岸本佐知子が翻訳するおすすめの作品5選!リズム感の良い現代小説

更新:2021.12.16

翻訳で大切なのは読みやすいことだけでなく、作者の意図や世界観を忠実に表現することにあります。岸本佐知子はその両方の面で読者を満たしてくれ、原書に対する愛の深い翻訳家です。

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難解な文章もわかりやすく訳してくれる翻訳家の岸本佐知子

岸本佐知子は愛情を注いで原文の雰囲気を崩さずに海外文学を提供してくれる売れっ子翻訳家です。情緒的で不思議な世界観を鋭い切り口で翻訳してくれることで有名な彼女は、エッセイストとしても活躍しており、その文章力にも定評があります。

上智大学を卒業後はサントリーに就職していましたが、OLの仕事は向いていなかったようで、与えられる仕事がどんどんと減っていたようです。そこで彼女は空いた時間を利用して翻訳学校で英語文学の翻訳を学び始めました。その後は6年間勤めていた会社を退社し、翻訳家として独立します。

翻訳家となった岸本佐知子はスティーヴン・ミルハウザーなど先鋭的な作家を原文の味を損なうことなく翻訳し、一躍有名になりました。

子供の頃の消え入りそうな美しい世界

『エドウィン・マルハウス』はスティーヴン・ミルハウザーの長編処女作であり、岸本佐知子によって翻訳されました。11歳という若さで死んだ天才作家の人生が友人の目線で書かれています。

アメリカ史上に残る名作と言われた小説『まんが』を執筆したのは弱冠10歳のエドウィン・マルハウスでした。彼は11歳という若さで命を落としてしまいます。エドウィンの親友であるジェフリーは彼の伝記を書きはじめるのでした。

著者
スティーヴン・ミルハウザー
出版日
2016-06-04

岸本佐知子が翻訳する本作は、子供の目線でみた世界が暗くも切なく表現されています。打ち捨てられた遊園地で遊ぶシーンでは、夢のように見える世界がいつか消えてしまうのではないかという不安が美しい文章によって書かれています。岸本佐知子の翻訳はわかりやすく、小説に書かれている情緒が自分の中にすっと入ってくる感覚はとても心地よいです。

子供の頃にみた空想の世界

岸本佐知子は子供に関する短編小説を選別して翻訳し、『コドモノセカイ』という短編集にまとめました。どの小説に登場する子供も愛くるしさとは程遠く、ひねくれていたり、闇を抱えたりしています。物語に成長や救いがあるわけではないですが、岸本佐知子自身もあの頃のリアルを感じることができると言っている通り、子供時代を思い出して読むことができます。

巻頭の「まじない」は宇宙人の存在に気づき、孤独な戦いに挑む様子が書かれています。少年が観察した宇宙人の習性や身を護るためのルールなどの描写が面白いです。少年の精神面での戦いも岸本佐知子の翻訳でわかりやすくまとまっています。
 

著者
出版日
2015-10-24

「ブタを割る」で少年はブタの貯金箱を与えられ、コツコツと貯金をします。やがて目標金額に達成した少年にブタの貯金箱を割らなければならない時がくるのでした。物に対する愛着がどこか物悲しく書かれた作品です。

「薬の用法」は最も残酷な話です。夫の自殺を目撃してショック状態になってしまった母親を助けるために、姉と弟は同等のショックを与える計画を立てました。その計画を成功させるために動物実験を繰り返す子供の残酷さが描かれています。

むき出しの子供のエネルギーには、少しひやりとさせられながらも懐かしい心象があります。

売り物を通してみる持ち主の人生

監督を務めた映画『ザ・フューチャー』の脚本執筆に行き詰ったミランダ・ジュライが、物を通して出会った人々のインタビューを『あなたを選んでくれるもの』にまとめています。こちらも岸本佐知子が翻訳。

スランプ時期にミランダが発見したのが「ペニーセイバー」というフリーペーパーでした。いまやインターネットで個人同士が売買できる時代にあって、紙媒体というアナクロな方法で私物を売ろうとしているのはどんな人なのか?ミランダの興味は膨らんでいきます。

著者
ミランダ ジュライ
出版日
2015-08-27

岸本佐知子が翻訳する本書はカラー写真などの素材が豊富なので、情報が入ってきやすく、また対話形式になっているので、ミランダと出会う人々のやりとりが鮮明にイメージできます。その中でフリーペーパーに売りに出されている革ジャンやドライヤーなどから繋がった人物たちは全員が個性的です。そんな人たちとの交流と物に対する愛着が面白く描かれています。

私物を通して人生を読み取るっていくのが面白い写真集のような作品になっています。岸本佐知子の翻訳がリズム感よく、人生に行き詰まった時に、何かきっかけが掴めるような、そんな一冊です。

奇妙なのにリアルが伝わってくる短編たち

『楽しい夜』は岸本佐知子が「面白い」をテーマに選んで編集した短編集です。奇妙な設定の話が多く、暗くて幻想的な表現も多いですが、岸本佐知子による翻訳で非常に読みやすくなっています。

巻頭の「ノース・オブ」はサンクスギビングの日に実家にボブ・ディランを連れて帰る女性の話です。本物のボブ・ディランのようですが、そこには知らない人を家に連れてこられた家族の気まずさがあります。そして開かれたサンクスギビングの晩餐が奇妙な空気感で繰り広げられる不思議なお話です。

表題作の「楽しい夜」では30代女性による女子会の様子が描かれています。まさに「楽しい夜」になるはずでした。しかし次第に様子が変わり、意表を突くようなラストが待ち構えていて面白いです。

すべての市民が体内になんらかの生物を寄生させないといけない。そんなゾッとするような世界の話が「アリの巣」です。設定だけでも身の毛もよだつホラー要素の強い作品になっています。
 

著者
出版日
2016-02-25

他にもラブストーリーがあったり、時間軸の技巧がテーマになっている作品が載っているなど、違った方向で「面白い」と感じる作品が盛りだくさんです。豊富な種類を選別した岸本佐知子の編集者としての腕も知ることのできる作品になっています。

奇妙で奇天烈な「変愛」の物語

『変愛小説集』では「恋愛」をテーマに選ばれた短編が集められ、翻訳されています。そして「変」の字が表している通り、変で奇妙な設定が多いです。彼女が他に編訳している短編集にもいえることですが、こういった奇妙で不思議な話が好みのようです。破綻して分かりづらい文章でも、原文の雰囲気を損なわず分かりやすく伝える岸本佐知子の翻訳技術はさすがといったところです。

木に心を奪われてしまった人間を描いた「五月」や妹のバービー人形に恋をしてしまう「リアル・ドールズ」など物に関わる偏愛を描いた話があります。「五月」では特定の相手がいながら木に心奪われている様や行動が面白いです。「リアル・ドールズ」ではあの手この手で人形と肉体的接触を図ろうとしている姿がコミカルに描かれています。

著者
出版日
2014-10-15

他にも若い男をまる呑みにしてしまった女性の体内にその男が住み着いてしまう「まる呑み」や、皮膚が宇宙服に変化し最後は宇宙へと飛んでしまう奇病を患った妻を看病する男を描いた「僕らが天王星に着くころ」など、SFのようなトンデモ設定も多数掲載されていて面白いです。

まさに「変愛」と呼べる愛にまつわる奇妙奇天烈な話満載で楽しませてくれる岸本佐知子翻訳の短編集です。

岸本佐知子は海外文学の中でも特に不思議で奇妙な物語を日本語で紹介してくれます。そこにある難解で複雑な文章もわかりやすい日本語で伝えてくれるので、海外文学への入り口として彼女が訳した作品を選ぶのも良いスタートです。

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