柴田元幸は原文の持つ雰囲気や意味合いを壊すことなく英語文学を翻訳してくれます。それでいて日本人にもなじみのある表現で、読みやすい作品に仕上げてくれる稀有な翻訳家です。これまでに多くの重要な文学を提供してくれました。
柴田元幸はアメリカ文学を代表する作家たちの本を翻訳し続けてきました。トマス・ピンチョン、アーネスト・ヘミングウェイ、J・D・サリンジャー、スティーヴン・ミルハウザーなどのアメリカ文学史における重要な作品はすべて柴田元幸の訳で読むことができます。
柴田元幸が英語と出会ったのは中学に上がる前のことでした。FENと呼ばれる米兵のために流されていた英語のラジオチャンネルで、英語の歌を聴きながら育ったのです。小さい頃から生の英語に触れていたため、生きた英語を理解できるようになりました。
大学時代は1年間のイギリス留学を経たのち、大学院に入って学者の道を進みます。そして大学の紹介などで翻訳の仕事をはじめました。自分も翻訳を続けながら村上春樹の翻訳チェックの仕事も経験しています。そこで村上春樹の日本語の使い方を学びました。
今回は、柴田元幸が翻訳しているおすすめの作品を5作紹介します。
1989年にポール・オースターによって書かれ、柴田元幸が翻訳する『ムーン・パレス』は自暴自棄に陥った青年が自分のルーツを知ることになる物語です。本書には緻密な描写と、様々な仕掛けがあります。それを柴田元幸流に原文の雰囲気を損なうことなく、理解しやすい日本語に訳しています。
父親を知らず、母親とも死別してしまった僕。唯一の肉親だった伯父さえも亡くしてしまいます。生きる気力を失った僕は伯父の残した書物を売りながら自堕落的な生活をはじめました。やがてその書物さえも底を尽きると、ホームレス同然の生活に堕ちてしまう僕。空腹で餓死寸前のところを友人に助けられます。その友人に紹介してもらった仕事は孤独な老人に本の読み聞かせをすることでした。
- 著者
- ポール・オースター
- 出版日
- 1997-09-30
柴田元幸が翻訳するポール・オースターの本作は様々な仕掛けをしています。唯一の肉親を亡くしたことで希望を失くして自暴していく様子を、オースターは彼らしい緻密な表現で書かれています。「この先に何か起こるぞ」だとか、「この老人との出会いが意味深だ」など何かを匂わせることが上手な作家で、そのことを柴田元幸が翻訳の本書が如実に語っています。
柴田元幸は村上春樹と共に村上柴田翻訳堂というプロジェクトを立ち上げました。絶版になってしまい手に入りにくくなってしまった名作たちを新たに翻訳し、世に出そうという計画です。そのプロジェクトの中で、柴田元幸は『僕の名はアラム』を翻訳しています。
『僕の名はアラム』はウィリアム・サローヤンの短編集です。主人公のアラムの目を通して見た少しクスッと笑えるショートストーリーが紡がれています。アルメニア移民の家系だったアラムの周りには個性的なおじさんが多く登場します。穀潰しのおじさん、砂漠に果実を実らせようとする最悪の農場主、旅にてういてお節介な助言をするおじさん。そんなおじさんが巻き起こすトラブルと楽しい日々が綴られています。
- 著者
- ウィリアム サローヤン
- 出版日
- 2016-03-27
そうしたおじさんたちとのエピソードがユーモラスに描かれています。柴田元幸はこの古い名作を、当時の文体の雰囲気を壊さずに訳しました。それでいて現代でも読みやすい文体に心がけています。そういう意味でも村上柴田翻訳堂というプロジェクトは、古い名作との出会いの場を与えてくれます。
柴田元幸が訳した『魔法の夜』はスティーヴン・ミルハウザーによって書かれた幻想的な小説です。月夜に照らされて声明を得たマネキンと多くの登場人物たちとの交流が書かれています。現実にある風景をリアルに描く緻密な描写に幻想的なできごとが織り込まれ、夢を見ているかのような美しい小説です。
女子高生で結成された仮面の窃盗集団が話題になっていました。ひとつの小説をずっと書き続けている39歳の作家ハヴァストローは仮面の窃盗団が家に来てくれないかと待っています。そんなハヴァストローの訪れを楽しみにしている61歳の老女ミセス・カスコ。様々な人物が同じ夜を過ごすなか、百貨店のマネキンが月明かりに照らされて動きだそうとしていました。
- 著者
- スティーヴン・ミルハウザー
- 出版日
- 2016-05-21
柴田元幸が訳者となった本書は現実と夢が交錯したような不思議な感覚になれる作品です。多種多様な人間の情景を織り込むようにして描写することにより、小宇宙のような全体像が描きだされています。ミルハウザーは短い章でキャラクターひとりひとりに着目させることで、説得力のあるリアリティを生み出しました。しかしあとになって物語の全体像を引きで見てみると、不思議に包まれた幻想的な作品に仕上がっています。スティーヴン・ミルハウザーの神髄ともいえる作品です。
『紙の空から』は柴田元幸によって編訳されたアンソロジー短編集です。柴田元幸が「旅」をテーマに厳選したもので、非日常の世界へと誘ってくれます。毎回違った作家の作品が読めて、楽しい内容です。また様々なイラストレーターが挿絵を描いており、贅沢な一冊となっています。
ガイ・ダヴェンポートによる「ブレシアの飛行機」にはカフカとマックス・ブロートという実在の作家たちが主人公の話です。ブレシアで飛行機を飛ばすというブロートのささやかな夢を見守るカフカが描かれています。イタリアの風景を旅するような作品です。
- 著者
- 出版日
- 2006-12-01
スティーヴン・ミルハウザーの「空飛ぶ絨毯」では子供の国の冒険が描かれています。空飛ぶ魔法の絨毯を題材に、子供の頃のワクワクした気持ちを取り戻せる作品です。
他にも旅行をテーマに扱った作品が多く並んでいます。非現実的な夢の世界の旅だったり、見知らぬ風景を見られるリアルな旅だったりと、その形は様々です。どの作品も日常生活では味わえないような冒険でいっぱいです。現実世界から少し離れてみたいときには最高の一冊になっています。
『昨日のように遠い日』は柴田元幸によって編集・翻訳された一冊の短編集です。“少女少年”をテーマに世界中からあらゆる時代に書かれた小説が寄せ集められています。時には愉快で、時には残酷な世界を楽しむことができます。癖の強い作品ばかりで面白いです。
バリー・ユアグローの「大洋」は柔軟な子供の目線と想像力が描かれています。夕食の席で大洋を発見したと弟が言いました。食べ終わってから弟の部屋の窓を覗くと、裏庭に広がる海が見えるという内容です。大人にはない子供独自の目線による「発見」がテーマの作品です。
- 著者
- 出版日
「修道者」は大人になりたくないと願う少女が食べることを拒む話です。体と心の変化に戸惑う思春期に入った少女の心情が描写されています。そんな少女はアイルランドにいる変わり者のおばあちゃんのところに預けられました。徐々に正常な心に回復していく心の繊細さが描かれています。
その他にもスティーヴン・ミルハウザーが有名アニメ「トムとジェリー」を文学で表現した「猫と鼠」など、柴田元幸が翻訳する、ちょっぴり不思議な子供目線に戻れる短編が多く取り揃えられています。
柴田元幸は重要な文学を日本語で提供し続けてくれました。革新的なものだったり、後世に残したい古典だったりと、様々な観点で重要な文学ばかりです。柴田元幸がただ英文を日本語訳するだけでなく、海外の作品を日本語文学として再生してくれるからです。