自分で本を買うとき、どうしても同じ作家さんの本を手に取ってしまいがちです。新規開拓しようにも、自分に合わなかったらどうしよう、となかなか手が伸びないもの。そんな時に重宝するのが、アンソロジー短編集。ここではおすすめの5冊をご紹介いたします。
アンソロジーとは、元々別の作者の詩編を集めたもの、という意味があります。語源は古典ギリシア語で、花と集めることを意味する言葉が合わさり、アンソロジーとなりました。花摘みや花集め、という言葉を見ると軽やかで可愛らしい印象。元は詩編をあらわす言葉だったことを考えると、納得です。
一般的には、決められたテーマに沿った作品を集めた、作品集。誌や小説に限らず、俳句、短歌など、大概は文学で使われます。作品数に制限はなく、万葉集や古今和歌集なども、実はアンソロジー。漫画の二次創作や卒業文集もアンソロジーと呼ばれますが、映画や音楽の分野でも、アンソロジーが使われる場合もあります。
空前の猫ブームが到来していますが、主人に忠実でパートナーともなりうる犬の人気も衰えることはありません。『Wonderful Story』は、犬をテーマに5人の作家の短編を集めたアンソロジーです。
作家の選考基準は、名前に「犬」が入っているということ。とはいえ、本当に犬の字が入っている作家を選んだわけではありません。伊坂幸太郎、木下半太は「太」、大崎梢、横関大は「大」と、点を足すと犬になります。表記はあえて犬となっているのが面白いところ。番外編的なのが貫井徳郎で、「徳」をドッグと読ませています。
- 著者
- ["伊坂 幸犬郎", "貫井 ドッグ郎", "犬崎 梢", "木下 半犬", "横関 犬"]
- 出版日
- 2014-10-08
伊坂幸犬郎「イヌゲンソーゴ」は、伊坂流のユーモアにあふれた作品。犬目線で綴られるお話ですが、最期にはあっと驚く展開が。もっと読んでいたいと、物語に浸っていたい気持ちにさせてくれます。犬崎梢「海に吠える」は、地名の由来になった犬の物語。少年の揺れ動く心にグッと引き込まれ、犬と地名の意外な繋がりに心がほっこりと温かくなります。
木下半犬「バター好きのヘミングウェイ」は、夫の借金を肩代わりするため、ホテルに妻が連れ込まれるという緊迫した展開。しかし、彼女の前に現れたのは犬でした。ゲスな話かと思いきや、バターの意外な使い方に笑わされてしまう作品です。横関犬「パピーウォーカー」は、盲導犬を題材にした物語。なぜ盲導犬が家に帰りたがらないのか、ミステリー風にその理由が明かされていきます。
貫井ドッグ郎「犬は見ている」は、ミステリアスな雰囲気。犬から監視されていると言っていた友人の失踪の謎を明かしていきます。解説にはそれぞれの作家の反応などが書かれており、二重に楽しませてくれます。感動ものにミステリー、サスペンスとジャンルも多岐にわたる本作。犬好きな人も、そうでない方も楽しめる作品集です。
表紙には、「面白いお話、売ります」と書かれています。伊坂幸太郎、近藤史恵、有川浩、米澤穂信、佐藤友哉、道尾秀介、本多孝好という人気作家7名が、「面白い話」をテーマに書き下した作品が集められています。短編集ですが、読み応えは長編並。意外な出会いを楽しめるアンソロジーです。
- 著者
- 出版日
- 2009-01-28
伊坂幸太郎「首折り男の周辺」は、アパートの隣人が犯人かもしれない、というミステリー。短編ながら3つの視点から物語を構成しており、ちょっと不思議な空気感も作者らしさを感じさせます。近藤史恵「プロトンの中の孤独」は、自転車ロードレースを題材にした作品。『サクリファイス』がヒットした作者ですが、他の作品からひょっこり姿を現した登場人物が、ファンには嬉しいところ。圧倒的な描写力で魅せるロードレースに引き込まれます。
有川浩「ストーリー・セラー」は、ラブコメタッチな展開から始まる感動作。カップルがたどる道筋に胸が痛くなりますが、とあるページの仕掛けは鳥肌ものです。米澤穂信「玉野五十鈴の誉れ」は、旧家の侍女とお嬢様が主人公のミステリー。戦前のような空気を持った空輪的な世界観と、うすら寒くなるような展開に魅せられます。
佐藤友哉「333のテッペン」は、東京タワーのテッペンで起きた殺人事件が題材となっていますが、主題は謎解きではない様子。自称探偵という男と女子高生など、不思議な作者独自の世界観とキャラクターが魅力です。道尾秀介「光の箱」は、クリスマスに開催された同窓会のお話。二重三重に張り巡らされた謎と、恋物語が展開されます。
本多孝好「ここじゃない場所」は、女子高校生のなんでもない日常に、超能力者という非日常が入り込んでくる、という物語。何となく何かに不満で、刺激を求めている姿に共感できる人も多いのではないでしょうか。
面白い話に定義はありません。自分が面白い、と感じればそれは面白い話になります。出版社と作家が、示して見せた面白い話の形のひとつ。自分好みの作品が、必ず見つかる良作のアンソロジーです。
短編よりも短い掌編を、ショートショートと言いますが、本作はショートショート集。作家はヘミングウェイやブラッドベリといった海外の有名小説家たちです。翻訳は村上春樹と小川高義が担当しています。
テーマは「SUDDEN」。突然の、思いがけないといった意味の言葉です。いきなり、だしぬけ。そんな言葉を想起させるショートショート70編が詰まっているため、読み進めていけば、必ず好みの作品と出会えるというのは、嬉しいところです。
- 著者
- 出版日
物語は全体的に純文学寄りで、人の在り方や精神に訴える作品が多めです。テーマと主題がすぐに登場し、過ぎ去ってしまうさまは人間の会話のよう。何か大切な見落としがあるのではないかと、そわそわしてしまいます。
見開き2ページで終わってしまうような物語もありますが、内容が薄いわけではありません。くるくると目まぐるしくページを捲ってしまい、気が付けばアンソロジー世界にどっぷり浸かっているという寸法になる本作。翻訳小説になれていない方への入門編としてもおススメできる1冊です。
文芸誌『小説すばる』に掲載されていた短編12編を集めた短編集です。浅田次郎、伊坂幸太郎、石田衣良、荻原浩、奥田英朗、乙一、熊谷達也、桜木紫乃、桜庭一樹、道尾秀介、宮部みゆき、村山由佳と人気作家がずらり。厳選された良質の短編ばかりが収録されています。
- 著者
- 出版日
- 2012-10-19
ジャンルは統一されておらず、伊坂幸太郎「太陽のシール」乙一「陽だまりの詩」は、SF設定の物語。宮部みゆき「チヨ子」はファンタジックですが、ホラーなテイストも。一部だけでも、多彩なジャンルが収録されていることがわかります。
石田衣良「ふたりの名前」は、自分の持ち物に名前を書くことがルールのカップルの物語。子猫を引き取ったことで、名前の役割に気が付いていくという、ペット愛にも溢れた作品もあれば、死んだ友人が主人公の私の元を訊ねてくる荻原浩「しんちゃんの自転車」のように、ちょっとおどろおどろしい物語も登場。しんちゃんと私の友情に、しんみりと胸が熱くなります。
作品によっては独立した短編ではなく、連作短編の一部となっている作品もありますが、続きを読むという楽しみにも繋がっていきます。作家との出会いのきっかけともなる1冊。新たなる出会いに胸が躍ります。
人は悲しい時、嬉しい時、色々な感情の揺れ動きの中で涙を流します。何か心を揺さぶられる作品に出会った時、涙がこぼれることがあります。『文豪たちが書いた 泣ける名作短編集』は、日本を代表する文豪たちの、「泣ける」作品を集めたアンソロジー。ぐっと胸を締め付けられるような切なさに襲われます。
- 著者
- 彩図社文芸部
- 出版日
- 2014-08-05
収録されているのは太宰治「眉山」、新見南吉「鍛冶屋の子」、有島武郎「火事とポチ」、横光利一「春は馬車に乗って」、芥川龍之介「蜜柑」、織田作之助「旅への誘い」、久生十蘭「葡萄蔓の束」、宮沢賢治「よだかの星」、森鷗外「高瀬舟」、菊池寛「恩讐の彼方」の10作品。家族や愛する人を想い、失う哀切が満ちています。
仄暗さに打ちのめされるのが新見南吉「鍛冶屋の子」。新見南吉は「ごん狐」などで知られる早逝の童話作家です。「鍛冶屋の子」は、母を失い、飲んだくれの父と、知能に障害があるらしき兄と暮らす、少年新次の物語。短い文章の中に、新次が抜け出すことのできない深い闇と絶望感に息苦しさを覚えます。
泣けるか否かは個人的な感覚になりますが、文豪たちの強い想いが込められた作品であることは間違いありません。圧倒的に美しい日本語の世界に浸るだけでも価値がある、哀切に満ちた短編集。ハンカチ、ちり紙を用意してからページを捲ることをおすすめいたします。
短編集の利点は、時間が無くても少しずつ読み進めていくことができる、という点。そして、多くの作家との出会いを楽しめるという点です。一度にたくさんの物語に触れる楽しみに満ちた短編集、読書の習慣付けにもピッタリの、万能戦士です。