難解な作品を書くことで有名なトマス・ピンチョンですが、そのジャンルは幅広いです。SFから歴史に至るまで多くの部門で楽しませてくれます。そんなトマス・ピンチョンの難しいけれどハマること間違いなしのおすすめ作品を紹介します。
トマス・ピンチョンは複雑な物語と文章から難解な作家と言われています。ポストモダン文学に位置づけられ、アメリカを代表する作家となりました。ノーベル文学賞の候補にも挙がっています。また、公の場に顔を出すことはない覆面作家としても知られる人物です。
トマス・ラッグルス・ピンチョンは1937年にニューヨーク州ロングアイランドで生まれました。私立大学であるコーネル大学からの奨学金を得て、工学部応用物理工学科に入学しています。そこで2年間学びますが、のちにコーネル大学に戻り、そこで作家のウラジミール・ナボコフによる講義を受けました。またコーネル大学に戻る前に2年間の海軍経験をしています。
卒業後は執筆活動を開始。そして『V.』で長編デビューすると次々に話題作を書きあげていきます。覆面作家として謎を残しつつ、授賞式に欠席したり受賞事態を断ったりと、話題の尽きない作家となりました。
『スロー・ラーナー』はトマス・ピンチョンが初期に書き溜めた短編を集めたものです。1973年に『重力の虹』を発表して以来、活動を停止していたピンチョンでしたが、それから約10年後に、20代の時に書いた短編集をまとめました。全部で5編あり、それぞれに厳しい目で見た自身の書評を載せています。
- 著者
- トマス ピンチョン
- 出版日
- 2008-07-09
本書には多様な作品が選ばれました。アパートで男女が繰り広げる変化も終わりもないパーティーを描いた「エントロピー」、エジプトを舞台にスパイと陰謀を描いた「秘密裏に」、そして子供たちの秘密基地と悪だくみを描いたノスタルジーあふれる「秘密のインテグレーション」に至るまでジャンルは様々です。
また、ピンチョンの文学に対する姿勢や考え方が綴られているのも本書の魅力です。自身の作品に対する書評にはここが悪いという具体例が書かれていて、作家を志す者の参考にもなります。ですが本人も言及している通り、若い時代の拙さや過ちが散在しており、入門書として読むには苦しいです。他のピンチョン作品を読んでから、もっと作者のことを知りたいと思った時におすすめの作品になっています。
『V.』はトマス・ピンチョンの記念すべき長編デビュー作です。この時からピンチョンの複雑で難解な物語は健在でした。その年で一番優秀な処女作に与えられるフォークナー賞を受賞した作品です。ピンチョンの難解さの原点に触れられることができます。
物語は2部構成です。1つは1950年代中盤のニューヨークを舞台にしています。主人公は元海軍でいまは浮浪者に成り下がったベニー・プロフェインです。彼をアンチヒーローとしてコミック的な物語が展開されます。
もう1つはVのイニシャルを持つ女性にまつわるあらゆる物語が交錯しており、複雑です。断片的なストーリーの集まりですが、どの物語にも女性が破壊の象徴として書かれています。読み進めていくとちゃんと話を理解しているのかという不安が強くなる複雑な構成です。
- 著者
- ["トマス・ピンチョン", "三宅 卓雄", "Thomas Pynchon"]
- 出版日
断片的な物語はパズルのピースのように、それ1つでは全体とどのようなつながりがあるのかわかりません。しかし読み進めていくと勝手にパズルのピースが適所に置かれていきます。そして全部読み終わったあと、気づけば全体像が見渡せるようになっているのです。最後には「なるほど、そういうことか」と気持ちの良い体験ができます。
本書の最大の魅力は様々な小説様式が読めるという点です。スパイ小説、ゴシック小説、告白小説など多くの様式を模倣しており、それらが目まぐるしく移り変わるので読破の難易度を高めています。しかしこういった苦労こそ、トマス・ピンチョンを読むうえでの最大の楽しみです。
1973年に発表された『重力の虹』は全米図書賞を受賞しました。多数のストーリーと多くの知識が盛り込まれており、破壊と倒錯したエロスに満ちあふれた実に純文学らしい作品といえます。
舞台は第2次世界大戦末期から主戦後にかけてのヨーロッパです。主人公はアメリカ軍中尉のタイローン・スロースロップで、彼が女性と寝た直後にV2ロケットが墜落するというジンクスを持った人物でした。そんなスロースロップは自分の秘密を探りに世界中を旅しますが、彼の秘密を知る組織に監視されており……。
- 著者
- トマス ピンチョン
- 出版日
- 2014-09-30
豊富な知識が多く詰め込まれているところが本書の魅力です。科学にオカルトという相反するテーマから、神話や映画などのサブカルチャーに至るまであらゆる知識が詰め込まれています。話の腰を折るような感じで知識の説明に入るので、非常に読み応えのある内容です。
ピンチョンの作品にしては比較的物語を追いやすいので、入門書としてもおすすめできます。主人公が女性と寝るとV2ロケットが墜落するとう因果関係が小説の世界観に不思議な空気を漂わせていて、その事象に翻弄される男たちのエピソードにぐんぐん引き込まれる作品です。
『ヴァインランド』を書くにあたり、トマス・ピンチョンは2度ほど日本を訪れました。1984年の舞台を現代として、1960年代という過去のアメリカの様子が多数のエピソードによって描かれていますが、くノ一や格闘家など日本の要素も読むことができます。全体的にポップに描かれながら、内容はヘヴィです。
ゾイド・ホイーラーは生活保護を頼りに生きています。その娘のプレーリーは14歳になっており、父と別れた母親を探す旅に出ます。連邦検察官にくノ一、日本の武闘家など様々なキャラクターが関わり、過去とアメリカの姿を映しだしていく物語です。
- 著者
- トマス ピンチョン
- 出版日
本書では1960年代のアメリカの光景が詳細に語られています。ケネディ暗殺から月面着陸など、アメリカを象徴するイベントでいっぱいです。まるで歴史をダイジェストで観ているような感慨を覚えます。物語の軸を追うのではなく、流れる情景を感覚的に楽しむ作品です。
過去のフラッシュバックが多く、軸を追いにくい作品ですが、スラップスティックと呼ばれるキャラクターたちによるドタバタ劇がその難解さを薄めてくれます。くノ一や格闘家など日本での馴染み深いキャラクターたちが活躍してくれるのも嬉しいです。純文学の中にエンターテイメントの要素も兼ね備えています。
トマス・ピンチョンが2本目に書いた『競売ナンバー49の叫び』は主婦の周りに突然現れた地下組織の影に関する物語です。比較的短く、物語もわかりやすいので、ピンチョン作品の中では軽く手にすることができます。しかし、読みごたえがあることには変わらないです。
物語の舞台は1960年代で、どこにでもいる平凡な主婦のエディパ・マースが活躍します。ある日、彼女の元に過去に愛人だった資産家のピアス・インヴェラリティの遺言処理執行人になってくれるよう依頼が舞い込みました。そして遺産について調べていくなかで地下郵便組織トライステロについて知ることになります。
- 著者
- トマス・ピンチョン
- 出版日
- 2010-04-07
本当に存在するかどうかもわからないトライステロという組織に翻弄される主婦に訪れるエピソードの数々が実に不思議です。組織にまつわる謎の人物が繰り広げる奇妙で難解な話が癖になります。歯切れの良い文章も難解な世界へと入りこみやすい要因になっています。
まだインターネットが普及していなかった時代において、地下郵便組織トライステロが地下に独自の情報網を敷いてやり取りする様子がインターネットに似ているのも興味深いです。物語には様々な特命の男たちが登場しては、エディパを脅かします。こうした匿名性の脅威は現代のインターネットでもしばしば問題点として議論されており、それを何十年も前に先取りしているのには驚きです。
トマス・ピンチョンは難解文学を代表する作家で、嫌厭する人も多いです。しかし読み応えがあるゆえに、読後に達成感があります。文学好きとしてもうひとつ上のステージに行きたい人におすすめの作家です。