戦争小説『指の骨』作家・高橋弘希を知る2作品!芥川賞受賞間近!?

更新:2021.12.1

デビュー作『指の骨』で芥川龍之介賞・三島由紀夫賞の候補に選ばれた新進気鋭の若手作家、高橋弘希。書籍化された2作品と、その人となりから、彼の魅力に迫ります!

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カリスマ性を持った注目の作家、高橋弘希

2014年に『指の骨』で華々しいデビューを飾り、その後も快進撃を続けている高橋弘希。類いまれなるその才能を遺憾なく発揮した作品は、多くの人に感動と驚きを与えました。その証拠にデビュー作は2015年に芥川龍之介賞、三島由紀夫賞の2つに候補作として選ばれています。さらに、2作目の『朝顔の日』で2度目の芥川龍之介賞候補、2016年に『短冊流し』で3度目の芥川龍之介賞候補に選ばれているのです。

高橋弘希作品の魅力は、作品世界においての圧倒的なリアリティにあります。まるで当事者かのような鮮明な描写と景色の切り取り方に、リアリティと底知れない想像力を感じるのです。その才能で書かれた2作品の魅力については後ほどご紹介させていただきます。

高橋弘希は、1979年に青森県十和田市に産まれ、子どものころから教師に作文を褒められ、課題作文では市で賞を取るほどだったそうです。その才能は大学在学中にすでに開花し始めていて、文教大学の文学部に在学中、自身初となる小説を書き上げています。

大学を卒業し、予備校講師として国語を教えていたという経験からも、伝えることへの意識の高さが窺い知れます。高橋弘希はさらに表現者としての活動としてバンドマンという顔も持っているのですから驚きです。

小説と音楽は別々に考えているという高橋の才能を、どこまで見せてもらえるのか。文学、音楽と、注目は高まります。では、早速デビュー作にあたる『指の骨』からご紹介していきましょう。

なぜ知っているのか?と問いたくなるリアリティ

新潮新人賞を受賞した本作『指の骨』は戦争小説です。そして、戦争小説であると同時に日常小説でもあります。戦争という特異な状況を生きる日本兵の日常を綴った意欲作は、これがデビュー作とは思えないほど重厚な物語です。

銃撃戦の描写はほとんどなく、死がそばにあるという日常を、淡々と、それでいて綿密に、主人公「私」の視点で描かれています。同郷の戦友との会話、原住民との触れ合い、敵兵と遭遇した時の心情、極限状態での心理、その全てが実際に戦場で、あったもののように感じられるほど事細かく書かれているのです。読むとこれが戦争を知らない世代が書いたという事実に困惑してしまうかもしれません。

著者
高橋 弘希
出版日
2015-01-30


その綿密さは、どの場面にも出ていて、あたかも自分まで戦場を経験したような感覚になってしまうほどです。物語は「黄色い街道がどこまでも伸びていた」と始まり、「私」の回想が綴られていきます。

銃声の鳴る戦地から野戦病院、その近くにある原住民の村、そして退却劇について語られていくのですが、物語の流れが心地よく、読む者を静かに引き込んでいく力強さに圧倒されてしまうのです。そこには淡々としていて綿密な表現、そして静かに引き込む力があります。

「病舎で死にゆく患者を見ていくうちに、私は理解した。彼らは人間に具わっている欲望を、すっかり失っているのだ。誰に何を伝える必要もないから、話し声は穏やかになり、瞳は透きとおり、感覚は澄んでいき、静かに、ゆっくりと、死に入っていく」

「それまで原住民というのを、想像でしか知らなかった。密林の奥地で原始時代のような生活をしている獰猛な人間、それだけのことしか知らなかった。しかし目の前で、コンニチハ、アリガトウ、サヨウナラと繰り返すカナカを見ていたら、確かに彼らは、生きた人間だということが、実感として伝わってきた」
(『指の骨』より引用)

ページ数は多くないものの、ずっしりと重い濃密な戦地の日常が描かれています。時間をかけてじっくりと読んでいただきたい1冊です。

戦時下の夫婦、そして「死」を描いた、高橋弘希渾身の2作目

『指の骨』同様、戦時下の物語ですが、舞台は戦地から青森の山深い結核病院へと移ります。高橋弘希の2作目にして、連続して芥川龍之介賞候補作となった『朝顔の日』。戦場を描いたものではありませんが、これも戦争小説の一つの形なのかもしれません。

結核を患った幼馴染の妻がいる結核病院へ、毎日のように足繁く通う夫が本作の主人公です。死の病というのは明治時代の考えですよ、と進んだ考えを持つ医師のもと、静かな戦いは行われていました。しかし徐々に妻は弱っていってしまいます。ついには会話も禁止されてしまい、夫と妻の間には筆談という手段が残るのです。

著者
高橋 弘希
出版日
2015-07-31


静謐という言葉がピタリと当てはまる静けさの中、美しい情景描写が結核病院という暗い雰囲気に色を落としています。死をテーマに描かれているとは思えないほど綺麗で儚い世界観。本作全体に漂う雰囲気は、水面に広がる波紋のような静寂さがあり、物語に大きな起伏が無いことが、かえって夫婦の心情をリアルに表現しています。

「網膜には未だ青空の花風車が残っていて、少しばかり胸が疼く。自分の胸に棲んでいるあの糸屑が、また悪戯をしている。心身にも影響を及ぼすという、透明な糸屑」

「銀杏の葉叢が秋の陽光を受け、その木漏れ日が食堂の窓辺に落ちていた。妻と向かい合って、その窓辺の席に着いた。(中略)ふいに先ほどの赤沈測定の硝子管を思い出した。あの硝子管の中でも、血液と溶液がタレと膏のようにして分解していた。」

「芝生の丘から秋風が吹いてきて、それは二人の背後へと抜けていった。妻は一寸後ろへ振り返ると、風の中に何か含まれていませんでしたか、そう洩らした。」
(『朝顔の日』より引用)

前作『指の骨』よりも文章の美しさが際立っており、色の表現や、「赤い糸屑」と表現された結核菌など、表現の豊かさに感動すら覚えます。静謐さ、綺麗さが感じられる言葉たちです。

戦争下において、結核というアプローチから「死」を描き、夫婦愛までをも描き切った、力のこもった本作。死というもの、生というもの、それらの関係性を改めて考えさせることでしょう。『指の骨』と同じく、『朝顔の日』もたっぷり時間を使って読んでいただきたい1冊です。

最後までお読みいただきありがとうございました。作家、高橋弘希の魅力は伝わりましたでしょうか。読めば納得の才能、今後の活躍にも期待が持てます。

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