村山早紀は「シェーラひめのぼうけん」シリーズや「アカネヒメ物語」シリーズなどの作品で知られる児童文学作家です。長編小説も発表しており、優しく胸が温かくなるようなストーリーが持ち味です。
村山早紀は1963年、長崎県に生まれました。1993年、『ちいさいえりちゃん』で第四回椋鳩十児童文学賞、および毎日童話新人賞最優秀賞を受賞。その後、風早の町を舞台にした『コンビニたそがれ堂』シリーズなど、村山早紀はたくさんの作品を発表しています。
『桜風堂ものがたり』は書店員の青年、月原一整が主人公です。すぐれた作品を見つけるのがうまく、「宝探しの月島」と呼ばれている彼ですが、万引き事件をきっかけに勤めていた書店を辞めることになってしまい……。
- 著者
- 村山 早紀
- 出版日
- 2016-09-21
過去の出来事がきっかけで人と積極的に関わることが出来ないでいた一整は、失って初めて店での日々が幸せだったことに気がつきます。一時は失意のそこにいた彼が立ち直り、旅先での出会いによって、新たな一歩を踏み出すさまを描いた物語です。
そして同時に、村山早紀の本作は書店員たちの戦いの物語でもあります。日頃、書店を利用していても彼らがどんな仕事をしているのか、知っている人は少ないと思います。本を入荷・返品し、毎日本を並べ替え、POPを作り……、そういった仕事は表からは分かりにくいものです。
この本は、見えない場所で日々奮闘している彼らへの、応援歌でもあるのです。読後、本屋にいけば、以前とは違った気持ちになれるのではないでしょうか。
一整の元同僚達は、彼が見出だした本を売るためにあらゆる手を尽くします。一冊の本を売ろうとする熱意は読んでいるこちらが圧倒されるほどです。その熱意が周囲の人を巻き込み、やがて大団円のラストへとつながります。
溢れんばかりの本への愛が伝わってくる村山早紀の作品、本が好きな人ならきっと好きになれる本です。
『コンビニたそがれ堂』は駅前商店街のはずれに夕暮れ時になると現れる、不思議なコンビニです。そこでは、この世で売っている全てのもの、この世では売っていないはずのもの、何でも売っています。本当に大事な探しものがある人だけが行く事ができるという、そのコンビニに訪れるさまざまな人たちを描いた村山早紀の短編集です。
- 著者
- 村山 早紀
- 出版日
- 2010-01-18
友達と気まずいままお別れになってしまった男の子のお話「コンビニたそがれ堂」、仕事に疲れてしまった女性アナウンサーの不思議な体験を描く「桜の声」、人間になりたいと願う子猫を描いた「あんず」など、5編が収録されています。
優しい筆致で描かれている村山早紀の短編たちは、ものを大切にする心や生き物を愛おしく思う心、子供の頃の気持ちを思い出させてくれます。
本作で特におすすめなのが、捨てられたリカちゃん人形を探しまわる女の子、えりかが主人公の「手をつないで」という短編です。不器用な母親が子育てに奮闘する様子が子供の視点から語られています。他の短編と比べると短いお話ですが、暗い過去を乗り越えて、必死に子供を愛そうとする母親と、そんな母親を大好きというえりかの姿が、切なくも、印象に残る短編です。
村山早紀が描く他の短編も胸が温かくなるような話ばかりです。もとが子供向けの本なので物足りなく感じる人もいるかもしれませんが、心が疲れている時、ほっと一息つきたい時に読んでみてはいかがでしょうか。
『その本の物語』は著者の代表作のひとつである『風の丘のルルー』シリーズを再構成した、総集編とも言える作品です。大学生の美波が病院で眠り続ける親友、沙綾のために『風の丘のルルー』のお話を読み聞かせる、というかたちで話は進んでいきます。
- 著者
- 村山 早紀
- 出版日
- 2014-07-04
この本の大部分を占める『風の丘のルルー』の物語は、魔女の子ルルーが主人公の冒険ファンタジーです。2017年1月時点で七巻まで発売されており、村山早紀の本書ではそのうちの四作が収録されています。
かつて迫害によって大勢の魔女が殺され、その存在がおとぎ話として語られるようになった時代。ルルーは正体を隠すために旅から旅への生活をおくっていました。
はじめは人に嫌われることを恐れ、居場所を求めさまよっていたルルーですが、ある出会いを経て、居場所は自分で作るものだと悟ります。その後も幾多の出会いを経験し、何度も悩み傷つきながら成長していきます。人と人が分かり合うことの難しさ、違いを認め合うことの大切さ、たくさんの大切なことを教えてくれる物語です。
一方、美波と沙綾はそんなルルーのお話を読んで育った少女達です。彼女達の物語は添え物のように思えるかもしれませんが、話が進むにつれて、本書で重要な意味を持っていることが分かります。
「……わたし、もし自分がルルーのお話の中にいたら、あの子の友達になれると思ってました。わたしならそんな勇気があるのに、って」 (『その本の物語 下』より引用)
美波は朗読を続けることによって少しずつ、自分と向き合うことが出来るようになっていきます。
『風の丘のルルー』シリーズを読んでいないと話が分からないのではないかと思う方もいると思いますが、その心配はありません。子供向けの本ですが、大人にも読んでほしい村山早紀の作品です。
お盆のため、祖母の住む風早の町にきた瑠璃は、不思議なルリユール工房を見つけます。そこでは魔法のような技術を持った年齢不詳の職人、クラウディアがどんな状態の本でも直してくれるというのです。瑠璃は彼女に弟子入りしますが……。
- 著者
- 村山 早紀
- 出版日
- 2016-03-04
タイトルにもなっている「ルリユール」とは、「元は本というものがまだ貴重品だった頃のヨーロッパで、糸で仮綴じされただけの本や折りたたまれただけの未綴じ本(その頃ヨーロッパでは本はそんな形で売られてもいた)を購入したひとの依頼を受け、オーダーメイドで表紙をつけたり、古くなった本をまた新しく装丁し直したりする仕事のこと」(『ルリユール』より引用)です。
じつは、本書ではルリユールそのものは、あまり重要ではありません。本はあくまで媒介やきっかけであり、それを通じて登場人物たちの後悔や思い出が描かれていきます。
瑠璃もまた、死んだ母親にかつて放ったひとことが彼女を傷付けていたのではないかと後悔しています。クラウディアの工房を手伝う中で、彼女が救いを得る過程が静かに描かれています。
とはいえ、本書の登場人物たちが、本への深い愛情を持っていることも確かです。買えば同じ本は他にいくらでもあるのでしょうけれど、ボロボロになっても思い出の詰まった一冊の本を大事にしようとする想いに、心が温かくなります。
読みながら、自分にとっての大事な一冊を思いかえしてみるのもいいかもしれませんね。
「草太郎さんは思います。生きているということは傷が増えていくということなのかもしれないな、と。決して治らない傷をいくつも抱えたままゴールまで走る、それが人生というものなのかもしれないな、と。」 (『花咲家の人々』より引用)
- 著者
- 村山早紀
- 出版日
- 2012-12-07
『花咲家の人々』は代々、植物と会話ができる能力を持った家族と、一家を取りまく人々を描いた作品です。長姉・茉莉亜、次姉・りら子、末弟・桂を中心として話は進んでいきます。
穏やかな筆致で、明るくにぎやかな日常が描かれる中、生きることの意味が繰り返し問われています。一家は母親を亡くしており、登場人物もまた、大切な誰かを亡くしていたり、生きることに疲れを感じているような人たちです。
物語の中で彼らはそれぞれに答えを見つけていきますが、生きる意味を語る、その言葉は希望に満ちています。なかでも、桂が出会った中学生の男の子の言葉には深い味わいがあります。
「あの火事で絵はみんな焼けちまった。スケッチブックも壁やふすまに描いた絵も。でもな、俺が生きてさえいれば、いくらでもまた新しい絵が描けるんだ。燃えちまった絵は二度ととり戻せないけれど、代わりにきっともっとすごい絵が描ける。
それがたぶん……生きてるってことなんじゃないかなって、俺は思ったんだ。だから、だからね。助けてくれて、ありがとう」 (『花咲家の人々』より引用)
重いテーマですが、決して暗くなることはなく、むしろほのぼのとした明るい雰囲気のお話です。 ぜひ読んでその世界観を味わってみてください。
街の人々に愛されているが時代の波に抗えず閉店が噂される星野百貨店で、願いことを叶えると噂の白い猫と百貨店を愛する従業員たちが織り成す魔法のような短編集です。特に印象に残った2編を紹介します。
「夏の木馬」では星野百貨店6階の時計と装飾品、高級な贈答品を扱うフロアのフロアマネージャー兼百貨店の役員、佐藤健吾が主人公です。
佐藤は知識が豊富で接客も完璧、社内外での信頼も厚く、理想のデパートマンとして雑誌でも紹介される存在。星野百貨店に温かい愛着を持っているのと同時に行く末を案じていました。
彼は星野百貨店のある風早の街で生まれ、母と2人で小学2年生まで過ごします。裕福ではありませんでしたが、彼の母は星野百貨店が大好きでよく2人で訪れ、佐藤はいつも屋上の遊園地で母に見守られながら回転木馬に乗ったのでした。しかしある冬の日曜日、母は彼を回転木馬に乗せたまま姿を消します。
その後、佐藤は東北の祖父母に引き取られ、就職を機に星野百貨店に戻ってきたのです。そんな佐藤に屋上で魔法の白い猫が現れて、ある奇跡が起こります。
奇跡のあとに佐藤がある決意をするのですが、その決意がとてもかっこいいです。思い出の尊さと大切さを感じる作品です。
- 著者
- 村山 早紀
- 出版日
- 2017-10-05
「精霊の鏡」の早乙女一花は別館2階の「風早郷土資料館」に勤めています。美しいものが好きなのですが、自分の容姿には自信を持てず、星野百貨店1階の華やかなコスメとファッション・雑貨のフロアに憧れつついつも遠くから眺めているだけでした。
ある日、無造作に置かれたタウン誌の「魔法の子猫に会えたとしたら、あなたは何を願いますか?」という記事が目にとまり、願いのなかった一花は「心からの願いがある人の願いが叶いますように」と思います。
それから数日後、ある青年が資料館を訪れてきます。一花は初対面のはずなのにその青年を知っているような気がするのです。
この話の中で一花が憧れのコスメフロアのカウンターでメイクをしてもらい、見違えるほど美しくなるシーンがあります。そこでフロアマネージャーの豊見城が一花にかけた言葉が素敵なのです。
「ひとは誰だって、鏡の中に、綺麗な自分を見つけられる」「お化粧って隠れている美しさを見つけて磨いてあげる、それだけのことなんです」
容姿に限らず、自分の良さというのはなかなか自分で認めることができないものですが、しっかり自分を見つめて美しさや価値を見出し、自ら磨いていくことの大切さを気付かせてくれる話です。
星野百貨店の創業者、星野誠一と役員たちは百貨店の顧客だけでなく従業員のことも大切にしているので、各短編の主人公である従業員たちも星野百貨店への愛着や愛おしい思い出を持っています。そのため星野百貨店で働く人々のお客さまへの姿勢がそれぞれとても温かく、信念があって素敵です。
ただ商品を販売する接客ではなく、彼らが携わる品物やサービスがその人の大切な記憶になり、そしてやがて次の世代に受け継がれていくような、そんな優しさや思いやりに溢れた接し方なのです。
物語の中では魔法の白い猫が現れて、ちょっとしたファンタジー要素を感じる様々な奇跡が起こります。しかし面白いことに、物語の中で起こるような不思議な奇跡は、もしかしたら私たちの身の回りでも起こっているかもしれないと思えるのです。
また、全編を通して星野百貨店の危機的な状況と経営に関して謎が散りばめられているのですが、最後は伏線が見事に回収されて爽やかな気持ちになります。少し不思議でそれぞれの話が宝石のようにきらきらと輝く心温まる短編集です。
どれもサクッと気軽に読める作品ですので、あまり気負わず、軽い気持ちで読んでみてください。村山早紀はこの他にもたくさんの作品を発表していますので、ぜひ、そちらも読んでみてくださいね。