絲山秋子の紡ぐ物語は、淡々とした文章が特徴。また、弱くてずるくて、わがままなのに、どこか憎めない登場人物が魅力的です。どの作品から読んでみても、すぐに世界に入り込むことができます。そんな芥川賞受賞作家の世界観を存分に楽しんでください!
絲山秋子は1966年に東京都で生まれました。早稲田大学政治経済学部を卒業し、INAXに入社、その後何度か転勤を経験しています。躁鬱病(双極性障害)で入院中に小説の執筆を始め、2003年『イッツ・オンリー・トーク』で小説家としてデビュー。そしてその1年後には、『袋小路の男』で川端康成文学賞を受賞しました。
作品にも、会社勤めや、転勤の経験が生かされたストーリーがよくあります。絲山秋子の作品は客観的に物事を捉え、輪郭をはっきりさせている日常表現が特徴で、読者をその切れ味の鋭い生活描写でどんどん引き込んでいくものばかりです。
『逃亡くそたわけ』は、直木賞、野間文芸新人賞で候補になった作品で、2007年に映画化もされています。
躁状態で、ポップに自殺未遂をしたあたし(花ちゃん)は、博多の精神病院に入院させられてしまいます。21歳の夏は一度しか来ないのに、こんなとこに閉じ込められてたまるか!と、気乗りしない入院仲間のなごやんを巻き込んで大逃走!途中いろいろなハプニングがありますが、ふたりはバカバカしくもたくましく乗り切っていきます。
- 著者
- 絲山秋子
- 出版日
- 2005-02-25
「朦朧として病院に幽閉されたままあたしの人生が終わってしまうなんて怖すぎる」(『逃亡くそたわけ』より引用)
この逃亡劇のぶっとび感、かなり爽快です。このふたりなら、日本中、いや世界中どこへでも行けるんじゃないかと思えてくるほどの力強さがあります。ボロ車で車中泊、当て逃げ、エアコン故障、食い逃げ、盗み、薬の補給などなどなど。笑える場面も出てきて、読後はスッキリすること請け合いです。
家の中にいながら、旅に行ったかのような感覚を味わえる本作。夏の開放感と、いつまでもこの時間が続かないと分かっている独特の寂しさが、絶妙にマッチしています。単調な毎日に閉塞感を抱いている人には、現実逃避ができる作品としておすすめの1冊です。
表題作「沖で待つ」の登場人物は、住宅設備機器メーカー勤務の主人公、及川と同期入社の太っちゃん。一緒に福岡に配属されそれぞれに仕事への取り組み方は違うものの、お互いに認め合える仲でした。
ある日、太っちゃんは及川に協約を持ちかけます。それは「どちらかが先に死んだら、パソコンのHDDを残された方が破壊する」こと。 自分が先に死ぬと予感していた及川だったが、意外な出来事が起こってしまうのです。
- 著者
- 絲山 秋子
- 出版日
「いつも思っていたのです。このメンバーで飲むことは最後かもしれない」(『沖で待つ』から引用)
同期入社の男女の友情と信頼……。恋愛に発展することは決してないけれど、毎日隣にいて、大変な思いを共有して、他人なのだけど、家族のような。転勤で離れることがあっても、会えばまたいつものように話ができる。そんな繋がりに、心が温まります。
また、太っちゃんのキャラクターが最高です。彼は一緒にいる人が、和やかな気分になるような柔らかな雰囲気の人物。彼のそんな人柄が表れた最後の間抜けさには、悲しい場面なのに笑ってしまえる大らかさがあります。
大学生のヒデは、学校にも行かず、27歳の恋人、額子とのセックスに溺れていました。衝撃的な別れが来るまでは。
その後ヒデは彼を取り巻く女性が何人いても心が満たされず、次第にお酒を断てなくなっていくのです。彼の辿り着くラストとは?
- 著者
- 絲山 秋子
- 出版日
- 2010-09-29
「淡々と生きていけたら俺はそれでいいんだが。ただ友達が減っていくってことはたまらなくせつない」。(『ばかもの』から引用)
成宮寛貴、内田有紀主演で 2010年に映画公開された作品です。
ヒデはアルコール中毒に苦しむのですが、その描写がかなりリアル。そのリアルさはどこか共感を呼ぶもので、ばかだなと思うのですが、なぜかヒデを嫌いにはなれないのです。
ただ幸せに生きて行きたいだけなのに、どうしようもなく弱いから、正道から外れていく彼。でも、ダメな奴にも、味方もいれば、理解者もいるのです。彼の周りの人々の熱さ、冷たさ、儚さ、許しがストーリーで希望の役割を果たしています。
友達って?恋人って?家族って?ピンと張っていた糸が切れて、どう生きていくのかを迷う時、本当に一緒にいたい人は誰なのか考えさせられます。
『イッツ・オンリー・トーク』は表題作と「第七障害」を収録した中編集です。今回はデビュー作である「イッツ・オンリー・トーク」をご紹介します。
直感で蒲田に住むことに決めた橘優子。福岡に住む年上のいとこ、祥一の精神が不安定なことを感じ取った優子は、自分の住む東京の部屋へ彼を呼び寄せます。それを機に彼女の前には複数の男性が現れます。大学の同級生ふたり、うつ病のヤクザ、痴漢……彼女が本当に好きなのは誰なのか?
- 著者
- 絲山 秋子
- 出版日
文学界新人賞受賞作であり、「やわらかい生活」と言うタイトルで、寺島しのぶ、豊川悦司主演で映画化されている小説です。
「私は不意に息苦しさを覚えた。(中略)好意や思いやりと同じくらい理解というのが大事なのだ」(『イッツ・オンリー・トーク』より引用)
居候のいとこ、祥一と優子の会話が、ゆるゆるしていて、シンプル。生活とは、日常とはこんなものなのだなとリアリティを持ちながら読むことができます。
淡白な性格の裕子の恋愛観は、とてもあっさりしていて、好き嫌いが分かれるかもしれません。ただ、その風来坊のような孤独で自由な感じや、人の闇にむりやり入っていこうとしない優しさに惹きつけられます。
何かに縛られているような窮屈さを感じている人は、この作品で自分の心を解放してみてはいかがでしょうか。
『袋小路の男』は、表題作を含んだ短編集です。今回は2004年に川端康成文学賞を受賞した表題作をご紹介します。
私(大谷日向子)は、高校時代の先輩で片思いの相手、小田切孝との友達以上恋人未満の関係を切ることができずにいます。呼び出されれば応じ、機嫌の悪いときには帰される。体の関係は無し。なのに男の気配がすると「お前には合わない」と干渉してきます。
そしてふたりの関係は気がつけば、高校卒業から12年もの歳月が経ったものになっているのでした。
- 著者
- 絲山 秋子
- 出版日
- 2007-11-15
作品には全体的に片想いの苦しさ、自分から手放すと終わってしまう悲しさが漂っています。自分を1番傷つけ、ふり回すことができ、同時に理解している男。小田切孝は、心の中を読みづらい人物で、そんな彼に片思いの日向子はひたすら振り回されています。それでも好きなものはどうしようもなく、自分で終わらせることができないのです。
皆さんは、こんな恋の経験ありますか?「どうしてさっさと別れないの?」と思う人もいれば、「分かるなあ……」とため息をつくロマンチストもいることでしょう。この切ない世界はその感想から読んだ者の恋愛観を映し出す作品となっています。あなたはこの作品でどんな感想を抱くでしょうか?
絲山秋子の物語はすごく複雑というわけではなく、どんでん返しがあるわけではありません。しかし不完全で、弱くて、わがままで、それでいて自由……。読む者を暖かく包んでくれます。ぜひあなたも絲山ワールドへ!