島田雅彦はポストモダン文学を代表する小説家です。彼の作品の過激な世界観と繊細で軽やかな文体の調和に惹き込まれるファンは後を絶ちません。実社会に対する危惧を物語に落とし込んでユーモラスに描くその筆力には定評があります。常に物議を醸す作品を世に送り出してきました。
大学在学中に『優しいサヨクのための喜遊曲』でデビューし、芥川賞の候補となります。翌年、『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞を受賞し、その後『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、『退廃娘』で伊藤整賞など、数々の賞を受賞。
ソビエト、チベット、ケニア、ジャマイカと世界各地の放浪体験の他、オペラやクラシックにも造詣が深いことでも有名です。文体の軽妙さはその音楽性によるものかもしれません。
その甘いルックスから「文壇の貴公子」とも呼ばれ、俳優としてたびたび映画に出演しています。2007年公開の『東京の嘘』(井上春生監督)では初主演を務めました。小説だけでなく戯曲の執筆、俳優業と活躍の幅を広げています。
島田雅彦のデビュー作『優しいサヨクのための嬉遊曲』。島田は、東京外国語大学在学中にこの作品を書きました。内容は1970年代の学生運動に出遅れた左翼学生の心境を描いたものです。
大学のサークル活動も美少女のみどりとの恋も、思うようにならない混沌とした日々を送る千鳥姫彦。国の理念に対する反発と抑えきれない異性への興味。自分の正義を絶対視することと、どうにもならない欲望に飲み込まれてしまう自分はやがて…
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
- 2001-07-30
矛盾した感情が己の中に共存するもどかしさ、それは人間としての未熟さではないでしょうか。周囲との距離感を測ることができず、臆病で自虐的になる姫彦。そんな姿に思わず同情してしまうかもしれません。読者それぞれの青春時代を想起させてくれる作品です。
そして、持ち味のなまめかしさ文章がなにより印象的で、「青春小説を装ったポルノ小説」と島田自身が説明しているほどに過激です。それも読みどころの一つ。この作品で島田は、日本のポストモダン文学の旗手として注目を集めました。
『彼岸先生』は、泉鏡花文学賞を受賞した作品です。対岸に住む不思議な恋愛小説を書く小説家の先生と、ロシア語を学ぶ十九歳の大学生菊人との関係を描いています。先生の論談は常に屁理屈で人を煙に巻きます。幾多もの海外遍歴と女性経験は菊人にとって魅力的に映ります。そんな底知れぬ人間性に惹かれた菊人は先生を人生の師と見立て…
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
高等遊民のような生活を送る先生は自分に厳しく、菊人をはじめとする周りの人物が期待や愛情をかける様子が丁寧に描かれています。稀代の嘘つきである先生とその周囲にいる変な人達に振り回されていく菊人。後半の先生による日記のリアリティは秀逸です。
奇妙な師弟関係、そして物語の構造は夏目漱石の『こころ』を下敷きに構成されています。
過激な情愛描写と巧妙な文章は島田雅彦の真骨頂と言えるでしょう
『彗星の住人―無限カノン』は、島田雅彦が「自分の命運を懸けた」と言うほど、想いを込めた渾身の三部作の一作目。十八歳の少女、文緒は行方不明の父の消息を追って、父の義姉であるアンジュ伯母さんの力添えによってアメリカから日本へやってきます。何も知らない文緒にアンジュ伯母さんが語る、父カヲルの少年時代、そして先祖の歴史と恋の秘密が広がって…
カヲルの曾祖母はオペラで有名な「蝶々夫人」のモデルとなった芸者でした。一八九四年の長崎、その芸者とアメリカの軍人ピンカートンの恋愛から全てははじまります。恋の遺伝子に導かれた、血族四代の世紀を越えた欲望の行方が描かれていくのです。
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
- 2006-12-22
「考えられる限り、もっとも危険で、甘美で、それを描くことが難しい恋」と著者は語っています。この作品に描かれた恋は、その言葉にふさわしいもの。まっすぐな恋愛は、苦々しくも、また非情にも、そして美しくも映ります。世代を超えた恋愛を基盤に、日本という国家の近代史を描き直した力作です。
『カオスの娘』は、島田雅彦の新境地、スピリチュアルとミステリーを融合した作品です。予知能力を持つナルヒコは夢の中で一人の少女と出会い、記憶を失くしたその少女は自分を監禁していた男を殺し、逃亡先で次々と殺人を犯してしまいます。ナルヒコは彼女を助けるための東京に戻るのですが、さらなる事件がナルヒコの前に立ち塞がり…
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
- 2012-09-20
凄惨なシーンでさえ読み進めさせる筆力には思わず唸ります。世界の闇から目を離すのではなく、その闇と対峙し、対処法を考えるべきだということに気付かされるでしょう。前近代的なシャーマンと、現代の暴力による犠牲者の少女、そして現代を象徴するバイオレンスであるテロリズムを同じ枠組みの中で繋がり、展開させる筆力に魅せられること間違いなしです。
2人の人物の物語が交錯していく『虚人の星』。1人目の星新一は、外務省職員。小学生の時分、父親から置き去りにされて以来、自らの心の内に存在する7つの別人格に悩まされていました。2人目は、44歳という若さの首相松平定男。祖父から三代にわたって首相を務める血筋だけが便りの男です。そんな彼らが、日本の命運に対峙していき…
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
- 2015-09-25
見どころは、明かされる諜報や政権の秘密はさることながら、島田の描く隣国との付き合い方です。至極綿密に、かつ鮮やかに描いています。そのアプローチはユニークながら、リアルであり、思わずはっとさせられる瞬間を迎えることも幾度とあるでしょう。
ラストの松平の演説は、チャップリンの映画『独裁者』を彷彿とさせます。国家、政治、陰謀、虚偽、真実、複雑な伏線とその回収の中で垣間見る愛の形。それらを融合し、政治を舞台とした傑作のエンターテイメント作品です。
ある朝、ホームレスの男は目が覚めたら足元に100万円が置いてあるのを見つけます。男は突然の幸運を神に感謝し、新しい服を買い美容院に行くのですが、男の持つお金が公にできるものではないと見抜いた若い男性美容師は、友人と共謀して男からお金を強奪し、2人でキャバクラに行き豪遊するのでした。
ホームレスの男は一度大金を手にしたことから以前の生活に戻る気力がなくなり、ガソリンスタンドに火を放ち爆死します。2人の男が豪遊したキャバクラで働くモネは、その晩に受け取った給料を持って実家に帰るのですが、父の農業は破産寸前、母は病気で入院治療費が必要な状況でした。モネは給料を父親に渡し、そのお金を持って銀行に行った父は、偽造紙幣を持っていたとして警察から呼び出されるのです。
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
- 2013-09-13
警視庁第二課ではマネーローンダリング組織の摘発が強化されており、陣頭指揮を執る日笠警部は、裏社会で「銭洗い弁天」の異名を持ち、表向きは宝石商を営む女社長の店に部下の宮園エリカを潜入させます。優秀なエリカはすぐに女社長の信頼を得て裏の事を教えてもらえるようになり、女社長に同行した中国で、数億の資産を持つと言われる野々宮という若い日本人男性の投資家を紹介されるのでした。
一方、日笠警部は日本で発見された偽札の調査を進めるうち「彼岸コミューン」という自給自足の団体の存在にたどり着きますが、その団体に多額の資金を提供しているのが野々宮だと判ります。野々宮はかつて「彼岸コミューン」に所属していたのです。日笠とエリカの双方から見えてきたのは、野々宮が企む日本国家を根底から揺るがす巨大な陰謀でした。
悪貨は良貨を駆逐するということわざのごとく、悪意は善良な人間を踏みにじり、巨大化した悪は濁流のごとく非力な一般人を飲み込んでいきます。各国で貨幣偽造が重罪とされるのは、人ひとりの人生を破壊するだけに止まらず国家の転覆にすら発展するおそれがあるからなのです。もはや物々交換の時代には戻れない、お金に頼らずには生きていけない我々に警鐘を鳴らす衝撃作です。
いかがでしたでしょうか。イケメン作家島田雅彦の作品を、この機会にぜひ楽しんでみてくださいね。