若くして彗星の如く文壇デビューをした平野啓一郎。彼の提唱する「分人主義」は、生きづらさを抱える多くの人に、勇気と希望を与えてきたことでしょう。その「分人主義」とはいったい何か。そんな疑問に答えをくれる平野啓一郎のおすすめ作品をご紹介します。
平野啓一郎は、1975年、愛知県に生まれました。2歳から18歳までの子供時代を、福岡県北九州市で過ごし、高校時代には、すでに長編小説の執筆をおこなっていたのだそう。京都大学法学部入学後、在学中の1998年に、中編小説『日蝕』を文芸誌「新潮」に投稿します。平野啓一郎は「三島由紀夫の再来」と謳われ鮮烈なデビューを飾り、翌年、当時としては最年少となる23歳で、芥川賞を受賞しました。
その後、幅広いジャンルで次々と作品を発表すると、2004年には文化庁の「文化交流使」に任命され、1年間をフランスのパリで過ごします。2009年に発表された平野啓一郎の長編小説『ドーン』では、「分人主義」という言葉を登場させ、対人関係における新しい考え方を提唱しました。この作品は高い評価を受け、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。その後も平野は「分人主義」に関する作品を続々と発表し、多くの読者から賞賛されています。
平野啓一郎が一貫して主張する、「分人主義」という概念について説明されたエッセイ『私とは何か 「個人」から「分人」へ』。「分人」について深く理解することができ、平野がどのような経緯でこの考えにたどり着いたのかが、わかりやすく丁寧に綴られています。
友達、恋人、家族、仕事の上司・部下など、私たちは普段、様々な人間関係の中で生きていますが、誰に対しても同じ「自分」を見せているわけではありません。
多くの人がその場に応じて、違った一面を相手に見せているものですね。どの自分が本当の自分なのか、自分らしい自分とはいったいなんなのか……。平野啓一郎は本書で、そのどれをとっても「本当の自分」なのだと説いています。
確固とした、1つだけの「本当の自分」など最初から存在せず、私たちは誰もが、多様な人格を持って生きている。そんな複数存在する「自分」を、平野啓一郎は分けられないという意味の「Individual=個人」と対比させ、「分人」と呼んでいるのです。
「分人主義」の考え方で言えば、たとえ1つの「分人」を否定され傷ついたとしても、それは、その人すべてが否定されたわけではありません。他にも「分人」は複数存在し、その「分人」を大切にして生きていけば良いのです。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2012-09-14
この他にも、目からウロコの考え方をいろいろと提唱している平野啓一郎の本作。1つ1つに説得力があり、思わず頷きながら共感してしまいます。この「分人主義」という考えは、対人関係に悩みを抱えている人の心を、とても楽にしてくれるのではないでしょうか。大人だけでなく、学生の方にもぜひ読んでみていただきたい平野啓一郎の作品です。
私たちが普段、漠然と抱えているモヤモヤが、的確な言葉として表現されているため、とても興味深く読むことができるでしょう。具体例をあげて丁寧に説明されているので理解しやすく、難しい哲学書は苦手だという方でも、気軽に読める内容になっています。自身の小説に関しても、いろいろと解説されていますから、これを読めば平野啓一郎の小説を、より深く理解しながら楽しめることでしょう。
ある殺人事件を通して、現代社会の闇を抉り出す平野啓一郎の長編小説『決壊』。上・下2巻からなるこの大作は、平野が、「分人主義」という考えに至るきっかけとなった作品で、もがき苦しむ登場人物たちの絶望を通して、「自分とは何か」を考えさせられる、ミステリー色の強い作品です。2009年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞し話題になりました。
冒頭登場する沢野良介は、ごく平凡なサラリーマン。妻の佳苗とはあまりうまくいっておらず、日頃の不満をこっそりブログに綴る毎日です。一方、主人公となる良介の兄・崇は、博識で仕事もでき、女性を惹きつける魅力を持つエリート公務員。
そんな兄にコンプレックスを抱える良介は、なかなか崇と打ち解けることができません。そんなある日、良介は突然姿を消してしまい、バラバラの遺体となって発見されるのです。姿を消す直前まで一緒にいた崇は、警察に疑いの目を向けられ、容疑者として取り調べを受けることになり……。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2011-05-28
物語はミステリー調に描かれていますが、消して犯人を捜すことがメインになっているわけではありません。殺人事件を通して、それに巻き込まれた登場人物たちの心の傷が、圧倒的な文章力で痛々しく描かれ、インターネットが普及した現代の闇を剥き出しにし、濃密に描いています。
自身の中にある様々な顔を使い分け、客観的に自身を見つめ、感情を消すように生きてきた崇というキャラクターが、とても印象深く心に残ります。
崩壊していく家族、精神の破綻、目を背けたくなるような重苦しい数々の事態が起こりますが、それでも読むのをやめられない力のある平野啓一郎の作品です。どんどん物語に引き込まれていき、やがて訪れる衝撃的な結末に、言葉を失うことでしょう。多くのことを考えさせられる、心に刻まれる平野啓一郎の1冊です。
近未来を舞台に、日本人の宇宙飛行士が、大きな陰謀へと巻き込まれていく姿を描いた『ドーン』。SFであり純文学でもあるこの作品で、平野啓一郎は初めて「分人主義」という言葉を登場させ、重厚なストーリーの中に、「個人主義」な人々との対比を織り交ぜています。2009年にはこの作品で、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞しました。
主人公・佐野明日人は、2033年、人類初となる有人火星探査を成功させた、6人のクルーのうちの1人です。宇宙船の名前は「DAWN」。任務を無事成功させ、地球へと帰還した明日人ですが、2年半に及ぶ「DAWN」での宇宙の旅では、ある出来事が起こっており、それがアメリカでおこなわれる大統領選に大きな問題を起こすことになるのです。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2012-05-15
作品内では、対立する2人の候補者による、スリリングな大統領選が描かれ、同時に明日人が体験した、宇宙船での息の詰まるような生活が克明に綴られています。
顔認証システムの普及に伴い、複数の顔を使い分けることができる「可塑整形」の技術が進歩していたり、監視カメラの映像が誰でも閲覧できる「散影」というサービスが存在したりと、平野啓一郎が描く、2030年代というそう遠くない未来の姿は、リアリティがありとても読み応えがあります。
本作でキーワードとなる「dividualism=分人主義」の略語「ディヴ」は、あちこちに頻繁に登場し、複数の「分人」を器用に使い分ける登場人物たちが印象的です。物語では大震災や生物兵器なども扱われ、エンターテインメント要素が盛りだくさんの壮大な内容です。様々な問題を提示しつつも、希望を感じる物語になっていますから、読後はすっきりとした気分を味わえることでしょう。
交通事故により片足をなくした女性と、プロダクトデザイナーとの愛を描く『かたちだけの愛』。平野啓一郎初の恋愛小説となるこの作品では、「分人主義」の考えをベースに、「愛とは何か」というテーマが、美しく繊細な文章で綴られています。これまで、ハードな文体を多用する作品が多かった平野にとって、異色作と言える1冊でしょう。
主人公・相良郁哉は、家具や食器などのデザインをおこなうプロダクトデザイナー。美しくスキャンダラスな女優・叶世久美子の、自動車事故現場に偶然居合わせます。久美子は事故により片足を失うことになり、相良は依頼を受け、彼女の義足をデザインすることになりました。徐々に距離を縮めていく2人でしたが、相良には愛というものがよくわからないでいて……。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2013-09-21
作品内では、馴染みのないプロダクトデザイナーという職業について丁寧に説明され、事故後のリハビリについてなども細かく描かれているため、物語にとてもリアリティがあります。
「人を好きになるということは、その人のことを想う自分自身を好きだと感じられることだ」という、この物語の「愛」の形にはとても共感を覚え、平野啓一郎がこれまで主張してきた「分人主義」というものが、綺麗な結晶となって作品を彩っています。
自分に自身が持てず、恋愛に希望を見出せない多くの現代人に、優しいメッセージを送るこの作品。読みやすく暖かい物語ですから、平野啓一郎の作品に難解なイメージを持っている方でも、すんなりと読むことができるでしょう。読後、穏やかな気持ちにさせてくれる感動作です。
死んだ人間が生き返るという謎の現象を通して、生と死について圧倒的な文章力で綴った傑作長編小説『空白を満たしなさい』。「分人主義」についての集大成とも言える本作は、若年層の死因、断トツのトップとなる、「自殺」と真正面から向き合った、平野啓一郎渾身の1冊になっています。
主人公・土屋徹生は、勤め先の会議室で目覚めます。妻と子供の待つ家へ帰宅すると、自分は3年前に死んだのだと聞かされ、しかも死因は自殺だと言うのです。徹生にはそんな記憶はありません。自分は自殺などするはずがない、誰かに殺されたのではないかと、自らの死の真相を突き止めようとするのです。
この甦りの現象は、徹生だけに起きたものではなく、世界中で同時多発的に起きたものでした。いったいなぜこんなことが起こったのか。甦ったものたちは「復生者」と呼ばれ、奇異な存在として扱われることになります。
- 著者
- 平野 啓一郎
- 出版日
- 2015-11-13
夫が自殺をしたことによって、3年間苦しんできた妻。ようやく傷も癒えようかという頃、突然生き返った夫の姿に、混乱と葛藤を抱える姿が印象的です。家族の絆についても存分に描かれ、涙なしには読めないこの平野啓一郎の作品。読みやすい文章で描かれているため、情景が鮮明に浮かび、ダイレクトに心に響いてきます。ストーリー展開もテンポが良く、どんどん引き込まれていくことでしょう。
作品を通して、人はなぜ自殺をするのかという問題と真摯に向き合い、その答えを出そうという試みには、とても胸を打たれます。「分人」という言葉も登場させながら、生きるということについて熱く語られ、切なさとともに、生きる勇気を与えてくれる平野啓一郎の作品でしょう。死生観についての新たな考えが提唱された、多くの方に読んでいただきたい、おすすめの傑作です。
平野啓一郎の「分人主義」について綴った、おすすめ作品をご紹介しました。現代社会の問題について色濃く描き、それを乗り越える方法を提示した傑作ばかりです。興味のある方は、ぜひ1度読んでみてくださいね。