トルストイはロシア文学の黄金時代をささえた文豪です。多くの作品が翻訳され、人気の高さがうかがえます。また彼の小説は映像化するのにも適し、21世紀に入ってからも『アンナ・カレーニナ』が映画化されるなど、いつの時代も色あせない作品なのです。
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイはロシア生まれの小説家、思想家(1820-1910)。ドストエフスキー、ツルゲーネフと並んで19世紀のロシア文壇を代表する作家です。
トルストイは郊外の田舎の伯爵家の四男として生まれました。父方も母方も由緒正しい貴族の家柄で、裕福な生活をしていたといいます。しかしトルストイが2歳の時母親が亡くなり、9歳の時には父親の仕事の都合で首都モスクワに転居します。その年、父親も亡くなり、叔母に引き取られカザンに転居。カザン大学に入学します。しかし遊興がたたってか大学での勉学はふるわず、中退することになります。
同時期、トルストイは農地経営を始めるのですが失敗、1851年コーカサスの砲兵旅団に入隊します。この兵隊時代に執筆し、雑誌に掲載された『幼年時代』が実質彼の作家としてのデビュー作となります。『幼年時代』『少年時代』『青年時代』と、この時期発表した作品でトルストイは当時の文壇から評価されました。
のちに『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など、長編を著したトルストイですが、民話『イワンの馬鹿』や、人間の生き方を書いた『人間論』など作品は多岐にわたります。
今回は、彼の代表作5作について紹介したいと思います。
ピエールは貴族の父を持つ私生児。戦争、暴力を憎みますが、世間知らずで放蕩者です。父の急死により莫大な遺産を相続します。
アンドレイはそんなピエールの親友で軍人です。軍人として功績を上げ、出世や権力、そして何より名誉を重んじます。アンドレイはピエールの幼馴染みのナターシャという天真爛漫な美しい少女に憧れます。
ピエールは遺産を相続したものの、何不自由なく暮らせるがゆえに、生きる意味や目的を見失い、一方、アンドレイは戦争で捕虜になった経験から大きな挫折感を味わい、生きる目標を見失ってしまうのでした。
- 著者
- トルストイ
- 出版日
『戦争と平和』は、ナポレオン率いるフランス軍が、モスクワへ侵攻するという史実を背景に書かれています。浮かれたロシアの貴族社会から、悲惨な戦場へと舞台は移り変わり、戦争が人間を変えてゆくすがたを描いた小説です。
たとえば、軽薄であったナターシャは、戦場の負傷兵を助ける仕事に就いて、生きがいをみつけます。戦争という苦い経験が、彼女を成長させる契機となったのです。
生死をわける残酷な戦争のさなかにも、人間は愛や喜び、生きがいを探しています。そんな人間の、明るく強い面を見ていることも、この小説の魅力です。
イワンには2人の兄がいます。長男は「兵隊のシモン」、次男は「ふとっちょのタラス」です。シモンはお姫様をお嫁にもらいお金にも恵まれました。タラスはお金持ちの商人の家の婿になりました。「馬鹿のイワン」だけが実家の百姓をつぎ、日夜汗を流して働いています。
しばらくして兄たちがお金を失い、家に舞い戻ってお金を無心します。イワンはイヤな顔ひとつせずに財産を分けてあげます。
そんな3人を見ていて不満タラタラなのが「悪魔」です。兄弟を仲違いさせようと、悪だくみをします。しかし、惑わされるのはシモンとタラスだけ。彼らが窮地におちいると、必ずイワンが働いて「養ってやる」のです。
- 著者
- トルストイ
- 出版日
イワンは兵隊やお金に興味がありません。それゆえ、世間から「馬鹿」と呼ばれています。「悪魔」の誘いも受けませんし、兄嫁たちに汚いと言われても平気。難しいことは知らないと言います。その正直さが彼を人格者にしています。
現代において「バカ正直」は人をさげすんだ言葉なのでしょう。しかし、『イワンの馬鹿』には真理があります。決して人を騙さず、お金に踊らされず。正直だけを褒めるのではありませんが、「馬鹿のイワン」が一番賢かったのではないでしょうか。
『イワンの馬鹿』はトルストイの残した民話の中でもたいへん人気があります。短編ですので、あっという間に読み終えることができるでしょう。
貴族の文学で認められたトルストイですが、民衆を圧迫する貴族の社会に疑問を持ち、庶民の素朴な生き方や宗教に関心をもちはじめます。そして、自ら農作をする中で「生きるとは」なにかを考え始めます。簡素な生活、独自のキリスト教の精神で書かれた思想書。それが『人生論』です。
そして、行き着いた考えがこうです。
「人は誰しも、自分が快適になれるために、自分の幸福のために生きている。」
「自分がその幸福を手に入れようと、努めているうちに、人はその幸福が他の存在によって左右されていることに気づく」(『人生論』より引用)
- 著者
- トルストイ
- 出版日
トルストイは、人間の究極の生きる目的は、自分の幸福のためだと述べています。自己本位をやめて他者に奉仕することこそ、幸福を得る方法だと言うのです。貴族社会には無かったであろう「貢献」や「慈悲」の考え方ですね。
自己より他者を思う気持ちが「愛」であるとトルストイは言います。「愛」という言葉の定義がわかりやすいですね。「愛」がないと「幸福」にはなれない。人生論というより幸福について語った本と言えるでしょう。
搾取され、迫害される者たちの味方でありつづけたトルストイの、深い思索に触れてみてはいかがでしょう。
主人公はネフリュードフという青年。彼は学生時代に、叔母の家で小間使いをしていた当時16歳の娘カチューシャと無理に関係を持ち、そして捨て去ります。気まぐれから、いくばくかのお金を彼女に渡し、そのまま戦地に向かいます。
10年後、ある裁判の陪審員としてネフリュードフは裁判所にやってきます。そこで裁かれようとしていたのがカチューシャ。思いがけない再会でした。彼女はネフリュードフの子供を産みましたが、当時の社会は未婚では生活がなりたたず、娼婦に身をおとして、しかも無実の罪を着せられていたのです。過去の過ちを悔いたネフリュードフは何とか、カチューシャに力を貸そうとするのですが……。
- 著者
- トルストイ
- 出版日
カチューシャを救うために、どこまでも努力を惜しまないネフリュードフ。彼に誠実さを見ることも出来ますし、都合の良い罪滅ぼしともとれます。捉え方はいろいろでしょう。ネフリュードフが人間性の「復活」を果たすまでの旅路と、なかなか結ばれない2人の悲恋が相まって読者をとらえて離しません。
『復活』はトルストイ自身の学生時代の、ある恋愛事件をベースに書いた物語だと言われています。晩年は、若いころの自堕落な生活を思い出し、苦しむことが多かったのでしょうか。
トルストイの作品の中でも、登場人物とストーリーがシンプルなものになりますので、入門書としていかがでしょうか。
アンナ・カレーニナは兄の夫婦仲をとりもつため、モスクワにやってきました。モスクワ駅で出会ったのはヴロンスキーという青年将校。ほどなくアンナはヴロンスキーと恋愛関係になります。アンナには政治家の夫がいるのですが、夫は妻の不倫に気づいても離婚に応じず、そのままアンナは子供を産みます。
アンナの夫は宗教上の理由や世間体から、アンナを自由にしてあげないのです。それがアンナを苦しませます。結ばれないことに絶望し、自殺をはかるヴロンスキー。しかし失敗し、アンナを連れて国外に逃げるのですが……。
- 著者
- ["レフ・ニコラエヴィチ トルストイ", "哲男, 望月"]
- 出版日
当時の時代背景を考えると、女性の背徳に世間はとても厳しかったと思います。アンナのように、貴族の不自由ない生活を送っているような女性でも不満を抱えていたのでしょう。彼女は、心の隙を埋めてくれる男性と出会うと、全てを捨てる決心をします。その情熱には驚かされます。
不倫の果てに幸せが生まれない状況を書いて、悲恋物語として語り継がれる『アンナ・カレーニナ』は映画やドラマの題材として好まれます。
いつの時代も美貌の主人公の悲恋物語に、人は惹かれます。劇的な出会いや、魂の通じる相手を求めることにも。不倫を題材にしていて、しかも文芸作品!そんな数少ない小説に触れてみてはいかがでしょうか。
トルストイの作品は長編すぎる?いいえ、連続ドラマを観るように味わうと、意外にスイスイと読み進められるのです。