石牟礼道子おすすめ作品5選!水俣病を扱った『苦海浄土』など魂に響く5冊

更新:2021.12.16

水俣の豊かな自然の中で育った作家、石牟礼道子。彼女が水俣病を取り上げた『苦海浄土』は、もはや世界的にも有名な文学作品となりました。静かに、だけど確実に心に響く文章は、今もあらゆる場所で共感を呼び、衝撃を与え続けています。

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石牟礼道子おすすめ作品5選!声なき声を拾う作家

石牟礼道子は、水俣病の存在を世に知らしめた、『苦海浄土』の作者です。1927年、熊本県の天草に生まれ、生後まもなくして水俣市に移住。戦時中は代用教員として小学校に勤めていました。戦後は退職して主婦となり、本格的な文学活動を始めています。

水俣病の発生から10年以上にわたって取材と執筆を続け、1969年『苦海浄土』を発表。その後も執筆活動をとおして、水俣病問題の摘発と、患者への支援をつづけていました。

しかし2018年2月10日にパーキンソン病から、その生涯を終えます。病気を患ってからは表舞台に立つことはなかったものの、口述筆記などで作品を書き続けていました。

やさしく穏やかな語りであるにもかかわらず、胸に突き刺さるような重みをもった石牟礼道子の言葉たち。人の悲しみに無関心ではいられない強い感受性は、多くの人たちの心を動かしてきました。

そして、どの作品も熊本の人々の心情や自然の美しさを鮮明に書き表しており、文学作品としても高く評価されています。エッセイ、小説、詩とさまざまな観点から綴られた悲しみの声。代表作『苦海浄土』を含めた、心に響く5作品を紹介します。

戦いつづける石牟礼道子と免疫学者、ふたりの原動力とは?『言魂』

作家の石牟礼道子と免疫学者の多田富雄の間で交わされた手紙を収めた、往復書簡『言魂』。手紙という形だからこそ、二人のありのままの言葉が記されています。多田は免疫学の分野で賞を多数受賞するなどの功績を残した人物。また、石牟礼と多田はお互い能を創作するという共通点があり、本書は出版後、『言魂 詩・歌・舞』という舞台になっています。

著者
["石牟礼 道子", "多田 富雄"]
出版日
2008-06-18


手紙は、多田の深刻な病状から始まります。片麻痺、嚥下障害、前立腺癌など、食事や移動すら困難な状況の中、『苦海浄土』の意味や、原爆被害者たちへの気持ち、自然に対する畏敬など、さまざまな話題が交わされていくのです。

また、石牟礼は水俣病や不知火海への産業廃棄物の投入で苦しむ熊本の人びとのため、多田はリハビリを打ち切られてしまう患者たちのため、書籍や講演会、創作能を通して戦っていることが記されています。

どんな問題も、自分には関係がないと切り捨ててしまえば簡単です。自身が病気で辛い思いをしているときなどは、尚更他人に気を配ることは困難でしょう。しかし石牟礼たちは、強い使命感のもと決して戦いを止めません。言葉の力を信じ、挑戦をつづける二人の声は読者の心を奮い立たせてくれるはず。大きな力を前にくじけそうになったとき、何度も読み返したくなる心強い作品です。

水俣に向けられた、石牟礼 道子の優しくも鋭いまなざし『苦海浄土』

人間と自然が平和に共存する水俣市。そこに突如として襲いかかる奇病は、人びとの生活を一変させました。最初の異変は、猫たちがくるくると踊り狂い死んでしまうことであったと言われています。そして、その徴候は徐々に人々にも現れました。手足のしびれ、目や耳の異変にはじまり、歩くとすぐつまずいてしまう。麻痺や痙攣など次第に症状は悪化し、死に至る人も少なくない。そして生まれてくる胎児性水俣病の子供たち……。

著者
石牟礼 道子
出版日
2004-07-15


著者の石牟礼道子は、当時原因不明の病であった水俣病の患者たちを取材し、本書『苦海浄土』を完成させました。原因が判明するまでの得体の知れない恐怖や、無責任な人々の対応、何もかもを奪われた被害者たちの苦悩が克明に記されています。

決して取り戻すことができない、失われた健康と命。そして、人々の生活の基盤であった豊かな海。病気が発生する前までは、平穏な暮らしが確かに存在していました。そんな当たり前であるはずのことを、本書を読んで初めて気づかされます。

さらに石牟礼は、『苦海浄土』完成後も水俣病の取材をつづけ、後に第二部『神々の村』、第三部『天の魚』を発表しています。残酷すぎる事実を静かに語る本書は、読者の心に忘れることのできない衝撃を残すことでしょう。多くの方に読んでいただきたい名作です。

石牟礼 道子が心に届ける、簡潔でやさしい言葉たち『はにかみの国』

石牟礼道子の詩を集めた『はにかみの国』。自然界と人間の営みに対する愛情にあふれています。優しく美しい言葉で、読者の心に直接語りかけられているような本作品。しかし、その言葉たちはときに残酷な一面を見せ、深く心をえぐり取られるような気持ちになることも。

著者
石牟礼 道子
出版日


「こなれない胃液は天明の飢饉ゆづりだから ざくろよりかなしい息子をたべられない わかれのときにみえる 故郷の老婆たちの髪の色 くわえてここまでひきずってきた それが命の綱だった頭陀袋」(『はにかみの国』より引用)

また、水俣で育った石牟礼の心には、海の存在がはっきりと根付いているのでしょう。さまざまな詩に海や海の生き物が登場します。最後に収められている童話のような短編集も、海の魚であるベラが物語の中心です。ベラに対する表現方法は印象的。

「ベラの魚というのは、天の虹からしたたり落ちて来たような虹色の小魚です。」(『はにかみの国』より引用)

石牟礼のもつ感受性と優しさを、本書を読むことで感じることができます。喧騒に疲れ、自然の美しさや、思いやりの心を忘れてしまったとき、開いて読みたい作品です。

繰り返されてた悲劇。石牟礼 道子と藤原 新也からのメッセージ『なみだふるはな』

2011年6月13日から15日までの三日間、石牟礼道子と写真家の藤原新也による対談が行われました。水俣病を取材しつづけた石牟礼と、福島の原発被害を写真に撮る藤原。この『なみだふるはな』には、東西二つの土地で起きた、それぞれの悲劇を目撃した二人の会話が記録されています。

著者
["石牟礼 道子", "藤原 新也"]
出版日
2012-03-08


1950年代に水俣病が公式に発覚、そしてそれから時は経ち、2011年の福島原発事故。水銀と放射能という味も匂いもない凶器、追い打ちをかけるような政府と企業の対応により傷つけられた人々。石牟礼たちは多くの共通点を持つ出来事だとし、悲劇が繰り返されてしまったことを嘆きます。また、報道のあり方や、被災地での植物たちの異変、水俣病患者の現状についても苦言を呈すのです。

年齢も肩書きも違うふたりは、もちろん考え方も様々です。逆境から希望を生み出す人々の逞しさに、小さな光を見つける藤原。人々の悲しみに寄り添いながらも、作家としての虚しさを感じる石牟礼。数十年にわたり水俣を見てきた石牟礼の言葉を、藤原はしっかりと受け止めます。震災から三か月後という深刻な状況の中で交わされた会話たち。残酷な出来事に怒りを覚えながらも、冷静な意見を述べる彼らの精神の強さに驚かされます。

最初の30ページの間に収められているのは、藤原が撮影した2011年の水俣と福島の美しくのどかな風景写真です。なぜ汚染された海や、崩壊した建物の写真は一枚も載せていないのか。そこには、ふたりからの無言のメッセージが込められているような気がします。

石牟礼道子が描く思いやりの心に胸を打たれる『あやとりの記』

この『あやとりの記』は石牟礼道子による児童文学です。著者自身が幼いころに体験した出来事がもとになっており、彼女の口からたびたび述べられる「狂女」であった祖母も登場します。物語の主人公はみっちんという恥ずかしがり屋の女の子。木や石や電信柱の気配さえも、全身で感じ取るような強い感受性を持っています。

著者
石牟礼 道子
出版日
2009-03-20


少女の周りには、不器用で片目のヒロム兄やんや、いつも犬を抱えている犬の仔せっちゃんなど、少し普通とは違った大人たちがいます。少し変わっているからこそ、彼らは良い魂をもっていて「少し神さまになりかけているような人」だとみっちんは考えています。本書には、そんな主人公の目から見たきらきらとした自然の風景や、大人たちへの好奇心が鮮やかに描かれているのです。

物語の中で、せっちゃんが町からやってきた小学生に暴力をふるわれるシーンがあります。物乞いであるせっちゃんは、自分の食料も犬に分け与えるような優しい女性。そのような人が虐げられていることが許せない主人公は、自分より大きい男の子たちに立ち向かいます。神さまの罰があたるぞと、必死で言う少女の姿が何とも健気で、なぜか泣きたくなるほど切ないです。

どうしてこれだけ深く他人を思いやることができるのでしょうか。自然の声を聞き、傷つく人たちのために涙を流すみっちんの姿に、心が洗われるような気持ちです。物語を読み終わったあとも、しばらく余韻が消えません。児童文学とされていますが、大人の方にも読んでいただきたい作品です。

以上、石牟礼道子の5作品でした。彼女の作品を読んではじめて、優しい文章とはこんなにも重く心に響くのだということを教えられた気がします。何よりも利便性が追求される近代化社会で、罪のない人たちが苦しんでいることを知ったとき、私たちには何ができるでしょうか。忘れてはならない過去の出来事を心に刻み付けるためにも、確かな強さをもった彼女の言葉たちが、これからも伝わりつづけることを願います。

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