青山七恵は埼玉県出身の小説家です。どこにでもありそうな日常とそこに潜む悪意、更にそれを通じて大人になっていく人物を細やかな描写で綴っていく作品が多く、作中で描かれる現代の生々しい青春は、一度はまると抜け出せなくなってしまうでしょう。
青山七恵は、1980年埼玉県生まれの小説家です。22歳にして『窓の灯』で文藝賞を受賞し小説家デビュー。2007年の芥川賞を弱冠23歳で受賞、更に2009年には川端康成文学賞を史上最年少(当時26歳)で受賞するなど、若くして頭角を現した作家でもあります。
幼い頃から読書が好きだった青山七恵は、元々図書館司書を目指していました。小説を書き始めたのは高校生になってから。その後、図書館情報大学(現筑波大学)に入学するものの卒業後は当初の夢であった図書館司書ではなく、都内の一般企業に就職します。
就職後、大学生の頃に書いた『窓の灯』で小説家としてデビュー。その直後に日本で一番知名度がある文学賞と言っても過言ではない芥川賞を受賞してしまうという鮮烈なデビューを果たした作家・青山七恵。その魅力は、なんといっても作品中に仕込まれた苦々しい毒です。
とても丁寧で優しく読みやすい文体で書かれた作品ばかりなのですが、主人公の日々の暮らしでの悩みや違和感をテーマとして描いたそれらは、これといった救いがない場合も多々あるために、読むのに非常に気力がいることも。
ここでは、そんな現代の若者が心のどこかに抱えている毒を優しく炙り出す青山七恵のおすすめ作品をご紹介したいと思います。
魔法使いになりたい小学生の結仁は、七夕の短冊に「魔法使いになりたい」と書いたことでクラスメイトから避けられ孤立していき……。
- 著者
- 青山 七恵
- 出版日
- 2012-04-12
可愛らしいタイトルに惹かれたまま内容を読むと驚きます。初っ端から除け者にされるし、その後も家庭でもつれ、恋愛でもつれ……。現代の若者の苦悩を全部注がれたような主人公の姿があるのです。
些細なことで除け者にされてしまう学校という狭い社会。また除け者にされてしまったことで、更に心を閉ざし一人になっていく結仁。またそれにより変化していく周りとの関係性。スクールカーストに敏感になりがちの若者たちには共感できる部分が多いのではないでしょうか。
小学生、中学生、高校生の3章構成。歳をとるにつれて、いろいろなものを無くしていく主人公の姿は、読んでいてとても心苦しくなっていきます。しかしそれでも現実は私たちを無情にも「大人」にしていってしまうんだと、改めて思い知らされる青山七恵の一作です。
絵に描いたような幸せ一家だった若松家に、長男の結婚によって花嫁が来ることになります。それを機に、幸せだった家族の間には不穏な空気が流れ始め……。
- 著者
- 青山 七恵
- 出版日
- 2015-04-10
妹、兄、父親、母親、と章ごとに語り手が変わり、その度に家族の衝撃的な事実が明かされていきます。とんでもないことを告白してしまう母親の章は印象的です。家族とは何なのか、家族愛などという言葉はまやかしに過ぎないのか、と考えさせられるものとなっています。
「それなのに、今のたった数十秒の無言のやりとりが、どうしてその何千という夜の層をいとも容易く破って、私の人生のすべてになってしまうのだろう。」(『花嫁』より引用)
といったような本当に美しい文体で、家庭という日常に潜む毒を描写するので、読み手はその毒をきれいに飲み込んでしまう羽目になります。そうして、毒が回った時には自分自身の家庭を顧みたくてたまらなくなるのが本作の魅力です。
この短編集で、青山七恵は川端康成文学賞を史上最年少受賞(受賞当時26歳)しています。表題作「かけら」と「欅の部屋」、「山猫」の3作を収録。
表題作「かけら」は、さくらんぼ狩りに2人で行くことになった父娘の話。今までは「ただの父親」として父親を見ていた主人公の娘は、2人きりの旅行を通じて父親に対する考え方、見方を改めていくお話です。「欅の部屋」は元カノのことを思い出すことで結婚への気持ちを整理する男の話。「山猫」は新婚夫婦の家に従姉の高校生が泊りに来てしまうお話。
- 著者
- 青山 七恵
- 出版日
- 2012-06-27
3作とも、登場人物たちは居心地の悪さ、些細な不安を抱えて作中に登場します。しかしそんな状態でも、日常は無常に過ぎ去っていってしまうよね、というのが青山七恵の各作品から伝わってきます。
そしてこの短編集の登場人物たちは、当たり前ですが相手のことを完璧に理解できてはいません。しかしその自分が理解しているひとかけらの情報で、相手のことを理解した気になっています。それが、あるターニングポイントで見方が変わっていく。そんな青山七恵の作品です。
現実でも、他人の100パーセントを理解出来ることなんて有り得ないと思うのですが、だからこそ人間関係は複雑怪奇で面白いのだと思い返させてくれます。
小説家を夢見ている15歳の主人公、藍子の家に、昔作家を目指していた37歳のレミちゃんが居候した1年を描いた青山七恵の作品。居候をするレミちゃんは藍子が自分の両親をパパママと呼ぶのは変だから止めてと頼んだ時に
「わたしをぎゅっと抱きしめて、ちょっと泣いて、だったらなんて呼んだらいいの、あんたのパパとママを、あたしが呼べるような名前を、あの人たちはもうくれないんだもん」(『すみれ』より引用)
と言ってしまう様な「ちょっと変な人」。
レミちゃんは、主人公である藍子の家に転がり込んできてしまうくらいですから、非常に悲しい人なのですが、藍子の視点で物語が進むことによって、非常にフラットに読み進めることが出来ます。
- 著者
- 青山 七恵
- 出版日
- 2015-03-10
終盤、大人になった藍子は
「わたしね、いちばん大事な言葉に何枚もいらない飾りの言葉をかぶせて、包んで、本にして、知らないだれかに投げつけてるの。そのうちたった一人でもいい、だれか一人が最後の大事なひと言にたどりついて、それを何かの助けにしてくれたなら、今まで自分が手を放してしまっただれかが、別のだれかにきっと救われるんだって、ほとんど祈るみたいに、無理やり信じて、書いてるの。」(『すみれ』より引用)
と語ります。
恐らくこれは青山七恵本人の祈りなのでしょう。だからこそ彼女は、人と人との関係を無常な日常の中に描き、またその関係で日常に好転をもたらすようなことはしないのでしょう。絵空事ではなくリアルを描く青山七恵の「いちばん大事な言葉」はきっと、沢山の人々にたどり着くことのできるけれど、ただ見過ごされやすいものだと思います。
2007年に芥川賞を受賞した、青山七恵の出世作であり代表作と言えるでしょう。母親の出張を機に、東京で親戚のおばあさんと2人暮らしをすることになった20歳のフリーター、知寿の1年間を描いた作品です。
主人公である知寿は特にやりたいこともなく、でも勉強はしたくないから、とフリーターをしている女の子です。そんな知寿が、ただおばあさんと同じ家で暮らし、その間に恋をしてバイトをして、最後はその家を去っていく。1人の若者が、少しだけ大人になっていく。
- 著者
- 青山 七恵
- 出版日
- 2010-03-05
はじめは何もうまくいかず、虚無感に苛まれていた知寿が、おばあさんと暮らしていくなかで、少しずつですが大人になっていく青山七恵の作品です。ただ、勘違いしてはいけないのが、おばあさんはあくまでも同居人でしかなく、知寿を導くようなことはしないのです。
ただ、就職が決まり、世の中に出てやっていけるか不安がっている知寿に対しておばあさんが言った
「世界に外も中もないのよ。この世はひとつしかないでしょ」(『ひとり日和』より引用)
という言葉は、ごちゃごちゃした悩みや不安をいとも簡単に吹き飛ばしてくれる一言で、是非いろいろと悩んでいる若い人たちに知ってもらいたい名シーンです。
青山七恵の作品はしっかりとしながらも非常に読みやすく、例えば「電車の中から見えるその景色は、書割りの写真のようにぴたりと静止していた」(『ひとり日和』より引用)といった簡潔に表現しながらも美しい文章に目が行きがちですが、そこに描かれる日常は残酷なまでに現実的です。しかし、そういった人間の残酷であいまいな部分もしっかりと描ききることで、青山作品の魅力である人間関係の現実感や若い人たちのもやもやとした葛藤が更に映えているのでしょう。
是非これを機に、青山七恵の作品を読んで、「悩みがあっても現実なんて進んでいってしまうものだから」と感じて、更に彼女の放つ「最後の大事なひと言」にたどり着いてほしいです。