谷崎潤一郎の青空文庫で読めるおすすめ短編5選!無料×短時間で楽しめる

更新:2021.12.17

谷崎潤一郎は明治から昭和にかけて活躍した文豪。人々を虜にする妖艶な女性、その女性に翻弄される主人公という構図が多い彼の作品はちょっとアブノーマルな世界観が魅力的です。非日常の刺激を味わえる彼の、青空文庫で読めるおすすめ作品をご紹介します。

ブックカルテ リンク

生活を芸術化する魔術師、谷崎潤一郎

谷崎潤一郎は明治末期から日本の混乱期に活躍した作家です。初期作品は耽美主義の一派とされ、過剰な快楽を求める女性愛やマゾヒズム、サディズムなどのスキャンダラスな内容が作品の代表作として取り上げられることも少なくありません。

谷崎が文壇デビューした頃は、自然主義文学が中心で、彼や永井荷風のような耽美主義は文壇に新風を送りこんだといわれていました。文体や形式における芸術性の高さは国内外を問わず高い評価を受けています。また、いつの時代になっても古さを感じさせない先進的な作品が多いのも特徴的です。

谷崎の女性遍歴は激しく、離婚、再婚を繰り返して、生涯3人妻と持つことになりました。また、大学に通う頃から精神が不安定な状態になる時もあったそうです。そんな彼の描く作品はすべて濃い世界観を作り出しています。一度ハマると抜け出せない谷崎ワールドをご堪能ください。

5位:下町の男芸者の恋『幇間』

三平と呼ばれる主人公は、幇間と呼ばれる芸者のお座敷でお客の機嫌や笑いをとり、芸者を助けて場を盛り上げるいわゆる、男芸者を生業としていました。そしてそんな芸者衆の中の梅吉という娘に好意を頂きます。その梅吉にある日催眠術遊びで催眠術をかけられたふりをして、道化のように馬鹿にされたことをきっかけに、湧きあがる快楽に気づいてしまいます。

そして三平はその催眠術をかけられたような言動によって梅吉の気を引こうとしました。しかし、梅吉以外の雇い主にも大いに面白がられるようになり、その遊戯は日増しにエスカレートしていきます。それでもはずかしめに合えば合うほど、三平は湧き出る快楽の悦びを知っていくのです。

 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
2010-09-17


この『幇間』は主人公がマゾヒズムという性癖に目覚める濃い内容の作品ですが、小説の冒頭部分は谷崎の自然主義文学ともいえる、ありのままの下町の風景描写から始まります。

「八百松やおまつから言問ことゝいの艇庫ていこの辺へ暖かそうな霞がかゝり、対岸の小松宮御別邸を始め、橋場、今戸、花川戸の街々まで、もや/\とした藍色の光りの中に眠って、其の後には公園の十二階が、水蒸気の多い、咽せ返るような紺青の空に、朦朧と立って居ます。」(『幇間』より引用)

谷崎作品と言えば、マゾヒズムや妖艶な女性の表現につい目がいきがちですが、当時文壇に影響を与えた、古典回帰を思わせる日本の伝統美を表現した文章もこの作品の魅力です。

主人公の立場を現代に置き換えてみると、コメディアンのようなものではないでしょうか。いかに笑ってもらって、いかに気に入ってもらえるかという意味合いでは、幇間も同じ立場の職業。更に主人公は私生活でもいかに梅吉に気に入ってもらえるかという演技までしており、まさに相手の感情、欲望ありきで動く、受け身の人物なのです。

作品の終盤で梅吉と一晩を過ごせることになるのですが、結局彼は一晩中、催眠術をかけられたふりをすることになり、なにも無いまま朝を迎えます。主人公がマゾヒズムになっていく過程に、マゾヒズムの気がなくともどこか共感できる本作。それは誰かを深く愛し、虜として意中の相手に縛られるという本質的なテーマを描いているからではないでしょうか。そして好きな人への執着は誰にでもマゾヒズムになる可能性があると思わせられる作品です。

4位:谷崎潤一郎のホラー小説『恐怖』

大阪に汽車で向かう旅の途中に襲い掛かる、激しい頭痛や吐き気。主人公はその恐怖にお酒の力をかりながら汽車の乗車を続けます。

この症状は当時鉄道病と呼ばれ、汽車から降りれば、段々と楽になり、乗車すると段々と悪くなるという汽車に乗る限り、どうにもならない病でした。主人公はお酒を飲んだりしながら、独り言を言ったりしてなんとか気を紛らす努力を続け、目的地の大阪へ到着しそうなところで作品が終わります。

 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1998-05-18


この作品のおすすめする魅力は、終盤の主人公と友人K、Aとのやり取りにあります。

「『いよ/\己は死ぬのかな。』と、私は心の中で呟いた。断頭台へ載せられる死刑囚の気持も、此れと同じに違いないと思った。『Aさんどうです、Tさんは検査に合格しますか知ら。』K氏がこんな質問をする。『そうですなあ。あなたは取られそうですなあ。何しろむくむく太って居て、立派な体格ですからなあ。』」(『恐怖』引用)

主人公は鉄道病に苦しみ、酒を飲むことで気を紛らわしていますが、周囲の友人KやAには、単なる電車嫌いなので酒を飲んでいると説明しています。主人公は、このあと体調が悪すぎて死を予感しますが、友人KとAにはたくましい体躯から徴兵されるでしょうねと言われてしまいます。周囲から見ると主人公が鉄道病の恐怖と戦っている様は見てとれず、健康そのものと判断できるほどなのです。

この作品に描かれている恐怖は、主人公を襲う不快さに逃げ場がないということ。物理って木にも汽車に乗っている間続き、精神的にも打ち明けていないことで拠り所がないのです。じわじわと体が衰弱していく様は読むものにもじっとりと嫌な汗をかかせるような不穏さがあります。

3位:いじめられっ子が女王様へ君臨『少年』

妾の子で信一の姉、光子は主人公の栄とお坊ちゃまで光子の弟の信一、ガキ大将の仙吉にいつもいじめられていました。

そのいじめは洋館で日ごとエスカレートし、いじめる側は光子に精神的、肉体的苦痛を与えることによって性的満足を感じ始めます。しかしあるきっかけで、その立場が逆転し、光子が3人を従え女王様へと変貌していくのです。

 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1969-08-05


この作品のおすすめする魅力は、やはりいじめっ子と、いじめられっ子光子の立場が逆転して主人公たちがひれ伏す瞬間です。

その瞬間は、私こと栄ちゃんが西洋館で光子の裸体の半身画を見つけた時に光子が放った言葉がきっかけです。

「今蝋燭をつけると判るから待っておいで。―――それよりお前に面白いものを見せて上げよう」(『少年』引用)

仄暗い暗闇でおぼろげにその強さの片鱗を見せる彼女の言葉。主人公の男性が意のままに女性を虐げていたと思いきや、実は女性の方が主人公の心を意のままに操つり、征服していたという構図が鮮やかに描かれています。ここに谷崎潤一郎が思う、いかなる困難にも負けない女性像というテーマが込められているのではないでしょうか。

谷崎=エロい、変態と思わず、女性の強さの中にある美しさを感じとってもらえる作品ではないかと思います。

2位:谷崎潤一郎が描く自己陶酔の極み『刺青』

元浮世絵職人の彫師清吉は美女の体に己の魂を彫り込みたいという願望をもって日々過ごしていました。そこに、自分の望みを叶えてくれる美しい白い足を持つ女を見つけました。

しかし清吉に女郎蜘蛛の彫りものを施された女は、魔性の女に変身。その「芸術品」を創った作者の清吉をも虜にしてしまうという作品です。

 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
2012-09-20


女の中に隠れていたサディズムの萌芽が感じられる場面は美しいものです。

「娘は暫くこの奇怪な絵の面おもてを見入って居たが、知らず識らず其の瞳は輝き其の唇は顫えた。怪しくも其の顔はだん/\と妃の顔に似通って来た。娘は其処に隠れたる真の『己』を見出した。『この絵にはお前の心が映って居るぞ』」(『刺青』引用)

清吉は脅しのようなことを女に言って、女の中のサディズムな感情を引き出します。精神的な苦痛を与えることによって性的快感を味わい、女郎蜘蛛を女の背中に施し、刺青をしている自分に陶酔している様が目に浮かぶようです。

サディズムな作品がお好きな方にはちょっと物足りなさを感じてしまうかもしれませんが、谷崎ワールドを体験するにはぴったりの作品です。

1位:サディズム&マゾヒズムへの招待状『秘密』

主人公はある寺で隠遁生活をはじめますが、普通の刺激では物足りなく、女装をすることが面白くなり、夜ごと女装して街へ出かけるようになります。ある日のこと、映画館で昔の女を見かけ、再び関係が始まりますが、昔も今もこの女の素性は分かりません。

彼女に指定された約束の場所に行くと、主人公は目隠しをされ、人力車に乗ってどこがわからない場所に連れて行かれます。何度かこのような逢引きをしているうちに、彼は一体どんな女なのか気になりだし、ある日一度だけ目隠しを外してもらい、その女の身元を知ります。それからは、秘密などという快感では物足りなくなって、もっと濃厚な快楽を求めるようになっていくのです。

 

著者
谷崎 潤一郎
出版日
1969-08-05


主人公はかねてからの焦がれていた「秘密」のベールをはがします。主人公は小さい頃から秘密というものに対して、ミステリアスでロマンチックなイメージを持っていました。子供の頃はかくれんぼや宝探しといった程度でしたが、次第に大人になってもっと大きな秘密を暴きたいと考えていました。

その主人公の秘密への探求心は非日常的な世界を狂的と言っていいほどに突き詰めていきます。そして谷崎の文章はその異常な世界を違和感なく読者に読ませます。この不思議な感覚を是非、味わってみてください。

谷崎ワールドのエッセンスを感じられるおすすめ短編5作をご紹介しました。谷崎潤一郎作品を読むことで、日頃のストレスをちょっとアブノーマルな世界で短時間の読書で発散してみてはいかがでしょうか。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る