あの頃は良かった、なんて歳をとってから思う時代の一つに、高校時代があります。将来の夢も不安もいっぱいあって、だけど若さの勢いで、色んなことが許される。そんな高校生の読者に、手に取ってほしい青春小説を紹介します 。
とある地方にある高校の演劇部。演劇自体に惹かれるものはあるのだが、イマイチくすぶっていた弱小演劇部の女の子たちが主人公です。そんな彼女たちの高校に「学生演劇の女王」と呼ばれていた美人教師が赴任してきます。
この美人教師が顧問になったことをきっかけに、弱小だったこの演劇部がメキメキと力を見せ始めます。強豪校の演劇部からの転校生もその理由のひとつ。様々な紆余曲折がありながらも、地区大会、県大会を突破し、念願だった全国大会へと進んでいくのです。
やりたいことがあるのに、周りの環境に流れされて、それがなせないまま過ごしてしまう。これも、高校生時代に特有の誰もが経験することだと思うのですが、今作では、顧問になる美人教師にひと言で、それが打破されます。
「小ちゃいな、目標。行こうよ、全国」
(『幕が上がる』より引用)
演劇部の目標が、地方大会突破だと聞いて発した、美人教師の一言。自分なんてそんな大した存在じゃない、と思っていた彼女たちが、この一言で変わっていくのです。一度は演劇界で名を馳せた人に言われるのですから、自信も付いてきますよね。
- 著者
- 平田 オリザ
- 出版日
- 2014-12-12
誰かに言われた一言が人生を変える、なんて小説だけの出来事のようですが、長い人生を過ごしてくると、そういえば、あのときに聞いたあの一言が印象に残ってるな、と思われる瞬間が、実は現実社会にもあったりするのです。言われたそのときは、そんな風に思わなくても。
女子高生の演劇部が舞台なので、スポ根運動部のような汗臭い話ではありませんが、そこが逆に、リアルな演劇部の女の子たちのお話になっています。女の子特有の心の葛藤や、気持ちの変化がリアルに描かれています。
そんな女の子たちが演劇を通して成長していく姿は、高校生の皆さんにも勇気と希望をもたらしてくれるはずです。おすすめの青春小説ですよ。
とある県立高校の弱小軽音楽部。軽音楽部とは名ばかりで、まったく活動をしていなかったこの部が、廃部の危機に晒されます。この軽音楽部のOBである兄が出演した学祭ライブにあこがれて入部した主人公は、廃部を回避すべく校長先生と直談判。条件付きで部の存続を許してもらうのですが、肝心の部員が足りない。果たして、学祭ライブに出演することはできるのか?
ロックが好きな読者にはたまらないこの青春小説は、この軽音楽部に入部してくる人物それぞれに好きな楽曲があり、また使っている楽器名もしっかり明記されています。それが各キャラクターのイメージを膨らませる要因にもなっていて、演奏している姿が実に想像しやすいのが面白さのひとつです。
楽器に興味のない方も、一度検索して、その姿を確かめてもらうと、読み進める楽しさが、また変わっていくかもしれませんよ。
- 著者
- 越谷 オサム
- 出版日
もちろん、男女間の色恋沙汰の話も織り交ぜられていて、好きになった誰かが、また違う誰かを好きになって……という高校生ならではの恋愛話も楽しめます。
でも、一番の醍醐味は、この弱小軽音楽部が高校中を巻き込んで、大きくなっていく様子です。
真夏の暑い中、階段のドアを開け放って練習する彼らの音楽は、学校中に響き渡ります。その曲を口ずさむ者が出てきたり、放送部が練習曲を掛けてくれたり、彼らの曲を聞きに階段の下に集まってくる者が出てきたり。
まるで自分のことのように嬉しくなります。学祭ライブが楽しみになります。誰かの努力が、周囲を巻き込んでいく様子は、読んでいて実に気持ちがいい。恋愛も良いですが、努力が報われていく話に、心を躍らせてほしいです。
人生にもこんなことはあります。もちろん、あなたにも。
幼なじみだったハルタとチカが、高校入学で再会し、弱小吹奏楽部に入部します。ホルン奏者となったハルタと、フルート奏者となったチカが、顧問の草壁先生の指導を受け、廃部の危機を脱すべく練習に励みます。そんなハルタとチカが、学校内で巻き起こる色々な事件を解決していく青春ミステリーです。
後に続く「ハルチカ」シリーズの第1作目。吹奏楽部に所属する2人が主人公ですが、部活動の話ではなく、たまたま吹奏楽に所属している2人が、科学部や吹奏楽部、演劇部、発明部が巻き込まれる事件を解決していく謎解きものです。前述した2作とは趣が異なります。
- 著者
- 初野 晴
- 出版日
- 2010-07-24
事件のきっかけが吹奏楽部に勧誘するために起こるものが多く、その辺りがこの物語の特徴と言えるかもしれません。見た目も頭も良いハルタが事件を解決していく様子は、少し強引な部分もありますが、高校生が主人公という見方をすれば楽しめると思います。
一話のラストが、実に現代らしいオチになっていて驚きです。気になる方は、ぜひご一読を。
主人公のアザミは、赤く染めた髪に、テンプルの太い眼鏡、歯にはカラフルなゴムがはまった矯正器、しかも長身、とインパクトの強い見た目をもつ高校3年生の女の子。四六時中耳を塞いでいるヘッドホンから流れるアメリカンパンクに浸り切っています。見た目が良いわけではなく、頭が良いわけでもない、おしゃれでもなければ、将来の夢もないアザミにあるのは、まさに音楽だけ。そんなアザミが、人生の転機となる高校生活最後の年を、不器用ながらにも生きていくお話です。
今回紹介する青春小説の中で、唯一、部活動中心ではない本作。部活ばかりが高校生活ではないですよね。自分が本当に好きな物が分かってきて、でも、それに対して何をどうすれば良いのかがよく分からず、行き場の無い焦燥感ばかりが募るアザミも、そんな高校生のひとりです。
- 著者
- 津村 記久子
- 出版日
- 2011-06-23
せっかくのバンド活動も音楽を聴くことにストイックで、辞めてしまうアザミは、この年代ならではの潔さを持っている女の子です。とはいえ、辞めて他にやりたいことが見つかるわけでもなく、卒業後の進路に必死になるわけでもない様子が、実にリアルな高校生に見えます。
彼女たちの話す関西弁が、そのリアルな空気を色濃いものにしてくれています。卒業後に、離れ離れになる親友チユキを見送るアザミ。
「どうしよ、あたしもそれ運ぶの手伝って金沢まで行こうかなあ」「いいよ来ても、たぶん」(『ミュージック・ブレス・ユー!!』より引用)
この本気半分、冗談半分の抜け具合と、別れの哀しさを誤魔化しているような切ない気分が、現代の女子高生たちの様子をうまく描いているような気がします。
俳句好きの女子高生・茜は、俳句に対して否定的な国語教師と対立。このことをきっかけに、俳句の趣味に理解を示したトーコと共に俳句同好会を立ち上げることとなります。俳句甲子園を目指して、仲間を集める茜とトーコ。
書道の有段者や音感に優れた子など、校内を駆けずりまわって集めたメンバーが、徐々にひとつになっていくのです。
まず、俳句という、高校生には指示されにくいネタを扱った話であることに興味をそそられます。多くの人が国語の授業でしか、目にしない耳にしない俳句を、ここまでうまく取り入れて、女子高生たちが必死で頑張る姿に重ねあわせることができたのは、意外にも感じれます。
- 著者
- 森谷 明子
- 出版日
- 2015-05-20
各章、主人公が変わって、それぞれの視点で語られていくのも、今作の面白いところ。まるで、その人に乗り移ったような気持ちで読み進めていくことができるのは、ちょっと他人の心を覗き見できたような感覚です。
また、今作を読むことにより、日本語の素晴らしさ、奥ゆかしさも改めて認識することができます。もし自分が、この作品を読んだ後に俳句の授業を受けていたら、また違った気持ちで授業を受けられたんだろうなぁ、と、今さらながら国語の授業を思い出すことのできる青春小説です。
主人公の神谷新二は、高校のスポーツテストで友人の一ノ瀬連の走りに感銘を受け、陸上部に入部します。陸上初心者の新二にとって、毎日の練習やレースなど全てが刺激的。立ちはだかる強敵や頼れるたくさんの仲間たちと出会いながら成長していきます。
本屋大賞、吉川英治文学新人賞を受賞、ドラマ化もされるなど非常に評価の高い作品です。
- 著者
- 佐藤 多佳子
- 出版日
- 2009-07-15
陸上部へ入部した新二ですが、彼の周りには能力の高い選手ばかり登場します。不器用な新二は、自分の力のなさに失望しながらも、前を向いて努力を続け成長を遂げていきます。
そんな彼の原動力となっているのが、走ることの楽しさ。トラックを走れる喜びや感動が、リアルな感情で表現されており、グラウンドの熱気が読んでいるこちらにまで伝わってきます。
自分と他人を比較して打ちひしがれるのは誰しも経験すること。そんな時に大切なのは、決してあきらめることなく、逃げずに正面から向き合うことではないでしょうか。若さに任せた溢れんばかりのエネルギーを、新二の姿から感じることができます。ときに挫折しそうになりながらも、陸上と向き合い走り続ける新二の姿にパワーをもらいましょう!
大代台高校野球部のエース、「レブン」の持ち味はとびきり速いストレート。しかし、アレルギー体質で乾燥肌という弱点を持っています。そんなレブンを中心に、超理論派監督「ゴキゲン」、ムードメーカーの頼れる主砲「ミスター」など個性豊かなメンバーがそろい、万年1回戦負けのチームに希望の光が見え始めます。
送りバント禁止、猛練習より猛ミーティングなど、ユニークな強化プロセスも目白押しです。そして、突然思いがけない別れもあり……。セオリー破りの練習、戦術と全員野球で、悲願の甲子園初出場を目指します。
- 著者
- 須藤 靖貴
- 出版日
- 2014-03-14
仲間と共に甲子園を目指すという、王道の高校野球物語だと思ったら大間違い。監督の「ゴキゲン」は一風変わった視点から野球について考えており、監督らしからぬ独特な雰囲気を醸し出しています。そして、エースのレブンは剛速球を投げるピッチャーなのに、乾燥肌という弱点持ち。どこか憎めないウィークポイントやこだわりの数々に、読んでいる私たちも思わず突っ込みたくなるでしょう。
しかし、彼らの成長していく姿は確かなものです。数多く訪れるピンチも、仲間とともに話し合い、自分たちの答えを見つけ出していきます。自分の思いや仲間の思い、すべてを共有できれば一枚岩の強いチームワークが生まれますよね。読み進めるにつれ、レブンたちの仲間になったような感覚が生まれてくるでしょう。
当たり前を疑い、物事の本質を掴むことの大切さ、そして全力で立ち向かっていくことの素晴らしさを教えてくれるこの作品。最高に熱い夏を、レブンたちと一緒に過ごしてみませんか?
高校ではサッカー部に入部することに決めていた春彦。しかし、入学先の高校にはサッカー部自体が存在していませんでした。部の創設を目指し、仲間と共に同好会を作ります。
そこに現れたのは、足の不自由な生徒、八千草。抜群のコーチ力を持つ彼を中心に、春彦たちは練習に取り組んでいきます。果たして春彦たちは、サッカー部として認められるのか?サッカーを愛する高校生の姿が鮮やかに描かれています。
- 著者
- はらだ みずき
- 出版日
- 2015-08-25
語り手は、大人になりサッカーライターとなった春彦です。仕事はほとんどなく、家族にも半ば諦められ、人生に疲れていて何ともえない哀愁が漂っています。
鮮やかな青春とは真逆の春彦の現実が、まざまざと描かれており、そのギャップが青春時代の輝きを引き立たせているとも言えるでしょう。
懐かしい時代は過去のものとなっていきますが、当時の熱い気持ちは決して色あせるものではありません。そして時に、その輝かしい想い出が、止まってしまった時間を動かしてくれる原動力ともなりうるのです。
すがるような想いで「サッカーの神様」を探し始めた春彦。その行動は、一見不可解で哀れに見えるかもしれません。しかし、どんなにかっこわるくても、懸命な想いは裏切らないことを私たちに伝えてくれます。
勝敗にこだわる剣道エリート磯山香織と、日本舞踊から転身した異色の経歴を持つ西荻早苗。中学生最後の試合で対決し、早苗が偶然にも香織に勝利してしまうところから物語は始まります。
同じ高校に進学することになった2人ですが、剣道に対する考え方は真逆です。勝利至上主義の香織に対して、楽しむことを大切にする早苗。お互いの価値観がぶつかり合い、最初は衝突を繰り返します。
- 著者
- 誉田 哲也
- 出版日
- 2010-02-10
2人の性格は真逆です。香織は、愛読書が宮本武蔵の「五輪書」というほどの剣道オタクで強気。一方の早苗は、少しおとなしめの普通の女子高生です。
衝突を繰り返していた2人の関係も、月日を重ねるごとに変化していきます。剣道とは何なのか迷いはじめる香織と、そんな彼女とは対照的に成長を続ける早苗。それぞれの形で剣道を愛する2人が、徐々に最高の仲間へと変わっていきます。
香織と早苗は、お互いがお互いの力となって背中を押しあっているような関係性です。迷いながらも、まっすぐにそれぞれの「剣の道」を進む姿が、読者に勇気を与えてくれますよ。
高校からテニスを始めた活字中毒の侃(カン)。すぐにテニスに夢中になった侃は、友人の貴之たちと共に練習に打ち込む日々を送ります。
そんな楽しくも平凡な毎日を送る侃でしたが、ある出来事がきっかけで、人生が大きく動き始めます。テニスから離れていく侃。果たして再びコートに戻ることができるのでしょうか?
- 著者
- 朽木 祥
- 出版日
- 2015-07-07
本作品の魅力は、なんといっても美しい文章表現です。侃の繊細な心の動きが、丁寧に描写されています。
そして、章の合間に登場する葉書の絵にもご注目。一見、何を表しているのか分からないのですが、物語に登場する人物の心情を暗示している重要なカギとなっています。
平凡な日々を過ごしていたのに、突如大きな分岐点に立たされる高校生の姿は、ときには過酷に映るかもしれません。ここには甘酸っぱい爽やかな青春とはひと味違う物語が描かれています。
ところどころに美しい若者たちの感情が散りばめられていて、思わず涙を誘われる、はかない青春小説です。
大人になったからこそ、あの時の色々なことが人生の糧になっているのが分かります。青春時代に通ってきた道は、苦しいことも楽しいこともすべて役に立っているのです。小説を読んで疑似体験できることも、同じ。高校生の皆さん、これらの作品に負けず劣らずの青春を謳歌してください。