女性の心に寄り添う優しく鋭い言葉で支持を集め続けている詩人、銀色夏生。彼女は詩だけでなく、小説やエッセイなどでも個性を発揮しています。その多彩な魅力をご紹介しましょう。
銀色夏生は、1960年生まれの女性詩人・作詞家です。
1990年代にはどんな書店にも文庫版詩集が何冊も並んでいました。電車の中で彼女の本を開いている女性もよく見かけました。現代詩といえば、難しくてひねくれててよくわからないもの、ごく一部の高尚な人が眉根を寄せて読むもの。そんなイメージが定着してしまった時代に、ひとり、圧倒的に読まれていたのが銀色夏生の詩だったのです。
彼女の詩は一貫して、飾りのない言葉で書かれています。たとえば、こんな詩。
「ごめんね
ひどいことを言って
でも言わないわけにはいかなかったの
私はいつもあなたに
大きすぎるものをぶつけてしまうね
とても
好きなのだと思う」
(『風は君に属するか』から引用)
凝った比喩も、意外なイメージもありません。恋する女性の、本当にありのままの気持ちをそのまま詩の形にしています。このシンプルさと、そしてその中に見える真摯さが、10代を中心とした若い女性たちを打ったのでした。「読むと心が落ち着く」「わかる、と思って読んでるうちに前向きになれる」と、読者は言います。恋愛に悩み、自信や指針をなくしがちな女性の心に、どこまでも寄り添う詩人。それが銀色夏生です。
銀色夏生はいまもさかんに活動し、さまざまなジャンルの本を出していますが、まずは詩集からご紹介しましょう。「ひとりが好きなあなたへ」は、2011年に出た新しい詩集です。
- 著者
- 銀色 夏生
- 出版日
- 2011-04-12
「ひとりが好きなあなたへ
私も、ひとりが好きです。
人が嫌いではないけれど、ひとりが好き。
そんな私からあなたへ、
これは出さない手紙です。」
(『ひとりが好きなあなたへ』から引用)
表紙に書かれた詩です。ひとりが好きでもいいんだよ、ひとりでもひとりじゃないんだよ、というメッセージが、わかりやすく短い言葉で、ぽつぽつと綴られていきます。
この詩集には彼女が撮った万華鏡の写真が、詩の間にはさまるように載せられています。写真と詩を合わせる本の作り方は銀色夏生の代名詞ともいえる手法ですが、面白いのは、しばしば、詩そのものより写真のほうが叙情的に見えることです。この詩集もそうで、写真を眺めているとどこか遠くに連れていかれるような不思議な気持ちになってくるのですが、言葉のほうは意外なほど力強い、前向きな言葉が多いのです。
「ひとりの時間があるからこそ
好きな人といる時間のよさもわかる」
(『ひとりが好きなあなたへ』から引用)
神秘的な写真とストレートな言葉の合せ技が、孤独の奥に入り込みすぎて落ち込んだ心の特効薬になるのでしょう。寄り添う詩人、銀色夏生の面目躍如といえる詩集です。
銀色夏生、二冊目は小説です。『ミタカくんと私』は、隠れた名作だとファンの間では評判の一冊。
- 著者
- 銀色 夏生
- 出版日
主人公のナミコと、幼馴染で家に入り浸っているミタカくんが、何も起こらないだらっとした日常を、ほんわか過ごしてゆくお話。……という概要紹介から想像するゆるさより、実物はもう一段ゆる~いのです。
「それよりおまえさあ、ケツで物、はさんだことない?」なんていうとりとめのない会話がかわされ、みんなでご飯を食べてテレビを見て、というお話。よく読むとけっしてだらだら一辺倒ではなく、ナミコはしっかり哲学的な考えに浸ったりもしますし、ナミコのパパの重大事実が明かされたりもしますが、しかしそれすら、「このごろパパをみないけど、どうしたの?」「ああ、離婚したのよ。あのヒト家出したの。女ができたのよ」で済んでしまいます。
生きづらい出来事や状況はあるけど、それを笑い飛ばしてやり過ごしてのんびり生きていくことはできるという、銀色夏生のいちばん根底にある考え方が、理想の形を取って面白おかしく表現されたのが『ミタカくんと私』です。『ひょうたんから空』という続編も出ていますので、この小説が気に入ったならぜひどうぞ。
三冊目はふたたび詩集ですが、今度は比較的初期の作品。『君のそばで会おう』は、1989年に出ています。もっとも売れた詩集であり、銀色夏生の代表作のひとつと言っていいでしょう。
- 著者
- 銀色 夏生
- 出版日
『ひとりが好きなあなたへ』に比べると、読み手を励ますメッセージより、うまくいかない恋をするさまざまな女性になりきって歌う詩が並びます。
「すこし遅れた時に私が あなたをつめたいと思い
すこし遅れた時にあなたが 私を気紛れだと言った
私たちは結ばれない恋だった それをどうすることもできなかった」
(君のそばで会おう』より引用)
この詩集には男性の立場から歌った詩もあり、初期の銀色夏生が、恋愛の当事者に憑依するようにしてせつない恋愛心理を歌う詩人だったことがわかります。それは、彼女のもうひとつの職業である作詞の仕事(大沢誉志幸のヒット曲「そして僕は途方に暮れる」などを作詞しています)で身につけたスキルなのかもしれません。
「いろんなところへ行ってきて
いろんな夢を見ておいで
そして最後に
君のそばで会おう」
(『君のそばで会おう』より引用)
遠距離恋愛をしていた多くの女性が、この言葉に励まされたと語っています。
女性の心の悩みに寄り添ってきた銀色夏生は、本人も恋多き女性であり、数度の離婚を経て二児を育てるたくましい母親でもあります。そしてそういった人生行路を、隠すことなくあけすけに語る女性でもあるのです。
その記録が、2017年2月時点で、なんと30巻も出ている長編エッセイ「つれづれノート」シリーズです。
ですがこの「つれづれノート」シリーズ、何せびっくりするほどの量があります。いまはちょっと時間が……という人におすすめしたいのが、『今を生きやすく つれづれノート言葉集』です。
- 著者
- 銀色 夏生
- 出版日
- 2014-05-24
銀色夏生は憑依型の恋愛詩人から、心の悩みに励ましを送る詩人に少しずつ変わってきたわけですが、その軌跡の中で生まれたものが、メッセージとしてシンプルな形でまとめられたのがこの本だといえるでしょう。
今を生きやすく、というのは彼女の生涯のテーマといってよく、そのことについて考え続けてきた言葉には、読者の心をリセットする力があるようです。
「人と自分は違う。徹底的に違うのだということをもっと冷静に見つめれば、他人へ要求することの不毛さを感じると思う。そして、自分へ要求することの豊かさも。」
(『今を生きやすく つれづれノート言葉集』より引用)
銀色夏生のファン向けの本というのにとどまらず、行き詰りを感じている人が手に取れば、なにかしら心が動く一冊だと思います。
そして最後に、『今を生きやすく つれづれノート言葉集』の元ネタ、「つれづれノート」シリーズ本編です。
- 著者
- 銀色 夏生
- 出版日
山あり谷あり、笑いありドジあり、痴話喧嘩も別れも全部書いてしまう率直さがたいへん面白く、読みだしたら止まりません。銀色夏生の本を読んできた人ならなおさら、あの詩やこの詩、ナミコやミタカくんの面影を彼女本人や彼女の家族に見いだして、ニヤニヤしたり心配したりしたくなるでしょう。
「つれづれノート」シリーズはいまも書き続けられており、2017年3月25日には、31冊目にあたる『心をまっさらに、さらし期』が出版されます。
いつもシンプルで真っ直ぐな言葉を、ひたむきに書いてきた詩人、銀色夏生。小説でもエッセイでも、そしてもちろん詩集でも、その言葉の強さは変わりません。ちょっと心が疲れたな、と感じている人がいたら、彼女の本を手に取ってみてはいかがでしょうか。