文芸

高橋源一郎のおすすめ著書5選!

更新:2020.11.30 作成:2017.2.6

小説家や批評家として活躍する高橋源一郎。その独特な雰囲気に魅せられる人も多いでしょう。三島由紀夫賞や谷崎潤一郎賞なども受賞した高橋源一郎のオススメ作品を5冊、ご紹介します。

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高橋源一郎のおすすめ著書5選!ドラマチックな経歴をたどる人気作家!

高橋源一郎は『さようなら、ギャングたち』で、第4回群像新人長編小説賞の優秀作に選出されデビューしました。小説家を始め評論家としても活躍しており、ポストモダン文学を代表する1人と言われています。ハイカルチャーからサブカルチャーまで幅広い知識をもとに書かれた文体は自由で、かなり尖ってもいますが、パロディを多用した作品や笑える作品も多く執筆している人気作家です。

ちなみに高橋は、恋多き人としても有名。同じく作家の室井佑月とかつて結婚していたのですが、それまでにすでに3人の女性を妻として迎え入れ、離婚してきました。

室井とは不倫関係からスタートし、その後彼女とも高橋の不倫が原因で別れてしまいます。しかしそのあとから2018年1月現在までは、5人目の妻となった相手と続いているそうです。そんな彼の経歴を知ると、また作品に違った読み方ができそうです。

名前が名前を殺していく『さようなら、ギャングたち』

人が親からもらった名前を捨て、代わりに自分で名前を付けられる世界。自分で名前をつけ、恋人同士で名前をつけあう。そんな世界に生きる「わたし」もまた、自分に「中島みゆきソング・ブック」(S・B)と名付けました。

「わたし」は、以前一緒に住んでいた女性の子供を「キャラウェイ」と呼び、数学や早口言葉などを教えますが、キャラウェイは4才の時に死んでしまいます。「わたし」はキャラウェイを幼児墓地に連れていきますが、そこは図書館のような場所でした。

物語は、古典文学や現代文学を用いながら、語り手が詩を読むように進んで行きます。
著者
高橋 源一郎
出版日
1997-04-10
自由詩のような言葉が連ねられた小説なので、慣れてない人には少しわかりにくい文章かもしれません。しかしそこに描かれているのは、言葉というよりも感情であり、その受け取り方は読み手によって変わってきます。例えば、古い名前は役人が川へ捨てるのですが、そこに悪戯な悪ガキ達が集まってくる場面。

「わたしたちいたずら悪童達は、毎日、川のほとりに集まっては流れゆく古い名前たちに石をぶつけたり、罵ったり、おしっこをひっかけたりして遊んだものだった」(『さようなら、ギャングたち』より引用)

その後、「わたし」が小学校3年生の時の友達の、親に内緒で自分に名前をつけたというエピソードが入ります。そして、その最後の一文では驚きの結末が語られるのです。

「『ぼくの名前はすごくいいやつだよ』とそいつは言っていた。そいつはそいつの『すごくいいやつ』に殺されてしまった。それはもう滅茶苦茶に残酷な殺され方だった。その死体がかつて人間だったとは誰にも信じられないぐらいだった」(『さようなら、ギャングたち』より引用)

人が名前を殺す、そして名前が人を殺すとはどういうことなのか、考えてみたくなるポップ文学です。

意味に捉われてはいけない『優雅で感傷的な日本野球』

「わたし」の仕事は、読んだ本の中から野球に関する文章をノートに書き写すこと。しかしその仕事をしても「わたし」に収入が入るわけではありません。「わたし」はこの仕事を終えると、「リッチーの店」へ行き、熱いカフェ・オーレを飲むのが習慣です。

ある日、「リッチーの店」に1人の少年がやってきます。「わたし」はその少年に、自分が書き写した野球の文章のうち、「テキサス・ガンバンズ対アングリー・ハングリー・インディアンズ」の試合記録を読ませてあげることにしたのですが……。

7つの章からなる長編小説で、全ての章を読み終わった時、何かが繋がって見えてくるような気分になる物語です。
著者
高橋 源一郎
出版日
2006-06-03
一見すると7つの章はそれぞれが独立した短編小説のようにも読めるのですが、これは長編小説であり、文章によってストーリーが表現されているわけではなく、それらが根本で繋がっているような感覚に捉われます。つまり、この物語は目で意味を追うのではなく、頭を空っぽにして読み進める物語なのかもしれないのです。それは、作品中の文章からも感じることができます。

「わたしの仕事というのは、本棚から何冊か本を抜き出し、ていねいに読み、そこに野球に関する重要な記述があれば、それを大学ノートに万年筆で書き写していくことだ。私はわたしの仕事をしても、少しも収入にならない。だから、わたしがしていることは仕事ではないと考える人も世の中にはいる」(『優雅で感傷的な日本野球』より引用)

「仕事」という言葉の意味に捉われれば、わたしのしていることは仕事ではないかもしれませんが、それは世の中の見方であり「わたし」の見方ではないのです。一度、自分にまとわりついている全ての価値観や先入観を忘れて読んでみたくなる作品です。

はまれば中毒になるかも『君が代は千代に八千代に』

幼稚園児のケンジの母はAV女優です。しかも、AVの中でも企画ものの、かなりエグイ系のAVに出ていて、ケンジはそれを友達のダイチと、その妹のキロロと一緒に見てしまいます。ケンジの母はAVの中で、太った男優と唾液を交換したり吐しゃ物をかけあったりするプレイを繰り広げます。その様子を見ていたケンジ達は……。

上記の「Mama told me」の他に、幼い少女に性的欲求を覚え、幼児体型のダッチワイフで自分を慰める小学校教師の話や、性欲のために人体を切り刻む話など、13編の話からなる短編集です。
著者
高橋 源一郎
出版日
2005-09-02
まず、読むにはある程度の覚悟が必要な小説です。ケンジのママがAVの中で行っている描写の中に下記のような一部分があります。

「デブは大きく口を開けた。ケンジのママは指を口に突っこんだ。うめき声があがった。オゲェー。こんな感じの音だ。あるいは、ウォブワーとか。多量の水分を含んだ、さまざま食物と胃の分泌物の混合体が勢いよくママの口から飛び出し、デブの顔めがけて落下した。それはデブの顔を直撃した。デブは口をぱくぱく開け閉めしながら、できるだけ多くをその中にとりいれようとした」(『君が代は千代に八千代に』より引用)

鮮烈なイメージが伝わってくるので、苦手な人はそれなりに気分を害してしまうかもしれません。しかし、これをただのグロやエロで片付けてしまうのは少し乱暴で、鮮烈なイメージは言い変えるとそれだけリアリティがあるということでもあります。

これは妄想なのか現実なのか、読み進めていくうちにだんだんとわからなくなってくるような感覚が、この物語の奥深さを物語っているのでしょう。また、高橋源一郎の作品に馴染みのない人でも、今作は他の作品よりも言葉の使い方がわかりやすく、読みやすい側面もあります。読む前に覚悟は必要ですが、読んでみたら中毒になってしまうかもしれない1冊です。

ミヤザワ小説の傑作集『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』

「グレーテストヒッツ」……それは音楽業界で使われる用語で、「傑作選」という意味です。すなわちこの本は、「ミヤザワケンジ」の傑作選ということになります。この本は24編の短編で構成されており、どれも「銀河鉄道の夜」などで知られる宮澤賢治の作品のタイトルを使っています。とはいえ、作品の中身は全く異なったふうに作り変えられており、いわゆるポストモダン文学の小説です。
著者
高橋 源一郎
出版日
2010-10-20
例えば、本の冒頭に登場する「オッペルと象」。宮澤賢治の同タイトルの作品は、オッペルに騙された白い象が過酷な労働をさせられるという話ですが、今作に出てくるオッペルは、何度も女に捨てられた挙句、象をペットとして飼おうと思い付きます。

「出ていく時、女はオッペルにこういった。『あんた、あたしを飼ってるつもりだったんでしょ。お生憎さま』バタン! 大きな音がしてドアが閉まった。(中略)その時だ。閃いたのだ。飼うなら象だ、と」(『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』より引用)

このように、宮澤賢治の名前を使っていてもまったく違う作品なので、もし「宮澤賢治だから」と言う理由で読むと、少し肩すかしをくらった気分になるかもしれません。しかし、様々な作品や時事ネタを元に多数の作品を生み出している高橋源一郎らしい作品でもあり、そこからまた新しい価値を見出す楽しみのある作品です。

虚無と向き合う物語のキャラクター達『さよならクリストファー・ロビン』

タイトルの「クリストファー・ロビン」は、誰もが知っている「くまのプーさん」に登場する男の子です。そもそも「くまのプーさん」は、作者が息子の持っているぬいぐるみを主人公にした物語を作り、それを語っている、という前提があります。『さよならクリストファー・ロビン』は、この息子が大きくなり、物語が語られなくなった後の、プーさんとその仲間達の物語です。
著者
高橋 源一郎
出版日
「ずっとむかし、ぼくたちはみんな、誰かが書いたお話の中に住んでいて、ほんとうは存在しないのだ、といううわさが流れた。でも、そんなうわさは、しょっちゅう流れるのだ」(『さよならクリストファー・ロビン』より)

このように始まる物語は、本の帯などの紹介には「最後に残ったのは、きみとぼくだけだった―お話の主人公たちとともに「虚無」と戦う物語」と書いてあります。そんなキャッチコピーの通り、登場人物達は、何かを失うこと、消えていくことと向き合っていきます。しかし、そうして「虚無」と向き合うことは、プーさんとクリストファー・ロビンの別れが近付いていくことでもありました。

何かを失うことや、それに対するどうしようもない虚無感は、現代を生きる私達にも通じるものがあります。子供から大人になること。その過程で何を失い、何を得るのか。そういったことを考えたくなる物語です。

いかがでしたか? わかりやすいストーリーの文学は読みやすく楽しいものですが、少しクセのある、読めば読むほど考えが深くなっていく作品もまた楽しいものです。これまで高橋源一郎の作品を読んだことのない人も、ぜひ手に取ってみてください。