ツルゲーネフのおすすめ作品5選!ロシア文学の代表的文豪

更新:2021.12.15

19世紀のロシアは歴史に残る世界的な文豪を多く生み出しており、ツルゲーネフもその一人。ロシア社会の転換期ともいえる不安定な時代に生きたツルゲーネフは、社会的作品も多く残しています。そんなツルゲーネフの代表作を、彼の生涯とともにご紹介します。

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ツルゲーネフとは

ツルゲーネフは19世紀のロシアにおける文豪です。現在では同時代における作家というと、ドストエフスキーやチェーホフ、トルストイの方が有名かもしれませんが、明治・大正時代の日本の作家、特に武者小路実篤や志賀直哉などの白樺派は、ツルゲーネフに強く影響を受けたと言われています。

ツルゲーネフが生きた時代のロシアは、クリミア戦争での敗北を経験し、農奴解放令が出され、ナロードニキ運動が起こるなど、大きく揺れ動いていました。農奴制とは中世ロシアの時代から続くロシアの封建制度で、一部の貴族が農奴という領土耕作のための奴隷を雇い、年貢などを納めさせる制度です。

19世紀中期の帝国ロシアにおいては、人口6千万人中、2千万人以上の農奴が存在していました。貴族の総数が100万人ほどいるうち、農奴を所有していた貴族の数は10万人に満たなかったそうですから、農奴を持つ貴族は財産的にかなり余裕があったようです。

ツルゲーネフは、多くの農奴を抱える貴族の家庭に生まれました。母親は5000人もの農奴と広大な領地を持つ女地主であり、一方で父は由緒正しい貴族の家系の出身ながら自身の道楽で身を滅ぼし、財政的には苦しい生活を送っていました。ですから、ツルゲーネフの父は母の財産目当てで結婚したと推測されています。

父は大変な美男子だったらしく頻繁に浮気を繰り返しており、また母は農奴に対しかなり冷酷で横暴な仕打ちをしていたそうです。幼いころからツルゲーネフは家庭内があまり穏やかでない環境に育ち、家庭教師の元で勉強をしながら大学に進学、ベルリンの大学に留学するなどし、深い教養を身に着けると同時に西欧主義的な思想を抱くようになります。

ツルゲーネフはその生涯において、祖国ロシアの激動をパリから眺めている時間が多くありました。途中から女地主である母からの送金は途絶えていたのですが、パリ在住の音楽家ヴィアルドオ夫人の援助によって作家生活を続けていました。彼女に出会う前からツルゲーネフは恋多き男ではあったのですが、ヴィアルドオ夫人はツルゲーネフの半生になくてはならない女性であり、この微妙な関係は生涯続きました。

1・若き日の辛く苦しい恋心を詩的に表現『初恋』

ツルゲーネフが恋多き男だったことは先ほども述べましたが、彼が自身の小説の中で最も愛していたと言われている作品は『初恋』です。主人公は16歳の貴族階級の少年であり、隣に住む年上の公爵令嬢に恋をする、という青春恋愛小説で、文章表現は詩的ですが、内容は美しいだけの物語ではありません。

恋のお相手であるジナイーダは、幾人もの男性をひざまずかせる女王様のような存在です。その美しさに主人公も惹かれています。彼女を目当てに集まる男たちはみな個性的で、彼女を振り向かせようと必死です。あるとき、主人公はジナイーダが誰かに恋をしていることに気づき、苦悶します。

著者
トゥルゲーネフ
出版日
2006-09-07

この作品の主人公はツルゲーネフ自身とかなさる部分が多く、ツルゲーネフの自伝的小説とも言われています。美しいジナイーダに対する甘く切ない恋心はもちろん、主人公と両親との微妙な関係も、実体験に基づいているのでしょう。ツルゲーネフが自身の両親に対してどのような想いを抱いていたのかを、うかがい知ることができます。

ツルゲーネフの作品は社会的・政治的要素の強い作品が多いのですが、この作品では政治的な要素は薄く、純粋に恋愛小説としても読めますし、メロドラマ的要素もあります。ロシア文学は難しそうだと感じている方におすすめです。

2・急進的「ニヒリスト(虚無主義者)」の誕生『父と子』

ツルゲーネフの代表作とされている作品は『父と子』です。タイトルからすると、親子間の確執を描いたホームドラマ的なストーリーを連想しますが、ここでいう「父と子」は世代間における思想の違いを表現しています。

女地主である母親の農奴に対する悲惨な仕打ちを、幼年期から見てきたツルゲーネフは農奴制を嫌悪していました。そんな彼が心から願っていた農奴解放令が出されたのは1861年のことです。ツルゲーネフの『父と子』はその翌年、1862年に発表されています。

農奴解放令が出たからと言って、農奴たちがその後すぐさま自由を勝ち取れたわけではないのですが、ロシアの貴族階級は次第に表舞台から追いやられ、医者や牧師、教師など非貴族のインテリゲンツィアが目立つ存在となってくる時代です。
 

著者
И.С. ツルゲーネフ
出版日
1998-05-04

作中では、アルカージイとバザーロフという二人の若者が登場します。この2人が子供世代で、アルカージイの父親と伯父が親世代として存在し、親世代は旧ロシアの貴族的な生活をしています。バザーロフはかなり特徴的な性格の持ち主で、親世代の考え方を強く批判します。

このバザーロフの考え方はそれまでのロシア文学には見られない類のものであり、ツルゲーネフの本作の中で生まれた「ニヒリスト」はその後も文学の世界で多用されることとなりました。バザーロフは医学生であり、過去の権威や風習、感傷や芸術もすべて否定し、急進的な考え方を強く抱いています。

親子世代間の衝突の背景として、時代の転換期を描き出した社会的な作品ですが、一方でツルゲーネフらしい恋愛話も織り込まれています。ツルゲーネフにとって、人生の波瀾の中心は常に恋愛であったのかもしれません。

3・「ナロードニキ運動」を描いた渾身の一作『処女地』

『父と子』に続く社会的な作品として、『処女地』があります。時代背景は1970年代、ロシアでは「ナロードニキ」という、農民をはじめとする一般民衆を啓蒙し革命を起こそうという動きが広まっていました。農奴制による封建時代から資本主義をすっとばして社会主義にまで発展しそうな思想です。

農奴解放令によって表面的には自由になったとされる農奴たちですが、実際には地主が資産家に代わっただけで、旧農奴たちは相変わらず賃金奴隷として売り買いされていました。その状況を打開しようと、インテリゲンツィアたちが農村に行き反乱を起こすよう説得して回るといった運動が「ナロードニキ運動」です。

しかしながらこの運動は、そう上手くはいきませんでした。活動したインテリゲンツィアの多くは中流階級以上、農民とはそもそも身分が異なります。それまで奴隷としてひたすら日々生きるために働き続けてきた農民たちが、突然反乱だ革命だと説得されてもピンと来ないのも無理はないように思えます。もちろん農民の支持を得て反乱に至った事実もありますが、政府によって弾圧されています。
 

著者
ツルゲーネフ
出版日
1974-03-18

この作品はナロードニキ運動に情熱を燃やす若者が主人公となっています。ツルゲーネフの作家人生において晩成期の長編小説であり、かなり気合の入った作品であったと思われます。こう書くとツルゲーネフは過激で革命的な作家であるように思うかもしれませんが、ちょっと違うようです。

ツルゲーネフは最初の紹介でも述べたように、祖国ロシアにおける転換期をパリから眺めていました。自身は社会的活動の渦中にはおらずに、パリ在住の音楽家ヴィアルドオ夫人の元で純粋に文学に打ち込んでいたのです。そのためか、同時代の作家であるトルストイからは嫌われていたそうです。

しかしながらツルゲーネフのその客観的な視線が、当時のロシア作家とは違う文学性を生み出したのかもしれません。この作品は若者の革命の理想、挫折を通して、当時のロシアの社会的・政治的問題を表現しています。幼いころから農奴制度を嫌っていたツルゲーネフですが、農奴の実態もよく観察していたため、ナロードニキという思想が上手くいかない予感があったとも考えられます。そしてこの作品の中でも、恋愛を描くことは忘れないのがツルゲーネフの作品の特徴であるともいえます。

4・美しいロシアの自然を背景に、格差社会を描き出す『猟人日記』

25編の短編小説からなるツルゲーネフのデビュー作といえば、『猟人日記』です。このとき著者は29歳、当時ロシアでは進歩的な雑誌とされていた「現代人」に発表されました。大学時代、ツルゲーネフは熱心に農奴制廃止を主張する学生であったようです。

『猟人日記』は狩猟人を作者に見立てた日記形式の小説で、情景描写では美しいロシアの自然が鮮やかに表現され、それを背景に農奴制の中に生きる人々の姿を丁寧に描いています。貧しいながらも健気な生活を営む農奴たちと上流階級貴族との交流の中に、身分格差が如実に写し出されます。

ツルゲーネフはこの作品を発表した後、官憲に逮捕され監獄に入れられています。逮捕の理由はゴーゴリの死に対する追悼文を新聞に寄せそれが不穏な内容とされた、とも言われていますが、いずれにせよ目をつけられていたことは確かなようです。監獄生活は1カ月程度でしたが、その後何年か居住制限を受けたようです。

著者
ツルゲーネフ
出版日
1958-05-06

『猟人日記』のうちの1作品である「あいびき」は、二葉亭四迷によって翻訳され、日本の作家に知れ渡りました。冒頭は秋の雨上がりに見られる美しい風景描写から始まります。しかしここでも恋愛がらみの男女のやり取りがみられ、農夫の娘の健気な様子を猟人(おそらくモデルはツルゲーネフ自身)が気づかれぬよう眺めているという設定です。

ロシアの農奴制度を嫌悪し、人生の時間の多くをパリで過ごしたツルゲーネフでしたが、帝国ロシアの自然を心から愛していたんでしょうね。上流階級として搾取したもので生活する立場でありながら、その中で暮らす素朴な農民の姿に美しさを感じ、あこがれに似た感情を持っていたのかもしれません。
 

5・晩年におけるツルゲーネフの率直な想い『ツルゲーネフ散文詩』

晩年のツルゲーネフは体調を崩していたせいもあり、『処女地』以降は社会的な長編小説は書いていません。彼がその作家人生の終盤に残した有名な作品と言えば『ツルゲーネフ散文詩』です。散文詩なのでテーマはバラバラで、著者がつづった文章の断片をかき集めて出版したような形態になっていますが、そこにはツルゲーネフの思想が垣間見えます。

散文詩の中には若者も美しい女性も登場しますが、老人や乞食も登場します。死を扱った作品もあります。健康を害している中で、自身に死の影が近づいていることを感じていたのでしょうか。どことなく儚い印象の作品や、死への恐れ、後悔の念が感じられる作品もあります。

印象的なのは乞食が出てくる作品です。乞食に何かほどこしをあげたいのに、持ち合わせがないもどかしさが描かれている作品があります。ツルゲーネフは生涯を通して、農奴制によって悲惨な仕打ちを受ける農民たちに対して後ろめたい感情を持っていたのかもしれません。

著者
ツルゲーネフ
出版日

自身は上流階級の身分として、幼いころは迫害によって搾取したものによって生活し、学び、進学し、その後はロシアを出て音楽家の女性の支援を得てのうのうと小説を書いている。農夫たちの素朴さに魅力を感じながらも、自分とは違う世界に住む人間のように見てしまっている。自分の中の葛藤を、吐き出すように綴っていたのかもしれません。

表現のむずかしい感情、小説のなかに埋め込みきれなかった思想のエッセンスが込められた作品ともいえます。文章一行一行の間に何か深い物が秘められているように感じられます。ふとした時に何度も読み返してみたくなる作品です。

ツルゲーネフの作品は、社会的問題を取り扱いながらも、恋愛小説的な要素も強く感じられるものが多いです。ツルゲーネフにとっては、財産を持ち女地主として農奴を虐げる母親よりも、浮気ばかり繰り返す父親の方が人間的で美しく見えたのでしょうか。ツルゲーネフの人生を小説の背後に感じながら読むと、また違った印象を受けるかもしれません。19世紀ロシア社会に興味がある方にも、恋愛にのめりこんだ小説を求めている方にもおすすめできる作家です。

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