。
なお後のシリーズでは、フチコマとタチコマの特徴を合わせたような派生機ウチコマが登場し、同様にショートアニメ『ウチコマナ日々』が作られました。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では川井憲次サウンドが映画を彩り、独特な「和」のテイストを作品に与えました。
対して『SAC』で音楽を担当した菅野よう子は、電子的でアップテンポな曲からノスタルジックな楽曲まで、多彩なジャンルにまたがるサウンドトラックを制作しました。近未来の物語である『SAC』のサイバーパンク感が、この枠に囚われない菅野よう子の無国籍な音楽によって上手く強調され、作品のクオリティをさらに一段上に押し上げています。
特にそれを象徴するのはシリーズの主題歌です。『SAC_2045』を除くほぼすべての作品でロシア人歌手OrigaがOP曲と一部ED曲のボーカルを務め、透き通った声質でロシア語と英語が入り交じった歌詞を巧みに歌い上げ、『SAC』の世界観の奥深さを感じさせました。
本編スタイリッシュな映像と、緩急のついた無国籍な音楽がシンクロするカタルシスの気持ちよさがあるからこそ、『SAC』が世界中で支持されていると言っても過言ではないでしょう。
概要でも少し触れましたが、圧倒的な人気を獲得した『SAC』はのちに続編が複数制作されています。
シリーズ2作目となる『SAC 2nd GIG』にはストーリーコンセプトに映画版監督の押井守が参加し、難民問題や国家の思惑を軸とした「個別の11人事件」が描かれ、より政治色の強い社会派サスペンスへとスケールアップを遂げました。全編を通して9課が行方を追う重要人物クゼ・ヒデオは、「笑い男」はもちろんとして「人形使い」とも違った、特異なカリスマ性を見せます。
長編アニメ『SAC SSS』では、とある思惑から素子が去った後の9課が舞台。少子高齢化社会やネットから生まれる集団的無意識といった、時代を先取りした意欲的なテーマが提示されました。頻発する怪事件と誘拐事件の裏に潜む「傀儡廻し」の存在、素子の立ち位置と展開から、原作漫画1~2巻の影響が強く感じられます。
そしてシリーズ完結編の『SAC_2045』。NETFLIX限定配信の3DCGアニメであり、シリーズ監督の神山健治に加えて、映画『APPLESEED』の荒牧伸志が監督を務めました。
2045年、世界同時デフォルトであらゆる国が混乱に陥る中、米帝の要請で再編された公安9課が、既存のあらゆる技術を上回る謎の存在「ポスト・ヒューマン」の破滅的な行動を阻止するために動く――といったストーリー。
『SAC_2045』はシーズン1と2合わせて全24話で、総集編の映画『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』と『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』も作られました。
また正確には『SAC』のシリーズに含みませんが、同じ神山監督が手がけたTVアニメ『東のエデン』は『SAC』と世界観を共有する過去の時代であることが明かされており、こちらで幼少期の素子の身に起きたとある事件について触れられています(『攻殻』シリーズ共通の設定ではないため注意)。
『攻殻機動隊 ARISE』は2013年から2015年にかけて公開された中編・長編アニメ映画シリーズです。元々は全4編でしたが、のちに再編集したTVアニメ版『攻殻機動隊 ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』と新規エピソード「PYROPHORIC CULT」、新作映画『攻殻機動隊 新劇場版』が制作されました。
本作の内容は原作漫画をベースにした映画版や『SAC』とはやや趣向が違って、公安9課設立前の草薙素子およびメンバーの動向に焦点が当てられます。ほぼ完全なオリジナルですが、コミカルな部分はおそらく原作漫画へのリスペクトでしょう。詳しくは後述しますが、つまりは前日譚です。
時代は2027年。『攻殻』はおおむね2029年あるいは2030年なので、およそ2~3年前の出来事です。若き日の素子は当初、陸軍501機関に所属する士官ですが、収賄疑惑をかけられた亡き上官の真相を追ううちに、個別に事件に関わっていた荒巻やバトー、トグサらと出会う――といったストーリーになっています。
総監督は映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』にも携わったアニメーターの黄瀬和哉、シリーズ構成はSF作家の冲方丁が担当しました。大胆な設定と一部キャラクターデザイン変更とキャスト一新によって、『攻殻機動隊 ARISE』は原作漫画や押井版映画、『SAC』に続く「第4の攻殻」とされています。
本作は評価が非常に難しく、良くも悪くも旧来の作品とファンのイメージで形作られた固定観念を破壊する、エッジの効いたサイバーパンクと言えます。そしてこの『攻殻機動隊 ARISE』の特徴こそ、作品の賛否を分ける大きな理由です。
作品の紹介で便宜上、前日譚と前述しましたが、厳密には違います。独自設定のある『SAC』は当然として、原作漫画とも過去の描写が微妙に異なるのです。特に目立つのは若き日の素子ですが、ほんの2~3年前の出来事にしては幼すぎたり失敗やヘマが目立ったりと、本来の時間軸である2029~2030年の人物像と繋がりません。
一応、年代が特定されていない映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』であれば時間的なズレは解消できるものの、『攻殻機動隊 ARISE』の時間軸で最後のエピソードである『攻殻機動隊 新劇場版』のラストから繋がらないのがネック。
前日譚と言いつつも『攻殻』の過去ではなく、強いて言えば「ARISE世界線の『攻殻』の前日譚」とでも呼ぶべき作品になっていて、そのややこしさが『攻殻機動隊 ARISE』の評価に繋がっています。そして「ARISE世界線の『攻殻』」に当たる作品は今のところありません。
従って『攻殻機動隊 ARISE』を見る時は、『攻殻』の前日譚を期待するのではなく、「あり得るかもしれない可能性の『攻殻』」として視聴するのがおすすめです。
- 著者
- ["大山 タクミ", "藤咲 淳一"]
- 出版日
- 2013-06-21
『紅殻のパンドラ』は2012年10月から2024年9月にかけて、月刊誌「ニュータイプエース」や「コミックNewtype」などで連載、2016年にTVアニメ化されたSF作品です。漫画は全26巻。
原案は士郎正宗で、作画を担当したのは六道神士です。諸般の事情でクレジットされていませんが、六道神士は9巻以降構成に専念し、作画担当は春夏秋冬鈴に交替しました。
ストーリーや展開は六道神士によって行われていますが、基本設定と全体の流れは士郎正宗の発案。タイトルこそ違うものの、士郎正宗本人から公式に『攻殻』原作漫画と同じ世界の過去の物語であることが明言されており、完全に地続きの話となっています。
それほど遠くない未来、サイボーグ技術やロボットが普及し始めたばかりで、電脳化も全身義体もまだまだ珍しい時代。親戚に引き取られてセナンクル島にやってきた七転福音(ナナコロビネネ)は、自律型巨大掘削機「ブエル」の暴走事件に巻き込まれ、あやしい科学者ウザル・デリラと彼女のアンドロイド少女クラリオンと協力して立ち向かうことに……。
ノリは六道神士らしい明るいシュールコメディですが、根底にあるのは間違いなく『攻殻』の濃い世界。原作漫画や『アップルシード』の詳しい知識が必要なものの、士郎正宗が目指した明るい未来像を描きつつ、色々なエッセンスがちりばめられており、意外なモノが意外なところに繋がっていることに気付けると非常に面白い作品です。
アニメ『紅殻のパンドラ』は漫画序盤の映像化とオリジナル展開で構成されているため、『攻殻』要素は比較的薄め。『咲-Saki-』などで有名なStudio五組の制作なので、美少女アクションアニメとしては楽しめますが、『攻殻』を期待すると物足りなさを感じるでしょう。
六道神士も序盤はメディアミックス前提で間口を広くすることを意識していたらしく、本格的に始動するのはアニメ化範囲後の第2章からなので、『紅殻のパンドラ』は漫画版を読むことを強くおすすめします。
余談ですが、元々は前日譚繋がりで『攻殻機動隊 ARISE』とも連動する企画になるはずでした。しかし結局中断され、『攻殻機動隊 ARISE』は直接関係のないパラレルワールドとなっています。
- 著者
- 六道 神士
- 出版日
- 2013-03-08
『紅殻のパンドラ』は士郎正宗が密接に関わっていて、『攻殻』に繋がる内容ではあるものの、ある意味で「『攻殻』であって『攻殻』ではない」という扱いが難しい作品です。
最大の特徴は、六道神士のコメディテイストが前面に押し出されている点にあります。会話のテンポ感は同作者の代表作『エクセル・サーガ』にも通じるものがありつつ、ちょっとエッチな百合なのがポイントです。『攻殻』原作漫画にも多少エロ要素はありましたが、それを差し引いても方向性や作風はまったく違います。
この作風の違いは、一概に悪いとは言えません。
本作を手がける上で、士郎正宗は自らの絵柄が古く、作風をそのまま持ち込んでもウケないと考えていることを公言しています。従って『紅殻のパンドラ』のノリは、意図的に六道神士に任せた結果と考えるべきでしょう。
実際、キャッチーなビジュアルとライトな作風は敷居を下げ、従来のファン層にとどまらない新規ファンを獲得する1つの要因となりました。
一方で『紅殻のパンドラ』は『攻殻』の前日譚であると同時に、『アップルシード』のポセイドン編の側面も担っています。
そもそも『攻殻』は企画開始時に、世界観を共有する『アップルシード』の最終目的である、「アポルシード計画」の前提技術をストーリー上で自然に提示するための作品でした。紆余曲折あって『攻殻』は現在の形になったのですが、その当初あった前提技術や歴史を掘り下げる役割が、一部『紅殻のパンドラ』にスライドしている部分があるのです。
そのため『紅殻のパンドラ』は、『攻殻』好きであるほど読めば発見が多い作品となっています。……が、前述した作風の違いが逆にハードルとなって、『攻殻』ファンであればあるほどかえって読みづらさを感じることが多いです。その点が非常に惜しく、ちょっともったいない作品と言えます。
- 著者
- ["六道 神士", "士郎 正宗"]
- 出版日
- 2024-11-09
『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』(以下、SARU版)は、2026年7月7日より放送されたTVアニメシリーズです。
アニメーション制作はこれまで担当したProduction I.Gではなく、『ダンダダン』や『天幕のジャードゥーガル』などで世界的に注目されているサイエンスSARU。監督は『ダンダダン』で副監督を務めたモコちゃんが抜擢されました。
物語の始まりは西暦2029年。日本を取り巻く社会情勢から、草薙素子は犯罪に対して攻性の特殊部隊の創設を要求するも、表向きこれが却下され――そして荒巻課長の下、国際救助隊の予算を流用して秘密裏に公安9課が設立されました。そうして9課は数々の事件に立ち向かい、やがて謎めいたハッカー「人形使い」を巡る陰謀に関わっていきます。
SARU版『攻殻』最大の特徴は、大小さまざまなアレンジを加えられた従来の映像作品と違って、原作漫画を可能な限り忠実に映像化することを目指した点です。原作漫画を象徴する欄外の書き込みまでも再現されており、「最新の攻殻」でありながら原典に忠実な「最古の攻殻」でもあるという唯一無二の立ち位置を確立しています。
本作はキャストが一新されることでも話題になりました。特に注目されたのは2024年に急逝した田中敦子の後任。蓋を開けてみると1995年映画版や『攻殻機動隊 ARISE』で草薙素子役を経験済みの坂本真綾でしたが、どことなく田中敦子やPSゲーム版素子を演じた鶴ひろみを彷彿とさせる演技になっており、名実ともに『攻殻』の原点回帰に相応しい素子像を見せてくれました。
『攻殻』は原作漫画完結から約30年に渡って、多数のメディアミックスを通して世界中にファンを生み出してきたコンテンツです。ところが、様々な事情から原作漫画そのものの映像化はこれまで実現しませんでした。そんな中、原点回帰を貫いたSARU版『攻殻』の果たした意義は大きいです。
しかし、それが賛否両論を巻き起こしています。
SARU版『攻殻』は映像化にあたって一部表現をアレンジしたり、地名などを置き換えたりはしたものの、基本的には原作通りでした。それはつまり、原作漫画特有のわかりにくさも再現したことを意味します。良くも悪くも、視聴者側の理解力もしくは前提知識が必要だったのです。
また、約30年の間に築かれたパブリックイメージと大きなギャップがあったことも問題でした。
『攻殻』はシリアスでハードな物語で、少佐は理知的なクール美女で、バトーは渋くて頼れる大男で……というのが、多くの人が抱く印象でしょう。ところが原作漫画は意外とコメディタッチな上に、素子たちはキャラ崩壊とも思えるほどおちゃらけることがあります。
こうした理想像とSARU版『攻殻』の乖離から、原作漫画に詳しくないファンの反応はあまり良くありません。そしてまったく同じ理由で、「これこそが本来の『攻殻』」と高く評価する人も多いです。
- 著者
- 士郎 正宗
- 出版日
- 1991-10-02
現代風に整えられてはいても、当時の士郎正宗の絵柄を元にしたキャラクターデザインが今の時代にマッチしないというのも理由でしょう(『紅殻のパンドラ』における士郎正宗の自己評価が当たった形)。
筆者個人としてはSARU版『攻殻』全話を踏まえて、原典の映像化を目指したのは良かったと思います。2020年代の今になって作る利点を活かし、原作漫画本編にはなかった『紅殻のパンドラ』との繋がりをさりげなく盛り込んであったのも1つの功績。
ただ、原作漫画の忠実な再現とは言っても、解釈の違いなどから映像化に当たって失われたエッセンスもあります。それでも原作漫画よりわかりやすい部分もあるので、副読本として合わせて鑑賞すると『攻殻』の世界をより一層楽しめるはずです(原作漫画とSARU版『攻殻』のどちらを副読本とするかは個人の自由)。
最新のSARU版『攻殻』に合わせて、改めて『攻殻機動隊』各アニメ版を元に原作漫画を振り返ってみました。各作品それぞれに面白みがあり、世界観の懐の深さを思い知らされた気分です。なお原作漫画全3巻の解説を別途行っているので、原作が気になった方はそちらも読んでいただけると幸いです。
<新作アニメでも話題の漫画『攻殻機動隊』徹底ガイド!原作の魅力からミーム、ラストの真相まで>
ちなみに主題がズレるので今回言及しませんでしたが、映像化作品としては他に実写映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』という作品もあります。押井版映画をベースに『SAC』をミックスしたような内容で、視聴の際はパラレルワールドと割り切るといいでしょう。