日々思うことをやわらかく、時に鋭い筆致でしたためた、吉本ばななによるエッセイの数々。どれも読みやすく、ふと思い悩んだときに手に取りたいものばかりです。読んだ後は新たなモノの見方を発見できるかもしれません。特におすすめの5冊を紹介します。
吉本ばななは、1964年7月24日生まれの小説家です。思想家の吉本隆明を父、漫画家のハルノ宵子を姉にもち、幼い頃から文章を書くことに親しんできました。特に父のことは数々のエッセイで語られ、大きな影響を受けたことが推測されます。
日本大学芸術学部を卒業した直後、小説『キッチン』が海燕新人文学賞を受賞。新進気鋭の作家として、華々しくデビューを飾りました。以降、山本周五郎賞を受賞した『TSUGUMI』を含め、多数の小説やエッセイを執筆。海外でも多くの注目を集め、数ヶ国語に翻訳されたり、映画化されたりと活躍の幅を広げています。
雑誌や書籍に掲載されたものをまとめ発行された、エッセイの処女作『パイナツプリン』。小説家デビューを果たす前にアルバイトをしていた浅草のこと、自身の家族のこと、はたまた大好きな人や映画のこと……。著者を取り巻く日々のあれこれを軽妙なタッチで綴ります。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
「幸福の瞬間」では、幸福とは何かについて深い考察を展開しています。幸福とは卵に似たようなもので、力の加減次第でダメになる。それゆえに、たとえ買ったばかりのパック入り卵が少しくらい割れていたとしても気にしないほうがいい。残りを使えば問題ないじゃんと気楽に構える姿勢が、幸福に包まれる秘訣なのだといいます。
「いちばんよいのは、(中略)幸福と接することに決まっている」という一文は、まさにそのことを示唆していて、印象的です。幸せになりたい、ならねばならないと思いがちな方には特に目を通していただきたいと思います。
1991年に発行されたエッセイ『日々のこと』。1988年の冬から1991年の春にかけて、季節ごとに日々のエピソードを綴ります。他の作品のなかでも、とりわけユーモラスな要素が強く、サクサク読み進められますよ。
今日はついてないなあという日にこそ、手に取っていただきたい一冊です。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
著者を取り巻く人々とのエピソードが中心です。特に友人Hについては、静かな感動が湧き起こります。
大学時代に仲良しだった友人H。Hがニューヨークに渡って以来、消息がつかめず、音信不通状態になっていました。会いたい気持ちが募るだけのある日、顔見知りの電気屋からHが結婚したことを知らされます。というのも実は、Hの実家は電気屋の顧客だったのです。これをきっかけにHとの友情が見事復活!
「気にかけていたら何かのきっかけでつながるものなんですね」の一文は、人間関係で悩んだときに染み入ることでしょう。
他にも、たとえ遠くにいようと甘い声音で人をするする引き寄せてしまう友人Sについてなど、パンチの効いた話も盛りだくさんですよ。
タイトルの通り、夢をテーマとしたエピソードが集約されているエッセイ『夢について』。
「リアル」は、著者が同棲中の彼氏に浮気される夢を見た話です。仕事仲間の男性イラストレーター宅を訪れたとき、肉感的な魅力に満ちた女性と居合わせます。出版社でアルバイトをしているという彼女、実は男性とあれば猛アタックをかけることで有名な、魔性の女だったのです。ふと嫌な予感に苛まれた著者が帰宅後、彼氏を問い詰めると……?
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
話の冒頭で、リアルな夢を見ることが得意と宣言するだけあって、この夢は相当ショックだったそうです。現実は耐え難いこともいっぱい起こるけれど、「知恵をしぼり、気をまぎらわせ、生きているうちにただ生を生き抜くしかない」という一文には、考えさせられるところがあります。夢を通して気づきを得ていく過程の描写が見事です。
雑誌のコラムをまとめあげ、2000年に発行された『ばななブレイク』。著者が気になる著名人などを取り上げ、魅力に迫ります。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
「追悼カート・コバーン」では、今は亡きニルヴァーナのカート・コバーンについて熱く語っています。著者はニルヴァーナの熱狂的ファンで、彼の音楽に対するストイックな姿勢に惚れ込んでいました。デビュー当初は売れていく喜びを噛み締め、幸福感に満ちていたカート。有名になるにつれ、彼は聴衆のための人間として生きるようになり、疲れと虚無感を覚えていきます。事態はどんどん悪化し、自らを喪失したあげく、最後は自殺を選んでしまうのです。
「何かを創る人間にとって最も大切なことは(中略)自分が時代の空気を自由に呼吸」すること。著者はこのトピックの中で、価値観の多様化によって生きづらくなろうと、自分らしく生きる大切さを強調しています。自分を見失いがちなときに、そっと励ましてくれるような言葉ですよね。
コラムとして書いたため、文体はやや硬めですが、味わい深い文章がお好みの方には特におすすめです。
2002年に発行されたエッセイ『バナタイム』。自身の出来事を絡めつつ、複数のテーマに沿って書き上げられたものです。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
「遺伝かも」は、原稿執筆に行き詰ったときのリフレッシュ法についての話です。まずは書店で本を買い、喫茶店でお茶を飲みながら、買ったばかりの本を読む。その後は生鮮食品を買いに出かける。この流れは物書きだった父親と同じだというところから、かつて健全だった頃の父に思いを馳せていきます。
海で溺れたことで身体の自由を奪われ、物書きの看板を下ろした父。時に悲しみが襲う日があっても、常に前向きな父の姿勢に励まされ——「くよくよしてもろくなことはないのだ。そして思い出は永遠に消えないのだから」と思うのです。誰しも過去は引きずってしまうものですが、思い出は大切にしておこうということかもしれませんね。
吉本ばななのエッセイは、ユーモラスな雰囲気の中にメッセージ性が含まれている点が特徴です。気楽に読むこともできるし、思い悩んだときにはハッとする言葉に出会えるかもしれません。彼女の魅力は、そんな応援メッセージをあくまでも文章にさりげなく織り込むところではないでしょうか。この機会にぜひ読んでみてください。