中上健次のおすすめ作品ランキングトップ5!芥川賞受賞作『岬』など傑作多数

更新:2017.2.20 作成:2017.2.20

日本における多くの文豪たちの中においても、中上健次ほど複雑な家庭環境で育った人物はそういないでしょう。中上は自らの環境と葛藤を、文学という形で鮮やかに表現した作家です。読んだものの魂を揺さぶる中上健次の作品ベスト5をご紹介します。

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複雑な環境下で生まれ育った作者・中上健次

中上健次は、1946年に和歌山県新宮市の被差別部落で生まれました。自身の作品の中ではその部落を「路地」と呼んでいます。この被差別部落の存在もかなり複雑ながら、中上健次の家庭環境もかなり複雑なものでした。実の父親は、同時に複数の女性を妊娠させるような浮気男で、母親は健次を身ごもった状態で離婚。父親は浮気相手と再婚し、中上健次には腹違いの妹が産まれています。

一方母親の方も健次の父親とは再婚で、その前の夫との間に5人も子供がおり(そのうち1人は幼いうちに亡くなっていますが)、母親は女手一つで子供たちを育て上げたそうです。健次が中学に上がる直前、母の前夫の子である歳の離れた兄が首吊り自殺するという事件が起こりました。この事件の様子を、中上健次は作中で幾度も描いています。

母方の苗字から「中上」という苗字になったのは、健次が中学生の頃に母親が再婚したときでした。その再婚相手にも子供が一人いて、他の兄弟は別居、再婚相手と母、再婚相手の子どもと4人での生活していたようです。幼年期から青年期にかけた多感な時期をこうした複雑な環境下で過ごした経験は、その後中上健次の創作活動の基盤となっていくのです。

5位:秋幸3部作終結編『地の果て 至上の時』

中上健次の代表作と言えば芥川賞を受賞した『岬』が有名ですが、これには続編があり『枯木灘』『地の果て 至上の時』と併せて秋幸(主人公の名前)三部作と呼ばれました。『地の果て 至上の時』では29歳になった秋幸が刑務所での服役を終えたところから始まる、3部作の最終作となっています。

『岬』や『枯木灘』で描かれ続けた「路地」は、土地開発により消滅しました。出所してその変わり果てた故郷の姿を目の当たりにする秋幸。自分が生まれ育った場所が、すっかりがらんどうの空き地になっていて、秋幸自身も、前2作の秋幸とは変わっています。

著者
中上 健次
出版日
2012-08-11

『岬』『枯木灘』では純粋で無垢な青年だった秋幸は、淫乱な父親を忌み嫌い、その血縁の呪縛に振り回されていました。しかし最終章である『地の果て 至上の時』では、その呪縛から解かれ自分の行動は自分自身の物であるというような、自立した人間へと変わっていき、物語は終息に向かっていくのです。

本作は1983年に出版されました。1970年代の学生運動は終息し、バブル景気を目前にしていた時代です。当時の若者は「新人類」と呼ばれ、それまでとは違った価値観を持っていると言われていました。「無責任」「無気力」と批判されたその時代の若者たちを見つめ、時代の移り変わりを感じ、中上健次は自分自身に存在するわだかまりと決別するつもりでこの作品を綴ったのかもしれません。

4位:15歳の少女から女性になり母になる、その半生『鳳仙花』

『鳳仙花』は、1979年から半年間、「東京新聞」に掲載された中上健次の長編連載小説です。時期的に言って、秋幸3部作と同時進行で書かれた作品といえるでしょう。秋幸の母フサが主人公の物語であり、中上健次の母親がモデルとなっています。

秋幸シリーズのエピソードゼロといった位置づけとも思えるこの作品は、フサの薄幸で波乱に満ちた半生を描いた物語です。フサは母のトミの不倫の子であり、父親違いの6人の兄姉がいるという複雑な立場にありました。仲の良かった兄を亡くし、最初に結婚した夫も病死。遺された自分と5人の子どもたちで、過酷な戦時下を生きていかなければなりません。

著者
中上 健次
出版日
2015-05-25

しかし生活は貧しく、子供の1人を病気で死なせてしまいます。そんな絶望の中、出会ったのが浜村龍造でした。フサはやがて龍造の子を宿し、そうして生まれたのが『岬』に始まる3部作の主人公の秋幸です。しかし中上健次の父と同じく、父親は他の女性も妊娠させていることがわかり、龍造に別れを告げることになります。

中上は『岬』においては無垢な秋幸がその性的感情を疎ましく思う姿を描き、『鳳仙花』では15歳というまだあどけない少女が女性として花開き妊娠し母となることを、ごく自然な流れとして描きました。女性における「性」をまるで神秘的なもののように扱っています。自身の母親をモデルに、ここまで女性を生々しく描く中上健次の才能が感じられる作品です。

3位:人間の生き方に真摯に向き合う『枯木灘』

秋幸3部作の中でも、最も波乱に満ちた展開で読むものに衝撃を与えるのは、『枯木灘』ではないでしょうか。それを読み終えた方の感想はどれも、直後は「言葉にできない」「放心状態になった」というようなものが多いのも頷ける内容です。

『枯木灘』では主人公である秋幸が26歳の頃の夏が描かれています。『岬』から引き続き描かれる「路地」、そして未だ無垢な部分を残しながらも『岬』の時のような潔癖さが消えつつある青年・秋幸。時折『岬』で起こった事件を振り返るシーンがあるのですが、『枯木灘』では『岬』の時よりも事件の背景がより詳細に描かれています。

『岬』では「あの男」としか表記されなかった秋幸の実父が、『枯木灘』で初めて名前を持って登場するのは、秋幸が「あの男」が自分の父親だと受入れざるを得なくなったためでしょうか。実の父親との血の呪縛に囚われた秋幸は、やがて自分はどこの家にも属せない路地の私生児なのだと悟り、第に暴力的な男へと変貌していきます。

著者
中上 健次
出版日

秋幸3部作の中でそれぞれの秋幸像が描かれており、それぞれの作品においてその時期の秋幸物語が完結しています。それぞれの作品の中で主人公・秋幸や実父を表す言葉も、巧みに変えられているのです。

本作は次作『地の果て 至上の時』において物語を完結に導くための、大きなカギとなっています。単独で読んでも面白いのですが、3部作併せて読むとまた違った面白さがあり、それぞれの作品にちりばめられた中上健次の意図に気づくことで、さらに作品を深く読み込むことができるでしょう。

2位:「路地」の姿と親族間の人間模様を描いた芥川賞受賞作『岬』

中上健次の代表作と言えば芥川賞を受賞した『岬』が有名です。それ以前にも芥川賞候補となった作品はいくつかあったので、『岬』の受賞も獲るべくして獲ったという感じでしょうか。戦後に生まれた作家としては初の芥川賞受賞でした。

主人公・秋幸の境遇は中上健次とよく似ていることから、モデルは作者自身で相違ないでしょう。物語の中の秋幸に、自分自身を投影して崇高な文学作品として昇華させた最初の作品、それが『岬』です。24歳でまだ性経験もない無垢で潔癖な若者、秋幸。手当り次第女遊びをしている実父に憎悪を抱き、自らの体に流れるその血を厭い性的な思考に抗おうと、土方仕事に打ち込みます。

この物語の軸は確かに秋幸と実父の関係にあるといえるのですが、それだけではないのがすごい所です。父親違いの義兄が自分と母親を殺すと言ったり、その義兄が自殺したり、親族間の刺殺事件があったり、精神的に病んでしまう姉がいたりと、実に様々な人間模様が描かれているのです。

著者
中上 健次
出版日

決して日常的ではない事件を淡々と記録動画の再生のように綴る一方で、その事件を秋幸が自分の中で反芻するときは強い感情を持って表現されているのが印象的でした。続編の『枯木灘』『地の果て 至上の時』も素晴らしい作品ですが、やはり短い中に感情をぎゅっと詰め込んだ濃密さは、『岬』が一番ではないでしょうか。

またこの作品で舞台となっている「路地」の様子も興味深いものがあります。当時の被差別部落というものがどういうものであったのか、中上健次自身の経験をもとに克明に描かれているので、それもまた文学的価値があるとみなされたのでしょう。戦後生まれの初の芥川賞受賞者の名に恥じぬ傑作です。

1位:血と運命、何か得体のしれない大きなものを感じる『千年の愉楽』

『千年の愉楽』は6編の短編からなる中上健次の連続小説です。「路地」における中本という血筋で一統の男たちの生涯を描いています。語り手は主にはオリュウノオバという老婆で、オリュウノオバは「路地」で唯一の産婆でした。彼女が死を目前として伏せている間の回想録のような形で物語は展開していきます。

中本の一統の男はとにかく女性にもてる、というか女性を喜ばせることについては一級の才能を持っていながら、若くして死んでいく運命にある一族でした。この6篇の短編集におけるそれぞれの主人公も皆、激しく命を燃やしたうえで最後には若い命を落としていくのです。

6篇のうち、最後の「カムナカムイの翼」がこの物語全体のカギとなります。他の5編はオリュウノオバが死の淵で回想したり想像したりという表現になっていますが、6編ではすでにオリュウノオバは亡くなっており、その通夜で「路地」の人々が集まってオリュウノオバのことを話しているといった設定になっているのです。

そのため語り手は誰なのかがあまりはっきりしておらず、人々の想像の物語なのかオリュウノオバの生と死の境目の回想録なのかよくわからない、しかしながら誰でもないものに感情移入していってしまう、ふわふわした不思議な感じに陥っていきます。

著者
中上 健次
出版日

それでも最終章で中上健次が描きたかったものは伝わってきました。中本という血、その血を運命的なものを感じながら男たちの出生と死を見つめてきたオリュウノオバ。単純な言葉では語りきれない、血、性、生、死にかかわるテーマを独特な形で表現している中上健次の作品です。

読み終えた後、自分という生き物の中に何か不思議なものが渦巻いている感じがして、何とも言えない気持ちになります。そのほかの中上健次の作品も素晴らしいのですが、やはりこの『千年の愉楽』が、最も後に残る余韻が強い作品だといえるでしょう。

中上健次の作品は語り手や視点が物語の途中でいつのまにか変わっていることがあるので、より複雑で難解な印象が持たれてしまうのですが、そこをじっくり紐解きながら読むのが面白いともいえます。自分が物語の中の登場人物の心を行ったり来たりしているような気持になる一方で、離れたところですべてを俯瞰しているような気持にもなるのです。複雑な環境で育った作者が自己のアイデンティティを模索し続けた結果編み出された表現方法なのかもしれません。ただ読み終えたあとは、自分の中の何かが掘り起こされ、かき回されたような、混沌とした疲労感が残りますので、じっくりゆっくり、複雑な人間関係を描いた作品に挑戦したいという方におすすめです。