海外小説に苦手意識を持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、名作は手に取らずにはいられないもの。恋愛小説は共感できる部分が多く、すんなり物語に入り込め、海外小説初心者向けです。中でもおすすめの6作品をご紹介します。
初恋という言葉には、なんとも甘酸っぱい空気が漂うものですが、初恋は成就しない、という定説があります。はじめての感情に振り回され、未熟な部分が浮き彫りになるからかもしれませんが、恋を経て人は成長する、そういうものなのでしょう。
海外恋愛小説の名作『はつ恋』は、ロシアに生まれ、後にパリで活躍した作者、イワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフの半自伝的作品だといわれています。ツルゲーネフと本作の主人公、ウラジーミルは境遇が似ており、ツルゲーネフの父は美男の婿養子、母はたいそう厳しい人だったという情報を持ってページをめくれば、ツルゲーネフの置かれた境遇を察することができます。
16歳の夏、モスクワ市内にある湖のほとりの別荘で両親と暮らしていたウラジーミルは、隣に引っ越してきた年上の少女、ジナイーダに恋をします。彼女は男から好かれる色っぽい女性で、好意を寄せてくる「崇拝者」たちを侍らせてはいいようにあしらい、楽しんでいました。
ジナイーダの横暴な振る舞いにも、恋心が募るウラジーミル。ある日を境に、ジナイーダの様子が変化していることに気が付きます。自分にも急に優しくなったり、突き放したり。その行動を誰かに恋をしているせいだと考えたウラジーミルは、嵐の晩の日に、手にナイフを忍ばせながら、ジナイーダの恋の相手を確かめようと待ち伏せします。そこに現れたのは、なんとウラジーミルの父、ピョートルでした。
- 著者
- ツルゲーネフ
- 出版日
- 1952-12-29
初恋の人の恋い慕う相手が自分の父親という衝撃的展開ですが、嫉妬心や猜疑心にからめとられ、あらゆる感情が発露していく様は、身に覚えがあるせいか、胸が締め付けられ、息苦しささえも覚えます。しかし、ジナイーダの女王様っぷりが堂に入っていて、なんだか可愛らしく見えてしまうのが困ったところ。恋をして少女から女性に変化していく姿にも、目を見張ります。
ジナイーダの「自分が見下さなければならないような男には興味が無いの。私が興味があるのは、むしろ自分を服従させる人だけ」という言葉は、現実として形をとっていきます。その姿は、恋は人を変えるという言葉そのもの。ウラジーミルとジナイーダの初めての恋。どこか哀愁の漂う、一瞬のきらめきを秘めた海外恋愛小説です。
兄弟が多い、という人が少なくなってきた世の中ですが、長男長女、真ん中、末っ子、一人っ子と、環境によって性格が違うという話が出てきたりします。やはり順番によって異なるもので、特に4人以上の兄弟で育った人は、その立ち位置が明確に異なることを実感していることでしょう。
主に18世紀から19世紀のイギリスを舞台にした作品を多く残し、海外文学を代表する女流作家、ジェーン・オースティンの長編恋愛小説『高慢と偏見』は、5人姉妹の物語です。女の子5人ともなるとそりゃ大変だろうなと想像できるのですが、主人公の次女エリザベス・ベネットは、勝気な性格から姉妹をまとめていて、少々苦労する役回りです。
- 著者
- ジェイン・オースティン
- 出版日
- 2006-02-04
舞台となっているイギリスでは、1800年代ごろは「女性の幸せ=結婚」という図式が大前提の世界でした。女性に働き口はほぼないため、結婚は文字通り死活問題。ベネット家は特に跡取り息子がいないため、父が死んでしまえば家屋敷すべて従兄弟の手に渡る手はずとなっているのです。
姉妹を条件の合う相手と結婚させようと躍起になっている母は、独身の資産家ビングリーが別荘を借りて越してきたことを知ると、舞踏会の約束を取りつけます。美人でおっとりとした性格の長女、ジェーンとビングリーが良い雰囲気となっている中、エリザベスはビングリーの友人フィッツウィリアム・ダーシーが自分を軽んじる発言をしているのを聞き、その高慢さに腹を立て、反感を抱きます。
ダーシーはその気難しい性格のせいか、高慢で鼻持ちならないと思われがちなのですが、実はかなり誠実な人物。エリザベスに惹かれているものの、エリザベスが誤解しているため、なかなか距離を縮めることができません。エリザベスはジェーンのフォローをしつつも、奔放な四女キャサリンと五女リディアの動向に目を光らせており、なんだか慌ただしいエリザベスとダーシーはいつ恋を進展させるのか、と少々不安になる場面も。
姉妹を結婚させようと画策する母の行動や、青年仕官ウィカムと末妹リディアの駆け落ちなど、次から次へと騒動が巻き起こります。ダーシーとエリザベスは強気な性格同士なため、進展がモタモタ気味なところもこの海外恋愛小説の見どころの一つ。わりといい加減な父と、結婚のためなら盛大な手のひら返しをしてくる母親のキャラクターが強烈で笑いを誘います。
結婚までには紆余曲折があり、相手の身分や出自が問われる階級社会では、なにかと面倒ごとが降りかかります。オースティンの生きた時代と結婚観が違うため、理解が難しい部分もありますが、当時の文化や考え方などに触れることのできる海外恋愛小説であるともいえるでしょう。エリザベスとダーシー、そしてベネット家5姉妹がどうなるのか。ドタバタ劇の終幕を見届けてください。
映画化され、そのエロティックさから話題となった本作は、イギリスの作家、E・L・ジェイムズによる恋愛小説です。主婦が女性向けに書いた官能小説「マミー・ポルノ」と呼ばれ、アメリカなどでベストセラーとなりました。
平凡な女子大生であるアナスタシアは、卒業試験を目前に控えたある日、熱を出した親友の代わりに、学生新聞の記者としてインタビューをすることになります。相手はシアトルにある大企業の創始者であり、CEOでもあるクリスチャン・グレイ。インタビューをきっかけに、互いに惹かれるようになったものの、アナは住む世界が違う、と忘れようとします。
しかし、執拗な高額プレゼントをしてアプローチをしてくるのにも関わらず、普通の恋人同士にはなれない、と拒絶するクリスチャンに腹を立てたアナは、クリスチャンの秘密を暴こうと詰め寄ります。アナをとある部屋に案内したクリスチャン。そこには鞭や手錠が置かれた部屋がありました。
- 著者
- E L ジェイムズ
- 出版日
- 2015-01-09
相手のすべてを屈服させ、服従させたいという欲を持っているクリスチャンと、性的趣向はノーマルなアナの過激な恋愛物語が展開される本作。SMプレイもさることながら、契約関係を結び、「支配者」と「従属者」になってしまうという展開に驚かされます。
愛するが故に相手に添おうとするものの、自身の持っている、愛されたいという欲求を捨てられないアナ。どうしても服従させたいという欲を消すことができないクリスチャン。互いを想い合っているからこそ、心と欲望を制御できず、苦悩する姿が胸に迫ります。
設定のアブノーマルさが目を引きますが、これは誰しも心の奥にを隠している欲望そのもの。互いに欲をさらけ出し、愛されることを願うアナとクリスチャンの、痛いくらいの愛情を感じることができるでしょう。エロティックですが意外と純愛な恋模様をお楽しみください。
大人の音楽というと、ジャズというイメージがあります。淡い光の落ちる少し薄暗いバーカウンターにジャズが流れる、それだけで大人な雰囲気を感じ取ることができるということは、音から発生するイメージは、人間に大きな影響を及ぼしているといえるのでしょう。
日系イギリス人のカズオ・イシグロが描く音楽の物語が凝縮された海外恋愛小説が『夜想曲集』。副題に『音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』とあるように、音楽をテーマに5組の男女の関係を描いていきます。
登場するのは、音楽的な才能を持っているものの、日の目を見ない者たちばかり。ヴェネツィアの流しのギタリストが、老いた歌手から奇妙な依頼を受ける「老歌手」。英会話教師が同級生夫婦の元を訪問した際の失態を描く「降っても晴れても」。姉夫婦が経営する宿泊施設でミュージシャンの青年が観光客の夫婦と出会う「モールバンヒルズ」。売れないサックス奏者がセレブな女性と知り合う表題作「夜想曲」。チェリストと指導者の女性の不思議な関係を見せる「チェリスト」。長編作品にはない、短編ならではのコメディタッチでユーモアにあふれた恋愛小説ばかりです。
- 著者
- カズオ イシグロ
- 出版日
- 2011-02-04
特に「降っても晴れても」は、友人のために彼と妻との関係を修復すべく引き立て役の「ぼく」が奮闘する姿を描く物語。若い夫婦ではなく、50歳近い夫婦ということもあって、老齢離婚という言葉がちらつきます。親友のために頑張っていたはずなのに、うっかり見てしまった日記に自分のことが書かれてあって怒り心頭。しわくちゃにしてしまった日記を伸ばすために悪戦苦闘する姿が笑いを誘います。
なんでもない日常に、些細な変化を与えてくれるだれかと不意に出会うという、ちょっとした非日常が入り込んでくるような設定にしている手法が見事です。「夜想曲」は、醜男であることを妻に指摘され、整形手術を受けたサックス奏者である語り手の「私」が主人公。整形手術後の包帯ぐるぐる巻き姿が「オペラ座の怪人」のように思え、物語を思わぬところから盛り上げます。
音楽家を目指していたことがあるカズオ・イシグロの経歴通り、音楽と夕暮れの描写が見事な恋愛小説ばかり。肩の力を抜いて楽しめる短編集です。
人が住むところに国があり、国は法や規則で人を縛ることで規律を守らせています。しかし、国民の意思とは関係なく、国の形を維持するために、いびつさを増していき、やがてその形を、人が生きていくには苦しい方向へと変えていってしまうのです。
『存在の耐えられない軽さ』は、チェコ出身でフランスに亡命した作家、ミラン・クンデラによる恋愛小説。1968年、社会主義の政権下で、自由化と民主化を叶えるべくチェコスロバキアで起こった改革を、ソ連をはじめとしたワルシャワ条約機構の5カ国軍が抑圧した、いわゆるプラハの春を題材に、その渦中で生きる男女の恋を描きました。
- 著者
- ミラン クンデラ
- 出版日
普通の恋愛小説よりは哲学的で、人の価値観の中での重さと軽さの判断基準に疑問を投げかけてきます。物理的なものではなく、例えば生まれや身分によって、命の重さは変わるのか。愛は何かに替えられるほど軽いものなのか。作中では政変により人生や生命が軽く扱われてしまうような状況下で、ニーチェの思想である「永劫回帰」を根底に置き、男女関係の中に様々な思想を交え、読者に語り掛けてくるのです。
ミラン・クンデラの問いかけに、読者は両手に言葉を抱えたままで、物語を彷徨いながら答えを探っていきます。政治、哲学的な思想が散りばめられているため、純粋な恋の物語を楽しむというよりは、恋を媒介に人間の思想と考察を堪能する物語という側面が強い本作。純文学の極みのような恋愛小説ですが、ミラン・クンデラの問いかけと考察に深く浸ることができる名作です。
シェイクスピアの作品で恋愛ものといえば『ロミオとジュリエット』が有名ですが、復讐劇として知られる本作にも悲恋のエピソードが出てきます。
デンマーク王子のハムレットは父王を亡くした悲しみと、母が父の死後間もなく叔父クローディアスと再婚したことで深く傷ついています。城壁に父の亡霊が出現すると聞いて確かめに行った彼は、父の死が、王位と王妃を狙うクローディアスの陰謀であったことを知り、復讐を誓うのです。
クローディアスに怪しまれぬよう、狂人のふりをするハムレット。彼は母の部屋で盗み聞きをしていた宰相を殺してしまいます。更に彼が求愛していた宰相の娘オフィーリアは、恋人の変わり様と父の死を悲しむあまり本当に発狂し、誤って川に落ちて亡くなってしまうのです。最終的にハムレットは復讐を果たすのですが、母である王妃や宰相の息子、自分自身も死に至るという悲しい結末になっています。
- 著者
- ウィリアム シェイクスピア
- 出版日
- 1967-09-27
ハムレットはオフィーリアを愛していました。しかし、彼の中にはもう1人大切な女性がいました。それは母である王妃ガートルードです。当時の慣習では義弟との再婚は近親相姦にあたり恥ずべきものであったと考えられています。清く尊敬すべき存在であってほしい母が再婚することさえ苦しいのに、それが罪深い結婚であったということは、ハムレットを絶望させます。彼はそんな母から生まれた自分を穢れた存在だと感じ自尊心を失ったことでしょう。復讐を決意した後のハムレットのオフィーリアへの言葉は、狂人を装っていたにしても激しい拒絶に満ちており、彼が人間不信、特に女性不信に陥ったことが伺えます。
しかし、オフィーリアの埋葬場面に出くわした彼は深い悲しみを表し、彼女への愛を口にします。それが彼女の兄レアティーズとの言い争いを呼び、彼らの最期へと続く道を作ることとなってしまうのでした。
『ハムレット』は戯曲です。はじめは戸惑うかもしれませんが、セリフだけで構成されている分、読み始めるとサクサクと読めてしまいます。また、普通の本に比べて場面の想像も膨らみやすいことでしょう。是非この機会に手にしてみてください。
恋愛においては手の届かない思いだから余計に燃える、ということがあるようです。『サロメ』もそんなふうに読める物語です。
ユダヤの王エロドは兄を殺し、その妻エロディアスと王位を得ます。罪深い王とそこに嫁した王妃を激しく糾弾する預言者ヨカナーンは幽閉されていますが、王女サロメは彼に会ってみたいと言い張ります。ヨカナーンを見たサロメは恋に落ちますが、彼はサロメをも穢れたものと見なし、彼女を拒否します。失意のサロメは踊りを披露すれば何でも褒美をやるという王の言葉に美しく舞って応え、ヨカナーンの首を所望します。代替案を認めずただ首をほしがるサロメに根負けした王はついに銀の大皿に乗せた預言者の首を与えます。その唇にキスするサロメ。
- 著者
- ワイルド
- 出版日
- 2000-05-16
サロメは王女であり、美しい乙女です。エロドや若きシリア人が彼女を見る様子からそれが伺えます。しかし、ヨカナーンは彼女の位に動じず、その美しさに目を向けることもしません。サロメがどんな言葉で愛を歌っても、その声は届きません。かえってますます邪険に拒否されてしまいます。拒否されればされるほど燃え上がるサロメの思いが、ヨカナーンを、そして最終的にはサロメ自身も死に追いやります。激しすぎる恋の炎は、自らも焼き尽くしてしまうのです。
この作品は戯曲で地の文がなく、また非常に短いので、セリフの裏に隠された登場人物たちの思いは読者の想像力に託されています。果たしてサロメは恋に殉じた純粋過ぎる乙女だったのか、報われぬ恋のため狂った倒錯愛者だったのか。ピアズレーの妖しい挿絵も楽しみつつ、想像を膨らませて味わっていただきたい1冊です。
大人女子たるもの海外文学にも目を向けなくてはいけませんね。今回ご紹介する5作品の中では最も重く、儚い恋愛小説かもしれません。ドイツ人作家による、罪と戦争の影を内に秘めた純粋な愛の物語です。
15歳のミヒャエルは黄疸にかかってしまいます。学校の帰り道、苦しんでいると一人の女性が助けてくれます。それが21歳年上のハンナです。元気になったミヒャエルはハンナにお礼を伝えるため、彼女に会いに行き、そこで女性というものと遭遇することになります。
女性を目の当たりにし、その場から逃げだしてから1週間後、ミヒャエルはハンナの家の戸口に立っています。そしてその日、ミヒャエルは恋に落ちるのです。誰も知らない秘密の逢瀬が始まります。関係を深めていく中で、ハンナが本を読んでと言い出します。それは二人の習慣となっていきます。朗読をし、シャワーを浴び、愛を交わす日々。
しかし、そうした幸せな時間は唐突に終わりを迎えます。ハンナは姿を消してしまうのです。再会するのはミヒャエルが大学生になってからです。ゼミで取り上げられたナチスの戦争犯罪に関する裁判を傍聴した時、あろうことかハンナは被告人としてその場にいたのです。
明らかになるハンナが抱える秘密。関係ないと思えた年齢の差。強制収容所という異質な場所で行われたこと、その場にいた人たちの考え、それを見聞きした人たちの考え、正義。そういったすべての事柄が、ミヒャエルに降りかかります。ハンナが何を思っているのか、自分に何ができて何ができないのか。
- 著者
- ベルンハルト シュリンク
- 出版日
- 2003-05-28
ずっしりとしたテーマでありながら、読みやすく書かれています。そのおかげなのか読後感はとてもスッキリしたものです。秘密が明らかになるにつれ、ハンナの行動一つ一つに涙が出てしまい、クライマックスでは本を濡らしてしまいました。
戦争という答えの出しづらい問題を直視しながら読ませる深く儚い愛。この物語が私たちに与える影響は計り知れないでしょう。
本作は映画化もされていて、そちらも有名。邦題は『愛を読む人』です。興味のある方はそちらもぜひ。
国や時代が違えば、価値観も変わるものですが、人に恋い焦がれる心は普遍的なものです。様々な国と時代の恋愛小説を読み、誰かを恋しく思う気持ちにぜひ触れてみてください。